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3-1

 本日何回目かの欠伸を噛み殺すと、梨璃子は手にしていたサンドイッチをどうにか口許へ持っていった。ぱくりと半分寝ている意識で噛り付くと、口の中にハムとマヨネーズの絶妙な味が広がる。

「なんか寝不足?」

 心配げな瞳で梨璃子の顔を覗きこむ梓に、梨璃子は大丈夫という代わりに首を横に振って見せた。

「昨日ちょっと遅くまで本読んでたの。心配ないわ」

 二口目を齧りながら梨璃子がそう言って首を横に振ると、梓は、そっか、と短く相槌を打って自身もパンに噛り付いた。

(梓は友達だけど、ゲームのこと誰にも言わない方がいいわよね)

 ごめんね、と胸中で謝りながら梨璃子はパックのカフェオレを一口啜った。

 学校の中の誰があのゲームに参加しているか分からない中、また、もしかしたらいつか敵として相対するかもしれない可能性を秘めた相手に、自分の情報を教えてしまうのは得策ではないと思っていた。特に教師の予測でしかなかった恩賞の話が現実となった今、自ら情報を出すことに何の意味もなく、知らないふりで過ごすのが一番だと考えたのだ。

(多分、皆そう思ってるだろうし)

他の参加者も大方そう思っているのか、昨日第一日目を迎えたというのに、学校では奇妙なくらいにゲームの話題は上がっていなかった。もちろん全員ではないにしろ、この中の誰かはあのゲームの中にいた可能性は十分にあるのだ。梨璃子はそう思いながら自然を装いクラス中に視線を巡らせたが、昨日の今日なので王族の試験の話はもちろん話題に上がっているが、誰もが他人事の対岸の火事であるかのようなそしらぬ口ぶりで話しているばかりだった。

「でも、あんまり夜更かしばっかしてちゃだめだよ? 夜更かしはお肌の大敵なんだからねーって、実は昨日は私もしちゃったんだけどっ!」

「梓が夜更かし? 珍しいわね……そんなに面白いことでもあったの?」

 梓は肌に悪いからと言って普段は夜更かしなど絶対にしなかった。その梓が自らの掟を破った驚きを隠せず梨璃子が問うと、梓はもったいぶった様子でにんまりと笑って見せた。

「大有り。もー、昨日だけはお肌のこと忘れちゃった」

「そんなに?」

梓はそう言うと、両手を頬に添えて少しもったいぶったような視線を梨璃子へと向けた。そして不思議そうに小首を傾げる梨璃子の前に、

「じゃじゃーん。これよっ!」

「……携帯端末?」

と、普段梓が愛用しているピンクの携帯端末を取り出した。

「うん。昨日先生が王位継承者の試験が始まるとか言ってたじゃない? それで、王族ってどんな人達がいるのかなー? て気になって、調べてみたの」

「王族を?」

「えー、梨璃子相変わらず興味ないよね、こういうのっ。でね、調べてみたら王族名鑑が更新されてて。さっそくダウンロードしちゃった!」

「王族名鑑?」

聞きなれない言葉に梨璃子がぱちりと瞬くと、梓は、うん、と大きく頷いた。

「そう。王族全員の写真と簡単なプロフィールが載ってるの。ほら」

梓はそう言うと自分の携帯端末を操作して昨日ダウンロードしたという王族名鑑のページを表示して梨璃子の方へと向けた。ずらりと並ぶ写真の数に、梨璃子は思わず言葉を失う。

「……うわ、こんなにいるのね」

「まあ、親戚とかそういうのも入ってるからね。それに、今の……って、もう前の? になるのかな? 王様すごい女好きだったみたいだから、その王様の子供だけで、腹違いからなにから兄弟姉妹(きょうだい)が沢山いるみたい」

(じゃあ、この人達も昨日、あの場所のどこかに居たってことなのね)

 梨璃子は髪の色から何から違う紫蘭の兄弟姉妹の写真を見ながら不思議な気分に陥っていた。もしかしたらいつかあのゲームの中でこの中の誰かにあって戦わなければならない日が来るのかと思うと、ただの名鑑も違った意味合いを持ち、知らず梨璃子の表情が神妙なものになった。

「……」

(……あ。いた)

上から順に目で写真を追っていると、第十三王子という文字が飛び込んできた。そこにはもちろん紫蘭の写真が掲載されており、昨日の朝見たあの濃紺の正装に身を包んでいた。

(確かに、見た目だけならかっこいいのよね……)

