村長の頭がおかしくなって村人全員を生贄に捧げますとかって蛇神様に言っちゃった結果。
「蛇神様蛇神様」
手をこすり合わせると血に濡れているから滑って不思議な感触がする。礼儀的に正しいかは分からない。
間違っていたら殺されるのかあっていても殺されるのかも分からないからやるだけやってみる。
「お願い申し上げる」
私の眼前で鋭い牙が動きを止めた。
百分の一秒で死んでしまいそうな状態にまでなっているのは、蛇の性格が悪いからか。殺されなかっただけ性格がいいのか。
血でべたべたの、開けると人二人は縦に入ってしまいそうな口から地響きのような声がする。
『己への捧げは、喰われることじゃ。願うなら喰われい』
百分の一秒で私を殺せる姿勢を崩さないまま喋るのは、性格が悪いからか。だろうな。
業物の刀を持ってきたって殺せないだろうけれど、どうにかして殺したい。死ななくていいから殺したい。
「お言葉ですが、喰われてしまえば願い申し上げることはできません」
『……しるっるるる。己に分かるように言え』
言っている意味が本気でよく分からないようで、大蛇は口を閉じて私の前に改まった。
見た目通り、人間よりは獣に近いのだろう。訳が分からないほど馬鹿にしか思えない発言をしている。こんな奴がみんな殺したのかと思うとぞっとする。
よりにもよってこんなに馬鹿なやつに殺されたのか。
情はないが、哀れさでとても辺りの死体に目を当てられない。食い残ししかないから誰か誰だが分かりはしないけれど。
「死ぬということを知っておられますでしょうか」
『知っておる。喰われたらそうなるのだと捧げ物が言っておったわ。同らやら人間が嫌いなものがらしいというのも己は知っているぞ。己は神であるからな』
……思ったよりも馬鹿だなあと呆れる。
人間に通じる常識が通じない。このままの体格差ではふとした瞬間に殺されそうだなと思った。死にたくないから離れたいが、そうしたらむしろ殺されそうな気がしてならない。
「死ぬと人間が動かなくなることは知っておられましたか」
『己が知るか。起こせばいいだろうが』
「眠るのとは違うのでございます。例えば今先程までここにいた数十人の人間は皆もう死んでおります、彼らは二度と動くことも喋ることもありません」
『己にはよく分からん。御前は死んでいないのか?』
大蛇が舌を私の首へと伸ばす。
本来柔らかいはずの舌でさえ、私からは鋼鉄の様にさえ感じられた。神であるだけあって、生命としての格がまるで違う。海向こうの機関砲やらを使っても殺せないだろう。命の危険に身体が勝手に飛び上がろうとしたが、内頬を噛みちぎって体の動きを止める。
痛みで頭が回りづらくなった。しまった。
「私は死んではいません。しかし死ぬかもしれません」
『なぜだ。己はまだ御前を食べないぞ』
「人間は喰われること以外でも死ぬのです。体を破ること、血を多く流すこと、痛みが強すぎること、病に伏せること、首を絞めること……どのような事でも人間は簡単に命を落とします」
『落とす? なにをだ。命とはなんだ』
「あ、いえその……」
死ぬの意味が分からない相手に言い方を変えて通じるわけがないのは当たり前だった。
痛みで頭がちかちかするせいだ。自分の肉を噛みちぎるのは早まった。
口の中にたまる血を飲み込む。しょっぱいし臭いし、不味い。
「命は、めっちゃ大事なものです。それも、誰にとっても大事なものじゃなくて、持っている人間にとってちょう大事なものです。命を落とすと死ぬので、んで、色々簡単に命は落としちゃうんで、死ぬんですよ。そんなかんじです」
『己に分かるように話せ』
頭がはじけ飛ぶ。
血をまき散らしながら地面に叩きつけられて、首が繋がっていることを真っ先に確認した。繋がってよかった。千切れたかと思った。
頭がすっきりしてきた。
ような、気がするっていうか。
たぶん、そんな感じだと、思うてか
「そーゆーことされると死ぬんだっちゅーの‼」
『訛りが酷い。言い直せ』
「死ぬからやめいって言うとんねん! やめて! 死ぬ! 分かるかこれで言葉がオラァ!」
『分かった。己は神だからな』
目の前が明滅している。
どちらが上でどちらが下なのかがまず分からない。確か地面が下にあるものだったはずだとは思うのだが地面ってあるのかまずちょっとよく分からない。
