1-6 初めてのバトル
「岡本君、早瀬さんとじゃれてる場合ではないようですよ」
遅れてやってきた鈴木さんが、眼鏡をかけ直しながら珍しく渋い声を出した。確かに、今は早瀬のミスを責めている場合ではないみたいだった。
「岡本、援護よろしく」
巨体のオーガを前に、怯むことなく神崎が目を閉じる。同時に、神崎の両手が青白く光り、その手に細身の剣が姿を現した。
「仲間も増えて、いきなりピンチってことか」
巨体のオーガの咆哮を聞きつけたのか、一回り小さいオーガの群れが洞窟の奥からわき出てきた。この数では属性反転の詠唱をする時間がないと判断したらしく、神崎は軽やかに飛び上がると、二刀流の舞を披露し始めた。
「すごい」
初めて見る神崎の戦う姿に、感動のあまり声が漏れる。神崎は呪いによってスキルは使えない。けど、属性は解放できるみたいで、手にした剣で華麗に小柄なオーガたちをなぎ払っていた。
「早瀬、援護できるスキルがあったら頼む」
それだけを告げて、僕は沸き上がってくる興奮に身を任せて神崎の援護に走った。とはいっても、武器も持てない上にとどめも刺せない僕は、ただ小柄なオーガたちの足止めをすることしかできなかった。
それでも、僕は迫り来る小柄なオーガたちを相手に、体術を駆使して挑んだ。オーガの知能は低いから、攻撃も単調な為戦うのに苦労はない。振り下ろされた棍棒を右に左にかわしながら、頬に感じる風圧にテンションが嫌でも上がっていった。
「ちょっと数が多すぎる。このままだと、属性反転どころじゃない」
神崎と背中合わせになったところで、神崎が息一つ乱れることなく不利な状況を口にしてきた。確かに神崎によって小柄なオーガたちは地に倒れることになったけど、際限なく姿を現す小柄なオーガたちが相手では、状況は一向に好転しそうになかった。
微かに頭を過る不安の中、これからどうするか考えようとした時だった。突如現れた泥人形たちが、一斉に小柄なオーガたちに襲いかかっていった。
「あのパペットたち、ふみちゃんのスキルみたいだね」
神崎が目を向けた方を見ると、早瀬がスキル発動の詠唱をしていた。その間、早瀬の足元から次々と泥人形たちが姿を現していき、ついには洞窟の奥へ続く道を塞いでいった。
「早瀬の奴、なかなかやるね」
「パペットを使えることに驚きだけど、これでなんとかなりそうね」
神崎の言葉を肯定するかのように、早瀬が生み出した泥人形たちは、小柄なオーガたちに抱きつくと、まるで溶けるかのように小柄なオーガたちを道ずれにしながら地面に消えていった。
「残りは巨体のオーガのみ。岡本、あいつの注意を引きつけて。その間に、属性反転の詠唱をやるから」
疲労した早瀬に笑顔を向けつつ、僕の耳もとで神崎が小さくささやいた。
――いよいよやるんだ
神崎に無言で頷いた僕は、両手を握りしめて巨体のオーガを見上げた。仲間をやられて気が立っているのか、血走った両目からは明らかな殺気が漂っていた。
――春兄、成功することを見守ってて
胸の中で小さく祈りを捧げると、高鳴る鼓動に任せてオーガに駆け寄った。そんな僕に狙いを定めていたのか、オーガの棍棒が頭上に迫っていた。
――速い!
