第9話 大好きな人と引き裂かれた日
[東京スカイライン開通式 当日]
「うみねぇちゃん、待ってよー……」
「もう!陸人!早く来なさい!開通式が始まっちゃうわよ!」
「でもー……うみねぇちゃん、足早いから……ボクも、ゆあちゃんみたいにおんぶして欲しい……」
「えー!やぁだ!ゆあがうーねぇにおんぶしてもらってるの!」
「陸人は男の子なんだから自分で走りなさい!」
「うぅぅ……」
ボクは咲守陸人、7歳、今年から小学校に通い始めた男子だ。前を走っている女の子はボクの姉、咲守海歌、小学四年生。
ボクは、うみねぇちゃんに背負われてる、幼馴染のゆあちゃんを恨めしく見つめる。ボクだって、うみねぇちゃんに甘えたいのに。
「ほら!泣いてないでキリキリ走る!お姉ちゃんが応援してあげるから!がんばれがんばれ陸人!がんばれがんばれ陸人!」
「がんばれー!りっくん!あはは!」
うみねぇちゃんがボクの隣で足踏みして急かしてくる。ゆあちゃんも片手をあげて笑っていた。ボクは頑張って走ってるのに、ひどいや。
「陸人は私の自慢の弟だから頑張れるわ!よしよし!」
うみねぇちゃんがボクの頭を撫でてくる。すると、温かい気持ちになって、力が湧いてきた。
「……がんばる!」
ボクは重い足をあげて、また走り出す。大好きなうみねぇちゃんに自慢の弟って言ってもらったんだ。本当に自慢できる男になりたかった。
「りっくんいけいけー!」
後ろからゆあちゃんの茶化す声が聞こえてくる。ボクはそんな声は聞かないようにして全力で走り続けた。
♢
「ここが東京駅の入り口ね」
「これに乗るの?」
「そうみたいね」
ボクたちの目の前には、透明な四角い箱が設置されていた。人間が20人くらいは入れそうな大きな箱だ。箱は端っこが青く光っていて、その光は上空にも続いている。青い光の先には、東京スカイラインの東京駅があった。空の上に柱も無しに浮いているのに、揺れたりしていない不思議な建物だった。
駅の真ん中には、ここから出発するであろう列車が浮いている。線路なんてものはない。列車の前方には空と青い光のラインしか存在しなかった。
「陸人、乗るわよ」
「う、うん……」
ボクはうみおねぇちゃんに続いて、恐る恐る透明なエレベーターに乗り込んだ。
「上に向かってちょうだい」
うみねぇちゃんが言うと、透明なエレベーターが「かしこまりました」と回答してから動き出す。空を飛んでるみたいだ。怖い。ボクはバレないようにうみねぇちゃんの服を掴む。
「ゆあちゃん、そろそろ降りよっか?」
「やだ!こわい!」
ゆあちゃんは目をつむって、うみねぇちゃんの背中に顔をうずめていた。ゆあちゃんも同じ気持ちのようだ。少し安心する。
エレベーターが上空の駅に到着し、駅のホームに向かうと、そこにはスーツを着た大人が沢山いた。
列車の先頭の近くには、大きな酒樽と白と赤のテープが張ってあって、隣の台にハンマーとハサミが置いてある。たしか、あのハンマーで酒樽を割って、ハサミでテープを切ることで開通式が完了となるはずだ。
ボクたちは、うみねぇちゃんの後ろについて、酒樽の方に歩いていく。ゆあちゃんも、うみねぇちゃんの背中から降りて自分の足で歩いていた。
「おぉ、咲守防衛大臣のご息女ではありませんか。こんにちは」
隣からスーツの男の人に声をかけられた。知らないおじさんだ。怖い。すっと、うみねぇちゃんの後ろに隠れる。
「これはこれは、佐々木大臣、お久しぶりでございます。父がいつもお世話になっております」
うみねぇちゃんが、ドレスの裾を持ってお辞儀していた。ボクとゆあちゃんも後ろで頭を下げる。
「これはご丁寧に。相変わらずお年に似合わず、素晴らしい振る舞いだ。これは咲守防衛大臣も跡取りには困りませぬな」
「ありがとうございます。佐々木大臣。わたくしもこの国を守れるよう、尽力していく所存ですわ。今後とも宜しくお願い致します」