臓物を切り開いたときの臭いがする。くせぇ。
でも、この匂いを嗅ぐと、さばいた後で食える鹿肉の飯が、食べたくなる。
あー。
腹ぁ、減った。
家、帰りてー。
『つまりお前が言うことはこうだろう』
両頬を万力のようなもので締めあげられる。あ、頬ってここにあったのか。
自分の顔面がどこにあるのか分かる。吊り上げられて上下感覚もだいぶはっきりしてきた。足元に地面っぽいものもある。うん、地面だこれ地面だ。
赤くてべちゃべちゃしてるから地面だろ。地面には死体が散らばっているから。
世界に上下とか前後とかが生まれて、目の前というのが認識できてくる。
『人間というのは己が神の姿で触れると死ぬのだろう。己は神だからな、分かったぞ』
目が正常に機能し始めると、目の前に赤く汚れた白く簡素な衣装をまとう少女がいた。万力のようだと思っていたのはその少女の両手だったらしく、成人も近い私の体を木の実でもそうするように持ち上げている。
そのまま木の実のように喰われるのは怖かった。
『御前、この姿なら触れても死なんだろう。己が聞きたいことができた』
「し、死ぬ……」
少女は首を傾げ、私の体を地面に捨てる。
視界はすっきりしたままだったのと、運良く頭の向いている角度がよかったおかげで私を投げ捨てた後の少女の姿が見えた。手を頭目の前で揺らしたり頭を揺すったりしているから、多分考える時に手を自由にしたかっただけなのだろう。
人は投げたら死ぬというのは教えてなかったような気はする。
教えることに意味があるのかは分からないけれど。
『ああ』
少女はなにかに合点したらしく、楽しげな顔をして私の方へ歩いてくる。
『己は神だから思い出せたぞ。体が破れたり血が沢山流れるだけで死ぬのだろう』
正~解。
さっきよりちょっとお利口さんな感じがする神様を内心でちょっとだけ褒めてみる。辞世の句が正解ってやだな。最期の言葉考えとくか。いや、考えてる途中のどれが最後のやつになるか分かんないし、もう黙るか。
私の目の前に少女が立ち、私の視界は七割くらいが少女のすねになる。後の一割は足の甲だ。
もし介錯をしてくれるのであれば、本当に恨めしいが、少しだけありがたいなと思った。しかし私のそんな血迷った期待は、ありがたくも裏切られた。
『こうすればいいだろう』
少女がそう言った。
その言葉をきっかけに、世界の音が止む。とうとう死んだのかと思ったが、消えたのは頭の痛みからくる自分の雑思念だった。頭の中が静かすぎて何も聞こえていないかと思ったが、冷静になってみると色々と聞こえてくる。
滝の水音。
鳥の囀り。
枝の撓り。
風。
聞こえすぎなくらいだった。
体を起こせるくらいに気付いて、体を起こそうとする。しかしその直前で腹を強烈な衝撃が襲った。柱でも倒れてきたのかと思ったが、少女に蹴られただけだった。
血だらけの地面をごろごろと転がったが、そこまで痛くなかった。
妙にすっきりとしてしまった頭で、人間の頑丈さじゃないなと考えられてしまう。
『どうだ、死んでいないだろう。おい、御前』
「あー……そうですね。死んでいないですね」
死んでいないどころか無傷だった。今地面を転がったせいで結構汚れたものの、服も綺麗になっているようだ。
多分蹴られて転がる前は真っ白な着物に戻っていたんだと思う。
『己は人間を死なせないやり方が分かったぞ! これで御前は死なない!』
「人間ならさっき蹴られてもう一回死んでいますよ蛇神様」
『えっ!?』
さすが神というだけあって、人間になるのも蛇になるのも壊すのも治すのも自由自在かと感心しそうになったが、どうやらそんなに単純な話じゃなさそうだ。
この馬鹿さ加減から考えて、自分の力のこともよく分かっていないのだろうなと思う。
神に命を救われた獣が眷属となる話なら、神話でも見たことがある。多分このバカはそれをやってしまったのだろうなと思った。死なないならそれでいいかと一瞬思考放棄をしそうになるが、全然よくない気がする。
むしろ何がいいんだよ。
『ううぅううー。人間は分からん。命も分からん、死ぬも分からん。己は神なのに分らん』
「はあ……」
できればこの場から去りたい気分だった。
折角頭がすっきりしたから臓物臭のする場所から離れたいというのもあったし、蛇神から距離を取りたかった。できれば逃げたい。