 中身は写真に写らないものね、と梨璃子が昨日見た本物とまるで別人のようなその人物写真に小さく溜息を吐いた時、梓もちょうど紫蘭の写真を指差した。

「今回の更新の一番の変更点は、なんといってもこの第十三王子のプロフィールが更新されたことなのよっ!」

「……どういうこと?」

 熱の籠った梓の言い様に梨璃子は思わず怪訝そうな顔をすると、梓が興奮気味に話し始めた。

「あのね、この第十三王子の紫蘭様はね、今まで中々公の場に姿を現さなかったみたいなの。お体が弱いって噂もあったみたいで、だからお写真も今までは載ってなかったらしいの」

「へえー……体が弱いのね」

(絶対嘘。だって昨日ピンピンしてたし。どうせ写真も、撮りたくない、とか言ったに決まってるわ)

 紫蘭の身を案じて切なげな表情で写真を見つめる梓に本当の姿を見せてやりたい、と梨璃子は紫蘭の姿を思い浮かべて複雑な表情をしてみせた。

(……まあでも、結局協力してくれたから、悪い人じゃないのかもしれないけど……)

「でもねっ、今回はなんとっ、紫蘭様のお写真も載ってるのよっ! ホラっ!!」

「え?」

 別事を考えていた梨璃子の思考を引き戻すような梓の興奮気味の声に促されるまま梨璃子は携帯端末へ視線をやると、なんとそこには昨日見たままの姿の紫蘭が、ホログラムで映し出されていた。

「…………」

「カッコいいよねえ~……梨璃子もそう思うでしょ?」

「え? あー、うん。そうね……」

(……)

 梨璃子はなぜか昨日の帰りの転移能力での密着状態を思い出し、慌てて脳内のそれを打ち消した。梓はそんな梨璃子に構うことなく感嘆の溜息を洩らす。

「なんかさ、前の王様も確かに奥さん一杯作るだけあるって感じのダンディーさもあったし、今の蘇芳様もかなりの美形だから、ご兄弟も美形揃いなんだろうなってのはわかってたんだけどっ! でも、紫蘭様が一番正統派っぽくない? なんかこう、王子様! て感じでっ」

「そう、かしら? 確かに、見た目は一番王子様っぽい、かも?」

(中身は王子様っぽさの欠片もなかったけど……)

「梨璃子ほんとこういうの興味ないよねー。そうだよっ! めちゃめちゃかっこいいじゃない!あー、でもさ、紫蘭様もその試験に参加するわけじゃない? そうすると、この学校の中に紫蘭様のペアになる人もいるんだよねえ……いいなー。梨璃子もそう思うでしょ?」

「え? 私、は……」

(できればもっと協力的で野心がある人が良かったけど……)

 梓が意図せずとも話題が自分に関係のあることになり、梨璃子の心臓がドキリとはねた。急に湧いた気まずさに梓から視線を逸らすと、紫蘭のホログラムを避けるようにちらりと王族一覧の別の写真へ視線をやった。写真だけの印象では分からないのは紫蘭で実証済みなのでなんとも言えないが、第五王子のような優しさが滲み出ている感じの人の方が良かったな、と梨璃子は密かに思った。

「実はさ、ここだけの話なんだけど……」

 梓はキョロキョロと周りを気にしながら、声のトーンを落としてそっと梨璃子に身を寄せてきた。梨璃子はその気配に意識を戻すと、梓の栗色の瞳が揺れた。

「私、エントリーしてみたんだよね。あの試験」

「!」

 思いもよらなかった告白に梨璃子は思わず大袈裟に反応して立ち上がると、梓は慌てて手で座る様に促した。

「もーっ、周りにバレちゃうでしょー? 落ち着いてよっ! まあ、突然そんな話した私が悪いんだけど」

(もしかして、梓も昨日ゲームに参加してたの?)