「ふふ、もちろんでございます。あなたのご成長を楽しみにしておりますよ」
それだけ言って、スーツのおじさんはどこかに行ってしまった。
「うーねぇ……かっこいい〜……」
「うん……かっこいい……」
ボクとゆあちゃんは、目を輝かせて自慢の姉のことを見る。やっぱり、うみねぇちゃんは、ボクたちとは違ってかっこいい大人だ。3つしか違わないのに、なんであんなにかっこいいんだろう。
「こんなの、練習すれば誰でもできるわよ。あ、お父さんよ。そろそろ始まるんじゃない?」
前を見ると、スーツを着た大人たちが酒樽の後ろの席に座り出した。お父さんもその一つに着席する。
全員の着席が済んだら司会の人が、「東京スカイラインの開通式をはじめます」と言い出し、礼服を着た神主さんがやってきた。紫の袴に白い上着、烏帽子を被って、両手に木の棒を持っている。その人が酒樽の横に作った祭壇に一礼し、なんだかよくわからない呪文を唱え出した。
ボーっとそれを聞いていると、急に地面が揺れ出した。
「な、なに?」
揺れは小さいが、怖くてうみねぇちゃんの服を掴む。ゆあちゃんも同じだ。周りの大人たちもざわざわしながら、あたりを伺っていた。
「地震?……ううん、空の上なんだからそんなはずない。2人ともこっち来て」
「うん……」
うみねぇちゃんに従い、駅の端に移動して、周りを見渡す。
「あれ……なにかしら?」
うみねぇちゃんが指差す方は、東京スカイライン鉄道が円形に囲う中心の方角だ。そこに、空に向かって白い光の柱が立ち上っていた。
「うーねぇ、ゆあ、なんか怖い……」
「そうね……」
周りの大人たちも異変に気付いたようで、偉そうな人たちは、ボディガードに連れられて、すでにエレベーターに乗せられていた。お父さんもそこにいて、なんだか黒服の人に抑えられて揉めているようだった。
「私の子どもを優先しろ!」
「大臣!お子様たちは必ず後ほど!お急ぎください!」
お父さんの声が大きくなり、周りの人たちもどんどん焦りだした。そして、遠くにいるお父さんと目が合う。
「海歌!陸人とゆあちゃんを頼む!!避難しなさい!」
お父さんの大声で周囲の人の緊張もピークに達した。我先にと走り出し、エレベーターに向かう。
「まずいわね……避難装置使うわよ」
うみねぇちゃんが近くにあった箱のボタンを押すと、箱が開いて、箱の床がスライドした。地上に向かって、まっすぐ透明な膜が張られる。真下の地上まで30メートル、飛んだら絶対に助からない高さだ。
「飛び込んで!2人とも!」
「え……でも……落ちたら死んじゃうんじゃ……」
「大丈夫!空気の幕があるから!ほら!あとでお姉ちゃんが褒めてあげるから!早くなさい!」
「わ、わかった!」
ボクは、うみねぇちゃんの必死な顔に、これが緊急事態なのだと理解し、一歩前に踏み出す。でも、ゆあちゃんは震えて動けなくなっていた。
「ゆあ、怖い……」
「陸人!ゆあちゃんと行って!あんたがゆあちゃんを守るの!」
「う!うん!ゆあちゃん!」
ボクは、ゆあちゃんの手を引っ張って、抱き合いながら穴の中に飛び込んだ。
「きゃー!」
「ぅぅぅ……」
真っ逆さまに落下する。途中、バスバスと空気の膜みたいなものにぶつかり減速するけど、すごい勢いだ。
バスン!地上には巨大なクッションが出来上がっていて、そこに落下することでなんとか助かったみたいだ。
「こ、こわかった……あ!うーねぇは!?うーねぇー!早く来てー!」
ゆあちゃんが上を向いて叫ぶ。
「ダメだよ!ここにいたら、うみねぇちゃんが降りてこれない!」
「あ!そっか!」
それからボクたちは避難装置のすぐ隣に移動して、うみねぇちゃんを待つことにした。すぐに次の人が落ちてくる。
バスン!
「あ!あれ?」
しかし、次に降りてきたのは知らない女の人だった。お腹が大きい妊婦さんのようだ。
バスン!バスン!
