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1/22

プロローグ

よろしくお願いいたします。

 その音は、まるで天命を告げるように、昇りかけた朝日が滲む屋敷内に響き渡った。


 ピーーーーーガガガ、キーーーーーーーーーン。

「?!」

 微睡むような静寂に包まれていた早朝の室内に突如盛大に鳴り響いた不快なハウリング音に、紫蘭(しらん)・クジョウは寝転がっていたベッドの上で思わず飛び起きた。

「……なんだ? この音」

 生まれてからずっと住んでいる場所で初めて聞いたその音を探すように天井を仰ぎ見る。その辺りから聞こえた気がしたがもちろんそんなところに何かがあるわけもなく、紫蘭はすぐに視線を戻した。早朝に突然起こされたことに不機嫌なまま、その原因を探すべく周囲に視線を走らせる。だがパっと見る限りでは昨夜眠りについた時から特に変わったものが増えた痕跡もなく、それはいつもの見慣れた光景でしかなかった。

(あんな音が鳴るようなものなんてあったっけ?)

「……?」

周囲に異変がないことを確認すると、紫蘭は気が抜けたように欠伸を一つ噛み殺す。どうでもいいか、と眠りに戻ろうとした瞬間、すぐ脇にある机の上で赤くチカチカと点滅しているランプを見つけ、半分閉じかけていた目を思わず見開いた。

「あれって、たしか……」

それは普段物音一つ立てることのない、いわばオブジェと化した王室専用回線のモニターだった。紫蘭はそれが前回使われたのがいつか思い出せもしなかったが、なぜか今それは非常時を告げるランプを煌々と光らせその存在をこれでもかと主張している。

「……故障か?」

 紫蘭は一度訝しげに視線を細めてそれを見やると、すぐに小さく息を吐き警戒した瞳を解いた。いつの時代から置かれているのか分からない程古めかしいそれの機械トラブルと結論付けそのままベッドへと倒れ込むと、柔らかな金色の猫毛が真っ白なシーツの上で気持ちよさそうに揺れる。大きな枕を抱き枕のように抱えながら小さく一つ欠伸を零すと、紫蘭は猫のようにゆるりと背中を丸めた。

(鳴るわけないもんね。だって今日も平和に決まってる)

音の発生場所が分かってしまうと、けたたましい音を立てた非常サインは、どう考えても故障だとしか思えなかった。紫蘭はまだ煌々と光るランプが鬱陶しいと言わんばかりに目を瞑る。

(だって、今日も蘇芳(すおう)が王様なんだから)

 光から逃れるように枕に顔をうずめると、自分の平和を確信しながら眠りへと戻る。

 数か月前、紫蘭の父親である現国王が妃を連れて戦略的失踪、すなわち権力放棄の雲隠れをするという衝撃的な事件が起こった。突然国のトップがいなくなるという前代未聞の出来事に、国民の混乱必至なのは誰が口にしなくても言うまでもなかった。普段は国政に一切関与しない紫蘭でさえ、王が突然いなくなるというスキャンダルは国を揺るがす事態を招くだろうと、何もできない割に内心少し焦っていたのだ。

(でも、そんなことは起こらなかった)

だが、王族やスタッフの混乱と心配を他所に、事態は国民に内情を気取られる前にあっさりと丸く収まった。その功労者は誰でもない、長兄の蘇芳・クジョウだった。

蘇芳はごく自然に国民に向け国王の長期休暇並びに自身の国王代理を宣言すると、それが以前から計画されていた当然の結果であるかのように、国民の目の前で自然に玉座に座った。その姿は急場しのぎで取り繕ったようにはとても見えず、現国王側近の老中達が口を挟む隙も無いまま現実となり、イラプセル王国は混乱を招くことなく現在も平穏を保ったままだ。

最近起こった最たる緊急事態はそれであり、それですら結果として内輪のざわつきで収まったのだ。世情に疎い紫蘭ではあるが、今現在自分の住む王宮があの時程すら騒がしくないことくらいは把握しているので、国はどう考えても安泰しているはずだった。だから非常回線で何か連絡が来るようなことが起こるはずもなく、故障は後で誰かが直すだろう、と枕を抱えた紫蘭が呑気にベッドで寝返りを打ったその時。