試しに、試してみる。後ろに後退してみた。
十歩も離れない内に少女は反応した。十歩先で顔を上げたかと思うと眼前で私の胸倉を掴んでいた。
『己は聞きたいことがある』
手のおさまりが悪かったからか、私はぶん投げられる。受け身を取ろうとして失敗した私は派手に顔面から地面に突っ込む。
鼻血は出てきたが、鼻の骨は折れていなかった。
『御前』
少女に呼ばれ、そちらを向く。
とても純粋な目をしていた。死んだ子供は永遠に子供なのだと近所のお兄ちゃんが言っていたのを思い出した。
『命とはなんだ』
「それは……あ?」
答えようとして、口が絡まってしまう。思ったよりも答えようがなかった。
私がなんと返すべきなのか、そもそも返す必要があるのか、っていうか面倒くさいし適当に逃げたいなとか考えていると少女はなにかに合点したかのように顔を上げた。
『そうか。願うなら捧げだったな。御前、御前の捧げはなんだ』
「ささげ……それって?」
『己は喰うが、御前にはなにが捧げになる。御前はなにを願う』
「願いって……」
なにを聞かれているんだろうかと、白けた気分になる。
お前に聞かれたくはないと、心底思った。願いを叶えようとでも思っているなら、千里先にでも消えてくれればいいのにと思った。
でも、この訳の分からない現状に、やるべきこともやらないべきこともなかった。
どうせ相手は馬鹿だからと、とことん正直になってやろうかという気が起きた。つまらなくはなさそうな発想に思えた。
『御前にはないのか』
「あるよ」
あった。
家業は弟が継ぐ予定だったが、私もその手伝いをしながら生きていく予定だった。そう、そういう具体性とか金とか親とかくだらなくてどうでもよくてすごくどうでもよくないことに縛られる前に思い浮かべていた滅茶苦茶くだらなくて、くだらなくなんてないって思ってた願い事。
そういうものが、あった。
今このバカの目の前でだけあったをあるに変えてみようと思いついた。
「世界で一番美しくなりたい」
馬鹿げてる。
世界で一番なんてないもの、誰も叶えられはしない。
しかし私はバカとはどういうものか、履き違えてしまっていたことに気付く。
『分かった。己が御前を世界で一番美しいにしてやる。だからそうしたら、御前は俺に命とは何かを教える』
なにが無理で、なにで出来るのか。
分からないやつがバカなのだ。
将来性とか実現の可能性とか、考えられないのがバカなのだ。
昔の私のような、バカなのだ。
蛇神からすればきっとこれはちょっと思い浮かんだ疑問を解消するためだけの、なんでもないことなのだろう。木の実のように私を持ち上げて、投げたように、疑問を解消しようと思い立っただけ。
私は笑った。
少女は首を傾げた。
私は頷いた。
「約束だね。世界で一番美しくしてくれたら、命って何なのか、教えてあげる」
『約束とはなんだ』
そう言えばなんだろうなと、少し考える。
目の前の少女は純粋な目をしていた。
「絶対に本当ってことだよ」
ちょっと考えたストーリー
⇓
集めたら美しくなれる宝玉、人魚関連? とかまあ色々。旅の中で蛇神が命の意味ってこれ、みたいな正解を手にしてしまうことがあって虚無感やら何やらで距離を取ろうとして、主人公がお前それでいいのか命ってのはそんなに単純なものじゃないんだぞって発破をかけて旅を続ける話とか。
最終話で主人公を殺す予定。神様は知らん。神の仕組みとかなんかそういうところで神様が寿命を作られちゃうとか、それで色々ごたごたあって結果的に主人公の方が瀕死の重傷を負うとか? 神様が神様として力を削られてたからもう治せなくて、みたいなの?
とりあえずやりたいのは、主人公が死ぬシーンで今のあなたが己にって一番美しいって神様に言わせて、それが命だよと主人公が返すというやつ。世界で一番美しいというのと命とは何かというのは、同じ答えに辿り着く問だったというわけですね。
神様もそうですが主人公も大概人間味がしないので、話の進行と一緒に愛着とか人間っぽさを育成できたらいいですね。っていうか、オチ的にそこを成功しておかないと成立しないんですけどさ。
あと神様って声はハスキーショタみたいな感じのやつなのにその声を出すのはロリっていうのが中々な違和感とか味になっているのですが、主人公にそこを突っ込ませようと思っていたら忘れていました。