次に降りてきたのはお年寄り、子ども、全然うみねぇちゃんがおりてこない。
「……うーねぇは?」
「わ、わかんない……」
不安そうなゆあちゃんに手を握られ、ボクも握り返す。
空に立ち上る光の柱は、さっきよりも大きくなって、こっちに近づいてきているように見えた。
「り、りっくん……避難した方がいいのかな……」
「う、うん……でも……」
何人の人が降りてきただろうか。20人くらいが降りてきたあと、顔がよく似た女の子たちが2人一緒に降りてきた。
「いたっ!?」
「ベル!?大丈夫!?」
「おねぇちゃん……足が……」
顔はそっくりだが、妹の方が足を挫いてしまったみたいだ。そのあと、やっとあの人が降りてきてくれる。
バスン!
「あ!うーねぇ!早く行こ!遅いよ!」
「2人ともまだこんなとこにいたの!?いいから!早く駅から出て!!」
「あ!うん!」
ボクとゆあちゃんは手を繋いだまま走り出した。駅の出口は、走ればすぐそこだ。大人たちも、出口に向かって走っている。
「ベル!しっかりして!走って!」
「で、でも!足が!」
「私がおんぶしてあげる!乗って!鈴ちゃん!あなたは先に行って!」
「でも!」
「いいから!行きなさい!!」
大きな声に振り返ると、さっきの双子の1人をうみねぇちゃんが背負おうとしゃがんでいるところだった。同じ顔のもう一人の女の子が不安そうな顔でこっちに走ってくる。
ボクたちは足を止めてしまっていた。うみねぇちゃんを置いて行ったら、ダメな気がしたから。
「陸人!早く行きなさい!あんたがゆあちゃんを守るの!弱虫だっていい!私の自慢の弟なんだから!ゆあちゃんだけは絶対守りなさい!」
「は!はい!行くよ!ゆあちゃん!」
「うん!」
そして、ボクは、ゆあちゃんの手を強く握って、出口に向かって走り出した。
これが、うみねぇちゃんとの最後の会話になるなんて、思いもせずに。
駅の出口を出る。大人たちは、駅を出てもさらに離れようと走り続けていた。ボクたちもそれに続く。
「ねぇ……ねぇ!りっくん!」
「な!なに!?」
ゆあちゃんに引っ張られて足を止める。隣にいた鈴と呼ばれた女の子が後ろを見て呆然としていた。ボクも振り返る。
すると、さっきまでかなり向こうにあったはずの光の柱がボクたちのすぐそばまでやってきて、止まっていた。東京駅の出入り口を塞ぐようにピッタリと停止している。不思議な光景だった。何が起こっているのか、わからなかった。
でも、そんなことよりも気掛かりなことがある。
「うみねぇちゃん?……うみねぇちゃんは!?ゆあちゃん!ゆあちゃんは見た!?」
「……見てない」
小さく首を振る。泣きそうな顔だ。なんでそんな顔。
「うみねぇちゃん!」
「あ!りっくん!危ないよ!」
ボクはゆあちゃんの手を離し、来た道を引き返した。駅の出入り口まで戻ってくる。
光の膜がそこにはあった。触ってみる。触れるが、駅の中に入れない。ドンドンと叩く。
「この!この!うみねぇちゃん!」
必死になって光の膜を叩き、駅の中を覗き込む。そこにはまだ多くの人が残されていて、でも、誰も動いていなかった。走っている格好のまま、停止している。
ボクの大好きな人のことを探す。
「ベル!ベル!早くこっちに来て!!」
隣でツインテールの女の子が叫んでいた。その子が見る先に、あの人がいた。小さい女の子を背負って、必死に走ろうとして、でも、転んでしまった女の子。ボクのお姉ちゃんだ。
「うみねぇちゃん!早く外に出ないと!」
そう叫んだとき、すぅ、と白い膜の色が変わった。足元から徐々に透明になっていき、目線のところまでくると、駅の中に人の姿が見えなくなっていく。
よくわからないが、これは悪いことだと思った。だから、必死に声を出して、透明になりつつある膜を叩き続ける。
「うみねぇちゃん!うみねぇちゃん!」
「ベル!」
「うーねぇ!」
ボクたちは必死で、その透明な膜を叩き続けていたと思う。
もう、お姉ちゃんの姿は見えない。なんの変哲もない、ただの駅が透明な膜の中に映し出されている。でも、人が誰1人としていない無人の駅だ。そして、その駅には入ることができない。
ボクたちは、お父さんがやってくるまで、ずっと駅の中に向かって、大切な人たちの名前を叫び続けた。
「面白かった!」
「ヒロイン可愛い!」
「今後どうなるのっ……!」
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