恋人はサンタクロース
クリスマスにぴったり?な作品です。
一人で暮らす少年の元にサンタがやってきて、人との交流の大切さを知り、大人になっていく物語です。
ピー、ピーっとヤカンが、お湯が沸いたことを知らせてくる。
俺は立ち上がり、玄関横のキッチンに向かう。
六畳一間、それが俺の家だ。
珈琲の粉を濾紙に容れて、お湯をゆっくりとそそぐ。
珈琲の香りが部屋に広がる。
三回に分けてお湯をそそぎ、冷蔵庫からケーキの入った箱を取り出して、リビングに置かれた四角形の折り畳み式テーブルの上に置く。
淹れ終わった珈琲をマグカップにそそぎ、皿やフォークを運んでから、最後にテーブルに運ぶ。
ピンポーン
そのタイミングで、インターホンが鳴った。
本当にタイミングが、いいな……
そう思いながら、玄関の扉を開ける。
「ただいま! 冬樹君」
扉の先には、何時も笑顔の彼女がいた。
「ちょうど、珈琲がはいったところだよ」
「うん、ありがとう。いい香り~」
彼女はミニスカートをヒラヒラさせて、部屋に入っていく。
ケーキ売りのバイトの格好のまま帰ってきたようだ。
「寒くないの?」
「うん。なれてるから平気だよ!」
俺の声に手を洗いながら、そう答えた。
そういえば、初めてあった時も今みたいな、ミニスカサンタの格好だったな。
彼女の姿に当時の事を思い出す。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「冬樹君、今日もちゃんと来ましたね」
保健室で、置かれていたプリントの問題を解いていると、担任の乃乃木先生が入ってくるなり、そう声をかけてきた。
「ええ、まあ……」
「もう、もっと小学生らしく笑顔を見せてよ!」
プンプンと自分でいいながら、無茶振りしてくる。
確かに僕は小学六年生だけど、そんな無邪気なやつを見たことがない。
「……」
「はいはい、そうですか、そうですか。先生、一人で遊ぶからいいもん」
無視を決め込んでいると、先生はぶつぶついいながらゲーム機を取り出して、遊び始めた。
カチカチと言う音と、僕のペンをはしらせる音が部屋に妙に響く。
チラリと先生を見ると、ゲームに夢中なようで、真剣な顔で指を動かしている。
先生の方が、小学生のようだと思った。
「先生は、何しにここに来たんですか?」
それとなく、話題を振る。
「いま良いところだから、待って~」
話しかけなければ良かった。
そう思って、プリントの続きを始める。
「……」
「そう、よし。クリア~。えっと、何しにきたんだっけ?」
それは、貴方しかしらないよ先生。
「うーん! あ、そうそう。プリント解けてるか見にきたの」
見てないけど、たぶん手を軽く叩きながら言ったような気がする。
「もうじき終わりますよ。教科書に書かれた問題ばかりですし」
「え~? カンニングしたの?」
その言葉に先生の方を見ると、ニコニコと笑みを向けられた。
「してないです」
「分かってるよ~。こっち見て欲しかったの~」
訳が分からない。
「どう言うことですか?」
「だって、冬樹君は保健室登校でしょ? たまには人とお話しした方がいいかなって」
ニコニコとゆったりした口調で、そう言ってきた。
「必要ないです。好きで、ここにきてるんで」
「私を独り占めしたいの?」
まじで、何言ってんの?