『あーあー、おまえたち、聞こえてるか?』

「!」

 ヴン、という電源の入る音が聞こえると同時に、非常を告げる赤ランプが消え、代わりにモニターにパっと映像が映し出された。紫蘭は視界の端に映る画面の明るさに今度は何事かと片肘をついて半身を起こすと、モニターには声の主である蘇芳の、クセの強い黒髪と琥珀の瞳がドアップで映っていた。

『映ってるな? えー、突然ですが、僕、蘇芳・クジョウは、一身上の都合により国王代理を辞めることにしました』

「…………はぁっ?!」

 長兄ではあるが幼さの滲む顔で蘇芳がそう言うと、突然の爆弾発言に紫蘭は思わず飛び起きた。一瞬で眠気も吹っ飛んだ勢いのままモニターへと詰め寄ると、その場に蘇芳がいる訳ではないと分かりつつも、問いただすようにがっちりと両手でモニターを掴む。今一体何が起こったのか脳が理解を拒否する中、モニター越しの暴君は構わずに喋り出す。

『というわけで。次期国王を決める為に弟妹(おまえたち)にゲームをしてもらいまーす。ぱちぱちぱち。あ、言っとくけどおまえたちに拒否権なんてないから、全員強制参加だよ。詳しいことはまた説明するけど、国と自分達の未来を賭けて、まあ頑張ってくれ。以上!』

「なっ……」

 蘇芳の一方的な演説が終わると、モニターはまたヴンと音を立ててその電源を落とした。あれほど鬱陶しくチカチカとしていた赤いランプも、すっかり色を無くして大人しくなっていた。つい今しがたの喧噪が嘘みたいに静けさを取り戻した室内で、紫蘭は取り残されたようにモニターを掴んだまま呆然と立ち尽くすしかなかった。

「え? 待って、え? 何? 今の……は? 蘇芳?」

まとまらない思考に紫蘭は口から独り言を零すと、落ち着かない気持ちそのままにウロウロと部屋の中を歩く。やがて出口のない思考がグルグルと脳内を埋め尽くすと、紫蘭は手に持っていたモニターをベッドの上に投げ捨てて、衝動にまかせて床を蹴り踵を返す。

(いきなり何言い出してんのっっ?! わけわかんないんだけどっっ!!)

 紫蘭は自分の部屋を勢いよく飛び出すと、蘇芳がいるであろう部屋を目指し走り出した。

(突然どうしちゃったんだよっ、蘇芳っ!!)

 蘇芳は天上天下唯我独尊、横暴を具現化したような男ではあったが、女好きの父親のせいで膨れ上がった異母弟妹達の中、ただ第一夫人の長男だというだけでいつだって何かがあると矢面に立たされ、だがその役割を完璧にこなす男だった。今回も現国王が逃げたという前代未聞の王家の汚点の後始末を難なくやってのけ、誰にも文句をつけさせることなく国王代理のポストに収まりその役割を立派に務めていたのだ。国民からも評判は良く、「次期国王は蘇芳様で安泰だ」という声も聞こえてきたその矢先に。

(なんで辞めるとか言い出してるのっ?!)

 理由も告げられないままの突然の引退宣言はまだ弟妹達の間にしかされてないとはいえ、蘇芳の口から発せられたそれは、変更不可の決定事項だ。

(だって、蘇芳が一度言ったことを変えたことなんて一回もない)

 つまり、イラプセル王国はこの短期間で二度も王を失うことになるのだ。

 紫蘭は込み上げてきた漠然とした不安に無意識に下唇を噛んだ。

「蘇芳っっ!!」 

 紫蘭は逸る気持ちで蘇芳の執務室の扉を勢いよく開けると、その勢いに側近達がぎょっとした表情で慌てて紫蘭へと駆け寄ってくる。

「紫蘭様っ、今は公務中ですのでっ……」

「はあっ?! うるさいなあっ!! 俺は蘇芳に話があるのっっ!!」

「……ああ、いいよ。可愛い義弟の訪問だ。相手するくらいの時間はあるさ」

 困り顔の側近たちに視線を送ると、蘇芳はそう言って黒の革張りの椅子から優雅に下り、静かな足取りで紫蘭の方へと歩いてきた。紫蘭を押さえていた側近は蘇芳の言葉にその手を緩めると、紫蘭は余った勢いでつんのめるように数歩蘇芳の方へと近づいた。下がった視線を上げるついでに蘇芳を見ると、早朝のせいかシャツに黒のスラックスというラフな格好ではあるものの、視線がクセの強い黒髪の長髪とその隙間から覗く黄金色の双眸を捉えると、そこから醸し出される堂々とした王者の風格に、紫蘭は義兄とはいえ思わず一瞬怯んでしまい思わず息を呑んだ。

