二重人格3
「私はいなくなりたかった。私がいるせいで、みんなが苦しむなら私はいなくなったほうがいいと思った。私がいなくなることで私も傷つかないし、みんなも傷つかないのなら、それでいいんだと思った。だから、あそこで死なせてくれればよかったんだ!!!!」
私は泣き崩れた。
冷たい床に一つずつ雫が落ちる。
何回も言葉にしたかった言葉。
弱み、苦しみ、悲しみ。
すべてこの言葉に入っている。
気づいて欲しかった。
誰でもいいから聞いて欲しかった。
「罪を犯したものは償うのが人間なんだ。お前は両親を殺した重い罪がある。それを償うのがお前の使命なんじゃないのか?」
嘆崎さんは優しく言った。
そのときに浮かんできた。
お母さんとお父さんの優しい笑顔が。
楽しかった日々が。
どうして、もう一人の自分はあんなことをしたのかまだわからない。
男みたいな人が私の中にもう一人いる。
いつもいつも、悲しそうで冷たそうで苦しそう。
殺そうとしてるときの心の中は怒りじゃない。
すべてが違う何かだった。
「嘆崎さん。」
私は少し泣いて、やっとおさまってきたときに嘆崎さんを呼んだ。
「なんだ?」
そっけないけど、そこにも優しさがあったのがすぐにわかった。
「もう一人の私がいないの。いつもあったもう一人の重みがないの。気配を感じれない。」
私はうつむきながら言った。
見えない心。
もう一人の恨み、妬み。
どこかに置き去りにされた感覚。
冷たくてまるで氷の欠片のよう。
「きっと、探してるんだ自分の居場所を。こっちにこい香蓮。」
初めて私の名前を呼んでくれた。
それが嬉しくて切なかった。
そんなときに頭の中を栞という言葉がよぎった。
そして、私は嘆崎さんの近くに行くため、立って歩き出した。
そのときだった。
私の意識が飛んだ。
よかった。
もう一人の自分がいた。
「あんたはどうして、こいつに構う。」
もう光がない黒い目には悲しみが映っていた。
「お前は裏のほうだな……。どうしてだろうな?」
嘆崎という男は俺の目から目を逸らしながら言った。
どこか遠い目をしている。
「勝手に昔の恋人と俺を重ねるな。俺とこいつは栞じゃない。」
俺がそう言うと嘆崎は驚いてこっちに目を向けた。
綺麗な黒い目には光が灯っていた。
俺と違う。
悲しくなった。
「お前には全部話さなきゃな。栞とい女は俺の大切な恋人だった。時期は結婚を申し込もうとしていた女だ。だが、ある日だった。あいつはお前みたいに親を殺した。そして、刑務所で死刑になってしまった。そして、葬式のときに言われたんだ。栞は二重人格だったそうだと。何も言えなかった。苦しくて悔しくて寂しくてがむしゃらに泣いたさ。でも、ある日栞の母親さんが栞が俺にと言って一通の手紙を渡してくれた。これだ。」
そう言って俺にその手紙を渡してきた。
俺はその手紙を読んだ。
大事にしているのが新品同様に綺麗なことですぐにわかった。
「私の大好きな賢治へ
この手紙があなたのもとにあるってことはもう私はいないわね。
泣いてるんじゃないでしょうね?あなたには笑顔が一番だよ。
今日はとても晴れていました。
あなたと一緒に散歩をしてくれたときはいつも晴れてたね。
またあなたと行きたかったな。
でも、これで最後。
私は二重人格と知らされて、とっても誇らしげに思ってる。
私の中にはもう一人の性格の私がいるってすごくない?