「……」
相手にしきれないので、プリントに集中する。
「無視しないでよ~」
「はぁ、僕は今、テストをしてるんですよ?」
そう、僕は受けなかったテストを受けるために、冬休みに登校してきてるのだ。
「しってます~。教え子のため、休日をつかってきたんですよ? 先生をもっとかまいなさい」
「はいはい、すみません。では、問題を解くので、静かにしてください」
僕の言葉にぶつぶつといいながらも、おとなしくゲームの続きをやり始めた。
勿論、感謝はしているが呼び出したのも先生なので、気を遣う必要もないだろう。
そこからはプリントが終わるまで、会話もなく時間は進んだ。
「はい、三時間たったので、手を止めてくださいね」
先生の言葉に見直しを止め、前を向く。
三教科分のテストを、終えた。
「どうですか?」
僕の書いたプリントに目を通す先生に、そう声をかける。
「え? 全部埋めてますね」
僕の言葉に、驚いた感じの声をだした。
「いや、ざっと見た感じ、解けてますか」
「答えのプリントがないと、解んない。後で見るね~」
嫌々、それはおかしくないか。
「小学生の問題ですよ?」
「何よ! 漢字以外は、答えなんて解るわけないでしょ!」
いや、足し算は解るだろ。
まあ、いいや。考えてもしんどくなるだけだし。
「そうですか。では、僕は帰りますね」
椅子を引き立ち上がる。
「あ、待って、待って」
「何ですか?」
ランドセルを背負いながら聞く。
「ふっふー。今日は何の日かは知ってるよね?」
「……知りません。では、冬休み明けに」
ニヤニヤした顔がムカついたので、ドアに向けて歩きだす。
「にゃ~、待ってよ~」
腕を捕まれた。
「何ですか?」
仕方ないので先生の方を向き、聞くことにする。
「今日はクリスマスイブだよ! 本当に知らなかったの?」
そう言えば、もうそんな季節か……
「だから、どうしたんですか?」
「本当に、冷めてるわね。プレゼントあげるから手をだして~」
僕の反応にクスクスと笑って、先生はいそいそと鞄からクリスマスデザインの袋を取り出した。
「そんなの、受け取れませんよ」
「いいから、いいから。あ、他の子には秘密だよ」
口元に指を当てて、シーとジェスチャーで伝えてくる。
その仕草に不覚にも、ドキッとしてしまった。
「そうですか、ありがとうございます」
受け取って、お礼を伝える。
「じゃぁ、また新学期に~」
そう見送られて、僕は保健室を後にした。
そこからは誰にも会うことなく、僕が住む2DKのアパートに帰宅する。
「ただいま」
誰がいるでもないのにそう声をかけながら、部屋に入っていく。
両親は海外勤務で僕は独り暮らしをしていた。
虐待だのと騒がれそうなので、誰にも話したことはない。
先生にも都合悪いからと、面談等をやり過ごさせてもらっている。
「さて、晩御飯の支度だな」
僕は冷蔵庫を開けて、しまったという表情になった。
中には、うどんが一玉と調味料しかはいっていなかったのだ。
仕方がないので、財布を持って、再び外に出る。
部屋の外は寒く、吐く息が白い煙になった。
家の前の坂を下って、商店街に向こう。
「ママ~。サンタさん今年もくるかな?」
「いい子にしてれば、来るわよ」
道中、そんな親子の会話が聞こえた。
僕とそう年も違わなそうなのに、サンタを信じてるなんて、どういう頭をしてるんだ? 僕はバカだなと思いなら、その横を通り過ぎる。
シャン、シャン~
商店街につくと、クリスマスらしい、音楽がなっていた。
どこもかしこも、クリスマス空気。
何がそんなに嬉しいんだ?
疑問に思いながら、お肉屋に向かう。
親はかなりの生活費をくれるので、不自由はない。
テスト明け祝いに、少しいい肉でも買おうと思ったのだ。
「いらっしゃい! お使いかい? 偉いね~」
店のおじさんが、ニコニコとそう声をかけてきた。
「はい、クリスマスにふさわしいお肉を、買ってくるように言われたんです」
愛想笑いを浮かべて、おすすめを聞くことにする。
「そうだな、やっぱり鶏肉だな! 惣菜にフライドチキンもあるから、お母さんも楽なんじゃないかな?」
なるほど、たまには良いかな。
「では、それを二つ下さい」
怪しまれないように二つ頼む。
「まいど」
お金を渡して、品物を受け取る。
さて、帰るか……
寒さに体を少し震わせて、早足で帰宅した。
買ってきたフライドチキンを皿に並べたところで、先生に何かをもらったことを思い出す。
ランドセルを開けて、クリスマスデザインの袋を取だした。
「何がはいってるんだ?」
思いの外軽い袋を開けて、中身を確認する。
ラッピングされた、小さめのカップケーキが二つ入っていた。
その二つもテーブルに置いて、手を合わせる。
その時、チャイムが鳴った。
チラリと壁にかけてある時計をみる。
午後七時。
勧誘かな?
