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1-4

 寮までの帰路を、梨璃子は無言で歩いていた。

(嘘みたいな話だけど、ほんとなのね……)

 梨璃子は先ほど見た端末画面に映し出された言葉を思い出しながら、肩に掛けた鞄の持ち手をギュッと握った。無意識を装って歩く足は、内から沸き上がる興奮に、気付くとまるで走っているかのように良く動いていた。

 本日の授業が終わった直後、何かを話しかけてきた梓の言葉を振り切り梨璃子はあくまで自然を装ってトイレへと駆け込んだ。すぐに個室へ入り鍵をかけると、鞄の中から端末機を取り出し電源を入れた。すぐに飛び込んできた新着メッセージを告げるアイコンにごくりと唾を飲み込むと、恐る恐るそれに触れた。するとそれはすぐに空中にその内容を映し出した。それは教師が言っていた通り王政府からの連絡であり、エントリーフォームのボタンを押すと、『あなたは既に登録されています』という文字がうかび、梨璃子が選ばれていることが確信に変わったのだった。

(今朝の訪問の用件はやっぱりこれだったのね)

 結果肝心なことは何も分からなかった朝を思い出し梨璃子は小さく息を吐いた。梨璃子は今になって朝紫蘭の話をまともに聞かなかったことを少し後悔しながら、いつの間にか辿り着いていた自室のドアへ力なくカードキーを当てる。

(こんなことになるなら少しでも聞いとけば良かった……いやでもあんな状態で何聞いても信じられなっかっただろうし……ああ今日はもう疲れたから、明日考えよう……)

梨璃子は今日一日で受け取ったなんとも濃厚な情報に胃もたれを感じながら、ピっという認証音にカチャリと鍵の外れる音を聞くと、気持ちのせいで普段より重く感じるドアをゆっくりと押した。

「あ。帰ってきた」

「…………」

(え?)

 ドアを開けた瞬間飛び込んできた光景があまりにも自分の理解からかけ離れていた為、梨璃子は今押したドアを静かに戻した。ドアノブに手を掛けたまま廊下で今見た事実を噛み砕こうと脳みそをフル回転させていると、

「ねえ、なんで入んないの?」

と、ドアが内側から開けられ、紫蘭が不思議そうに梨璃子を見下ろした。

「!! ちょっとっ! 誰かに見られたらどうするのっ?!」

 梨璃子は紫蘭が外へ顔を出さないように中に押し込めるようにドアを押すと、素早く自分の身を部屋の中へと滑らせ後ろ手で急いでドアを閉めた。

「ていうかっ、なんでまだいるのっ?!」

 心境とは裏腹に反射的に咎める声を上げると、紫蘭は一度じっと梨璃子を見つめた後、はあ、と大きな溜息を吐いてみせた。

「あんたが俺の話聞かなかったからじゃん」

 紫蘭はまるで自分が被害者のようにそう言って肩を竦めると、くるりと踵を返して部屋の中へと戻っていった。梨璃子はその態度に喉まで反論が浮かんだが、聞きださなければいけないことがある為ぐっとそれを飲み込んだ。

「だから帰ってって言ったのにまだ居座ってたって、そう言うの?」

 追った先でソファにどかりと座った紫蘭に向かい梨璃子は不満気に眉根を寄せる。自分的に都合が良いのと人の部屋で我が物顔でくつろいでいることへの苛立ちは別勘定だ。

(ていうか、お茶まで飲んでるし……)

 テーブルの上に置かれたティーセットに梨璃子は思わず視線を釘付けにすると、

「おかえりなさいませ。梨璃子様もいかがですか?」

と、まるで自分の家のようにキッチンから梨璃子の分と思われるティーカップを手にしたレンブラントが現れた。

(この人も一見常識人に思えたけど大して変わらないのかも……)

「…………いただきます」

 はあ、と大きく溜息を吐くと、梨璃子は考えることをやめた。確かに人の言うことを聞かないだけじゃなく勝手にくつろいでいるのも腹立たしかったが、ゲームについての情報を聞きたいと思っていた自分にとっては好都合な状況でもあることを天秤にかけて、チャラで清算することに決めた。

「どうぞ召し上がれ」

「…………」

 満面の笑みを浮かべるレンブラントに梨璃子はもう一度大きな溜息を吐くと、勧められるがままに紅茶に口をつけた。その香りに、不機嫌だった梨璃子の頬が自然と緩む。

(! すごく美味しい)

