田舎娘、就職する
ドルチェはセーアに連れられ、とある店に来ていた。看板には「メルティー」と書かれている。店内は甘い匂いでいっぱいで、目の前には数々の甘菓子が並んでいる。ドルチェはそれを、子供のように目を輝かせ見ている。
「おばーちゃーん。」
セーアが叫ぶと、奥から優しそうな老女が出てきた。
「あら、いらっしゃいセーアちゃん。」
「ねぇ、この人働かせてくれない?」
老女がドルチェの存在に気付き、ドルチェは慌てて頭を下げる。軽く事情を話すと、老女はニッコリと微笑む。
「そうね、私だけじゃぁ大変になってきたから、お願いしようかしら。」
「あああありがとうございますっっ!」
深々と頭を下げるドルチェは安堵した。これで金銭面はどうにかなる。改めてセーアにお礼を言う。
「ありがとう!これでまた一歩、ルクス様に近付けるよ!」
「……そんなに会いたいものかしら。」
セーアは呆れながら、用はないと店を出ようとする。
「もう行っちゃうの?」
「あたし忙しいの。精々励みなさい。」
ドルチェにはそう言いつつ、セーアは老女に笑顔で手を振り出ていった。
ドルチェは子供の頃からお菓子を作っては店に置いてもらっていた。そのためお菓子作りは得意だし、人と話すことも好きだ。
「だから任せてくださいね!」
「じゃあ頼らせてもらうわね。私ももう歳だから大変なのよ。」
だが、まだ問題は残っている。
(今日は大丈夫だけど……明日から泊まる場所どうしよう。)
あわよくば宿泊場所も提供してくれないだろうかと卑しい考えをしたドルチェだが、すぐに考え直した。そこまで甘えるわけにはいかない。それにここには教会がある。頼めば泊めてくれるかもしれない。
何とかなるだろうと、ドルチェの考えはお気楽そのものだった。
セーアは苛ついていた。理由はもちろん、ドルチェである。双子の片割れであるアレスは、興味なさげに理由を聞いてくる。
「どーしたのー?」
「別に。人間に話しかけられたのよ。」
「町なんかに降りるからじゃん。」
最もな言い分に、珍しく言葉を返せないでいると、アレスは用事があるのか扉へ向かう。
「どこ行くの?」
「ノアんとこ。」
「あたしも行く!」
「ええー。」
嫌そうにするアレスをよそに、お構いなしに着いていく。いつもは聖堂で待ち合わせのはずだが、今日は違うようで、どんどん町中へ進んでいく。
話が違うと、セーアはアレスに文句を言うも、勝手に着いてきたのはそちらだと言われると、何も言い返せない。
進むに連れて、セーアの嫌な予感は確信へ変わる。
(ちょっと、この道って……。)
アレスが立ち止まった場所は、先程ドルチェを案内したお菓子屋さんだった。
「あたし帰る。」
「何で?せっかく来たのに。」
アレスはセーアの手を取ると、そのまま店内に入った。
「いらっしゃいませ〜。あ、セーアちゃん、また来たの?」
ドルチェはこの短時間で、すっかり店員が板に付いていた。
「ノア君、お友達来たよ。」
「うん。ありがとうお姉さん。」
備え付けのテーブルについていた少年が、笑顔でこちらを見る。ノアは人間だが、諸事情によりルクスが連れてきた子供のため、アレスとセーアはそれ以来遊んであげている。
すっかり懐いている様子に、セーアは愕然とした。別にドルチェを嫌いではないが、まだ知り合って少しで身の上話は一方的に聞かされたが、顔見知りレベルの人間を信用するほど、セーアの警戒心は緩くない。
(何でもう懐いちゃってるのよ!)
「そんなんだから小猫なのよ!!」
「えぇ……?」
いきなり怒られ戸惑うノアに構わず、アレスはお菓子の並ぶショーケースから好きなものを選び始める。
「ヘレナちゃん、これ持って帰るね。」
「ロールケーキね、3つでいいの?」
「5個ちょうだい。お土産なんだ。」
店主である老女──ヘレナを馴れ馴れしく名前で呼ぶあたり、普段からこの店を愛用しているのだろう。
ドルチェはテキパキとケーキボックスにロールケーキを詰め、それをアレスに渡す。その間もセーアに睨まれているのだが、ドルチェは気付かないふりをしていた。
(何か悪いことしちゃったかなぁ?)
子供たちが店内から出る時も、セーアはドルチェを睨みつけていた。警戒からのことなのだが、ドルチェから見れば嫌われてると思い、少なからずショックではある。
「嫌われちゃったのかなぁ……?」
その様子に、ヘレナは慰めではないが気にするなと言葉をかける。
「あの子は人見知りなのよ。」
「昔から来てるんですか?」
「そうねぇ、昔といってもここ数年だから。」
(ルクス様に会うまでに、仲良くなれるかな?)
日が沈み始める。閉店作業をし、ドルチェは改めてヘレナに深々と頭を下げお礼を言う。そして早く宿屋の確保をしなければと、何度もお礼を言いつつ、足早に宿屋へ向かうのだった。