(う……)

「で。僕の可愛い義弟は、こんな朝早くに一体何しに来たんだ?」 

「…………え? あ……さっきの放送どういうことだよっっ、蘇芳!!」

 琥珀の瞳に射竦められていた紫蘭は蘇芳の言葉にはっと目的を思い出すと、大声で蘇芳に詰め寄った。蘇芳はその様子に不機嫌に目を細める。

「お・に・い・さ・ま、だろ? それに、兄の僕を見下ろすなんていい度胸だな、紫蘭」

「はあっ?! 今までそんな風に呼んだことないだろっ! ていうか、見下ろすって俺の方が身長高いんだからしかたがな」

「それは、僕が小さいって言ってるのか? おまえが無駄に育ち過ぎただけなのに?」

 蘇芳は紫蘭の言葉に被せるようにそう言うと、目線を合わせる様に紫蘭の胸倉を掴んで自分の方へと引き寄せ、にっこりと笑ってみせた。

「……す、蘇芳の言う通り、です」

「うん。わかってるならいいよ。で、さっきの放送がどうしたって?」

 蘇芳は紫蘭が非を認めると、満足そうな笑みを浮かべすぐにパっと手を放した。紫蘭は掴まれていた部分を直しながら、はっと目を見開く。

「あ、そうだっ! どうした、って、どうしたしかないしっ! さっきの、なにあれ。蘇芳が王様辞めるとか、ゲームしろとかっ、意味わかんないんだけどっ?」

 紫蘭が困惑を瞳に浮かべ蘇芳を見ると、蘇芳は不思議そうに一度瞬いた。

「何って……言ったままだよ。僕が国王を辞めるからその次を決めるっていう、ごく普通の世代交代の話じゃないか」

「世代交代って……蘇芳全然若いくせに何言ってんのっ?! それにっ、この前代理になったばっかだし、それに、普通に考えたら蘇芳がなるもんだろっ? それにっ、普通ゲームで国王決めないし! て、それよりもっ、辞めるって、なんで?」

「それにそれにってうるさいなあ」

 最初の勢いを削ぐように紫蘭が困惑気に眉根を寄せると、蘇芳は質問を重ねた紫蘭に嫌そうな顔をし盛大な溜息を一つ吐いた。

「面倒だから」

「え?」

「国王代理なんて面倒だから。だから辞めるんだよ」

 蘇芳はあっさりとそう言い放つと、興味が失せたとばかりにくるりと踵を返して紫蘭に背中を向け、執務机の方へと戻って行った。紫蘭は蘇芳の言葉の意味をすぐに理解出来ずに僅かの間ぽかんとしたままその場に立ち尽くしていたが、すぐにはっと意識を取り戻して蘇芳の後を早足で追う。

「面倒って、なんで?」

 純粋な疑問だと言わんばかりの瞳を向ける紫蘭に、すでに定位置へと戻り書類に目を通し始めた蘇芳が視線だけ上げて紫蘭を見る。だが、困惑気な表情を崩しもしない紫蘭に蘇芳は大きな溜息を吐くと、座り心地の良さそうな椅子の背もたれにどかりと身を預ける。

「いや、普通に考えて面倒だろ。長男ってだけで逃げた親父の尻拭いさせられたこっちの身にもなってみろ。国民を混乱に落とすのは僕だって本意じゃないからとりあえずやるだけやったから、僕は引退。で、次を任せられる奴を決めようって、筋の通った流れだろ? 勿論、異論は認めない」

「っ……でもっ、蘇芳以外に、誰ができるって言うんだよ」

 未だ混乱のまま眉根を寄せて誰もが思う疑問を口にすると、蘇芳が驚いたと言わんばかりに金色の猫目を丸くする。

「だからそれをこれから決めるんだろ?」

「……ゲームで?」

 紫蘭が訝し気に目を細めると、蘇芳は面倒くさそうに椅子の肘掛けに頬杖をついた。

「そう。ゲームで。ゲームって言っても、王家に伝わる由緒正しいゲームだよ。おまえが考えてるようなただの遊びじゃないさ。それに、おまえ他人事みたいに言ってるけど、おまえも候補の一人、参加者なんだからな?」