「せっかくなので、王宮から茶葉を持ってまいりました」

(王宮! やっぱり飲んでる紅茶も全然違うのね……って)

「一回帰ったのにまたもどって来たのっ?!」

 思わずお茶を吹きそうになり慌てて飲み込むと、梨璃子は紫蘭とレンブラントに向け困惑気に眉根を寄せた。二人は一度お互いで顔を見合わせると、不思議そうな瞳を梨璃子へと向ける。

「ええ。梨璃子様が去られた後、帰れと言われましたので一度王宮へ戻りました」

「え? じゃあ、なんでまだいるの……?」

 至極真っ当な疑問を口にすると、今度は紫蘭が大きな溜息を吐いた。

「蘇芳が、行った証を渡して来いって」

「蘇芳様が?」

 現国王代理の名前が普通に出てくることに改めて驚きを感じながらも、その意図の分からない話に梨璃子が小首を傾げる。

「蘇芳が俺をここに送り込んだくせにそれを信じないなら、それは蘇芳が行先を間違えたってことじゃんか。俺は全く関係ないのに、証拠を見せろとかどれだけ信用してないんだよ」

「まあそれは普段の行いからすれば仕方がないと思いますよ」

 紫苑は笑顔でそう言ったレンブラントを何とも言えない顔で見上げると、はあ、とまた溜息を吐いた。パっと紫紺の瞳を梨璃子へと向けると、同時に右手を梨璃子の方へと出した。

「ねえ、手出して」

「……どうして?」

「そんな身構えなくていいって。何もしない。証拠渡すだけだから」

「証拠?」

 言っている意味は良くわからなかったが、梨璃子はとりあえず言われるがままに自分の右手を差し出した。梨璃子と比べると大きな手がそれを掴むと、もう一方の手で梨璃子の手首辺りを覆った。

「?」

(なに?)

 何がしたいんだろう? と梨璃子が訝し気にそれを眺めていると、ふいに淡い紫色の光がそこに生まれた。

「!」

(これって……)

 梨璃子は状況を忘れ思わずその光に見入ってしまった。ぼうっと淡く光る温かいそれは、紫蘭の瞳の色と同じ色をしていた。すると次の瞬間、何もない空間から梨璃子の右手首に武骨な腕輪が生み出された。

能力(ギフト)

 梨璃子がぽつりとその言葉を零すと同時に、紫蘭は掴んでいた梨璃子の腕をパっと放した。梨璃子が名残を惜しむかのようにぼーっと自分の腕にはまった腕輪を見ていると、紫苑がちらりと梨璃子に視線をやった。

「別に能力(ギフト)なんて珍しくないでしょ。それに、あんま見ないで」

 紫蘭は小さく肩を竦めながら右手で自分の左手首を握ると、自身にも梨璃子と対になるような腕輪をあしらった。

「……そりゃあ、能力(ギフト)自体はパパとママも使ってたから見たことあるけど、でも、何もないところから何かが生み出されるのなんて初めて見たわ。やっぱり、あなたって本当に王子様なのね」

 暗に今初めて見た固有能力のことを口にすると、紫蘭が複雑な表情をしてみせた。梨璃子はそれに構わず自身の腕にはまった腕輪を物珍しそうに見る。女子が好むような華奢な綺麗なものではないが、無から生まれたそれは確かに特別なものに思えた。

「……ねえ、これどうやって外すの?」

 十分に堪能し梨璃子が腕輪に手を掛けると、どうしても掌の太い所で引っかかってしまって抜けなかった。日常生活には邪魔だと言わんばかりに紫蘭に視線をやると、紫蘭は小さく首を傾げた。

「外れたら意味なくない?」

ほら、と紫蘭は自分の左手首にはまった腕輪で今梨璃子が試したのと同じことをやってみせた。もちろん紫蘭の腕輪も掌の真ん中あたりで引っかかって外れることはなかった。

「え? 外れないって、どうして?」

「外れちゃったら証拠になんないから」

「証拠にならないから?……って、そんなの困るんだけどっ!!」

「なんで? 困るって言われても無理なもんは無理だし」

 紫蘭はお茶を飲みながらもう一方の手で空を仰いでみせた。

「無理ってなんで?! 能力でなんとかできないのっ?!」

「……できない。ていうか、何が問題なわけ?」

「何が問題って、こんなの学園にしていったら目立つし、それに……」

(これって、なんかアレに似てるし……)