突如できた影に驚きつつも、真横に飛んでなんとか棍棒をよける。けど、叩きつけられた棍棒の威力によって地面が震え、足をからめとられそうになった。
――正面で相手しては駄目だ
なんとか体勢を建て直し、オーガの横から背後を狙う。けど、その動きも読まれていたかのように、オーガの左手によって阻止された。
――なかなか手強いな
再び距離を取った僕は、左右に目を向けながら作戦を思案した。洞窟はあまり広さがないため、距離を使った撹乱はできない。しかも、オーガは疲れ知らずみたいに棍棒を振り回してくるから、神崎も詠唱に集中できないでいた。
このままでは再びじり貧になるのが目に見えていた。早瀬の助けを借りたかったけど、洞窟の奥を封じるためにパペットのスキルを使うことが精一杯に見える。鈴木さんに関しては、オーガの棍棒によってくり出される地震に耐えるだけで精一杯みたいだった。
ならばと、僕は意を決してオーガの懐に飛び込んだ。巨体ゆえに小回りがきかないことを逆手に取り、オーガの足下をひたすら右に左にと飛び回った。
「岡本、属性を解放して!」
狙いを定め切れずに棍棒を乱打するオーガを相手に、息が切れるまで撹乱し続けていた僕の耳に、ついにその時を知らせる声が聞こえてきた。
オーガの足下から離れ、ネックレスをシャツの下から取り出すと、息苦しさも忘れて剣のオブジェを握りしめた。
属性解放と同時に、いつものように剣のオブジェが禍々しい剣へと変わっていく。頭の中には黒い霧みたいなものが広がり、全身を黒いオーラが包んでいくのがわかった。
「岡本、いくわよ」
手を組んで詠唱を続けていた神崎が、僕に向けて両手を突き出しながら叫ぶ。突き出された両手から淡い光が僕に向かって伸びてくると、真っ暗な闇に包まれかけていた僕を一瞬で包み込んでいった。
――な、なんだ?
光が体を包み込んだ瞬間、僕は体の感覚を失いそうになった。絶えずわき出てくる負の感情と、なにもかも破壊したい衝動に抗っていた僕は、宙に浮くような感覚の中で自分の身に起きている現象に言葉を失った。
腹の底からわき出てくる黒い塊が消え、代わりに、胸が熱くなるような暖かい光が体の奥からほとばしるようにわき出てきた。
「兄さん、やったじゃん!」
全身を包んでいた黒いオーラは消え去り、体全体が光に包まれたのを見て、早瀬が驚きの声を上げた。
――頭がおかしくならないし、これならいける!
全身を包んだ光は、やがて剣へと集中していった。同時に、禍々しかった剣が姿を変え、赤い宝石が装飾された剣になっていった。
「いくよ!」
神崎の属性反転スキルは、間違いなく成功だった。光の属性になったことで数種類の属性も解放され、ついに苦労して手にしたスキルを使用することができるようになった。
ならば物は試しにと、閃光のスキルを剣に宿して剣を振り下ろす。一筋の光の筋が寸分の狂いもなくオーガの両目を捉え、オーガが悲鳴のような咆哮を上げた。
その声を聞くなり、僕は剣を握りしめて視力を失ったオーガの間合いに一気に詰め寄った。
嘘みたいに体が軽く感じられた。繰り出す剣撃も、一撃ごとに力がみなぎっていくのがわかった。
全てが最高だった。初めて属性を解放して戦うことに、興奮が止まらなかった。巨体のオーガが相手でも、もはや怖さも遅れをとることもなかった。
闇雲に乱打を繰り返すオーガの右腕に、風のスキルであるかまいたちをお見舞いする。かまいたちによって腕を切り裂かれたオーガは、苦痛の叫びと共に棍棒を地面に落とした。
――今だ!
厄介だった棍棒を手放したのを見て、僕は踊るように剣を振り回してオーガの両足を切り刻んだ。
再び繰り出される咆哮。両足を切り刻んだことで、オーガは瞳に悲痛の色を滲ませながら地に膝をつけた。
一段低くなったオーガを確認し、僕は剣を両手で握りしめると、そのまま剣を振りかざしてオーガの頭上へと跳んだ。
ゴツゴツと隆起した背中が見えたのを最後に、力一杯オーガの頭上に剣を振り下ろす。最後は悲鳴にもならない声を発したオーガは、そのまま前のめりに倒れていった。
――やった、成功だ!
地面に倒れたオーガは、やがて煙になって消えていった。これまで闇属性ではとどめを刺すことができなかったけど、今回はきっちりととどめを刺すことができた。
闇属性ということで諦めかけていたプロのダンジョンプレイヤーへの道。けど、今回初めて魔物を倒すことができたことで、再びプロのダンジョンプレイヤーへの道が見えたような気がした。