 梨璃子は心の動揺を悟られないように静かに座りなおすと、ごくりと小さく息を呑んだ。あの良く分からない空間のどこかに、梓もいたのだろうかと思うと、少し複雑な気分になる。

(嫌だな。梓とは絶対に戦いたくない……)

「まあでも、結局間に合わなかったから、なんでもないんだけどね」

「え?」

 梨璃子の胸中に答える様に梓はそう言うと、小さく肩を竦めてみせた。

「試しにアクセスしてみたんだけど、もうその時には、受け付け終了しました、って出てたんだー。一体いつ終わったんだろうねー? 募集」

「それって、いつの話?」

「んー、昨日の夜だよ。晩御飯の後くらい。やっぱり応募者殺到! だったのかなあ」

 梓は少しだけ悔しそうにそう嘆くと、小さく溜息を吐いた。

(……もうゲームは昨日から始まったんだから、確かにその時間じゃ遅かったのかもしれないけど……でも、そんなにすぐに〆切るのに、どうして公募なんてしたのかしら?)

「あれ? もしかして、梨璃子も応募したクチ?」

 梓はそう言ってニヤリと笑うと、

「私は、別にっ……」

(って、思わず嘘吐いちゃった……)

「なーんだ。梨璃子も同じ目的で応募したのかもってちょっと思ったのにー」

 梨璃子が反射的にぶんぶんと首を横に振って否定すると、梓は少しだけつまらなそうにそう言って肩を竦めた。

「同じ、目的?」

(そっか。梓も罪人免除を狙ってるのね。まあ、考えてみれば当然だけど)

 梨璃子が胸中に浮かんだ可能性に思わず真剣な表情を向けると、梓は楽しそうに笑ってこう言った。

「うん。玉の輿?」

「……へ?」

 全く予想もしていなかった言葉に、梨璃子の口から変な声が漏れた。

「えー、だって、王族の人と知り合えるチャンスだよ? こんなことってもう二度とないじゃない! 見ての通り美形揃いだしさあ……」

 梓はそう言うとまた携帯端末で王族名鑑をいじり始めた。

「それにさ、昨日先生が言ってたじゃない? ここに来て結構時間が経つのに能力(ギフト)が開花してないんだから何かした方がいいって。それもちょっとあるんだよねー」

 梓は名鑑のページをめくりながら、それでも、先ほどよりは真面目なトーンでそう話し始めた。

「ほら、梨璃子はまだ誕生日来てないけどさ、私先月来ちゃったんだよね。てことはさ、もう一年切っちゃったんだよ、罪人まで。だから、さ……」

「梓……」

(やっぱり、不安は皆一緒よね……)

 相変わらず視線は名鑑に向けたままの梓に、梨璃子は何も言葉を返すことができなかった。普段は口にすることはないが、やはり根底から拭えぬ不安はここにいる誰もが一緒なのだ。

「あず……」

「だからね、試験に参加すればその間ずっと一緒にいるわけだから、恋も芽生えるんじゃないかって思ったの!」

「………………え?」

「え? どうしたの?」

 ぽかんとしてしまった梨璃子に梓はきょとんとした瞳を向けると、

「あー、やっぱり紫蘭様が一番カッコいいなあー……」

と、また携帯端末で紫蘭のホログラムを映し出していた。

(なんか色々言いたいことあるけど、とりあえず知らないって、ほんと羨ましい……)

 梨璃子は紫蘭の写真に見惚れている梓に小さく溜息を吐くと、梓が視線を上げた。

「だってさ、私もう正直諦めてるんだよね、能力が開花するの」

「え? どうして? まだ時間あるのにっ?!」

 梨璃子が心底驚いて瞳を瞬かせると、梓は何とも言えない顔をして唇を尖らせた。

「んー……まあそうなんだけど。でもさ、正直この学校の卒業生で、能力(ギフト)開花した人がどれくらいいるか知ってる?」

「え? あ、そういえば……」

(自分ことことばっかりで、そういうの気にしたことなかったわ……)

 今まであまり深く考えたことはなかったが、確かにどれくらいの割合で開花しているという数字の話を教師達から説明を受けた覚えはなかった。

「でしょ? ていうことは、多分ほとんど絶望的なんだろうなーって思うんだ。だったら、試験に参加して王子様と恋に落ちる方が確率高いかも! て思ったんだよね」

「……」

(確かに、私がここへ来てから、誰かが能力開花してここを去ったって噂も聞いたことなかっかもしれない……繊細な問題だから隠してるのかもしれないけど、でも……)

「だからって、どうして辿り着いたのがそこなの? 仮に玉の輿に乗れたとしたって、能力(ギフト)が開花しなかったら罪人になるのは変わらないでしょ?」

「えーっ、そこはさあ、なんとかなるんじゃない? ほら。王族だし。権力(愛の力)で、きっとどうにかなるのよ!!」

「そう、なの……?」

 梨璃子は梓の提唱する可能性について呆れつつも思いを巡らせた。

(でも、確かにゲームの勝者は能力(ギフト)の開花の有無関係なしに罪人免除とかできちゃうくらいだから、王子様と結婚したならそれくらいどうにかできちゃうのかもしれないけど……って、まあ私には関係ないことね)