 咄嗟に脳裏に浮かんだ今の梨璃子に取っては不吉な象徴に、表情が曇る。目の前で見た紫蘭の能力(ギフト)があまりにも綺麗でうっかり見惚れてしまっていたが、腕に外れない腕輪をはめられてしまったのだ。その事実に梨璃子はゾっとして息を呑んだ。

「グリーンベルって、装飾品駄目とか決まりあんの?」

「ないけど……でも、今までしてなかったから理由を聞かれるかもしれないし……」

(梓に見つけられたら絶対に何か言われるに決まってる)

 噂好きの友人の姿が脳裏に浮かぶ。

「そしたら俺に貰ったって言っていいよ」

「良くないっ!!」

(それが一番ダメなやつじゃないっ)

「なんで?」

 紫蘭が不思議そうに梨璃子を見る。

「……だって、あなたの名前を出したら、私が次期国王を決める試験に参加してるって、バレちゃうじゃない」

 梨璃子がバツが悪そうにそう言うと、紫蘭とレンブラントが顔を見合わせた。

「正式通達するとは聞いておりましたが、学園で説明があったんですね」

 レンブラントの問いかけに梨璃子は小さく頷いた。

「次の王様を決める為に、次期国王候補と一緒に試験に参加しろって。この試験って言うのが、あなたが言うゲームなんでしょ?」

 梨璃子は右手の腕輪を掲げてみせると、紫蘭は肯定を示すように頷いた。

「どうして私なの? それに、ゲームって何なの?」

 転がり込んできたチャンスかもしれない、という気持ちが芽生えたのは確かであるが、だからといってこの話に腹の底から納得できているかというと、そうでもなかった。梨璃子がその何とも言えない感情に唇を結び紫蘭を見ると、紫蘭は匙を投げるように肩を竦めた。

「そんなの俺の方が知りたいよ」

 どこかやり切れないと言わんばかりの表情のまま頬杖をついた紫蘭に、レンブラントが口を挟んだ。

「この先は、私の方から説明させていただきます」

 会話の行先を刈り取ると、レンブラントは小さく二人へ向け頭を下げた。

「それでは、あなた方が参加される王位争奪ゲームのルールについてご説明させていただきます」

(ゲーム……本当にゲームなんてふざけた呼称を使うのね)

 教師の説明では試験と呼ばれていたがゲームというのが公式であるという事実に、梨璃子は密かに眉をひそめた。

「ルール? そんなの俺聞いてないけど」

「そうでしょうね。あなたが自室でやっぱり参加したくないと拗ねている間に私が聞いてきましたから」

「……あっそ」

 レンブラントがにっこりと微笑むと、紫蘭は不服そうに小さく息を吐いて足を組み替えた。二人の関係性が梨璃子が想像していたものとは何となく違う気がして、その様子に少しだけ目を瞠った。

(お付きの人って、王族に絶対服従みたいな感じじゃないのね)

「まず最初に。このゲームは指名された者は強制参加となっております。ですので、今回のゲームに関して、梨璃子様も紫蘭も、拒否権はありません。これは飲んでいただくしかないことなのでご承諾ください。破れば国家反逆罪とみなし、罪に問われます」

「こっ……!!」

(なにそれっ?!)

 あまりにも現実味のない言葉に梨璃子は思わず言葉を詰まらせて紫蘭を見た。紫蘭は不満気な表情のまま、それに異論を唱えることなくレンブラントを渋い表情で見ていた。

(反論しないってことは、本気なのね)

「次に、ゲーム参加は一日一回。夜の0時になりましたら、ゲーム会場へ召喚されるそうです」

「召喚?」

 これまたあまり馴染みのない言葉に梨璃子が思わず復唱すると、

「ゲームの能力(ギフト)だそうです」

と、レンブラントが綺麗に微笑んで告げた。

「ゲームの、能力……」

(ゲームにすら能力(ギフト)があるっていうの……)

