001
「おかえりなさい、アードさん」
「ああ」
背嚢を下ろし、開いてカウンターに載せる。本日の獲物だ。
「拝見しても?」
「ああ」
いつも通りのやり取り。かれこれ数千回は繰り返しただろうか。それもこれが最後になる。
「ダーククロウラーの牙、一対。処理も完璧ですね、さすがです」
おいやめろ。なぜそこで肩を震わす、普通にしといてくれ。
「……本当に、今日で?」
「ああ」
やめろやめろ、涙目になるな。俺がそういうの苦手だって知っててやってんだろお前。
「っと、そうだ。こいつを返さないとな」
首にかかった鎖を引きちぎって、登録証を背嚢の隣に置く。このランクの証、白銀製の小さなプレートに俺の名が刻まれている。
「……」
何か言えよ。
「……次のやつを貰わないと少しばかり困るんだがな。あ、もしかして却下でもされたか?」
「ーーあ、ありませんそんなそれはもうこちらに最優先で、却下だなんてそんなこと企む輩がいたらこの手でぶっ殺」
「お、おう」
再起動からの前のめりが激しい。常日頃の淡々とした対応が気に入っていた俺としては複雑な思いだ。
「こちらに」
と、差し出されたプレート。大きさも色も同じであるが、これを頂ける者のいかに少ないことか。漸く、漸くである。
「お、おお」
「こちらには貴殿のギルドに対する貢献度が、依頼受注数と、その達成数が刻まれています。この記録にはっ、何人たりとも干渉を許されませんッ……」
そんな、血を吐くような表情で告げることでもないと思わんではないが、とにかく俺はこれが欲しかったんだ。これでやっと、このクソったれな冒険者生活からおさらばできるのだから。
俺がここに来たのは二十歳の時だ。並の頭で並の高校に通い、並の大学に滑り込んで少し経ったある日、唐突に何の予告もなく業界お約束の神様とやらに会うこともなく、ここにいた。
すなわち割と定番的にたくさんの同胞が苦もなく授けられる転移やら、転生やらに由来した超絶能力を授かることもなく、全くの! 全くの、着の身着のままでこの世界に叩き込まれた。
声が枯れるまでステータスオープンと叫び、ありもしないインベントリーを開き続け、使える筈もない大魔法の名を喚び続け、ゲーム的なすべてを否定せざるをえない状況であると思い知るまで、実に二〇日。そこからの地獄と友だちになった日々は今にしても心的外傷を刺激される。
いつ、どの時に死んで終わってもおかしくはなかった。しかしここに希少な幸運の果てにある以上、俺は長らえたのだ。だからこれからの話をしよう。誰が聞いていなくとも、俺はそれを話したい。頼むから聞いて欲しい。ありがとう。
ひと昔なら、それなりに需要と供給が成り立っていた言語の不調和を我が身で体験する機会を得た感想は、ぶっ殺してやる、だ。神がそこにいたなら玉砕覚悟で教育してやりたい。
当たり前のように少し不思議な自動翻訳が働き、少なくとも会話には不自由がなく、あっても書けない読めないの程度。そんなヌルゲーをお客様気分でプレイするのとは違うのだよこの世界は。
まともに人と会話ができるまで、二年。おはようからお休みまでの挨拶ができるだけでも三月。それまでの間に削られた我が魂のことを思うと、今も胸が呻く。
冒険者ギルド。それの概要を前世の知識として学んでいたのは大きかった。いかにもな形容をしたこの建造物を、それと認識できていなかったら一〇〇割死んでた自信がある。あれらの作者たちはきっとここかこれに近いクソ世界からの帰還者なのだろう。返す返すも彼ら彼女らには感謝しかない。
薬草とそれから生成される回復薬がなければ、この世界の住人〝でも〟割と死ぬ。「薬がないなら魔法を使えばいいじゃない」と思うのは素人だ。ここの人類で回復魔法を行使できるのは一握りの魔族とエルフだけだ。ヒト族には無理な話であり、故にそれが活計となる。
冒険者登録が例のアレで叶ったのは幸運だった。あの丸い玉に手を翳すヤツだ。身振りで「ありがとう」しか伝えられない不審者が行動の自由を公的に得られる凄いマシーンだ。最高に感謝している。




