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4-3 ジョン・ロベルト戦

 遅刻したわけではないのに、定番となった神崎の叱責を受けながら装備の確認に入った。あいにくの雨模様ともあってか、神崎も早瀬も表情が暗いように見える。これからの戦闘を考えたら、さすがの早瀬も能天気に笑ってはいられないみたいだ。


「ダンジョンに行く前に、最後の確認をしますね」


 装備の確認が終わったところで、鈴木さんが声をかけてきた。鈴木さんもどこか落ち着かないみたいで、いつものアームカバーが微妙にズレていた。


「ジョン・ロベルトとまともに戦っても勝ち目はありませんから、最初の段階で決着をつける必要があります。簡単に言いますと、奇襲をかけることになります」

「鈴木さん、もし奇襲に失敗したらどうなりますか?」


 僕が抱いていた疑問を、神崎が口にする。奇襲とはいえ、相手は世界ランク二位の強者だ。そう簡単に成功するとは考え難かった。


「失敗した場合、二度とこの手は使えないと思ってください」


 鈴木さんの説明に、神崎がため息と同時に肩を落とした。奇襲が使えないとなると、僕らに残された道は撤退しかない。けど、撤退そのものも成功できるかわからなかった。


「この作戦の成功の鍵は、早瀬さんにあります」


 鈴木さんが早瀬の名前を出したところで、神崎と同時に早瀬に目を向ける。早瀬は上の空みたいにぼんやりとしていて、とても話を聞いているようには見えなかった。


「早瀬、大丈夫か?」


 不審に思って声をかけると、早瀬は「何の話してたっけ?」と苦笑いを浮かべ始めた。


「作戦の話だよ。早瀬には、ジョン・ロベルトに思惑をさとられないようにゴーレムを召喚してもらうことになってるんだけど、大丈夫?」


 白々しい笑みを浮かべた早瀬が、慌てたように何度も頷いた。その明らかな挙動不審に、神崎も眉間にしわを寄せていた。


「作戦のポイントは二つです。一つ目は、普通に戦う素振りを見せること。二つ目は、ゴーレムを召喚している間に封印の儀を終わらせることです」


 鈴木さんが作戦のポイントを説明し終えたところで、僕は神崎と最後の確認に入った。まずは僕と神崎がジョン・ロベルトの気を引き、その間に早瀬にゴーレムを召喚してもらう。ゴーレムにジョン・ロベルトが目を奪われた隙に、神崎が封印の儀をすることになった。


 今回、僕は最初から最後まで光属性になることはなかった。代わりに、体術だけで戦うことになるけど、果たしてどこまで持ちこたえきれるかは不安しかなかった。


 最終確認を終え、覚悟を決めてマーキングの輪へ向かう。その間も、早瀬は相変わらず上の空のままだった。心配になって声をかけたけど、早瀬は何か隠しているみたいに白々しく問題ないとだけ繰り返した。


 その様子に、僕の中で漠然とした不安が広がっていった。早瀬が僕に対しての復讐心をまだ持っているかはわからないけど、もしまだ持っているなら、今回の作戦は極めて危険なものになるかもしれない。


 ――馬鹿、僕は何を考えているんだ


 再び湧いてきた早瀬への疑惑を、僕は無理矢理頭から追い出した。二階層の攻略で、早瀬は絶好のチャンスを捨てて戦ってくれたのだから、今さらまた疑いを持つのは早瀬に対して失礼な気がした。


 ブラックアウトが終わり、再び二階層に戻ってきたことを確認する。息苦しいほどのかび臭い空気と、朽ちかけた部屋の光景は前回と変わりはなかった。


「ここを下りたら、もう後には戻れません。覚悟はよろしいでしょうか?」


 階段を前にして立ちすくむ僕に、鈴木さんが念を押すように確認してきた。僕は神崎に目を向け、心の準備ができたか視線で問いかけた。強ばった表情だったけど、神崎ははっきりと意思を示すかのように深く頷いた。


「なんとか成功してみせます」


 気後れしそうな緊張の中、虚勢を張るかのように鈴木さんへ思いを伝える。同時に早瀬にも声をかけたけど、早瀬は聞いているのかわからない感じで生返事を繰り返した。


 一つ深呼吸をして、階段へと足を踏み入れる。踊り場を抜け、錆び付いた両開きの鉄のドアを開けると、急にまばゆい光が目に飛び込んできた。


「一気にダンジョンらしくなってきたみたいね」


 扉の先には、天井が闇に消えている鍾乳洞のような空間が広がっていた。クリスタルのように輝く鍾乳石が周囲に咲き乱れ、さらさらの砂の地面は、どこかひんやりした感触を伝えてきた。


 やけに広く感じる洞窟の中央に、一際大きな光の玉が輝いていた。それが何か確認しようと近づいた瞬間、光の玉はいきなり人形へと変化していった。


「ユウジ・キムラに挑む愚か者たちよ。今ここで永遠にダンジョンをさ迷う亡骸にしてやろう」


 人形の発光体は、やがて黒い外套をまとった長い金髪姿の男性へと変わっていった。


 ――意外と若い人なんだ


 現れた青い瞳の男は、端正な顔つきながらも想像以上に若い感じがした。もっと熟練した大人のダンジョンプレイヤーかと思っていたけど、どう見ても二十代前半といった若さだった。


