田舎娘、居候する
「いらっしゃいませ〜。」
たったの2日目にして、ドルチェは既に看板娘と話題になっている。嬉しい反面、今日の宿はどうしようと、空元気な部分もあった。
(即日払いでお願いしますなんて……図々しいこと言えない。)
もしかしたら今日明日にでも目的が果たせるかもしれない。そうなったら、もうこの店で働く理由もなくなる。本当にそれでいいのだろうかと、ドルチェは悩んだ。この店は居心地がいい。しばらく働くのも悪くないかもしれないと思っていた。
ドアベルが鳴る。客が来た合図だ。ドルチェは笑顔で客を迎える。
「こんにちは!」
「いらっしゃいアレス君、セーアちゃん。」
アレスの後ろに隠れるように、セーアも顔を出す。あくまでも渋々着いてきたのだといいたげな表情だ。
「ドルチェってお家ないの?」
「はぇ!?」
「ちょっと!」
突然のアレスの発言に、ドルチェはヘレナに聞こえないように、セーアはドルチェのデリケートな部分を勝手に、しかも多少脱却して教えたことに慌て始めた。
アレスに悪気はない。ただ、泊まるところがないなら何とかしてあげようとしての事からの発言なのだが、場所が悪かった。
「ドルチェちゃん、家がないの?」
ヘレナが心配し声をかける。慌てて訂正しようにも、泊まるところがないのも事実だ。1、2日働いたところで、ここの給料では宿屋代には足りない。
「大丈夫です!野宿でもなんでもできるので!」
「そんな危ないわ。使ってない部屋があるからそこを使ってちょうだい。」
正直ラッキーだとドルチェは思った。だが、そこまでヘレナに甘えるわけにはいかない。計画性のない行動をしたツケが来ているのだと、ドルチェは反省した。
頑なに拒否するドルチェに痺れを切らしたのはセーアだった。黙って大人しくしていたが、ドルチェの態度に苛つきを隠せなかった。
「もう面倒ね!おばあちゃんの好意を無駄にしないで!」
「……はい。」
ドルチェはヘレナに振り向く。
「よろしくお願いします。」
ヘレナは笑顔でそれに返す。
ずっと暮らすわけではないが、まるでヘレナの人柄を利用するようで、泊まるところが見つかったのはいいが、ドルチェは複雑な気持ちだった。もちろんタダで部屋を借りる気はない。給料から家賃を引いてもらうし、店の事だって今以上に盛り上げようと言う気持ちはある。
ただ、セーアによって反射的に了承してしまったが、それによって宿泊場所も確保出来たため、今は取り敢えずこれでいいのだと、ドルチェは自分に言い聞かせた。
「あの子をママに会わせたくないわ。」
教会の聖堂で、アレスと、清掃していたウベルトに聞こえるようにセーアは不機嫌そうに呟く。
「どうして?ただお礼を言いたいだけなんでしょ?」
「何であの子のために特別にママに会わせなきゃいけないの?」
例外はないと、セーアはおかんむりだ。
「その子に会ったのが5年前だったか?なら、会ってもルクス様は覚えていないだろうな。」
ウベルトが珍しく話に割って入る。清掃の邪魔になるため、早く終わらせて出ていってもらいたいからだ。
「いろんな人と会ってるから?」
「それもあるだろうが、5年前はまだルクス様は目覚めたばかりで、演じていたときだろうからな。」
「セーアってば、可哀想だからパパに会わせないって言ったの?」
憧れの人物が自分のことを覚えていないとなると、きっとドルチェが悲しむ。そう思ったからルクスに会わせたくない。と、勝手にアレスはそう思っていたが、セーアはそれを認めない。
「違うわよ!」
セーアの慌てぶりを見るに図星なのだろうが、会わせたくない理由は他にもあるようだ。その理由をアレスも察しているようで、それ以上は何も言わなかった。
ドルチェは閉店の準備をしながらも、外を気にしていた。もしかしたら教会騎士団が、ルクスが通るかもしれないとの期待を込めてなのだが、それも無駄に終わる。
明日は店がお休みの日だ。1日中港にいれば出会えるだろうか?それとも、早朝から教会の前にいれば出てくるところに遭遇出来るだろうか?そんな考えを振り切り、ドルチェは店の鍵を閉めるのだった。