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プロローグ

 あの日も暑い日だった。


 連日の茹だるような暑さの中、夏休みに入ったばかりの小島宏樹こじまひろきは照り付ける真夏の太陽の下、ブランコに腰掛け虚空を見つめていた。


 周りには暑さをものともせず走り回る子供の姿。陽気にはしゃぐ子供たちとは対照的に宏樹の心は暗く澱んでいた。


『ねえ、ぼくたちといっしょに遊ぼ?』


 宏樹に声を掛けた子供は向日葵のような笑顔を見せた。


 その眩しすぎる笑顔に宏樹は何も答えず顔を背けてしまう。


『ねえねえ、いっしょに遊ばない?』


 その子供は宏樹に無視されたにもかかわらず声を掛け続ける。


『あきらーそんなやつほうっておいてこっちで遊ぼうぜー』


 ――コイツあきらっていうんだ……男なのにずいぶんとキレイな顔してるな。


 ショートカットで真っ黒に日焼けし、Tシャツに短パンという格好のあきらと呼ばれた子供に、宏樹はそんな印象を抱いた。


『ぼくはブランコで遊んでるから!』


 あきらと呼ばれた子供は友達にそう伝え、空いていたブランコに腰掛け漕ぎ始める。


 あきらと呼ばれた子供は黙ってブランコを漕ぎ続け、会話のない二人の間にキィキィという金属の擦れる音だけが鳴り響く。


『あのさ……さっきのともだちと遊んでくれば?』


 沈黙に耐えかねた宏樹は、あきらと呼ばれた子供にそう伝える。


『やっと話してくれた! ぼくはあきらっていうんだ。きみの名前おしえて!』


 あきらは話し掛けられたのがよほど嬉しかったのか、ぱあっと顔を明るくした。


『……ひろき』


 コイツ馴れ馴れしいな、と思いながらも宏樹は自分の名前をボソリと呟いた。


『ひろきくんか……いいなまえだね! これからはひろくんって呼ぶから!』


 そのバグった距離感に面食らった宏樹の気持ちを知ってか知らでか、あきらは人懐こい笑顔を浮かべた。


『あの……あきらくん、さっきのともだちはいいの?』


『いいんだ。ぼくはブランコで遊びたかったから。それと……あきらってよんで!』


『え? わ、わかった。あきら……」


『うん!』


 あきらは満足したのか本当に嬉しそう破顔した。


『あきらはなんでおれに遊ぼうってこえをかけてくれたの?』


 宏樹は突然声を掛けてきたあきらに疑問を投げ掛けた。


『うーん……ひろくんすごくさみしそうだったから……かな? いっしょに遊べばえがおになってくれるかなって』


『そうなんだ……』


『ひろくんはどうしてそんなに悲しそうなの? よかったらきかせて』


 だが宏樹は答えず黙ったまま地面に視線を落とした。


『そっか……話したくなかったむりしなくていいよ』


『……このまえさ……お母さんがびょうきでしんじゃったんだ』


 宏樹は思い出すのも悲しいはずの出来事を訥々《とつとつ》と話し始めた。


『だから……もうあえないってお父さんがいってて……だから……かなし――』


 宏樹の頭がふわりと何かに包まれ、話していた言葉を途中で止めた。


 ――ッ⁉︎


『かなしいことおもいださせちゃってごめん……』


 黙って話を聞いていたあきらがブランコに腰掛けている宏樹を頭から抱き締めた。


 突然のことに驚いた宏樹だったが何故か心地良くて、そのままあきらの胸に抱かれ続けた。


『ううっ……ひくっ……』


 宏樹はあきらの胸に顔を埋めながら嗚咽を漏らし始める。




『ご、ごめん!』


 どれくらい時間が経っただろうか、泣き終えた宏樹は両手であきら押し退け、逃げるように走り去ってしまう。


『あしたもこうえんにいるからいっしょに遊ぼう!』


 走り去る宏樹の背中に向かってあきらが叫ぶ。しかし宏樹は振り返らずそのまま立ち去っていった。



 あきらの前で泣いてからというもの、恥ずかしさのあまり宏樹は三日ほど公園に行かなかった。


 その後、公園に顔を出すとすぐにあきらと打ち解けた宏樹は元気を取り戻し、毎日のように一緒に遊んでいた。


 夏休みも終わりに近づいた八月の下旬、その日も公園で一緒に遊んでいたあきらの異変に宏樹は気が付いた。