 名前しか知らなかった僕は、その細身の体を見る限り、とても世界ランク二位の実力者には見えなかった。


「見た目に油断しないで。若くして世界ランカーになったということは、相当な実力と才能の持ち主のはずよ」


 見かけに気が抜けた僕を叱責するかのように、神崎が険しい顔で言葉を強くする。確かに、若くしてトップランカーになれるということは、常人にはない才能の持ち主だといってよかった。


 一気に張り詰めていく空気の中、ジョン・ロベルトが外套の下から細身の剣を抜き出して構えに入る。派手な装飾を省いた質素な作りだけど、艶かしく光る銀色の刃からは、背筋が震えるような寒気を感じた。


 ――なんて風圧だ


 ジョン・ロベルトが剣を一振りしただけで、弾き飛ばされそうな風圧が襲ってきた。風属性を解放しているように見えるとはいえ、一振りで後退りされそうになることは予想外だった。


 ――一気に行くよ


 神崎に目配せし、早瀬に小声で作戦の実行を伝える。予定通り、ジョン・ロベルトは明らかに僕たちを格下に見て油断しているのがわかる。今なら、虚をついて作戦を成功させることができそうだった。


 上の空だった早瀬の背を押すと、早瀬はふらふらと予定通り魔法陣を描く為に動き出した。おぼつかない足取りに頼りなさを感じながらも、僕は気持ちを切り替えてジョン・ロベルトと向かい合った。


 ――いくよ


 神崎が頷いたのに合わせて、一気にジョン・ロベルトとの間合いを詰めていく。属性を解放した神崎は、二本の剣を振りかざしながらジョン・ロベルトの背後へと跳躍していった。


 挟み撃ちによる陽動作戦。華麗に舞いながら背後へと向かう神崎に気を取られているジョン・ロベルトへ、渾身の一撃を放った。


 ――な、なんだ?


 確実に当たったはずの僕の拳は、気づくと鞘に弾かれていた。僕の動きなど見てなかったはずなのに、正確に僕の拳を弾き返したことが一瞬理解できなかった。


 さらに、背後に回った神崎が着地する寸前を狙って、ジョン・ロベルトが一撃を繰り出していく。かろうじて受け止めた神崎だったけど、そのまま地面へと叩きつけられることになった。


 ――読まれてるってことか


 ジョン・ロベルトの肩越しに、神崎の様子を伺う。神崎は肩を押さえているものの、なんとか立ち上がって再び間合いを取っていた。


 ――やっぱり、世界ランカーは別格だ


 僕と神崎に挟み撃ちされながらも、余裕の笑みを浮かべるジョン・ロベルトのオーラに、僕は怖さよりもなぜかわくわくするような気持ちを抱いていた。


 さりげない動作一つだけで、ジョン・ロベルトとのレベルの差ははっきりと感じられた。まともに戦えば負けることはわかっているのに、なぜかジョン・ロベルトに真っ向から挑んでみたいとさえ思った。


 こめかみを汗がゆっくりと落ちていく。さらに張り詰めていく空気の中、気持ちとは反対に体がすくみそうだった。小柄に見えたはずのジョン・ロベルトが、今は見上げそうになるくらい大きく見えた。


 次に拳を交えたら、確実にやられるかもしれない。それは、神崎も同じように感じているみたいだった。だから、互いに手を出すこともできないまま、睨みつけることしかできなかった。


「もう終わりか? こないようなこっちから行くぞ」


 身動きできない僕と神崎に見下すような笑みを向けると、ジョン・ロベルトが剣を構える姿勢に入った。


 ――ヤバい、やられる


 ジョン・ロベルトと目が合った。青い瞳が、確実に僕を射程圏内に捉えているのがわかった。


「岡本、準備して!」


 固まった体をなんとか動かして防御の体勢を取ろうとした時だった。アイコンタクトをした神崎が、目の覚めるような声を上げて再び舞い上がっていった。


 その声で後ろを振り向くと、既に魔法陣を描き終わった早瀬が詠唱に入っていた。


 ――チャンスは一回きり。これで決める


 ついに作戦の実行の時がきた。作戦は、早瀬が召喚したゴーレムと共にジョン・ロベルトの動きを封じ込めることだった。いくら世界ランカーとはいえ、さすがに一撃ではゴーレムを倒すことはできないはず。だから、その一撃を耐えてくれた後に、僕がジョン・ロベルトの動きを封じて神崎が封印の儀をする手筈になっていた。


 早瀬の詠唱によって魔法陣が青白く輝いていく。ジョン・ロベルトの視線も、僕から魔法陣に移っていくのが見えた。


 ――チャンスだ!


 その一瞬の隙をついて、僕は再び間合いを取る為に地面を蹴った。後はゴーレムが召喚され、ジョン・ロベルトの前に立ちはだかるだけとなった。


 全てが完璧だった。ジョン・ロベルトが油断する読みも、封印の儀に入るタイミングも、全てが完璧に決まって作戦の成功は揺るぎないものになっていた。


 けど――。


 勝利を確信し、ゴーレム召喚の衝撃に身構えた僕の前に現れたのは、鉄壁の守備とは程遠い泥人形の群れだった。

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