2)結託する子どもたち
『母上に聞きなさい』
「母上からは教えてもらいましたわ」
ライムンドの抵抗はあえなく封じられた。
「母上よりも背が高かったのに、子犬のように懐いてずっと一緒で、可愛らしかったとか」
コンスタンサがあの頃、自分をそんなふうに見ていたなど知らなかった。
「ライ」
コンスタンサが楽しげに微笑む。
「私も聞きたいわ」
勘弁して欲しい。あまりに恥ずかしいから、話したことはなかったのに。
「父上、良いではないですか。お若い頃のことでしょうに」
ルシオはどうやらフロレンティナが何を言い出すか知っていたらしい。
「私も知りたいのです」
「姉上だけはずるいです」
ついこの間まで赤ん坊同然だった次男ハビエルまで、好奇心だけは一人前だ。
普段は張り合ってばかりいる息子たちが揃ってこちらを見ている。こんな時に仲良くするならば、普段からもっと仲良くして欲しい。
おもちゃを放り出した幼い末娘フィデリアが、突進してきた。
「ちちうえ、だっこ」
ライムンドは喜んでフィデリアを抱き上げてやった。母と姉が抱きしめられているのを見て、羨ましくなったらしい。
「ライ」
コンスタンサと目があった。
「せっかくですもの、教えてくださいな」
どうやら無邪気で可愛い末娘フィデリアの存在では、妻も子供たちも誤魔化されてくれないらしい。
ライムンドは妻コンスタンサと長女フロレンティナと末娘フィデリアを、全員まとめて抱きしめた。
「父上、手を塞いでごまかさないでください」
ルシオが賢く育ったのは心強いが、その賢さを父親相手に発揮しないで欲しい。石板と石墨を差し出してきているあたり、本当にしっかりしている。
ハビエルは、使用人たちに茶を用意するように声をかけている。末娘フィデリアを相手に嫉妬していたハビエルも成長した。色々と心配りができるようになってきたことが嬉しい。だが、これは長丁場を予想してのことだと思うと、気が重い。
「父上」
フロレンティナの声に、ライムンドは、抱きしめていた腕をほどいた。
「ちちうえ」
甘えるフィデリアを膝に座らせてやる。フロレンティナを膝の上に座らせてやっていた頃を、昨日のように思い出して、別れの辛さが余計に胸に迫ってくる。
コンスタンサと出会った頃のことを思い出そうとすると、辛い記憶も蘇ってくる。長女フロレンティナが今の同じ年頃だ。続いて長男ルシオも似たような年齢になる。それだけの時が経ったというのに、あのときの記憶は、胸の内をかき乱す。
「ライ、思い出すのが辛いなら」
「母上、父上を甘やかさないでください」
コンスタンサが差し伸べてくれた救いの手は、ルシオによって弾かれてしまった。
しっかり者に育ってくれたルシオが恨めしい。そうなるように育てた父親相手に、これは随分と酷い裏切りだ。
コンスタンサの手をそっと握った。あの日、冷たい土しか触れなかった手を優しく包んでくれた手だ。
『教師から聞いただろうに。なぜそんなに聞きたがる』
そう。聞かれて困る事以外は、歴史として記録に残している。芝居にもなっている。
「伯父上は、本人に聞けとおっしゃるし」
まさかフロレンティナが兄シルベストレにまで尋ねているなど知らなかった。
「母上は話してくださるのに、父上は話してくださらないからです」
妻だって、子どもたち相手に自分のお転婆をはぐらかしているのに。どうして自分だけが子どもたちに詰め寄られるのだろうか。
「父上は秘密ばかりです」
ハビエルが不満げに唇を尖らせる。
秘密にしているのは、色々と、子どもたちに聞かれては困ることがあるからだ。コンスタンサに似て活発な子どもたちだ。若い頃の無茶を真似てもらっては困る。出会った頃のことならば話してやっても良いだろう。気恥ずかしいが。ライムンドは過去へ思いを馳せた。