第1話
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ピピッ! ピピッ! ピピッ!
「ゆ、夢……か……?」
宏樹はけたたましく鳴り響くアラームの音で目を覚ました。布団の中から手を伸ばし、アラームを止めてから暫し考える。
――なんで今更こんな夢を……?
もう十年も前の忘れかけていた思い出だ。なぜ今になってあんな夢を見たのだろうか?
「……おっと、のんびり感傷に浸っている場合じゃなかった。起きないと」
布団から這い出た宏樹はパジャマのままキッチンへと向かった。
「親父おはよう。今日は本店の定休日だろ? たまには休めばいいのに」
部屋を出てキッチンへ向かう途中、宏樹は玄関で出掛ける準備をしている父親の健治に声を掛けた。
「おう、おはよう宏樹。カフェの方も人手が足りないし俺が行かないと他のスタッフに負担が掛かるからな」
「まあ、そうだけど……」
健治が経営しているコジマベーカリーにはパンの製造と販売のみをしている本店と、カフェベーカリー業態の二号店がある。
今日は本店は定休日でパンの販売は休みだが、パンの卸もしているので製造だけは行なっている。駅前の二号店は店長に任せているから本店が休みの時は健治の公休日だが、人手不足を理由に休まず手伝いに行くようだ。
「じゃあ、行ってくる」
「ん、行ってらっしゃい。親父、無理はするなよ」
「ああ、宏樹も遅刻するなよ」
「分かってるって」
健治と会話を終えた宏樹はキッチンへと向かった。キッチンからはコーヒーの良い香りが漂ってくる。
「ひろ兄おはよう」
妹の綾香も起きてきたばかりのようで寝癖をつけたままキッチンでコーヒーを淹れている。
「おはよう綾香。親父は今日も休まず店に行っちゃったな。他のスタッフに任せてたまにはゆっくりすればいいのに」
「パパは職人だからね。自分で納得できないとダメなんだよ。あ、ひろ兄そろそろパン焼けるからお皿の準備して」
トースターからパンを取り出すと香ばしい良い匂いがキッチンに広がる。小島家の朝食はもちろん毎日コジマベーカリー自慢のパンだ。
「いただきます」
二人して手を合わせ、パンとコーヒー、ハムエッグの簡素な朝食をとる。こんがりと焼けた食パンにバターを塗り一口頬張る。サクッとした食感にパン生地の芳醇な香りが口の中いっぱいに広がる。
「ん、今日も美味いな」
「クラスの友達も美味しいってSNSで宣伝してくれてるよ」
コジマベーカリーのパンは地元でも手頃な値段で美味しいと評判で、SNSなどでも度々紹介記事が投稿されている。
「それは友達に感謝しないとな。そうやって宣伝してくれるお陰で俺たちは生活できてるわけだし」
「でもさ、あんまり儲かってないんでしょ?」
SNS等で有名なのでお客で連日賑わっているようだが、綾香の云う通りあまり儲かってはいないようだ。
「んーどうだろうな。俺は売上までは詳しく分からないよ」
綾香に余計な心配をかけさせないように宏樹は分からないフリをした。
「ごちそうさまでした。片付けは俺がやっておくから綾香は先に顔洗ってきな」
「うん、ひろ兄お願い」
女性は朝の支度に時間が掛かるもの。だから朝食の準備は綾香が、片付けは宏樹が担当している。
――人手が足りてないんだよな……俺も少しシフト増やすかな。
宏樹は健治の経営しているパン屋でアルバイトをしているので店の状況は把握していた。
不足しているスタッフを雇う余裕もあまり無いようで、健治がその分をカバーしている。だから、開店前から閉店まで毎日のように働き詰めの健治のことが宏樹は心配であった。
「ひろ兄、洗面空いたよ」
「おう、食器片付け終わったら俺も準備するよ」
――とりあえず親父にシフトの事は相談してみるか。
「でもなぁ……親父に相談したところで『心配するな』って言われるのオチなんだよなぁ」
健治は『店のことは心配するな。お前はちゃんと大学を出て将来のことは自分で決めろ』といつも言っている。
だから、宏樹がシフトを増やすとか、もっと手伝うと相談するといつも健治は渋い顔をする。
――受験までまだ日はあるし、もっと頼ってくれても良いんだけどな。
「ひろ兄、私は先に行ってるね」
「ああ、気を付けてな」
綾香は宏樹よりいつも先に家を出て行く。学校の友達と待ち合わせして一緒に登校しているのだろう。
「おっと、俺も早く準備しないと」
小島家の朝はこうして毎日を繰り返し、母親亡き今は家族三人で支え合っていた。