 梨璃子は楽しそうに図鑑を眺めている梓に小さく肩を竦めると、気を取り直すように小さく頭を横に振った。

(そんなことより、頑張ってあのゲームに勝てば確実に罪人免除が約束されてるんだから、私はそれに集中すればいいんだわ)

 梨璃子が改めて胸中で決意を固めると、ふいに梓の視線が上方へと上がった。梨璃子も釣られてそちらへ視線をやると、銀縁眼鏡の涼し気な瞳と目が合った。

「……スメラギさん。今ちょっといいかな?」

「……ウキョウ君」

 梨璃子が思わずその名を呼ぶと、細い銀縁眼鏡の奥で、ウキョウの黒目がちの瞳が驚いたように丸くなった。

「あー……そっか。梨璃子は近場に王子様がいたもんねえ。そりゃ遠くの王子様には興味ないか」

 梓が梨璃子にだけ聞こえる声で茶化すようにそう言うと、梨璃子はじとりと梓を睨んだ。

「そういうんじゃないから……えーと、ウキョウくん、私に何か用?」

 梨璃子は梓に対してわざとらしく咳払いをすると、ウキョウの方へと向き直った。

「ああ、うん。先生に頼まれたことがあって、少し手伝ってほしいなって思って」

 ウキョウが少し申し訳なさそうな顔をしてみせると、片側だけ長めの前髪が揺れた。

「ううん。全然大丈夫。じゃあ、梓ごめんね」

「ぜーんぜんっ。いってらっしゃーい」

(別にそういうんじゃないんだけどな……)

 梨璃子は席を立つと同時にニヤニヤとしていた梓を睨みつけると、小さく息を吐いて先に廊下へ出て待っていたウキョウの下へと急いだ。

「お待たせ。それで、手伝ってほしいことって何?」

 梨璃子が歩き始めたウキョウの隣を歩きながらそう尋ねると、ウキョウはちらりと梨璃子の方へと視線をやった。

「先生に資料をまとめて欲しいって頼まれたんだけど、どうにも僕だけじゃできそうもない量でね。スメラギさん要領いいし、それで手伝ってもらえたらなって思ったんだけど、迷惑じゃなかったかな?」

「ううん、全然大丈夫。でも、ウキョウ君でも大変だなんて、よっぽっどすごい量を押し付けられたのね」

 梨璃子は素朴な疑問を口にすると、これから処理しなければならない資料を想像して小さく肩を竦めた。ウキョウは常に学年トップの成績を誇る優秀な生徒で、そのウキョウが手こずりそうとなると、なんとも骨が折れそうだった。

(でも、やっぱり能力(ギフト)って良くわからないわね。だって、ウキョウくんに開花してないなんて、意味わからないもの……そういえば、もしかしてウキョウ君はあのゲームに参加してるのかしら?)

 昨日のレンブラントの説明を思い出し、梨璃子はふと頭にそんな疑問が浮かんだ。優秀な者と落ちこぼれな者はあらかじめ選ばれているのではないか、というその仮定に梨璃子が当てはまるのであれば、常に学年トップのウキョウが入っていないわけがない、というのが一番単純な結論だ。

(私が選ばれてるくらいなんだから、ウキョウ君は選ばれてるに決まってるわよね)

「……ウキョウ君は、王族のゲームに参加してるの?」

(?!)

 梨璃子は無意識に自分がそう口にしていたことに驚いて慌てて両手で口を押えると、

「ゲーム?」

と、資料室のドアにかけていたウキョウの手が、不思議そうにゲームという音を発しながらぴたりと止まった。

(しまった。あれがゲームって知ってるの、参加者だけなのかもっ!……)

 梨璃子は自分が犯した単純なミスにじとりと背中に汗が伝わるのを感じた。万年二位の自分にもお声がかかったのだから当然だろうという思い込みが、気の緩みを生んでしまったのだ。仮にもし本当に参加していたとしても、優秀であればそんなことを易々と口外しないだろうことくらい、誰でも予想がつきそうだ。つまりそれを口にしてしまった梨璃子は、自分が参加していると暗に自白してしまったようなものだった。

