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1-4 呪い姫の誘い

 目覚めると、僕は保健室のベッドで寝ていた。薬品の独特の匂いが鼻につく中、わずかな頭痛を押し退けて状況を把握することに努めた。


 ――確か、僕は属性を解放して


 脳裏に甦ったのは、さっきの出来事だった。闇属性を解放してしまったことを後悔しつつ、どうなったかを推測してみる。 僕が保健室にいるということは、誰かが運んでくれたのだろう。特に拘束されているわけではないから、多分、三人と女の子には危害を加えていることはなさそうだった。


「目、覚めた?」


 ふいにカーテンが開くと、腕を組んだ神崎が僕を心配そうに見下ろしていた。隣には、今時珍しいアームカバーをつけた用務員の鈴木さんが並んでいた。


 鈴木さんは小柄でバーコード頭という、ちょっと痛いおっさんだけど、生徒の面倒見がいいことからみんなに慕われている存在だ。分厚い黒縁メガネが少しずれているのはいつものことで、その奥の糸目は優しく僕を見つめていた。


「よかったね、鈴木さんがいてくれて」


 半分呆れたように呟いた神崎が、一つため息をついた後で状況を説明してくれた。


 さっきの争いに気づいた神崎は、僕が闇属性だとわかってヤバいと思い、鈴木さんに助けを求めたという。本当なら先生に来てもらいたかったけど、場合によっては退学になりかねない事態だった為、そのあたりの事情を考えてくれる鈴木さんにお願いしたらしい。


 鈴木さんはすぐに状況を把握し、闇に染まりかけた僕を助けつつ、三人と女の子には今回の件は他言しないように釘を刺してくれたという。


「鈴木さん、ありがとうございました」


 神崎の話を聞いて鈴木さんに感謝を伝えると、鈴木さんは頭をかきながら糸目を下げて微笑んでいた。


「けど、すごいですね。闇属性を解放した僕を一発で倒すなんて」

「いやー、これでも昔はプロのダンジョンプレイヤーでしたからね。それに、岡本君も完全には闇属性を解放してませんでしたから」


 なんでもないことのように語った鈴木さんが、枯れ木のような右腕を曲げて小さな力こぶを見せた。何気なく語っているけど、不完全とはいえ闇属性を解放した僕を一発で倒したわけだから、その実力は見た目からは想像できなかった。


「ねえ岡本、あんたの闇属性を見させてもらった上で話があるんだけど」


 鈴木さんが和みムードを作る中、一転して真顔に戻った神崎が思い詰めたような目で口を開いた。


「私とパーティー組まない?」


 あっさりとした口調の言葉に、僕は一瞬聞き間違えたかと思った。けど、神崎の僕を見る目が真剣だったから、聞き間違いではなさそうだった。


「何? 呪われた私だと不満?」

「いや、そうじゃないんだ。もちろん、神崎さんみたいな人とパーティー組めるなんて嬉しいよ」

「でも、その割には嬉しそうには見えないけど?」

「あ、いや、そうじゃなくて、その、初めて言われたから」


 胸に広がるくすぐったい気持ちが恥ずかしくて、つい言葉が詰まってしまった。ダンジョンプレイヤーになって以来、パーティーに誘われることはあっても、結局参加することはなかった。みんな、僕が闇属性とわかると例外なくパーティーから外していたからだ。


 そんな僕でも、闇属性だとわかった上でも神崎はパーティーを組まないかと誘ってくれている。神崎は、誰もが認める美少女であり、かつ、憧れるダンジョンプレイヤーだ。細身の刀剣を二刀流で使い、素早さとスキルを駆使して戦う姿は華麗な舞だと言われている。


 もちろん、僕も神崎に対する憧れはみんなと同じだ。女性としての魅力はもちろんだけど、何よりトッププレイヤーを目指す姿勢は見ているだけで胸が熱くなっていた。


「でも、本当にいいの? 神崎さんも見たと思うけど、闇属性の僕は自分をコントロールできないし、何よりも魔物を倒すことができないんだよ」

「その点なんだけど、一つ条件がある」

「条件?」

「これから一つ試したいことがあるの。それをクリアできれば、正式に私のバディとして付き合ってもらいたいと思ってる」


 神崎が少しだけ表情を崩して視線をそらした。神崎なりのテレみたいだった。通常、パーティーを組む時は互いの立場を独立させていることが多い。パーティーが合わなかったり、メンバーが欠けてパワーバランスが崩れてパーティーに所属する意味がなくなった場合などに、簡単にパーティーを離脱できるようにする為だ。


 けど、バディを組む場合は話が違ってくる。期間や目的を達成することが条件になることが多いけど、一度決めた条件が達成されるまでは、まさに一蓮托生の関係になり、好き勝手にパーティーから離脱ができなくなってしまうのだ。