めんどくさいので、無視をしようと思ったが、しつこく鳴らされるので、出ることにした。
「はい……」
チェーンをしてから、ドアを少し開ける。
古いアパートのため、インターホン越しの会話ができないのだ。
「やぁ、サンタさんだよ」
ドアの先には、サンタクロースの衣装を身にまとった金髪の女の人が立っていた。
「え? あ、お母さん今居ません」
突拍子のない言葉に驚いてしまったが、ドアを閉めるための呪文を唱えて、ドアを閉めようとする。
「違、私、サンタ。開けて、開けて」
足をドアの隙間にいれて、閉まらないようにしてきた。
「いや、サンタなら、煙突から入るでしょう!」
無理やりドアを閉じようと試みる。
「痛い、痛い。アパートに煙突ないじゃん」
泣きそうな声を出すのでドアを閉めるのをやめて、落ち着いて言葉を選ぶ。
「いや、そもそも。サンタなんて嘘だろ」
よし、これであきらめるはず……
「はぁ、良い? ここにサンタがいるの――つまり本当。anndasutann」
胡散臭すぎる。
「なら、証拠は? 服装だけだと信じられない」
ミニスカサンタ服で、サンタの証明にはならない。
「う~ん。そうだな~、君の願いは何かな?」
「サンタなら分かるんじゃないの?」
「いや、手紙書いてくれてないし。そもそも、今年まで私を呼んでくれなかったじゃん――」
頬を膨らませて、いかにも怒ってますと言いた感じで言われる。
その時、隣の部屋の玄関が開く音がした。
やばい、そう感じて、鎖を外して女性を部屋に引っ張っていれる。
「わぁ、わぁ! 何?」
「しー。静かに」
「ちょっと、うるさいんだけど」
隣の部屋から顔を出したおばさんにそう言われて、睨まれた。
「すみません。友達がサプライズで着て、驚いてしまいました」
ぺこりと頭を下げて、嘘を並べる。
「ふん、クリスマスだからって、騒がないでよ」
おばさんはそう言い残し乱暴にドアを閉めて、部屋に入っていた。
あのおばさんは以前にも難癖のようなものをつけてきて、警察を呼ばれたこともあったのだ。
「ふぅ」
あんどの息を吐き、引っ張りいれた女性の方をみる。
「あれ? どこ行ったんだ?」
姿が見えない。
奥の部屋から、物音が聞こえてきた。
早足で部屋に戻ることにする。
「カップケーキだ~」
「ちょ、何してるんだよ」
部屋に戻ると目を輝かせて、カップケーキを手に持って見つめているのが目にはいった。
「え? 食べていいんだよね?」
「どうしたらそうなるんだよ!」
予想外の反応に、ついツッコミをいれてしまう。
「だって、二つあるし。何より、サンタを呼ぶには、ケーキが必用なんだよ?」
「知らないよ! だからさっき呼んだとか言ってたのか」
幸せそうな顔でカップケーキを噛り、こくこくと首を縦にふって、返事をくれる。
ナチュラルに食べ始めやがった。
「呼んでないから、帰っていいよ」
「えー! わ、それは困るよ!」
あたふたと落としそうになったカップケーキをキャッチして、真面目な顔でそう言ってきた。
「困る? どう言うこと?」
聞きながら、彼女の分のお茶をいれる。
「サンタのルールで、願いを叶えなくちゃいけないんだよ! あ、ありがとう」
「そうなんだ。でも、願いなんてないんだけどな」
生まれてこの方、誕生日やクリスマスのプレゼントなどは貰ったことはなく。
何かをねだった記憶もない。
「え、あるでしょ? 小学生だよね?」
小学生ならあるものなのか、知らなかった。
「君はどうなの? 願い事」
「私? どうして?」
不思議そうにきょとんとした顔で、聞いてくる。
「僕よりは年上だろうけど、まだ貴女も学生くらいですよね? 願い事はないんですか?」
サンタに願い事を聞くのは変だけど、そう年も変わらなそうな彼女の願い事に興味がわく。
「私? うーん。あ、君の願いが私の願いかな? って」
どや顔で言ってくる。
なんだろう、先生くらい、鬱陶しい。
「そうなんだ、じゃぁ君が帰るのが願いってことで」
お茶を一口飲んで、そう言ってやる。
