生きがいを奪って優しく殺す女
「どうでしょう!?」
「うん!先生!実にいいおっぱいですな!」
「生きがいを奪って殺す女」事「ブスヤマ」は老人に自分の胸を触らせて笑っていた。
ここに来て一時間と経っていないのにもう胸を揉ませる程打ち解けた様だ。
私がこんな緊張しているのに……。
老人のとてつもなく広い部屋には氏が集めた高級品の山。
どれも1000万以上はするらしい。
「宝と呼ぶには最低1000万以上はしないといかん」
老人はそう話していた。
もしも私が何かの拍子にどれか一つに傷を付けたら1000万以上の借金が確定する。
きっと逃げられも隠れも出来ない。
なぜならここは日本一の極道。
安保組組長『安保琢二』氏のお屋敷なのだから……。
・
どうしてこうなったか思い出してみる。
私は違法で営業している『ブスヤマメンタルクリニック』の社員である。
社員といっても私とブスヤマしかいないのだが。
ブスヤマは「美しくない所が見当たらない」程の美女なのだが恐ろしく口が悪い。
彼女の趣味は悪口で、テレビやYouTubを私に無理矢理見せては演者の悪口を短くて五分。
長くて五時間は語る。
趣味はドラムで機嫌の良い時は一日中叩いていたりする。
その姿は滑稽で。とても『生きがいを奪い人を死に導く』事を生業とした悪人には見えない。
雨の日にその客はやってきた。
安保ひふみ。
と
安保やよい。
だ。
「ある刑事に最高の頭脳を持つ最高の殺し屋がいるとここを紹介されたわ」
ある刑事……ブスヤマいわく『悪い奴』の事だろう。
ブスヤマは仕事の好き嫌いが多かったが『悪い奴』の仕事は必ず引き受ける。
私も彼からここを紹介された口だ。
「父の生きがいを奪って殺してほしい」
「いいっすよ」
ブスヤマはくわしい話も聞かずに仕事を引き受けた。
・
「しぶといのよねぇ?」
「ねぇ~?」
ブスヤマはテーブルの下でコソコソとアプリゲームをプレイしていたので、話は私が聞いて後でブスヤマに伝えることになりそうだ。
ターゲットは安保琢二。
余命宣告を受けたガン患者だが、余命を過ぎてもなかなか死なない。
痺れを切らした早く遺産の欲しい姉妹はブスヤマの元を訪れたという訳である。
「日本一の極道だかなんだか知らないけど迷惑な親父だったわよ」
「そ。どれだけ私たちの肩身が狭かったことか……」
「ご……極道ですか?」
「そうよ」
どうやら極道は銀行口座を持てないらしい。
姉妹の言う『遺産』とは安保家にある巨大金庫にある現金の様だ。
「厄介な事にパスワードを教えてくれないのよねぇ」
「生意気にねぇ。しかも無茶苦茶強固で無茶苦茶最新の二重金庫!」
「……」
ブスヤマは相変わらずアプリを楽しんでいる。
人の悪口は大好きなくせに聞くのは大嫌いなのだ。
本当にいい性格してるわ。
「遺言も遺してないみたいだしぃ?」
「私たちも職業柄。鍵屋にも頼めないしねぇ。開けたら中身を見た鍵屋を殺さなきゃいけないしぃ?」
「うんうん。死体処理は面倒よねぇ。でもこのまま県に寄付なんて事になったらやーよ。あっ。ついでにパスワードの解読も頼めない?」
「いいっすよ」
こうして私たちは『苦しみを和らげる日本一の医者』としてI県の安保琢二氏の屋敷にヤクザの護衛付きで向かう事になったのだ。
・
「娘たちは子供の頃はそりゃー可愛かったけどなー。今では嫌わて嫌わて……極道の宿命っちゃ宿命だわなぁ」
「もっと思い出話を聞かせてくださいよ」
「いいよ」
安保氏とブスヤマは相変わらず楽しそうに話している。
この女……暗号については考える気はないわ。
姉妹が言うには琢二氏が二人に与えたパスワードのヒントは「たから」のみ。
この部屋にある宝からパスワードを見つけろってのは無理がある……というか無理。
龍の置物に宝石。なんたら天目の壺だの無くなったハリウッドスターの切り落とした中指……。
「孫の顔を見せろってのは無理だけどせめて彼氏でもいりゃーなー」
40後半で自分の父親の悪口を平気で言い、死まで望むあの姉妹に結婚は難しいだろうと思われる。
そんな事は私にでもわかる。
私は頭の鈍い方ではな……あれ?
