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3話 よろしく、アリシア


 改めて、グラド・バベルとして赤子に生まれ変わってから、1年が経過した。


 大きな変化があったとすれば、歩いたり、話したりできるようになったことだろうか。


 1年の間に、この世界の常識を改めてディメンションから教わったりもしていた。


 生まれ変わる時に、100年経過しているみたいだったから、勉強したほうがいいことはかなりあった。


 しかし、


「もどかひい」


 俺の声は、まだ微妙にうまく話せない。


 それでも、いつもの我が家の部屋の中で、おれは声をあげる。


 とにかくじっとしているのが苦痛なのだ。


 正直に言う。




 はやくアリシアとルリアに会いたい……っ!!!




 たとえだが、母親のお腹にいる子供を待つ父親の気持ちってこんな感じなのだろうか……!?


 すると、ディメンションの声がした。


《大切な子に会いたい気持ちは分からなくもない。アリシアはすでにこの村に生まれて、普通に育てられているしな》


 俺はうんうんと頷く。


【次元魔法】による転生で、俺とアリシアは幼馴染になった。


 ルリアはまだもう少し後になるが、1年たった今、予定通りアリシアはこの村に生まれた。


 俺もアリシアも、雪の降り積もるこの美しい村にいるのだ。


 ……だというのに。




 俺はまだ1度もアリシアに会えていない……!




 まだ赤ちゃんだから、外に出してもらえないのだ!


 己がふがいなさすぎる……!


《でもまぁ、ごねてる暇があったら【次元魔法】の練習をしろ。もし今、魔物に襲撃されたらお前は勝てない。何も守れない》


「わかーてる」


 ただ、ここも少し異議申し立てたいところがある。


『次元魔法の練習』というが、実際にやることは、よく寝てよく食べてよく運動することなのだ。


 もっと何か……! 何かないのか!?


《何度も言っているだろう? そうしたいのは山々なんだけどな。お前まだ赤子だから、魔力が少ないんだよ。無理やると身体がヒートして即死だ》


 どうあがいたところで、これが最善の道、ということなのか。


《なに、もう少し経てば、1つくらいは使えるようになる。だからとにかく、今はよく育つことに対して、焦るんだ》


 ディメンションの言葉にしぶしぶ頷き、俺は早歩きの練習を始めた。



   ♦ ♦ ♦

 


「美味しい? グラド」


「うん!」


 時刻は昼過ぎ。

 いつものように、母であるカーラと食事をする。  


 ここの村の人たちの食事は、たいていが干し肉を使ったスープになる。


 寒さが非常に厳しくて作物の育ちにくいこの地域では、魔物から得られる食料が大切だ。


「おかわりあるからね。たぁんとおたべ」


「……」


 しかし、どうもさっきから母さんの声に元気がない。


 俺はいま赤子だし、回りくどい話し方はおかしいので、そのまま直球で言う。


「おかあさん、げんきないね。だいじょうぶ?」


「……! うん、ごめんね。大丈夫よ」


 と、言っても、母さんの悩み事は予想がつく。




 レクス――父さんを含めた村の男衆は今、付近に出没した『スノーベア』という巨大な魔物を倒しに、森へ出かけている。




 魔物はあくまで魔物。本来はとても危険な存在。


 ふだん集落には来ないはずの魔物が、何らかの理由で近づき、人を襲うことが稀にある。


 そして今朝、1人の村人が『スノーベア』によって重傷を負ってしまったらしい。


《魔物との戦いで命を落とすことは、珍しいことじゃない。それが滅多に現れない大型の魔物ともなれば、不安にもなるだろう》


 そうだよな、と俺はディメンションに耳を傾ける。


 


 だんだん、俺も怖くなってきた。




 父さんなら大丈夫。

 って、さっきまで何となくそう思っていた。


 ちゃんとした理由があったわけじゃないけど、でも、いきなりいなくなる実感が湧かなくて。


 ……これは本当に現実をみていない考えだけど。


 ぜんぶ、うまくいってしまえばいいのに、と思う。


 悲しいことなんて一切起こらずにに、みんな笑っていられればいいのに。


《俺になにか言いたそうだな?》


 ……そうだな。

 何度も聞いていることな気がするけど、聞きたい。




 もし、『スノーベア』によってさらに被害が出てしまった場合、俺はその魔物を倒せるか?