 そのため、バディを組むにはよほどの信頼関係が必要になってくる。言い換えれば、単なるクラスメイトでしかない関係の段階では、バディを組むことなどありえなかった。


 でも、その理由はすぐに判明した。神崎が僕とバディを組む理由には、神崎のスキルに関係していた。


「私は呪われているといっても、一つだけ使えるスキルがあるの。それが、属性反転のスキルよ」


 神崎によれば、レアスキルの一つとして身につけたものらしく、呪われた状態でも唯一使えるスキルらしい。


「まだ試したことはないけど、属性反転スキルを使えば、あんたの闇属性も反転できるかもしれない。もし成功したら、あんたはFランクにしてSランクの属性である光の属性になれるってわけ」


 神崎の出した条件というのが、つまりそういうことだった。闇属性を解放した僕に、属性反転のスキルをかけて光属性に変えるのだという。


「そんなこと、できるんですか?」

「できると思いますよ」


 にわかに信じられない話だったけど、鈴木さんがあっさりと肯定してきた。どうやらこの話の発案者は、雰囲気からして鈴木さんみたいだった。


「バディを組む条件は一つ。私は呪いを解く方法を手に入れること。あんたの条件は、私がバディを申し込むまでに考えていてくれればいいから」


 神崎はあっさり告げると、属性反転のスキルができるかどうか試す計画を話し出した。明日は祝日だから、早速明日にでもダンジョンに潜って試したいという。


 急な話だったけど、僕は構わず受け入れた。神崎とバディを組む話も魅力的だったけど、もし、属性反転ができればダンジョンプレイヤーとして初めて戦えるということが大きかった。


「失礼しまーす」


 計画話が盛り上がったところで、間の抜けたような声が保健室に響いた。声の方に目を向けると、さっきいた女の子が恐る恐るといった感じで顔だけドアから覗かせていた。


「あ、お兄さん元気になった?」


 僕と目が合った女の子は、急に笑顔になって保健室に入ってきた。けど、すぐに神崎と鈴木さんに気づくと、笑えるくらいに大きくのけ反った。


「どうしたの?」


 微かに口元を弛めて神崎が尋ねると、女の子は忙しなく目を動かして口を半開きにした。


「助けてくれたお礼を言いに来たんですけど、まさか神崎先輩がいるなんて思いませんでした」


 女の子は憧れを表すかのように目を輝かせると、スカートで右手を拭いて愛想笑いを浮かべた。


「私、二年の早瀬ふみっていいます」


 僕へお礼を言いに来たはずなのに、早瀬は僕のことなど眼中にないかのように神崎が差し出した手を握りしめていた。


 ――変わった子だな


 少し引き気味の神崎に、おかまいなく世間話をふる早瀬を見て、気のせいかどこか懐かしい感じがした。


 ――気のせいかな


 昔、春兄のパーティーに早瀬というヒーラーがいたのを思い出した。あまり話したことはないけど、春兄とバディを組んでいて恋人関係でもあったはず。


 ただ、僕の記憶にある早瀬さんは、目の前にいる早瀬とは違っていた。いつもおっとりしていて、こんながさつな雰囲気は一切感じられなかった。


「お兄さん、神崎さんとパーティー組んでるの?」


 ようやく僕のことを思い出したのか、早瀬が適当感満載の感謝を述べると、非常に答えにくい質問を投げかけてきた。


「そうよ。私と岡本は、バディを組むつもりなの」


 答えに詰まっていた僕に代わり、神崎があっさりと答える。早瀬は神崎の答えに目を細めると、じと目で僕を見つめてきた。


「ところでふみちゃん、貴方の属性は何?」

「私の属性は土属性です。サブ属性は雷属性も持ってます」

「へぇ、ならちょうど良かった。私は水属性で、サブ属性に火と氷を持ってるの。貴方とは相性は良さそうだから、一緒にパーティー組まない?」

「ガチですか? 神崎さんとなら大歓迎ですよ」


 神崎の提案に即答した早瀬は、喜びを表すかのように両手でガッツポーズを作って天を仰いだ。


「神崎さん、いいの?」

「いいんじゃない? 土属性と水属性は相性がいいし、サブとして互いにない属性を持っているのも、戦略が広がるから好都合だと思う。それに、あんたの闇属性を見てもこうして会いに来てくれたわけだから、結構勇気あるかもよ」


 最後は神崎に説得される形で、僕は早瀬とパーティーを組むことを決めた。その証として握手を求めたけど、早瀬は冷たい眼差しを僕に向けてきた。


「まあまあ、岡本君落ちついて」


 早瀬の態度に少しだけイラっとしたけど、鈴木さんになだめられ、ため息と共に受け入れることにした。


 この日、高校生活三年目、ダンジョンプレイヤーとしては五年目にして、初めて僕にもパーティーを組むことができた。これからのことを考えたら、まだまだ安心はできないけど、初めて僕にもパーティーができた喜びに、密かに胸を踊らせていた。

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