2話 赤子とかどうでもいい、はずだったんだけどな
気づいたら赤ちゃんだった。
それ以外に言いようがない。
元いた地球で、こういう展開の物語ががたくさんあったように思う。
視界に入る天井の色とか、仰向けのまま動けない現状とか、小さくなりすぎた身体とか。
1回目の俺の異世界転生は、成長した身体のままだったから、今回のそういうのが新鮮ではあったのだけど。
正直、どうでもよいというのが本音で。
「あう……。あうあ」
アリシアと、ルリアはどうなった? 無事なのか?
奇跡的に女神から逃れることができたみたいだが、動けないこの状況がもどかしくて仕方がない。
大きく声をあげれば、誰かくるか?
「ううう、あああ!!!」
《目覚めたみたいだな。シャバの空気は美味しいか?》
人が来る前に、声が聞こえた。
《ここは『スノウ村』。ユグドラシア大陸の北端にある、雪に覆われた集落だ》
「……っ! ……っ!!」
《ああ、赤子でしゃべれないのは問題ない。心の中で会話できるから》
あの時、最後に聞こえた《声》と同じものだ。
アリシアと、ルリアは無事なのか?
《無事だ。アリシアは1年後にお前の幼馴染みとして生まれる。ルリアは3年後に捨て子として拾われる》
なんだそりゃ!?
《あの時使った【次元魔法】で、お前たちの転生させ、生まれ変わる際における、まわりの環境をかなり操作させてもらった。だからアリシアは1年後に会える。ルリアも3年後に会える。ちなみに転生前から100年くらいたってる》
そう……か。
《それから実は、お前はこの家の両親から生まれたわけじゃない。村人たちの記憶とか操作して、無理やりここの住人すべてに『グラドいう赤子がいる』という風に思わせた。この家にいるお前の親は、本当はお前を産んではいない。でも、記憶の中で産んだと思っている》
そう、なのか……。
なんでそんな回りくどいことを?
《回りくどいことをしたんじゃなくて、強引にねじ込むしかなかった。3人を生まれ変わらせた上に、いずれ同じ村の近くに誕生させるとか、次元をあやつれるとはいえ、正直よく何とかなったなと思う》
……俺は……。
《複雑な気持ちになるのは分かるが、1番大切なことを優先するべきだ》
お前は、いったい誰なんだ?
《正確に言うなら、『グラドにおける4次元単位の要素を利用し作られた思念体』。訳わかんないだろうから『次元魔法のサポートする者』『もう一人のお前』とでも考えろ。そして、1番大事なことを優先しろ》
それは――。
アリシアと、ルリアを助けること。
《そうだ。だが、今のお前では弱すぎる。次に女神と相対すれば……言うまでもなく死ぬ。そもそも、そこらへんにいる魔物に襲われた時点で死ぬ》
【次元魔法】を使いこなさなきゃいけない。
《その通りだ。女神にさえ干渉できるチート能力だ。やってやれないことはない。アリシアやルリアに出会うまで、そしてそこから先もずっと。どうせなら死ぬほど努力して、天下無双してやろう》
分かった。
お前のことは何て呼べばいい?
《なんでもいいが、単純に『ディメンション』とでも呼んでくれ。さて、まずは、立ち上がれるようになることからだな……》
♦ ♦ ♦
「あら、おはようグラド。目が覚めたのね」
そのすぐあとに、母親らしき人が部屋に入ってきた。
美人だなぁ、と驚く自分がいた。
それに、朗らかで優しそうな印象を受ける。
「ごめんね。今日もご飯がなかなか出なくて……。離乳食だけど許してね」
ああ、そうか。
村人たち全員の記憶を操作してうんぬんかんぬん、だったっけ。
本当は子供を産んでないなら、母乳もでないことになるのかな。
……ものすごい罪悪感が。
あ、でも、このスープはすごくおいしい。
「いっぱい食べて、元気に育ってね」
「……あう」
1度目の異世界転生は、成長した身体のまま。
2度目の異世界転生は、赤子。
母親、か。
地球にいる俺の両親は、元気にしているのかな……。
俺が消えてしまって、悲しませてしまったよな……。
もう二人とも、死んでしまったのかな……。
どうしてだろ。いまさらこういうことを思い出すなんて。
どうでもいい、とかさっきまで思ってたはずなんだけど。
アリシアとルリアがとりあえず無事だとわかったから、気が抜けてしまったのか。
何というか、ちょっと胸がチクりとしてて、ぐちゃぐちゃしてる。
「ん? グラド、どうかした? もうお腹いっぱい?」
ううん。まだ食べたいです。
口をあけて催促させてもらった時、ディメンションが割り込んできた。
《母親は、カーラって名前だ。カーラ・バベル》
「……っ! う、あ」
元から俺は、『グラド・バベル』という名前だった。
……そうか。
【次元魔法】のせいで、この人の苗字まで変えさせてしまったんだな。
《つらいか? 誰かの人生を捻じ曲げてしまったことが》
……つらい、なんていう資格はないけどな。
《どっちにせよ。いまさら元に戻すことなんてできない。……だから、償いたいなら、アリシアとルリアを幸せにするついでに、今の両親も幸せにしてやればいい》
それがきっと、『できること』、か。
……ん?
いま、『両親』って言ったか?
「ただいま!! カーラ、グラド!! 帰ったぞ!!」
「グラド。お父さんが、帰ってきたわよ」
出迎えるためか、母さんが俺を抱き上げた。
《父親の名前は、レクスだ》
そっか。父親もいるんだな。
今度は、少し嬉しい気持ちになる。
ドアを開けて入ってきたのは、大きなガタイをした筋肉質な『父さん』だった。
簡単に筋肉質だなんて言ったけど、そこには長年蓄積された努力みたいな、すごいものがあるのだと思う。
この人はきっと、カッコいい人なんじゃないかなって、思った。
「ようグラド! いい子にしていたか?」
そう言って、父さんは俺を大きく抱き上げる。
いい子だったかどうかは分からないけど。
……うん。会えてうれしいよ。父さん。母さん。
これから先、たくさんたくさん、お世話になります。
ごめんね。2人を巻き込んでしまって。
苗字まで変えさせてしまって。
だけど、どうしてもやりたいことがあるんだ。
かつての俺を助けてくれた2人の女の子に会って、そして。
……勝手だけど、幸せにする。幸せになってもらう。
そう決めたんだ。
だから俺、強くなるよ。
強くなるために、父さんと母さんのそばにいさせてください。
助けてください。
よろしくお願いします。
そんな風に俺は、目をあわせて伝えようとしていた。