「な! 可愛くない。もっとドキッとしたり、照れたりしてよ!」
机をバシバシ叩いて、ムッとした感じで、そう言ってきた。
「あー、はいはい。もういいから、貴女の遊びに付き合うのは、疲れたから帰って」
僕はもう、彼女の遊びに付き合うつもりはない。
「遊びって、本物だよ? 凄いんだよ? ほら、こうやって~」
スカートのポケットから白い巾着を取り出して、そのなかを漁る。
「な、マジックか?」
不釣り合いのサイズのゲーム機を取り出したので、驚いてしまう。
「ふっふっんー。これが、サンタの実力だよ! さ、対戦するよ!」
彼女は手早くカラーBOXの上におかれたテレビに、ゲーム機を接続する。
そのまま、コントローラを一つ投げ渡してきた。
「何で、そうなるんだよ」
「いいじゃん、いいじゃん。私の凄さを見せてあげるよ!」
「ゲーム何て、したことないんだけど?」
コントローラを見ながらそう声をかける。
「それは、構わないよ! ボコるだけだから」
何て、悪魔的なやつなんだ。
こうして、僕の始めてのゲーム体験が幕を開ける。
始まったゲームは対戦格闘系なゲームだった。
最初は操作を覚えるために負けていたが、ざんきが一つになったところで、
形成が変わる。
「えっと、スマッシュがこれだったな」
「にゃ!? え、ガードできない。」
「防御して、投げからの、必殺技っと」
「セコい、セコい。ハメ技だ~」
「あと一つか……」
「もう、本気でいくからね! って、あぁぁぁ~。落ちる、落ちる」
彼女のキャラは復帰することなく、画面外に消えた。
僕の三連勝。覚えたら、簡単だったな。
「タイミングよく、ボタンを押せば勝てるんだね?」
「ぐぬぬぬぅ。次は、ガチでいくからね!」
二十戦ほど付き合わされたが、一度も負けることはなかった。
「そろそろ、休まない? ごはん食べてないし」
「くぅ、絶対ゲームやりまくってるよね?」
僕の言葉を無視して、唇を咬みながら、ムスっとにらんでくる。
「いや、初めてだよ。うん、なんか面白かった。ありがとう」
「そ、そう? それは良かったよ」
「そうだ、お返しとは言ってはなんだけど……チキン食べていく?」
皿に置かれたままになっていた、チキンを指差して聞く。
「良いの!? 嬉しい~、お腹ペコペコだよ」
「じゃぁ、一個づつだね」
この年、僕は初めてクリスマスを誰かと過ごした。
この出会いが僕の人生を変えるなて、この時は思いもしなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
小学生六年生になった僕は、クリスマスの準備に取りかかっていた。
別にクラスの誰かが来るでも、家族が揃うでもないのだが、あの子がやってくると信じているのだ。
今年は某お店のチキンと、地元のケーキ屋さんで、ショートケーキを買っておいた。
お湯をわかし、紅茶のティーバッグを用意する。
お湯を注ぐとふわりと紅茶の香りが、部屋に拡がった。
ピンポーン。
紅茶ができるタイミングで、インターホンが鳴る。
「はい」
ドアを開けて、声をかけた。
「やっほ。今年もきたよ! 去年の約束だし」
方手を上げて、サンタがニコニコと笑いかけてくれる。
去年、プレゼントを聞かれた僕はこう言ったんだ「来年も遊びにきてくれるかな?」と、彼女は答えるでもなく、頬を掻きながら、微笑んで僕の部屋を後にしたのだ。
「ありがと、あがって」
「うん」
彼女をリビングに通して、クリスマスパーティーが幕を開ける。
「今年は、少しいいケーキも用意したよ!」
「うわぁ~。ありがとう。あれ? 手作りじゃないんだ?」
テーブルに置かれたケーキを見て、そう聞いてきた。
そういえば去年は、先生の手作りだったな。
「今年は貰ってないからね」
「何? フラレたん? おっちゃんに言うてみい」
ニヤニヤと聞いてきた。
「そんなんじゃないよ! おっちゃんってなに」
「ふふ、そっかそっか」
彼女は満足げに頷いて、テーブルの前に座る。
去年のも美味しかったけど、やっぱりプロの方が嬉しいのかな?