「……待って」
『開けた鍵屋を殺す』
あの姉妹はそんな事を言ってなかったかな?
えっ?じゃあパスワードを見つけたら?そもそも『金庫』の存在を知った時点で私たちどう足掻いても殺されるんじゃ……。
私はブスヤマにその事を耳打ちすると
「いやー。それが裏稼業の辛いとこよ。この家に来た時点で。つーか話を聞いてしまった時点でout。ズバリ正解。やるわねあなた」
「じゃあどうすんのよ!」
私が思わず大声を出すと黒服の男たちが部屋に雪崩れこんできた。
「お気になさらずー」
ブスヤマが笑顔で手をあげると男たちは一礼をして去っていった……と言っても廊下で待っているんだろうな~どうやっても女二人じゃ逃げられないよなー。
そうかー私たち死ぬのか~。最近まであんなに死にたかった私だが今は死ぬのが怖い。
そんな私の気持ちなど露知らずブスヤマは安保氏との会話を止めない。
お互い実に楽しそうだ。
「年を取ると不思議なもんで全部いい思い出に変わるんですよ先生。妻はいなかったからね。子育て。あれは男一人には辛かったはず。だが楽しかった」
「そりゃあいいです。私も早く年を取りたいもんです」
ダメだわこりゃ。
私はせめてパスワードを探す努力をしようと決めた。
パスワードさえ分かればそれを教えることを引き換え条件に逃げれるかも……。
『たから』だけがヒントか。
たからたからたから。
宝石、車、ヴァイオリン?
日本語かアルファベットか数字か……ああ!分かるわけない!
・
その夜の事である。
「パスワードが分かった!?」
「ええっ!?」
私も驚いてしまった!雑談している様にしか見えなかったが、ちゃんとパスワードを聞き出してたんだ!流石ブスヤマ!
「正確には『パスワードを聞き出す方法』が分かりました。まっ。それは明日にでも!氏の許可は貰いました。今日は泊めていただきます。酒も好きに飲んでいいようで……ねぇ君!飲もう!」
姉妹は早く教えろとしばらくギャーギャー騒いでいたが、ブスヤマが強いウイスキーをストレートでコップ4杯一気のみした所で(ああこいつは頭がおかしいのか)と諦めて自宅へ帰っていった。
酔ったブスヤマは相変わらずの悪口マシーンで、姉妹の悪口が止まらなかった。
「……結論としては……あいつらはブス!あはははー!」
容姿端麗なブスヤマが使うと『ブス』という言葉が核爆弾並の悪口になる。
この女にブスと言われてブスと言い返せる女は世界にもそうはいないだろう。
「見た目がというか中身が?親の心子知らず……辛いねぇ。しかしあいつは『悪い奴』だよ」
ああそうか。ブスヤマは明日。安保氏を殺すのだ。
あんなに楽しそうに話していたのに……
『私は悪い奴しか殺さない。そうでなければ私は必要悪から害悪に成り下がる』
以前ブスヤマが言った言葉だ。
そりゃあ安保氏は極道で……悪い事も相当してきたのだろうが……もやっとするわね。
・
翌日。安保氏は眠るように亡くなった。
・
深夜。私たちはクリニックに帰ってきた。
「ねぇ。なんで安保氏は亡くなったの?」
「ん~?」
ブスヤマの背伸びは女の私でも凝視してしまう。
大きな胸が上に上がり、バルンと音をたてて元の位置に戻る。
『お父さん。私たちの心配はしないで』
『姉妹仲良く力を合わせて生きていきます』
『パスワード分かりました。本当にありがとう。愛してるわ』
姉妹が安保氏にそう言うと安保氏は亡くなったのだった。
「私が姉妹にそう言えと言ったよ。自分がいなくなった後に姉妹は生きていけるのか?仲良くやれるだろうか……その心配が彼を『生かして』いたからね。彼の生きる意味……生きがいは『心配』だった。私はそれを奪った。結局私が殺したってことよ」
はぁ。ただ雑談していただけなのに彼女にはそんなことが分かったのかと感心したが、親とはそういうものなのかもね……。
