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1)長女フロレンティナの嫁入り

 寂しい。予測される別れの寂しさに、ライムンドは手元のストールを抱きしめた。妻コンスタンサのストールだ。幼い頃、子どもたちは皆コンスタンサのストールで包んでやるとよく眠った。安心するのだろう。今更になってその気持ちはわかる。優しいコンスタンサの香りに包まれていると、気持ちが落ち着く。


 寂しい。ものすごく寂しい。ライムンドはストールと一緒に寂しさを抱きしめた。いつか来る日が、日々近づいてきてくることはわかっている。その日がくるのは当然のことで、幸せに繋がっているはずだと信じている。幸せな未来のために、父親として妻コンスタンサと一緒に最善を尽くしてきたという自負もある。


 寂しい。今になってようやく、伯父ハビエルの気持ちがわかるようになった。娘のフロレンティナのことは、生まれたその日から可愛がって大切に育ててきた。フロレンティナの幸せを、ライムンドは心から願っている。母と同じ名の長女フロレンティナには幸せになって欲しいから、フロレンティナの婚約者は厳選した。色々と周囲も整えた。


 寂しい。これからのフロレンティナの幸せは父親ライムンドの手を離れた先にある。フロレンティナの幸せのために、この先に用意されている別れを祝ってやらねばならない。祝う気持ちに偽りはないが、本当に寂しい。


「父上」

長男ルシオの冷たい視線に晒されたライムンドは、抱きしめていたストールに顔を埋めた。ストールの持ち主であるコンスタンサは、長女フロレンティナと一緒に仕立て屋にあれこれ注文をつけて楽しそうだ。


 昨夜、フロレンティナを送り出すのが寂しいと言ったら、コンスタンサは優しく抱きしめてくれた。それなのに、ライムンドの寂しさと、コンスタンサの寂しさは違うらしい。わかってはいるけれど、この寂しさは、自分一人だけのものなのかと思うと、ますます寂しさが募ってくる。


『寂しい』

「お察ししますが」

呆れたようなルシオの視線には憐れみが混ざっている。それもつらい。寂しい。ルシオは二人目の子だから、生まれたときからフロレンティナと一緒にいたはずだ。仲良かったり喧嘩したりといろいろあったが、ずっと一緒にいたのに。どうしてこの先の別れが寂しくないのだろうか。


「ライ」

声をかけてくれた愛しいコンスタンサをライムンドは抱きしめた。ライムンドと同じく娘フロレンティナを嫁にやる妻だ。きっと寂しいだろう妻に、慰めてもらってばかりで情けないのだが、ライムンドは寂しい。

「寂しいの」

コンスタンサの言葉にライムンドは頷く。


 一人目の子だ。初めての娘だ。長女フロレンティナを皮切りに、子どもたちは巣立っていく。それが寂しい。長男ルシオは家を継ぐが、独立するのだから可愛いままではないとおもうと寂しい。


「父上」

ライムンドはコンスタンサと一緒にフロレンティナも抱きしめた。片腕に乗るくらい小さかった赤ん坊だ。抱いてやって、肩車をしてやって、背負ってやって、手を引いて歩いて、ずっと一緒にいたのに、もういずれ会えなくなると思うと本当に寂しい。胸の内が寂しさでいっぱいになってしまう。


「そんなに寂しがらないでくださいな。また折に触れて帰ってきますもの。父上も母上も、皇国のハビエルの曽祖父様のところへよく私達を連れて行ってくださったではありませんか」

フロレンティナの言葉にライムンドは、懐かしい伯父ハビエルを思い出す。訪ねていくたびに、嬉しそうに出迎えてくれた伯父ハビエルはもういない。大地母神様の御許に還って久しい。


 今、生きていてくれたら、寂しがる自分になんと言ってくれるだろう。やっと儂の気持ちがわかったかと笑う声が聞こえてくるようだ。

「父上」

抱き上げるには大きくなったフロレンティナの声は、コンスタンサに良く似ている。

「嫁ぐ前に、一つお願いしてよいですか」

軽くうなずいて、フロレンティナの言葉の先を促した。

「母上との馴れ初めを教えてください」

軽々しく頷いたことを、ライムンドは心の底から後悔した。




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