僕もその向かい側に座って、手を合わせる。
「「いただきます」」
まずは、チキン。
パリパリと揚がった皮がなんとも癖になる味わいだ。
「美味し~」
「はは、良かった。紅茶いれてるけど、飲む?」
「うん! 飲む飲む」
満足げにチキンにかぶりつき、一通り食べ終えたら、紅茶を飲む。
「さて、ケーキも食べようか?」
「私、サンタなのにこんなことしてていいのかな~」
幸せそうにケーキを一口食べて、そう声をだす。
「良いんじゃないかな? これが僕の願いだし。何より、たまには休まないと」
僕はそう言って、笑いかける。
「神~。じゃぁ、お言葉に甘えるね!」
「はは、どうぞどうぞ。そう言えば今更だけど、名前は何ですか?」
今更ながら、名前を教えてもらっていないことに気付いた。
彼女はフォークをくわえたまま、目を見開いて僕の顔をまじまじと見つめてくる。
聞いたら、ダメだったかな?
「ひょうひえば、まだ教えてなかったね? 私の名前は、アリス。よろしくね」
フォークを途中で口から話して、そう教えてくれた。
「アリスか……教えてくれてありがとう。さて、今年もゲームをしようか?」
「うん、負けないよ!」
この後日付が変わるまで、ゲームで遊んだ。
勿論、負けることはなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「卒業おめでとう! 冬樹君」
卒業式の日、正門の前で、乃乃木先生が声をかけてきた。
「先生、どうもです」
僕は頭を下げて近づいて行く。
担任でもないのに三年生の頃から何かと気にかけてくれたのは、乃乃木先生だけだった。
「もう、可愛くないな~。泣いていいんだよ?」
目の前に来た僕にそう言って、抱きつこうとしてくる。
「あ、そういうのいいんで」
僕はそれをかわす。
「う~、最後までひどい」
「酷くはないと思いますけど――まあ、本当にありがとうございました」
「え?」
深々と頭を下げて、お礼を伝える。
「えって、僕だってお礼くらい言いますよ」
「何だか、少し変わったね? もちろん良い意味でだよ?」
「そうですかね?」
「そうよ、もっと冷めてたし。絶対私を無視して、素通りすると思ってた」
僕はどれだけ、ひどいイメージを持たれているんだ。
「何ですかそれ」
「うん、良いこと良いこと。中学に上がっても、頑張るんだよ?」
その言葉に僕はもう、乃乃木先生に会う事はなくなるんだと、気が付いた。
「もちろんですよ。保健室登校を頑張ります」
「もう、まじめに登校しなさい」
二人して、正門の前で笑い合う。
こうして僕は無事、小学校を卒業した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そこからが僕の戦いだった。
保健室登校を辞め、普通に登校し静かに暮らす。
僕は何時しか、恋をしていたんだ。
アリスにふさわしい人になるため、まじめに人並みの生活をし勉強に励む。
だけど中学に上がってから、アリスは一度も会いに来なかった。
最後の日もまた来てほしいと言ったのに。
大人になったらサンタは、現れなくなるものなのか?