そういえば氏は娘の話ばかりしていた。
「いや。氏を見たときは驚いた。肌は黄色くなっていたし、腹も膨らみ痩せ細っていた。胃も肝臓も完全に『やられている』事は明らかだ。地獄のように苦しかったと思う。私は彼を殺すことにした。覚悟するのに一晩かかったが。最後の夜は……痛みはなかったと思う。私が日本にはない『キツイ麻薬』を射ってあげたから。見つかったら捕まる奴ね」
忘れていたが、彼女は医者でもあった。
辛い決断だったろう。
あのウイスキーの一気のみは彼女なりの『気合い入れ』だったのかもしれない。
私はブスヤマに
「あなたは彼に死の安らぎを与えたのよ」
と言葉をかけた。
ブスヤマは「ありがとう」と言いドラムのスティックを握った。
「あっ。後。最後のあれは何だったの?」
・
安保氏が亡くなった後、姉妹は激怒した。
パスワードを聞き出す前に父が死んでしまったからだ。
姉妹は罵詈雑言を父の遺体とブスヤマにぶつけたが、ブスヤマは目を閉じて手を合わせるのを止めなかった。
私もそれにならった。
私の場合はやけくそみたいな物だったが。
「殺す!」
姉妹がブスヤマに襲いかかろうとすると黒服の男達が姉妹を羽交い締めにした。
「なにすんのぉ!?私はあんたの組長の娘よ!次のボスよ!?」
「俺達が付いてきたのは親父でおめぇらじゃねえよ」
「安保さんは……」
ブスヤマが祈りを止めずにそのまま話を始めた。
「貴方達の話もしていた。『次の時代が来る』って。だから解散はしない方がいいです。今追いかけたら安保さん怒りますよ」
「……先生。昨日の親父は最高に楽しそうで最高に安らかだった。ありがとよ」
黒服は姉妹達を拘束したままどこかに消えた。
遠くから『パシュン!パシュン!』という音が聞こえた。
それから10分ほど私たちは安保氏の冥福を祈り続けた。
「んっ!んっ!」
とブスヤマは二回唸ると立ち上がり
「帰ろうよ」
と言ったのだった。
・
「黒服達の生きがいは『安保の親分』だった。安保さんが亡くなったら組を解散して死ぬつもりだった。だから私は次の「生きがい」を与えた。それだけ」
ああ~。そういうことだったのね。
この女は生きがいを奪うことも得意だが生きがいを与えるのも天才なのだ。
私もそうだった。
「あのパシュン!って音は……?」
「サイレンサー付きの銃ってそんな音がするらしいわよ?」
「あ」
聞かなきゃよかったわ。
「黒服達が生きるには姉妹は邪魔だったって事ね。安保氏は姉妹が仲良く生きる事を望んだ。だが黒服達が生きるには姉妹の存在は邪魔だった。私は黒服達を選んだ。そうしないと殺されちゃうし」
ブスヤマはドラムにスティックを叩きつける……前に私はもう一つ質問をした。
「結局パスワードはなんだったの?」
「『123』と『841』。決まってるじゃない。『たから』だもの。黒服たちもそれを知ってたんじゃない?」
あーあー。
「たから」かぁ。娘である『ひふみ』と『やよい』か!
何だか自分が恥ずかしい。
私はたからと言えば高価な物だと思いこんでいた。
安保氏にとって一番のたからは娘だったのか。
親の心子知らす……なるほどなるほどー!
「子供ってのはそりゃあ可愛いらしいよ。どんなバカでも何歳になってもね。私は結婚も出産もするつもりはないから想像だけどね。『パスワードがわかった』と娘に言われた時は安保さん嬉しかったろうなぁ。『気持ちが伝わった』って。金庫のお金はどうなるのかしらね?組の為に使って欲しいけど……『悪い奴』に取り上げられるかも?あいつは本当に悪いわ」
そう言うとブスヤマは今度こそスティックをドラムに叩きつけ演奏を始めた。
激しく……はなくジャズテイストの落ち着いたメロディーだ。
彼女なりのレクイエムなのかもしれない。