でも、なんでかわからないの。
どうして、私をもう一人の私は何故私のことを怨んでるのか。
どうしていつも寂しそうなのか。
あなたはわかる?賢治。
賢治。
本当は怖いんよ。
死刑。
私は何もしてないし、何も知らないのに、そんな判決はひどいと思った。
でも、殺したのは結局は私なのだから、認めなきゃいけないのよね。
賢治。
逢いたいよ。寂しいよ。悲しいよ。苦しいよ。
死にたくないよ。
いつか、また会おうね。
大好きだったよ。
賢治。
賢治のことが大好きな栞より」
どんな思いで、この手紙を書いたのかはわからない。
けど、何故か胸がきつく縛られた感じがした。
そして、嘆崎を見つめると頬を涙が伝わっていた。
大好きな人を失った悲しい気持ちは俺にはわからない。
けど、そのときに微かに切なくなった。
嘆崎が愛しいと一瞬思っってしまった。
俺は我に返り首を振った。
「あんたのこと一つ教えてもらったから、俺のことも教えてやるよ。」
俺は嘆崎に手紙を返して、座りながら言った。
嘆崎は涙を拭いながら私のほうを見つめた。
「あいつが泣いてるときや、寂しいときや、苦しいとき。友達に省かれたり、親に甘えられないかったり、悩みができたとき。全部苦しいものを俺が背負ってきた。いつも苦しいときだけ俺なんだ。そして、あいつは俺に全然気づいてくれなかった。助けてあげているのは俺なのに。支えているのは俺なのに。だから、そろそろ気づかせてやった。そしたら、あいつはいつも泣く。あいつには初めてのことかもしれないな。あいつ泣きやすいんだよ。そのたびにしょっちゅう俺が表に出ては涙を拭った。それをあいつは。」
俺は言葉を止めた。
初めてだった。
俺が自分で涙を流したのは。
「お前は寂しかっただけだろう?なあ、香蓮。」
その言葉がゆっくりと俺の心に溶け込んだ。
どんどん流れてくる涙はとても、温かかった。
涙ってこんなもんなんだ。
俺は初めて人が温かいと気づいた。
俺は香蓮であって、香蓮じゃない。
「俺の居場所はないんだな。」
「香蓮?」
嘆崎が俺の顔を覗き込んだ途端に。
パタン
香蓮が倒れた。
異空間の中…
「あれ?もう一人の私?」
私は首をかしげながら尋ねた。
もう一人の自分はいつもの寂しさがなかった。
いや、違う。
何かに絶望をしている顔。
「どうしたの?」
私は顔を覗き込むように尋ねた。
どんどん暗闇にもう一人の自分が消えていくのがわかった。
「え?」
どんどん消えていく。
私の周りにも暗闇が出てきた。
いつも暗い周りがもっと暗くなってきた。
「ダメ!!!!行っちゃダメ!!!!!」
私はもう一人の自分の手を掴んだ。
「どうして、止める。俺がいなくなったほうがよかったんだろ??!!だから、消える。俺がいる場所なんてないんだよ!!!!」
もう一人の自分が泣きながら叫んだ。
いつものは強がりだったんだ。
きっと心を強くしないと自分が壊れるから、だから強がってたんだ。
どうして、もっと早く気づいてあげられなかったんだろう?
自分を支えてくれてたのは、この子だったんじゃない。
どうして、この子の存在に気づいてあげられなかったんだろう。
「ごめん。ごめんね。ごめん。」
私はもう一人の自分を力一杯抱きしめて何回もこの言葉をつぶやいた。
「何でお前が謝るんだよ。俺がお前の両親を殺したのに。」
もう一人は泣いたグシャグシャの顔で私にそう言った。
何故かその姿はとても切なくて。
ずっと寂しかったよ。
私にもう一人の自分がそう伝えているかのような気がした。
「お母さん達を殺したのは結局は私だもん。だから、連帯責任だよ。」
私は少し笑って言った。
「栞かよ。」
その一言で全部が吹き飛んだ気がした。
私は放心状態になった。
「?おい。どうしたんだよ。」
私はもう一人の言葉が聞こえなかった。
栞。
ああ、思い出したくなかった。
「ああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
私がそう叫んだとき。
暗闇が私を一気に包んだ。
「おい!!!!」
俺は必死に外から呼んだ。
異空間の中で真っ黒な暗闇が丸くもう一人の自分を包んでいる。
俺は急いで表に意識を出した。
「どうしよう!!!!!もう一人の自分が…」
俺はパニック状態に陥った。
怖い。
また、一人になるような気がした。
もう、一人は嫌だ。