だったら、大人になんてなりたくない。
アリスにあって告白したかったんだ。
側にいてほしい。
僕の人生を変えてくれた君と暮らしたいと思ったんだ。
なのに君は姿を見せない。
届くことのない、この気持ち。
気が付けば、中学三年のクリスマスになっていた。
クラスの女子から突然告白されたが、「好きな人がいるから」って、断った。
今日は何もする気になられない。
テーブルに置かれたケーキを見つめて、泣きたくなってくる。
僕の気持ちはもう……
その時、インターホンが鳴った。
僕は期待とそんなはずないという気持ちに揺られながら、玄関のドアを開く。
「やっほ、冬樹君。おまた」
そこには、変わらない記憶の中の笑顔のアリスが立っていた。
「アリス……」
ただ、僕より身長が低い。
僕だけ成長していることが分かって、悲しい気持ちも芽生える。
「上がっていい?」
僕が見つめていると、アリスがそう言ってきた。
「もちろんだよ」
久しぶりの二人のクリスマス。
僕はそう言って、リビングにアリスを通した。
テーブルを挟んで座り、数分無言で過ごす。
「怒ってる?」
アリスが先に声を出した。
「どうして?」
「ずっと? 二年間会いに来なかったし」
「怒ってないよ。ただ、悲しかった」
「ごめんね。サンタは夢見る子供のもとに行かないといけないから……」
アリスはしゅんとした顔で、そう教えてくれる。
「昔の僕は、夢見てなかったけどね」
「ふふ、そうだったね。でも、心のどこかでは、誰かを探してたよね?」
その言葉にドキッとした。
確かに冷めたようにふるまっていたが、心を許せる人を望んでいたかもしれない。
「ココア、いれるよ」
僕は立ち上がって、ミルクを沸かす。
「ねぇ、どうして今年は来たと思う?」
「さぁ? 神様が僕にご褒美をくれたとか?」
空気を明るくしようと笑いながら、そう返す。
「惜しい。でも、半分正解かな?」
「半分正解? どういうこと?」
ココアをテーブルに置いて、座り直してから聞く。
「ありがとう。えっとね、神様? にお願いしたの、サンタを辞めたいって」
「え!? 熱。 ど、どうして?」
動揺して、ココアで下を火傷してしまった。
「恋しちゃったんだよ……」
その言葉に僕の初恋が終わった。
「へ、へぇ~。お、おめでと。どんな人なの?」
頑張って平常心を装って、そう聞いてみる。
「う~、冬樹君って鈍感?」
ジトっとした目になって、そう言われてしまう。
「どういうこと?」
「つまり、君が好きなんだよ、冬樹君」
「え、えぇぇー」
「初恋っていうのかな? 君と遊んだあの日が忘れられなくって、ボケッとしちゃってね」
アリスは、ははっと笑った。
たぶん仕事をミスしたりして、怒られたんだろうな。
「僕も好きだ。君にふさわしい人になれるように、努力したんだ。来年は、名門の炭谷高校に入学も決まったんだ」
「ふさわしいって、なんなの」
「確かに。でも、本当に、アリスが好きだ。僕も初恋だ」
「嬉しい。うん、けど……来年に私に関する記憶は無くなるんだ。でも、冬樹君が見つけてくれたら、嬉しいな」
「どういうこと?」
「サンタを辞める条件が、記憶の消去なの。でも、きっとまた、君に恋する自信があるんだ~」
アリスはそう言って、はにかんで笑う。
そんな……神様ってなんて意地悪なんだ。
「そんな、そんなのってあんま――」
「だから、おまじない――ふふ、ファーストキスだよ?」
動揺する僕の口を、言葉ごと奪う。
「僕だってそうだよ」
「嫌だった?」
「いや、勇気が出たよ。ありがと、必ず探すから」
「うん、約束」
僕達は指切りをした。
そして残された時間を、ケーキを食べたり、ゲームをしたりと昔のように過ごす。
これが最後じゃない。
必ず未来につなぐんだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「さて、左から順に自己紹介していくように」
高校の教室、今日から始まる高校生活。
この数か月、何かを忘れているような……心に穴が開いている感じがしていた。
この高校でそれが埋まってくれたらいいなと、ぼんやり考えて窓の外を眺める。
「すみません。遅刻しました~」
勢いよくドアが開く音とともに、元気な声がクラスに響く。
何となく視線を向けると――美しい金髪の少女がそこに立っていた。
「アリス――」
僕は無意識にそう声を漏らして、涙を流した。
(完)
お読みいただきありがとうございます
十万文字にできる勢いでしたです笑
まあ、短編用なので、この話はここまでですかね?
少し長いのが心配ですが、楽しんで貰えていれば、幸いです。
今後とも狸寝入り作品を読んでもらえると嬉しいです! 感想、Twitterコメント貰えると嬉しいです!では、最後にあらためまして、お読みいただき本当にありがとうございました