1-7 初めて手にしたもの
「兄さん、やったね!」
煙と共に消えていったオーガを確認していると、早瀬が僕の肩を叩いてきた。間違えてオーガの洞窟に連れてきたことはどこ吹く風で、罪のない笑顔を浮かべていた。
「岡本君、成功ですね」
岩場の陰に隠れていた鈴木さんが、アームカバーをさすりながら目を細めている。陰ながら応援していてくれたことが、今になって嬉しくなってきた。
二人の喜びに包まれる中、消えていく光に気づいた僕は、慌て属性を剣のオブジェに封じ込めた。
「岡本、初勝利の気分はどう?」
微かに疲れを見せつつも、胸が熱くなるような微笑みを神崎は浮かべていた。
「はは、なんとも言えないかな」
属性を封じて通常に戻ったのに、体から興奮が抜けなかった。耳の側では心音が高らかに鳴り響き、両手は火照ったまま震え続けていた。
不思議なことに、勝ったという喜びはなかった。代わりに、言葉にできない感情が体の中を駆け回り続けていた。
「あーあ、残念だね」
オーガがいた場所の地面を調べていた早瀬が、気の抜けた声を上げる。見ると、早瀬は手に薬草を持って渋い顔をしていた。
「レアアイテムはなしと。薬草一つしかドロップしてないけど、これどうする?」
早瀬が手にした薬草をぶらぶらさせながら、今にも捨てそうな勢いで呟いた。
「ちょっと待って」
そんな早瀬に手を伸ばしながら、僕は慌てて声をかけた。確かに薬草は、どこにでもある初歩的なアイテムだ。けど、僕にしたら初めての戦闘で手にしたアイテムだ。例えそれがレアアイテムでないとしても、僕にとってはかけがえのないアイテムといえた。
不思議そうな顔をしながらも、小さくため息をついて早瀬が薬草を差し出してきた。
――やっと、僕にも戦うことができたんだ
薬草を手にした瞬間、体を駆け巡っていた感情がじんわりと胸に広がっていった。ここにきて、ようやく僕は初戦闘と初勝利の実感を同時にすることができた。
「岡本、改めてお願いするけど、私とバディを組んでくれるよね?」
薬草を大切にしまっていると、神崎が真顔で右手を差し出してきた。昨日の話の通り、属性反転が成功した今、神崎は改めて僕にバディの申し込みをしてきたということだった。
神崎のバディの条件は、神崎にかけられた呪いを解く方法を探すこと。それに対し、僕はまだ条件を神崎に伝えていなかった。
「神崎さん、僕のバディの条件は属性を変える方法を見つけることだけど、いいかな?」
神崎が差し出してきた右手の前に、今度は僕が右手を差し出した。バディ契約は、互いの条件を出し合って合意すれば、立ち会い人のみで口約束だけでも成立する。今回は鈴木さんと早瀬に立ち会いを頼んでいた。僕の条件に神崎が合意して僕の手を握れば、バディ契約は正式に成立することになる。
「もちろん、私に異論はないわ」
あっさりと僕の手を握った神崎が、見とれそうになるような笑顔を見せた。柔らかくて暖かい神崎の手に緊張しながらも、僕はしっかりと握り返した。
「神崎先輩、本当にいいんですか?」
バディ契約を終えるなり、早瀬が横槍を入れてきた。見るとシラケた目を僕に向けて、神崎の腕を掴んでいた。
「どういう意味かな?」
横槍を入れてきた早瀬に詰め寄ると、早瀬は腕を組んでふふんと鼻を鳴らした。
「だって、神崎先輩はもうすぐAランクの実力者なんだよ。なのに、兄さんみたいに冴えないFランク者と組むのはどうかと思うわけよ」
早瀬がきつめの目を向けながら、ずばずばと痛いところをついてきた。確かに神崎と比べたら、僕は隣に並ぶには足りないものが多過ぎる気がした。
「ふみちゃん、その点は大丈夫よ。むしろ、岡本だから私はバディを申し込んだ部分もあるんだよ」
文句の一つでも言ってやろうかと思ったけど、僕より先に神崎が予想外のことを口にしたことで、僕は黙るしかなかった。
「兄さん、何照れてるの?」
怪しげな笑みを浮かべた早瀬が、意地悪そうに僕の顔を覗き込んできた。
「ま、乗りかかった船だし、私もパーティーに参加してやるよ」
不敵な笑みを浮かべた早瀬が、頼んでもいないことを口にする。すぐに却下してやりたかったけど、神崎との間で話がまとまってしまったことで、僕も渋々認めるしかなかった。
「岡本君、よかったですね。正式にパーティーが組めたら、君も立派なダンジョンプレイヤーの一人ですよ」
相変わらずののんびりした口調で、鈴木さんが眼鏡を光らせる。なぜかはわからないけど、鈴木さんに言われたら妙な実感がわいてきた。
ダンジョンプレイヤーを目指して五年。一人闇雲にスキルだけを身につけてきた僕に、正式に初めてのパーティーができた。しかも、神崎とバディを組むという夢のようなオマケまでついてきた。
「とりあえず、一旦帰ろうか」
初めての仲間を見渡しながら声をかけると、みんな白々しいながらも笑顔で応えてくれた。
~第一章 闇属性の僕と呪い姫 完~