「……」

(王家に伝わる由緒正しいゲームってなんだよ。それがもうわけわかんないって言ってんだけど……)

 蘇芳が念を押すように紫蘭を見やると、紫蘭はあからさまにその視線を逸らす。

「…………やだよ。俺やらないから」

「は? なんか言ったか?」

 紫蘭が唇を尖らせてぼそりとそう零すと、蘇芳の瞳が鋭く光った。紫蘭はまた一瞬怯んでしまったが、ぐぐぐと奥歯を噛んで持ちこたえると、

「蘇芳が勝手にゲームするとかはわかったけど、俺はやらないからっ!! だって別に国王とか興味ないし、ゲームなんて面倒だしっ、それに、どうせ負けるに決まってるんだから、だったら最初からやるだけ無駄だし。ゲームなら、棄権したっていいんでしょ? だったらそうする」

まるでその言い訳に正当性があるかのように堂々とそう言い放った。蘇芳は無表情のまま感情のない視線を寄越す。

「……で?」

「え?」

 盛大な溜息と共に吐かれた蘇芳の機嫌の悪そうな声に、紫蘭はぱちりと紫紺の瞳を瞬いた。

「おまえの言いたいことはそれだけか? じゃあもうこの話は終わりだな」

(なんで?)

 話を畳もうとする蘇芳に紫蘭は言葉を失った。今までであれば、そうかわかった、と二つ返事で返ってくるはずの蘇芳の言葉が一向に返ってこないことに紫蘭は驚きを隠せず内心動揺していた。蘇芳はその紫蘭の様子に呆れたように大きく息を吐きだすと、馬鹿にしたような視線を紫蘭へ投げる。

「やりたくないならやらなくて良いって言ってもらえるとでも思ったか?」

「!!」

 図星を突かれ息を呑んだ紫蘭に、蘇芳は嫌そうに顔を歪め首を振った。

「はあ……やっぱりそうか。僕は最近、おまえを甘やかしすぎたことを後悔してるんだ」

「なっ、甘やかしすぎって……」

 しみじみと言う蘇芳に反射的に反発の声を上げると、すぐさま蘇芳から飛んできた鋭い視線に、紫蘭は思わず口籠る。

「まさか、甘やかされていた自覚はありません、なんて言わないよな?」

「……」

 揺れる紫蘭の瞳の前に、蘇芳がまた大きな溜息を吐いた。

「さっきも言ったけど、おまえに拒否権なんてないから」

「え?……」

 思わず口から零れた紫蘭の戸惑いに、蘇芳が呆れたように口を開く。

「公務もせず、王室行事もほぼ参加しない。何もせずにダラダラと毎日過ごしてるだけを黙認してやってたのは、おまえの中では甘やかしすぎとは言わないのか。そうかそうか」

「それは……」

 突きつけられた事実に紫蘭が口籠ると、蘇芳は、ほら否定できないだろ、と冷めた視線を紫蘭へと寄越す。

「僕も今まではそれでいいと思ってた。数が多いから微妙だけど、おまえは可愛い末弟だからな。伸び伸びと生きてくれればそれていいと思ってたよ。でもよくよく考えたらそれはおかしくないか? て思ったんだ。生まれた順番が違うだけで、僕たちは対等のはずだからな。だからちょうどいい機会だからそろそろおまえにも自分が王家に生まれた自覚を持ってもらおうかと思ってね。ほら、可愛い子には旅をさせろって言うだろ? 僕はおまえが可愛くてしょうがないんだよ。まいったなー、僕の愛情表現が上手く伝わらなくて」

 蘇芳は全く心の籠らない声でそう言うと、紫蘭の瞳を真正面から捉えた。逃げることを許さない琥珀の瞳に、紫蘭は見えない何かに拘束されでもしているかのように動けなくなった状況に、無意識に息を呑んだ。

「だからまあ、頑張れよ」

「ちょっ……?!」

 ふっと蘇芳の頬に笑みが浮かんだ瞬間、見えない力にようやく解放されたような感覚にそのまま蘇芳に詰め寄ろうとしたその瞬間、パチン、と紫蘭の手が蘇芳に届く前に弾かれた。

能力(ギフト)?!」

突如自分と蘇芳の間に現れた見えない壁に紫蘭が驚きに目を見開くと、その、目には見えない壁の向こうで蘇芳が笑った。

「これでも僕はおまえに期待してるんだ。お兄ちゃんを悲しませないでくれよ? あ、そうそう。いい加減おまえの使えない能力もどうにかしなきゃならないしな。丁度いい機会だ。せいぜい励めよ」