 梨璃子はレンブラントの言葉に無意識に眉間に皺を寄せると、レンブラントはちらりとそれを一瞥し、話を続けた。

「今回次期国王候補のパートナーに選ばれた方の選考基準についての言及はありませんでした。ですがバランスを考えて、王候補の中で能力熟練度(ギフトレベル)の高い者には罪人候補生の中の成績の低い者を、能力熟練度(ギフトレベル)の低い者には成績の高い者が選ばれているようです。ちなみに、あなたは成績優秀だそうですね、梨璃子様」

「え? あ、はい」

 梨璃子は素直に頷いた。一位こそ取れたことはなかったが、梨璃子は学年で二位につける成績優秀者だった。レンブラントは梨璃子の返事を聞くと、申し訳なさそうに首を振った。

「と言うことは、残念ながら紫蘭の能力熟練度はかなり低い、ということになります」

「え?」

「……もっと言い方あるだろ」

「事実ですから」

 紫蘭がムっと唇を尖らせると、レンブラントはにっこりとそれに返した。

(だからこの腕輪、なんかいびつなのね……)

 梨璃子はそっと自分の右腕の無骨な腕輪に視線を落とした。

「次に、勝者への恩賞の話です」

「!!」

(ほんとにあるのね……)

 梨璃子が弾かれるように瞳を向けると、レンブラントはそれを笑みで受け取った。早鐘を打ち始めた心臓と緊張に、梨璃子はゴクリと喉を鳴らした。

「勝者の王候補者が王になるのはもちろんですが、パートナーの罪人候補生(ギフテットワナビーズ)にも見返りがあります」

「……」

 梨璃子がその先を固唾を飲んで見守っていると、レンブラントが小さく頷いた。

罪人(ツミビト)免除です。たとえ在籍中に能力が開花しなくても、罪人(ツミビト)となることが免除されるそうです」

「!」

罪人(ツミビト)免除!!……うそ、そんなこと、ほんとにあるのっ?!)

 レンブラントがさらりと発した言葉に、梨璃子はこくりと小さく息を呑みこんだ。教師がほのめかしていた恩賞が本当にあったという事実と、それが梨璃子が勝手に考えた絵空事と同じだった事実に沸き上がったある種興奮に似た感情に、梨璃子の頬が無意識に緩む。

(それって、そのゲームに勝ったら、もう罪人(ツミビト)になるかもしれないって考えなくてもいいってことっ?!)

「ふーん……まあ興味ないしよくわかんないから俺は恩賞とかどうでもいいけど。とりあえず参加だけはしてね。俺もやる気ないし、あんたは適当につきあってくれればいいからさ。どうせ断れないんだし、適当にやってくれればそれでいいよ」

 紫蘭はレンブラントの話に興味なさげにすっかりと冷めたお茶に手を伸ばすと、くいっと勢いよく残りを飲み干して梨璃子の方を見た。そんな紫蘭とは正反対に梨璃子は今聞いた話を頭の中で何度も反芻すると、膝の上に置いていた拳を無意識にきゅっと握った。

(このゲームに勝てば、もうあんな悪夢を見なくて済むの?)

 もう、祝われない誕生日を迎えなくても良くなるのだろうか?

「…………できないわ」

 気が付くと、梨璃子の口から否定の言葉が零れていた。もっと何か言い方を考えてから発するつもりであったそれに自分自身でも少し驚いたが、紫蘭の方がその返答に驚いたようで、一度大きく目を見開くと、すぐにそれを不機嫌そうに細めた。

「ねえ、話聞いてた? 俺もあんたも拒否権ないの。だからやるしかないんだから、それくらいはやって。すぐに負ければいいから」

「あ……そういう意味じゃなくって……もちろん、やるわ。だって、あなたが断れないのに、この状況で私が断れるとは思わないもの……でも、適当じゃなくて、ちゃんとやる」

 明らかにイラついた口調を隠さない紫蘭に梨璃子がその瞳を真正面から捉えてきっぱりとそう言い切ると、紫蘭の表情が更に不機嫌に歪んだ。

「……なんで? まさか勝とうなんて思ってないよね?」

 今までとはトーンの違う低い声に、梨璃子は思わず体をビクリと反応させた。

(……美形が怒ると怖いって聞くけど、確かに……)

 表情を失くした紫蘭は、まるで人形の様だった。突き刺さる鋭い視線に梨璃子は思わず怯んだが、ぐっと唇を噛んで負けずと視線を返す。

「だって、私、自分で言うのもなんだけど、真面目なの、性格が。だから、いきなり手を抜けって言われても、そっちの方が難しいわ。慣れないことをやったら、その方があなたに迷惑をかけると思うんだけど……」

