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第33話

 公園で宏樹が瑠璃に涙を見せた日から十日ほど経過し、健司は普段通りに仕事に復帰し、入院前と同じように遅い時間まで働いていた。


「親父、お帰り。いくら体調が戻ったからって、遅くまで働いていたら、また倒れるよ」


 二十三時過ぎに帰宅した健司に、宏樹は心配そうに声を掛ける。


「ああ、それも今だけだから大丈夫だ。それより、宏樹に話がある」


「……じゃあ、夕飯暖めるから、食べながら話そう」


 健司はいつになく真剣な表情であり、何か重要な話であることを宏樹は感じた。


「悪いな、着替えてくる」


 健司は靴を脱ぎ玄関から二階の自分の部屋へと向かった。


 ――話ってなんだろ? 買収の件でまだ何かあったのかな?


 契約が不履行ふりこうになったとか、何か問題があったのかと宏樹は不安になる。




 キッチンのテーブルに、温めた一人分の夕飯が湯気を立てている。宏樹と綾香はすでに夕飯を済ませ、遅く帰ってくる健司は、いつも夕飯を一人で食べていた。


「親父、それで話って?」


 着替えた健司がテーブルに着くと、宏樹は無駄話は一切せず本題を切り出した。


「デリシオッソカフェが久宝パンに買収された」


「え……それってどういうこと……?」


「言ったこと、そのままだ。デリシオッソカフェが買収されて、久宝パンの子会社になったってことだよ」


「え、ちょっと待ってよ? どういうことだよ!?」


 デリシオッソカフェの唐突な買収劇に、宏樹の思考は付いていけなかったようで、同じ質問を繰り返した。


「TOBってやつだよ。『公開買付け』ともいう」


「そういうことを聞いてるんじゃなくて、なんで久宝パンがデリシオッソカフェを買収したんだよ!?」


「さあな……それは俺にも分からん。ともかく、デリシオッソカフェに買収されたコジマベーカリーも、久宝パンの傘下ということだ」


「それじゃあ、デリシオッソカフェとの契約はどうなるの?」


「それは今後どうなるか分からない。どこかで俺と藤沼社長、政光の三者を交えた話し合いがあるだろうから、それまでは何とも言えないな」


「そっか……親父、夕飯冷めちゃうから、食べてよ」


「ああ、そうだな……突然の事で驚いたかもしれんが心配するな。政光のことだ、何か考えがあってのことだろう」


 健司の言う通り、政光は私情をビジネスには持ち込まない。何か利益になることがあるから、デリシオッソカフェを買収したのだろう。ビジネス上の理由があるからには、宏樹にはどうすることもできない。


『お母さんが残したお店はきっと残せるから』


 宏樹は先日、公園で瑠璃が話した言葉を思い出した。


 ――もしかして、瑠璃は、このことを言っていたのか……?


 瑠璃は今は話せないとも言っていた。つまり、この状況になることを瑠璃は知っていたことになる。


 ――今、あれこれ考えても仕方がないか……明日、学校で瑠璃に聞いてみよう。


 今は想像することはできない。無駄な詮索をするのは止めよう、宏樹はそう結論付けた。



◇ ◆ ◇



 健司に買収の話を聞いた宏樹は、翌日、いつもより早く登校し、教室で瑠璃が来るのを待っていた。


「あれ? ひろくん、今日はいつもより早いね?」


 自分より先に登校していた宏樹が珍しいのか、晶が声を掛けてきた。


「あ、ああ、早く起きちゃってさ、家にいてもやることなかったし」


「そうなんだ、毎日そうやって起きれれば、ギリギリにならなくて済むのにね」


 宏樹はギリギリで来ることが多く、晶は遅刻しないかと、いつも心配していた。


「早く来れるように努力するよ――あ、瑠璃が来たから、また後で!」


「あ、うん」


 教室に入ってくる瑠璃の姿を視界の片隅で捉えた宏樹は、晶との会話を中断して瑠璃の元へと向かった。


「やっぱり、瑠璃ちゃんなのかな……」


 瑠璃に用事があるからと、晶に言わなかったのは宏樹にとって反省すべき点である。



「瑠璃! あれはどういうことなんだ!?」


「ち、ちょっと……宏樹、声が大きいわよ」


 宏樹が教室の他の生徒に聞こえる程度には大きな声で瑠璃に詰め寄ったせいで、周囲から二人は注目されてしまう。


「あ、ごめん……そ、それで――」


「宏樹、落ち着きなさい。アンタの聞きたいことは分かってるわ」


「そ、そうか……今回の経緯を聞かせてもらえるか?」


「学校で話すようなことじゃないし……今日は授業は午前中だけだし、放課後に外で話しましょう」


 この学校では隔週で土曜日の授業があり、今日は午前中の四限だけで十二時半には終わる。


「悪い、今日は二号店でバイトなんだ」


「そう……閉店まで?」


「今日は十八時までかな。明日、朝一からバイトだから早めに上がるんだ」


 父親が入院してから、宏樹は日曜の朝の仕込みから宏樹は出勤して、夕方まで働いていた。


「じゃあ……バイトが終わってからでいい? 次の日、朝早くて大変かもしれないけど、そんなに時間は取らないから」


「ああ、それでいいよ」


「うん、分かった。宏樹の仕事が終わる少し前くらいにお店に行くわ。二号店の方ね?」


「そう、二号店の方だから、早く店に着いたらカフェで待っててくれればいいよ」


 コジマベーカリーの本店はパンの製造・販売のみ営業で、駅前の二号店はベーカリーカフェスタイルで店内でお茶をすることができる。


「五時半くらいに行くから」


「じゃあ、待ってるよ」


 ――これで、久宝パンがなぜ、デリシオッソカフェを買収したのか、分かりそうだな……。


 いくら瑠璃が久宝パンの社長令嬢だとしても、TOBをできるような立場ではない。政光の思惑が必ずあるはずで、宏樹はそれを知りたかった。ビジネスなのか、はたまた健司の友達としての行動なのか。

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