 蘇芳はそう言うと、もう紫蘭に興味が無くなったと言わんばかりに視線を机上に戻すと、散らばっていた書類へと手を伸ばした。紫蘭はこちらを見ない蘇芳に眉間に皺を寄せる。

(期待? 今更なにを……)

「……なんだよ。俺に死ねって言ってるの?」

 阻まれた透明な壁に静かに拳を打ち付けると、紫蘭は不機嫌に顔を歪めたまま蘇芳を見た。見下ろすような姿勢に蘇芳は一瞬不満気に眉根を寄せたが、すぐにまた書類へと視線を戻して口を開いた。

「そう聞こえたか? 僕は応援したつもりだったんだけどな」

「……俺の使えない能力って言った。じゃあゲームって、能力が関係するんだろ? だったら……」

 紫蘭は続く言葉を飲み込んで苦しそうに口を噤んだ。蘇芳は書類から視線を上げると、満足気ににっこりと笑った。

「思ったよりちゃんと話を聞いてたんだな。感心感心。もちろん僕はそのゲームをしたことないからわからないけど、まあ十中八九能力は使うだろうね。あるのが普通なんだから、わざわざ使わないことを選ぶ必要もないしね。けど、おまえだって能力保持者(ギフテット)なんだから、何の問題もないだろ?」

「だからっ!!」

「じゃあ死ねよ」

「?!」

 不満気に声を荒げた紫蘭を一瞬で黙らせるような冷たい声て蘇芳はそう短く言い放った。強い言葉に紫蘭は反射的に紫紺の瞳を大きく見開く。

「能力を使うとして、でもまだそれをどういう風に使うかは誰にもわからない。だから、おまえが不利かどうかもわからない。すなわち、現時点で悲観する要素はそんなに多くない……まあでも、確かに試す前から諦めるような奴は、ゲームに勝てるわけもないから死んだ方がマシかもな。僕の見込み違いだったってわけだ。残念残念」

 蘇芳は何度目かになる大きな溜息を吐くと、小さく肩を竦めた。その言葉も仕草も信じられず、紫蘭は言葉を失い閉じていた唇をわなわなと震わせる。

「……なんだよ。なんでそんな酷いこと言うんだよ、蘇芳……」

「……え?」

 悲し気に表情を曇らせた紫蘭に、蘇芳が驚いた表情で固まった。確かに売り言葉に買い言葉で紫蘭から振った話ではあったが、死ね、とは、あまりにも強すぎる言葉ではないだろうか? 紫蘭は生まれて初めて投げつけられた強い言葉に痛めた心のまま唇を震わせた。見えない壁の前でぐっと何かに耐えるように眉間に皺を寄せた紫蘭に、蘇芳が見かねて、あ、とわざとらしく言葉を零した。

「そういえば、おまえ達にはパートナーがいるって伝えるの忘れてたな。どうせおまえ暇だろ? 今から会って来いよ」

「え?」

「第一印象が大事だからな。その寝間着の着替えは僕がサービスしてやるよ。ああ、僕はやっぱりおまえに甘いなあ。僕もこれを機会にお前への態度を改めないといけないね」

「ちょっ、何言ってんの? 蘇芳?」

 蘇芳はわざとらしく肩をすくめてみせると、琥珀の瞳が紫蘭を捉える。

「さあ、会いに行ってこい。おまえの罪人(ツミビト)に」

(罪人?)

 蘇芳の口から飛び出した意外な言葉に紫蘭の思考が一瞬止まると、蘇芳の形の良い指先がスッと紫蘭へと向けられた。紫蘭が奪われるように視線をそれに合わせると、次の瞬間、フっと足下の感触が消える。

「うわっっっ……!!」

 紫蘭は咄嗟に何かに縋るように右手を伸ばしたが、それは虚しく空を掴んだ。重力に引かれるように紫蘭の体は突然床に空いた真っ黒な穴へと引きずり込まれると、頭上に見えていたかすかな光もあっという間に閉じて見えなくなった。その為、

「……あれ? 罪人候補生(ギフテットワナビーズ)だったっけ」

と執務室で首を傾げた蘇芳の呟きなど、聞こえるはずもなかった。


この話は完結しているので、順次更新していきます。

少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

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