1-3 出会い
「ちょっと、助けてくれない?」
肩で激しく息をしながら、女の子が上目遣いで助けを求めてきた。見た感じ、神崎が美少女だとしたらこの子はかわいい系だろう。華奢な体と合わせて、どこか子猫のような雰囲気を漂わせていた。
「どうしたの?」
そう問いかけると同時に、女の子が走ってきた場所から三人の男子生徒が姿を現した。見るからに素行不良な外見に加え、馬鹿そうな笑みを浮かべて近づいてくる。女の子が僕の背中に隠れたのを見る限り、どうやらこの三人に追われていたみたいだ。
「おい、さっさとそれを返せよ」
僕の前に立ちはだかった男子生徒が、女の子を睨みながらドスのきいた声を出した。見るからにパワーファイター系らしく、その態度は明らかに傲慢さを通り越していた。
「なんか知らないけど、三人がかりで女の子を相手にするのはどうかと思うよ」
女の子に伸ばしてきた手を払いながら、男子生徒たちに声をかける。途端に大柄な奴が僕を睨みつけてきた。
「なんだ、お前。邪魔するのかよ?」
卑下た笑いを浮かべながら、大柄な奴が挑発してきた。
「邪魔するもなにも、何があったんだ?」
とりあえず冷静さを保ちながら、状況を確認する。聞けば、女の子がこの三人からレアアイテムを盗んだという。
「盗んだのはお前たちだろ。これはもともと私の友達が持ってたんだから」
僕の背中越しに顔をだした女の子が、目を見開いて抗議の声を上げた。
「ふざけんなよ。お前らみたいな低ランク者には似合わないから、俺たちが預かってやったんじゃないか!」
大柄な奴が声を荒げて抗議の声を遮ると、女の子は小さく悲鳴を上げて僕の背中に隠れていった。どうやらこいつらの横暴が招いたトラブルというのが、事の真相みたいだった。
「預かったんじゃなくて奪ったんだろ?」
三人のうち、リーダー格の大柄な奴に詰め寄ると、大柄な奴は笑みを消して睨んできた。
「あんた、三年だからってあんまり調子に乗るなよ。余計なことをすると怪我するぜ」
「忠告ありがとう。でも、目の前で女の子に絡んでいる馬鹿がいたらほっとけないかな」
睨みを効かせてくる大柄な奴に、僕は努めて冷静さを保って対応する。スキル以外の体術なら自信はあるし、三人組とはいえ残り二人は口だけの外野だ。喧嘩になっても一方的にやられる心配はなかった。
けど、そんな僕の目論見はあっさりと裏切られ、常に後ろにいたチビが属性を解放させてスキルを使い出した。
「おいおい、こいつFランクだぜ」
瞳に緑色の光を浮かべたチビが笑い声を上げる。どうやら探査系のスキルが使えるみたいで、僕の能力を解析したみたいだった。
「今さら謝っても遅いからな」
相手が自分より下だとわかった途端に調子に乗るのは馬鹿の証拠だ。三人がかりでさらにイキリだした上に、あろうことか学園内では使用が禁止されている戦闘系のスキルを使い始めた。
――火属性に風属性。パワー特化型のパーティーだな
うっすらと見える男子生徒たちのオーラから、属性とタイプを判断する。相性がいい者同士で組んだパーティーは、特化型ゆえの攻撃や連携スキルが使えるのが厄介だ。大柄な奴が火属性で、チビと痩せた奴が風属性。おそらく大柄な奴がメインで、チビと痩せた奴は後方支援といったところだろう。
痩せた奴がスキルを使用すると、大柄な奴の体に緑色の風がまとわり始めた。スピードアップのスキルみたいで、パワーファイター系の弱点であるスピードを補っているみたいだ。
――速い! けど、やれないことはない
一気に間を詰めてきた大柄な奴が、火をまとった拳を突き出してくる。熱気を頬に感じながら避けると、追撃の回し蹴りをかわして間合いを取った。
「先輩、逃げてばかりだとつまらないぜ」
大柄な奴が痩せた奴に目配せすると、再び間合いを詰めてきた。何か策があるかと警戒しつつ連打の拳をいなしていく。先ほどと違ってパワーを落としたジャブを不審に思っていると、いきなり足元に風の渦が発生し、足を絡めとられてしまった。
気づいた時には、大柄な男の一撃が腹にのめり込んでいた。途端に鈍い痛みと衝撃が広がり、口の中に酸っぱさが広がっていく。さらに耐え難い熱が血液を伝って全身を走り、ついに立っていられなくなった僕は、耐えきれずに膝をついてその場に崩れ落ちた。
「あっけなかったな」
馬鹿にした目で、大柄な奴が笑い声を上げる。その憎たらしい顔に怒りが沸いてきた僕は、よろけながらも立ち上がって再び距離を取った。
――仕方ない。属性を解放しよう