(……私ってほんと馬鹿)

「ああ、さっきゴトウさんと何か王家の写真見てたみたいだったね。あれだけの人数が試験に参加してるって考えるだけで凄いことだよね。おまけに、罪人候補生(ギフテットワナビーズ)の中からも同じ数だけ協力者が参加してるんだから、スメラギさんが聞きたくなる気持ちも分かるよ」

 ウキョウは穏やかに微笑みながらそう言うと、資料室のドアを静かに開けた。どうぞ、と梨璃子を先に行くように促すと、梨璃子はそれに従うように中に入った。視線の先に沢山の資料が山積みされていて正直辟易としてしまった梨璃子に続き入ってきたウキョウが、自分の持ち場につくべく椅子を引きながらまた口を開いた。

「スメラギさんは参加してるの?」

「え?」

 既に作業を始めていたウキョウが何かのついでのようにそう聞いた言葉に、梨璃子は不意をつかれて思わず言葉に詰まってしまった。

(あ……)

 ウキョウはその姿に一瞬目を留めると、困った様に笑ってみせた。

「聞かれたから聞いてみたけど、駄目だよスメラギさん。それじゃあまるで肯定してるみたいだよ。もし隠したいなら、僕以外の前ではこの話題は避けた方がいいかもね」

「……」

(どうしよう。別に言っちゃいけないことじゃないけど、バレない方が都合がいいのに。違うって、そんなの知らないって、何か、言わないと)

 ふいに自分へと向けられた矛先に、梨璃子は軽く頭の中でパニックを起こしていた。これでまた何も喋らないでいることがどんどんと肯定の色を深めていることには気づいているのだが、それがまた焦りを生み、梨璃子はたったの一言も口先に浮かべることができなかった。

「ごめん。そんなに困らせるとは思ってもみなくて……じゃあお詫び。参加してるよ、僕も。王族のゲーム」

「…………え?」

(ウキョウ君も?)

 まるでなんでもないことのように告げられた思いもよらぬカミングアウトに、梨璃子は弾かれるようにウキョウを見た。この行為すら自らの参加を肯定しているも同然だったが、それよりも、ウキョウがどんな顔をしてそれを言ったのか、それが知りたかった。

(いつもと変わらない……)

 その後も上手く言葉が接げないでいる梨璃子にウキョウは普段と同じ笑みを浮かべると、

「じゃあ、これ片づけようか」

と、何事もなかったかのようにまた書類へと戻っていった。

「……」

(ウキョウ君、それって本当なの? でもだったら、何でそんなにあっさりと私に教えたの?)

 動揺もためらいも不安も、何も見せない普段と変わらないウキョウの姿に梨璃子は疑問を持った。梨璃子ですら、ゲームに参加していることは言わない方が得策だと考えたのだから、優秀なウキョウであればそんなことは当たり前のように理解しているはずだった。

(じゃあ、ウキョウ君も罪人(ツミビト)免除のことはきっと知ってるはずよね? だとしたら、この学校の生徒は必ずそれを狙いに行くハズ……だったら、これは私の動揺を誘う為に?)

 ふと脳内に浮かんだ疑心暗鬼を、梨璃子は慌てて打ち消した。

(……何考えてるの? ウキョウ君はそんな人じゃないから!)

 梨璃子は自身の中に生まれた猜疑心を振り払うように小さく首を横に数回振った。一旦忘れて目の前の作業に集中しようと新たな書類に手を伸ばすと、その様子にウキョウが自分の手を止めた。

「疲れたなら、少し休憩しようか? 今日はもう授業もないし、ゆっくりやればいいしね」

(……そうよ。こんなに優しいウキョウ君が、わざとバラして私を動揺させようなんて、考えてるはずがないじゃない)

「うん」

 促されるまま梨璃子は手を止めると、ウキョウが静かに席を立った。

「じゃあ隣でお茶を入れてくるね。手伝ってもらってるお礼だから、気にしないで」

「……ありがとう」

 ウキョウは梨璃子に向けて微笑むと、そのまま教室を出て行ってしまった。

(いくら罪人(ツミビト)免除がかかってるからって、こんな優しいクラスメイトを疑うなんて、私どうかしてるわ)

梨璃子は軽く自己嫌悪に陥りながらその背中をぼんやりと見送ると、もう学校でこのことを考えるのはやめようと、そっと自分に誓った。


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