『あきら、きょうはずっと元気ないけどどうしたの?』


『え? ひろくんなに? ごめん聞いてなかった』


 あきらは上の空で今日は会ってからずっとこの調子だ。


『なやみがあるならおれが聞いてあげるよ』


『ぼ、ぼくはげんきだからだいじょう――』


『いいから。ひみつきちに行こう』


 宏樹は言葉を遮り、あきらの手を取り秘密基地へと向かった。


『はあ……はあ……ひ、ひろくん、ぼくひとりで歩けるから……』


 活発な宏樹に引っ張り回され、あきらは息も切れ切れだ。


『あきらはたいりょくがないなぁ』


『ぼくが運動にがてなのはしってるでしょう? もう……』


『ごめんごめん、ほらもうすぐつくから』


 宏樹たちは遊休地にある盛り土の窪みを利用し、そこを秘密基地にしていた。とはいっても地面に段ボールをひいただけの秘密基地だが、ゲームをしたりお喋りしたりと二人だけの大切な場所だ。


『あ、ちょっとまってて。すぐもどってくるから』


 秘密基地に着くなり宏樹はあきらを置いて何処かへと行ってしまう。


『もう……ひろくんごういんなんだから』


 そんな事を言いながらもあきらは少しも怒っておらず、むしろ元気が無いことに気付いてくれたことが嬉しかった。




『おまたせ! ほら、おれのおごりだ。あきらココアすきだろ?』


 そういって宏樹はカップに入ったアイスココアをあきらに手渡した。


『う、うん……でもおごってもらうなんてわるいよ』


『いいんだって。あきらには前にその……げんきつけてもらったし、そのおれいだ!』


 宏樹は初めてあきらと会ったブランコでの出来事を思い出したのか恥ずかしそうだ。


『そういうことなら……ひろくんありがとう!』


 ココアを受け取ったあきらは満面の笑みを浮かべた。


『あきら、なやみがあるならおれが聞いてあげる。まえにおれの話をきいてくれたからこんどはおれのばんだ』


 宏樹がそう言うとあきらは少し考えてから口を開いた。


『……ひろくん……あのね……ぼく――ッ⁉︎ き、きゃあぁぁーーーっ!!』


 突然悲鳴を上げたあきらは手に持っていたココアのカップを落としてしまう。


『む、むし⁉︎ いやぁぁーー!!』


 真上の木の枝からあきらの手に虫が落ちてきたらしく、ブンブンと手を振り回している。


『あ、あきら、もう虫はてについていないからおちついて!』


 あきらは余程虫が苦手なのか短パンがココアで汚れようがお構いなしだ。


『はあ……はあ……』


『あきら、おちついた? まずはそのズボンどうにかしないと』


 落としたココアがあきらの短パンを汚し、淡い色のズボンは酷い状態だ。


『かえったらおこられちゃう……』


 落ち着きを取り戻したあきらは冷静になったようで怒られてしまうと落ち込んでいる。


『おれがこうえんに行ってズボンあらってくるよ。あついからそのへんの木にかけとけば、すぐかわくからしんぱいしないで!』


『え? こんなとこでズボンぬげないよ……それにひろくんに見られたらはずかしいし……』


『だいじょうぶだって。ここに人はこないし。それにおれたち男どうしだしだろ? なにいってんだよ』


『で、でも……』


『もう、はやくあらわないとココアが落ちなくなっちゃうから!』


 恥ずかしがり、なかなか脱がないあきらに業を煮やした宏樹は汚れたズボンに手を掛けた。


『ひろくん、だめ――』


 宏樹が強引にズボンを脱がすと勢い余って一緒にあきらのパンツまで下ろしてしまう。


『えッ⁉︎』


 そこで宏樹が見たモノは、あきらの股間には男なら必ず付いているモノが無く、ツルツルの肌に綺麗な一本のスジがあるだけだった。


『き、きゃぁぁーーーっ!!』


 ――あきらは男じゃなくて女だった……の?


『ひ、ひろくんのバカァーーーッ!!』


 あきらは慌てて膝まで脱げていた短パンとパンツを元に戻し、顔を真っ赤に染め逃げるように走り去ってしまった。

 宏樹は呼び止めることもできず立ち去るあきらの背中を茫然と見送った。


 そして宏樹があきらに会ったのは、これが最後となった。

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