 確かにそれは事実ではあった。梨璃子は元々何事にも諦めずに向き合う性格であったが、罪人候補生(ギフテットワナビーズ)になってからは特にその傾向が強くなっていた。どうにかして能力(ギフト)を開花させなければならないという気持ちは強迫観念のように梨璃子の中に住み着き、何事にも全力で取り組むことが当たり前になっていた。だから適当に参加しろ、という感覚は恩賞の件を置いておいても理解し難いものであるのは確かなのだ。

(……おかしく、ないわよね?)

 ただ、それ以上に、今は目の前にぶら下げられたエサに喰いつく心が勝手に口を動かしていたというのが事実だった。梨璃子は嘘を吐くのは得意な方ではないが、今は不思議と、よくもまあそんなことをと自分でも呆れてしまうくらい言い訳がすらすらと口に上った。本心がバレぬように少し殊勝に振る舞っているつもりではあるが、それが他人にどう聞こえるかは、体内で響く心臓の鼓動の煩さに遮られた思考では考えることができなかった。もちろん、相変わらず不機嫌さを隠さない紫蘭の表情からも、どう受け取ったのかを読み取ることはできなかった。

(だって、本当のこと言ったら絶対嫌がりそうだし……でも、参加は絶対しなきゃいけないみたいだから、私が参加しないのは問題なのよね?)

 梨璃子はじっと紫蘭の審判を待ちながら、だが、先ほどから感じるレンブラントの視線には、振り向くことはできなかった。

(多分レンブラントさんは私が何を思ったか気づいてる。でも、私の目的が何だったとしてもとやかく言われる筋合いはないし。こっちは巻き込まれた側なんだから、利益を求めたって、何が悪いのよ)

 梨璃子は耐えられない沈黙の中胸中で自分の主張を正当化していると、ふう、と溜息が零れる音が聞こえた。反射的に視線を上げると、紫蘭が呆れたような瞳を梨璃子に向けていた。

「……そっか。あんた、優等生なんだっけ? どうやったらそんなめんどくさくなるの?」

 紫蘭は不機嫌そうに右手で髪の毛をわしわしと掻くと、そのままの態度で梨璃子に向き直った。その無神経な言葉に、梨璃子は真正面から紫蘭に視線を返す。

(だって、それしかもうできることがないんだもの。今やれることをやるしかないじゃない)

 喉元まで出かかった言葉をぐっと我慢して飲み込んでいると、返答のない梨璃子に勝手に痺れを切らした紫蘭が溜息と共に結論を出した。

「じゃあそれでいいよ。あんたが一人で頑張っても、俺はなにも言わない。その代わり、俺にもなんにも期待しないでね」

「……え?」

 紫蘭の言葉の意味が分からず梨璃子が弾かれたように瞳を瞬くと、紫蘭は不機嫌な表情を崩さずにまた口を開く。

「だから、あんたがどれだけ真面目にやろうがどうでもいいけど、俺はそれに合わせる気ないから。あんたが自分の性格主張するなら、俺も同じことしたっていいでしょ」

 紫蘭は梨璃子の瞳を真正面から捉えてそう宣言すると、視界の端で、レンブラントが小さく溜息を吐くのが分かった。

(やっぱり積極的にゲームに勝ちに行く気はないのね。でも流石に、わざと負けに行ったりはしないわよね?……だったら、私が何とかすればいいだけの話だから、さしずめ問題はないか)

 どうして巻き込まれたはずの梨璃子が上から物を言われなければならないのか? という気持ちはぐっと押さえ、代わりに小さく頷いた。

「……ええ、それでいいわ。どんなゲームかわからないけど、大丈夫よ。私、大抵のことは自分でできるから」

「……」

 梨璃子が素直に頷くと、紫蘭はぴくりと右眉を僅かに動かした。まだ納得いかな気な表情をしたままであったが、とりあえずこれ以上言い返してこなかったことを良しとすることにした。

(とにかく。これで、罪人(ツミビト)免除に一歩近づいたのよね?)

 梨璃子は突然天からばら撒かれた幸運のチケットを自分が掴めたことに、胸中でほっと小さく息を吐きだした。


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