吸血鬼のおねーさんは魅了の効かない少女と恋をする。
わんらい(一時間縛りの)百合です。
「諸君、封印から目覚めたばかりで私はお腹が空いているんだ。食わせろ」
ギルドに飛び込み、新人の私に絡む冒険者崩れの首を撥ねたお姉さん。凛とした勇姿に一目惚れしてしまいました。
いえ、受付嬢の名に漏れず、私は女です。しかし彼女も女性に見えます。
……私は、どうしてしまったと言うのでしょう。
「香水を付けていなくて良い。美味しそうな|女性ばかりじゃないか」
彼女は靴音鳴らし、真紅の目で先輩方や年若い女性を魅了していきます。
そこかしこから黄色い歓声が上がるのを、茫然と眺めておりました。
「おいで」
と彼女が誘えば、ひとりの女性が心許ない足取りで近付き、ぼうっと立ち続けます。
「んむう」
その首筋にかぶり付いたお姉さんは、ちらとこちらに目をやりました。
照れて目をそらすと、彼女は女性の首から手を離し、好奇心のまま訪ねます。
「君は魅了されてないのかい?」
きっとその勇姿には魅了されましたが、彼女らのように理性を失うほど酷いものではありません。
ですから、頷きます。
「ええ。けれど、切り捨てる姿は戦の神ほどの美しさで、一目惚れしてしまいました」
「そっ、そうか?」
彼女は褒め言葉に慣れないのか、目を泳がせてしまわれます。それさえ庇護欲を誘うのは、吊り橋効果というやつでしょうか。しかし先輩に仕込まれた営業スマイルを保つのも限界です。
にやにやと笑うなんてしたら、避けられてしまうでしょうに。
「君、名前と年齢と職業は? 因みに私は真祖直系の吸血鬼で二百十年ちょっとの若人だ。さあ、よろしく頼む」
「口調がお堅くて、なんだか兵士の職質みたいですねえ」
彼女が切り捨てた方々がされるのを見たので、どの手順で進むのかまで知っています。
でも、詰問する側が名乗るのは見ません。
「リリアナと言います、先月十四歳になりました。そうですね、職は受付嬢見習いを」
「味見してもいいか?」
「いいですよ、真祖直系の吸血鬼さん。……お名前が呼びづらいですね、長くって」
「そんな名前があるか。オリヴィアと言う」
お姉さんは躊躇することなく首を食みました。
「っ、う」
牙が突き刺さる痛みが、何故だか脳みそが蕩けそうなくらいに心地よく、倒れそうになります。彼女を見ると、指先についた血をペロリと舐めて見せました。
「……有り得ないくらい、美味いな。何を食べてるんだ? お持ち帰りしたい」
「はぁ、草食中心の生活をしています。ところで、これ、視界がぐるぐると回ってますね」
「それはそうだ、抵抗されちゃ不味いから、吸血鬼の唾液には催淫効果がある」
彼女は私の腰を引き寄せると、お姫様抱っこにして宣言します。
「決めた、付き合え。今は気分がいいんだ」
スタイルがいいせいか、彼女の「唾液」のせいなのか、背筋にぞくぞくしたものが走ります。
「こ、公衆の面前でそんな。よくも言えますね……?」
「彼らの記憶は、いくらか弄れるんだ。人形相手に照れる奴はいないよ」
何を言えばいいのか迷っている様子で、彼女は恐る恐る口にします。
「その反応は面白い。リリアナ、実は可愛いんじゃないか?」
「こんの女誑し、純朴な少女で遊ばないでくださいよ!」
ジタバタと見苦しくあばれるのに、身じろぎすらせず笑っています。私は拗ねて、頰を膨らませました。でも彼女は突いて空気を抜いてしまいました。
「ははは、いや、遊んではいない。魅了が効かないとなると、説得するしかないのだし」
こんな美味い血を逃したくはない、と呟く。
「結局のところ、食い気優先なんですね」
「こら」
かぷり、とまた血を吸われてしまいました。
すっかり思考力が落ちて来て、吸血されるのが癖になりそうで怖くなってしまいます。
「——食い気だけならこうできてしまうのに、いいのか」
これは、どうしましょう。格好よすぎます。惚れてしまいます。
ああ、既に惚れていました。ええい、ままよ。
「それなら結婚前提に付き合ってください、嫁入り前の女に傷を付けたんですよ? 責任取ってください責任を」
彼女はまたもや目を泳がせ、激しく動揺した様子でした。
「そ、それは、待て」
「他の方々にも手出しするおつもりなんですね。見損ないました」
ちらり、と顔色を伺います。その頰に冷や汗がたらりと流れ、彼女は首を横に振りました。
「一生血をくれるなら、考えなくもない、が……」
ここは私の腕の見せ所です。すっと婚姻届を差し出します。
「ではサインをしてくださいね!」
目をまん丸くして、床に下ろしてくださいました。
「……いま、虚無から出て来たように見えたが、気のせいなのか?」
「事務員免許さえあれば、契約書を生成できるんですよ。知らなかったんですか?」
免許をとるに至っては、理詰めの力も求められます。今まさにお相手を捕まえるとき、全てのスキルを駆使してみせましょう。
「同性婚ができるなんて、聞いたことがない」
「今代国王が女性同士の恋愛を好むので、法律の改正が早まったと聞いております」
「そんな軽く改められていいのか、この間まで同性愛は処刑とか言っていたではないか」
「いやあ遅れてますねえ、二百歳と少しだから仕方ありませんが、この間って何十年前のことです?」
「うっ、吸血鬼の中では若いほ……」
「それで、サインしていただけるんですよね?」
彼女は口を引き結ぶと、大きなため息をついた。
「はい……」
お姉さんとリリアナは、その足で役所に向かうことになり。
受付の方はオリヴィアの戸籍を探すのに奔走し、二百を超えると知って卒倒しました。