どうして、栞という言葉を発した途端に…
ああ、そっか。
俺ももう一人の自分もこいつが好きだったんだっけ。
「どうした?」
そんなことをお構いなしに嘆崎は俺に問いかけた。
嘆崎の心配をそうな顔はとても切なくなった。
嘆崎はただ、栞と自分達を重ねていると実感する。
心配そうな顔の瞳は綺麗な黒色をしていた。
深く濃く。
どんなものにも負けない何かを持っている。
「お前は今でも栞が好きか?」
俺は切ない顔をしながら聞いた。
今にも零れ落ちそうな涙を必死にこらえながら尋ねた。
嘆崎はその妙な光景を見て一回驚いたが、すぐ冷静になって言った。
「今でも好きだよ。」
当たり前のことだ。
そりゃ、結婚まで考えたかけがえのない人だったのだから。
当たり前だ。
当たり前のはずなのに。
気づいたら俺の頬には涙が流れていた。
もう一人の自分はきっともっと暗闇に体を預けるだろう。
俺は気づいた。
こんなに俺は弱かったんだと。
俺は涙を拭って立ち上がった。
そして思い足取りで牢屋に戻ろうとした。
「何処へ行く?」
嘆崎は心配そうに私に聞いてきた。
俺は一歩進もうとしている足を止めて振り返った。
「牢屋の中に戻ってる。」
俺は笑ってそう言った。
さあ、忘れよう。
封印しよう。
私の誰にも気づかれてない心を。
すべて、どこかへ置いていこう。
誰にも気づかれてはならないこの思いを。
そう思ったときだった。
クイッ
俺の服を誰かが引っ張った。
俺はそのほうを振り返った。
見つめた先には嘆崎が恥ずかしそうに顔を赤らめて服を掴んでいた。
「何?」
俺は鼓動を立てながら尋ねた。
トクン…トクン…トクン…
ゆっくりと流れる鼓動。
それは、自分でも隠すことができない恋の証拠だった。
「今日はここにいてくれ。」
嘆崎はそう言ってゆっくりと俺のことを引き寄せた。
俺は嘆崎の腕に引き寄せられた。
俺の手を優しく握った。
俺の手からきっと心臓の音が伝わってしまう。
嘆崎の手の平は少し冷たくてドキッとした。
寂しい。
手の平から伝わる寂しさは、きっと俺にしかわからない。
「寂しいのか?」
俺は嘆崎に無表情で尋ねた。
嘆崎は驚いた顔を一瞬見せた。
「よくわかったな。俺は小さい頃から一人だったからな。寂しさを感じると人に甘える習性がある。これじゃあ、子供と一緒だな。」
嘆崎は苦笑いしながらそう言った。
その苦笑いした嘆崎は俺の手を少し力を込めて握っってきた。
「栞にもそういうふうに甘えたのか?」
俺は自分が情けなくなった。
顔も知らない。声も知らない。
そんな相手に嫉妬している自分が情けなくてしょうがない。
「いや、あいつには甘えられなかったな。何か自分が守っていかなきゃって思うばっかりで。栞に甘えたことは一回もなかったな。」
少しだけ、嬉しかった。
いや、すごく嬉しかった。
栞に見せていない性格を俺に見せてくれたことがすごく嬉しくなった。
「……そっか。」
俺は笑った。
きっと心の底から嬉しかったのだろう。
誰にも見せたことのない俺の笑顔があった。
「お前、笑えたんだな。」
ふと気が付いた。
嘆崎はすごく嬉しそうな顔をしていた。
初めて見た。
そして、少し経ってから自分が笑ってることに俺は恥ずかしさのあまりに顔を真っ赤に染めた。
「み、見るな!!!」
俺はそう言って顔を背けた。
嘆崎は笑いながら言った。
「香蓮は可愛いな。」
嘆崎は俺にそう言った。
俺は複雑な気持ちと嬉しさの気持ちが入り混じった気持ちをおさえた。
「そ、そんなこと俺に言うな。気持ち悪い。」
俺はムスッとした顔でそう言った。
そして、嘆崎がまた笑った。
そして、その夜は一緒のベットで一緒に眠りについた。
いろんな話を子守唄代わりに話を聞きながら眠りについた。
嘆崎の小さい頃の話。
嘆崎の小学生の頃の話。
嘆崎の中学生の頃の話。
嘆崎の高校生の頃の話。
嘆崎の大学生の頃の話。
嘆崎の警察学校に入った頃の話。
たくさんの嘆崎を知れた。
すごく嬉しかった。
聞こえてるかな?もう一人の自分に。
嘆崎を知れたのは私達なんだってこと。
本当はね。
俺はずっと好きだったんだよ?もう一人の俺のことが。
今気づいた。
ごめんな。
俺は泣きながら心の中で謝った。
・ ・ ・ ・ ・
いつまでも、ここにいてくれると思ってた。
お願いだから。
行かないで!!!
・ ・ ・ ・ ・
次に、続く…