 本当に倒せないのか?




《倒せないと言ったばかりだろう。……ただし》


 ディメンションは無理だと言い、

 しかし――


《ただし、自分の命を捨てれば瞬殺できる》


「だめじゃ!」


「ど、どうしたのグラド?」


 ……しまった。

 大声を出してしまった。

 なんでもない、と母さんに向かって首を振る。


《ああ、そうだ。死んでしまったらお前は目的を叶えられない》


 いまさらながらに、自覚してしまった気がする。


【次元魔法】というチート能力で奇跡を起こせたけど、それでも未来の保証なんてないだろうことを。


《今度は俺が聞こう》


 ……何をだ?




《仮に、『スノーベア』が村にやってきて、アリシアやルリアを襲ったとしたらお前はどうする?》




 俺が死んだら、たぶんアリシアとルリアは再び悲惨な目にあってしまう。


 自惚れるつもりはないが、そういった意味では俺は死ねない。


 スノーベアを倒しても倒さなくても悲劇、か。


 どう答えるべきか、考えを悩ませる。


 しかし、自分の考えが口に出されることはなかった。


 俺と母さんは父さんの身を案じていたけど、事態は予想とはまた違った方向に動き出した。


 

   ♦ ♦ ♦



「2人とも、今帰ったぞ」


 レクス――父さんは無事だった。


 だけど、浮かない顔色をしていた。


「スノーベアは、みんなで力を合わせて、無事倒し終えた」


 そして、父さんの腕に抱えられている、グラドより幼い子供を見て、俺は目を見開いた。


 なぜ、()()()()()のか。

 理由は本当に分からない。


 でも、すぐに確信した。




 その子は、アリシアだと。




 前世のアリシアの外見は、金髪碧眼だった。


 だけど今の彼女は、髪も瞳も黒色だ。


《女神から受けた呪いの影響だ。【次元魔法】で外側から無理やり封じこめたからな……。あの時のように人々から嫌われることはないだろうが》


 ディメンションの言葉に、俺は歯ぎしりした。


 父さんが続ける。


「この子の親は、スノーベアに襲われて亡くなった。この子の親に代わって俺たちで育てていきたい。……頼む」


「そうだったの……。ううん。大歓迎よ。お祝いをしなくちゃね」


 父さんと母さんはすでにもう、アリシアを認めてくれたのだろうか。


《不謹慎すぎるからお前にしか言えないが、アリシアが家族になったのは悪いことじゃない。近くで守れるし、交流もしやすい》


 ……まさか。俺は、


《違う。この結果は【次元魔法】によるものじゃない。お前が望んでいたわけじゃない。だから、今まで通り、大切なものを見失うな》


 その言葉を聞いて、俺はハッとした。


 父さんがアリシアを抱えたまま、近づいてくる。


「今日からお兄ちゃんだな。名前はアリシアって言うんだ。仲良くするんだぞ」


「……うん」


 黒髪黒目の可愛らしい少女は、父さんの腕の中で「きゃっきゃ」と笑っている。


 小さくて、儚くて、でも、一生懸命。


 そんな風に思った。




 お兄ちゃん、か。




 幼馴染になると思っていたから、どこか不思議な感じがする。


 そうだ。思い出せ。


 俺の傍に、笑っていてほしい女の子がいる。


 あの時、女神に追放されすべてを忘れそうになった時、助けるって誓ったんだ。


 ……ディメンション。

 俺、決めたよ。


《何をだ?》


 さっきの問い。


 もし今、『スノーベア』みたいな凶暴な魔物が村まで襲ってきたらどうするか。


 自分を犠牲に助けるかどうか。


 その答えは。




 勝つよ。


 俺は――アリシアとルリアを幸せにすることしか考えないよ。




《……答えになってないぞ》


 だろうな。


 でも、どうしようか悩んだとき、どうしても結局、そこに行きつくんだ。


 だから、最後の最後まで俺は、2人が未来で笑っていられる道を探すよ。


 絶対にあきらめない。


 絶対に守る。


 そうやって告げると、ディメンションは最後にこう言った。




《その気持ちを忘れるな。その何が何でも成し遂げたいという意思が、いずれお前を支える力になる》




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