周囲に人の気配はない。今ここで少しだけ属性を解放しても、大事にはならないだろう。
「君、よく聞いて。これから僕も属性を解放するから、僕の属性を確認したらすぐに逃げるんだよ」
よろける僕を支えにきた女の子に念を押すように伝えると、女の子は怪訝な瞳で見返してきた。
「お前たちにも忠告しておく。僕の属性を確認したら、必ず逃げるんだぞ」
半ば脅しのように警告すると、三人は互いの顔を見ながら再び笑い声を上げた。
「逃げなかったらどうなるんだ?」
大柄な奴が、苛つく笑みと共にからかうように聞いてくる。一旦無視し、春兄からもらったレアアイテムのネックレスをシャツの下から取り出した僕は、今度は全力で脅しを込めて睨みつけた。
「死ぬぞ。確実にな」
それだけを伝えると、僕はネックレスの先についたナイフのオブジェを握りしめた。その僕の姿を見たチビの顔が、一瞬で歪んでいくのがわかった。
通常、属性は体に宿ることになるけど、複数の属性を持つ場合は、属性を封じ込めるアイテムに任意の属性を封じ込めることができる。相性が反する属性を持つ場合、体にかかる負担も大きく本来の属性を殺すことがあるからだ。
ただ、属性封じのアイテムはレア度が高いため、ランクが高いダンジョンプレイヤーでなければ手に入らない。つまり、属性封じのアイテムを持っているということは、封じ込められている属性は当然ランクが高いということになる。
それがわかっているのか、チビが仕切りに僕の能力をひきつった顔で解析しようとしていた。けど、それは無駄なことだった。この後僕の属性を知った三人は、恐怖に震え上がることに変わりはなかった。
属性解放の術を詠唱すると、手のひらに収まっていたナイフが徐々に禍々しい装飾が施された剣へと変わっていった。
――せ、あいつらを殺せ!
剣が姿を現すと同時に、僕の体をどす黒いオーラが包んでいく。同時に頭の中では耳障りな甲高い声が響き、腹の奥からあらゆる憎悪の感情が膨れ上がってきた。
「早く逃げろ!」
突然の変貌に腰を抜かしていた女の子に、声を荒げて逃げるように促した。頭の中では耳障りな声が僕の意識を乗っ取ろうとしていて、このまま声に負けてしまったら、僕は憎悪に任せて破壊の限りを尽くすことになってしまう。
「こ、こいつ、闇属性だ」
チビの表情が一瞬で青ざめるのがわかった。ダンジョンプレイヤーをしている者であれば、闇属性の怖さを知らない者はいないだろう。属性自体にもランクがあり、レア属性になるには二つ以上の属性をマスターする必要があり、マスターする属性が多いほどレア度の高い属性を手にすることができる。
そのレア属性の中でも、最も高い位置にあるのが光属性で、光属性を手にすることができればSランクのダンジョンプレイヤーとして認められることになっている。
その光属性と対称的な位置にあるのが闇属性だった。つまり、今の僕は最低でも三つ以上の属性をマスターしたダンジョンプレイヤーと同格であり、当然、三人とはランクで考えても大きな差があることになってしまう。
それがわかっているから、三人の顔は既に恐怖で固くなり、その瞳は驚愕と恐れで忙しなく宙をさ迷うはめになっていた。
さらに最悪なことに、三人は全く動けなくなっていた。足は震え、僕が逃げるように叫んでも、だらしなく開いた口からは絶望のような掠れた声がもれるだけだった。
しかも、女の子はしりもちをついたまま固まっていた。闇属性を目にするのは初めてだというのは予想できたけど、まさか動けなくなることは予想外だった。
予定では、みんながいなくなった後で暴れる憎悪の感情を抑え込むつもりだった。ぶつける対象がいなければ、自然と高ぶった感情は収まっていくから、その瞬間に再び属性を封じ込めれば事なきを得られるはずだった。
けど、目の前には立ちすくんで動けなくなった三人がいる。僕を馬鹿にしたことへの怒りが、抑え込んでもとめどなく溢れ続けてくる。このままいけば、憎悪にかられた僕が三人に襲いかかるのは時間の問題だった。
――やばい、なんとかしないと
自分の意思とは裏腹に、右腕が剣を持ち上げようとする。おびただしい闇のオーラが刀身を包み、まるで血が滴るように凝縮された真っ黒なオーラが地面に零れ落ちていた。
――まずい
意識が闇に飲まれそうだった。頭の中に黒い霧が広がり、やがてあらゆる思考を飲み込もうとした時だった。
首筋に何かが当たる感触があった。
それが何かはわからなかったけど、おかげで僕の意識は闇に飲み込まれることなく、ブレーカーが落ちるようにプツリと消えていった。