3-7 再挑戦
結局、早瀬から連絡があったのは金曜日の放課後だった。神崎の考えた作戦に早瀬も賛同することになり、週末のダンジョン攻略は予定通り行われることになった。
土曜日の午前中、約束の時間前に校舎裏へ着いた時にはみんな揃っていた。遅れてきたわけじゃないのに、なぜか神崎から不満を言われるといういつものパターンは、嵐の前の平穏みたいだった。
「それで、ふみちゃんを信じることにしたの?」
早瀬がマーキングの準備をしている間、神崎がそっと話しかけてきた。
「そうなるかな。まあ、方法が他にない以上、早瀬を信じるしかないよ」
「で、信じてもいいと思った根拠はあるの?」
「根拠はないよ。けど、強いて言えば共に戦う仲間だからかな」
早瀬を信じていいかは断言できないけど、仲間である事実に変わりはない。今回は無防備な背中を託すことになるわけだけど、根拠がなくても早瀬を信じるしかなかった。
「岡本は相変わらずだね。でも、そこが岡本らしいんだけど」
僕の曖昧な説明に、神崎はいつもの皮肉で返してきた。神崎としては、僕に全てを託しているわけだから、早瀬を信じることに抵抗や疑問を挟むそぶりは見せなかった。
「準備オッケーだよ」
マーキングが完了したことを、早瀬が手を振って知らせてきた。少しだけ緊張しているようにも見えるけど、のんきな仕草はいつも通りといえばいつも通りだった。
四人揃ったところで、二階層へと向かう。しばしのブラックアウトの後、再び僕らは永遠に続く廊下に戻ってきた。
「神崎、どこから攻める?」
辺りを見回したけど、囚人の亡霊の姿はなかった。となると、等間隔で存在する部屋を攻めることになりそうだった。となれば、どの部屋から攻めるか選ぶ必要があった。
「部屋はどれも同じはずだから、この部屋にしましょう」
目の前にあるドアの前で、神崎が勇ましく声を上げる。前回と同様なら、このドアを開けたらすぐに戦闘になるだろう。神崎と視線を交わした後、僕は改めて早瀬と向き合った。
「早瀬、打ち合わせ通りに頼んだよ」
努めて優しく声をかけるも、早瀬から返事はなかった。どこか暗く感じる横顔は、緊張しているようにも、何かを考え込んでいるようにも見えた。
――早瀬、よろしくな
励ます言葉を諦め、代わりに心の中で小さく呟いた。早瀬に全てを託すと決めた以上、もう後戻りはできなかった。
「よし、行こう」
迷いを払いながら扉に手をかけ、大きく深呼吸してから扉を開けて突入する。部屋の中は前回と同じく、奇妙な塊が壁一面に蠢いていた。
「早瀬、行くよ」
部屋に入るなり、奇妙な塊が人の顔になって壁が剥がれ落ちてきた。同時に、神崎が両腕で胸を抱きながら苦悶の表情を浮かべ始めた。
一つ、また一つと漂い始めた顔たちを睨みながら、僕は覚悟を決めてネックレスのオブジェを握りしめた。
途端に頭の中に広がっていく黒い感情。全身を包む黒い霧がいつも以上に色濃く感じられ、獲物を見つけた喜びに歓喜するかのように、手にした剣も禍々しく光っていた。
意識が沈みそうになるのを必死に堪えながら、僕は闇雲に剣を振り回した。宙を漂う顔はもちろん、壁に蠢く塊たちにも力任せに剣を浴びせていった。
もちろん、僕の攻撃で亡霊たちが消えることはない。むしろ、霧のような形だったものが、今は色を帯び始めて一つの形になろうとしていた。
――ここまでは予定通りだ
視界の隅で神崎の姿を捉える。神崎は呪いの影響から解放されたみたいで、今は少しずつ顔色を取り戻していた。
「な、なんだ!?」
闇雲に切りつけ回っていた時だった。それまで白一色だった部屋がまばゆい光を放ったかと思うと、いきなり廃墟のような荒れ果てた部屋へと変わっていった。
「いよいよ正体を現したみたいね」
既に体調を取り戻した神崎が、属性を解放して僕の隣に並んできた。
「岡本、大丈夫?」
「なんとか。でも、早くしないとやばいかも」
薄れていく意識の中、辛うじて神崎に答える。ここまでは予定通りだったけど、想像以上に闇に飲まれ過ぎた僕は、もう自分の意思では元に戻ることはできそうになかった。
「ふみちゃん、急ぐよ!」
僕の姿に眉をひそめた神崎が、足早に早瀬のもとへ向かった。早瀬も既に属性を解放していて、合流した神崎に小さく頷いた。
――これが亡霊の正体か
運命を二人に託した僕は、ぼんやりと辺りを見回した。朽ち果てた廃墟の一室みたいな場所で、ぼろぼろになったポンチョやベストをまとった骸骨たちが、その落ち窪んだ瞳に黒い光を放っていた。見るからにダンジョンプレイヤーたちの成れの果てみたいで、揺らめく黒いオーラからは、果たせなかった夢にしがみつく怨念みたいなものが感じられた。
――早瀬?
突如始まった戦闘。骸骨とはいえ実体化した亡霊たちは、次々に神崎と早瀬に襲いかかってくる。神崎はそれらを受け流しながら、詠唱の為の間合いを取ろうとしていた。
けど、問題は早瀬だった。属性こそ解放はしているものの、スキルを使うことなく亡霊たちの攻撃を避けているだけだった。
「ふみちゃん!」
右に左にと、ただ動き回る早瀬に対して神崎の叱責の声が響く。けど、早瀬は相変わらず逃げ回るだけだから、状況は悪くなっていくばかりだった。
――どうする?
気を抜いたら一気に闇に落ちていきそうな意識の中、僕はこの状況をどうするか判断を迫られた。早瀬が足止めしてくれない以上、神崎も詠唱することはできない。そうなるともはや手詰まりになってしまうけど、だからといってすぐに打開策は浮かばなかった。
疲れ始めた神崎にも、僕と似たような焦りが見える。呪いの影響かはわからないけど、全部で十体近くとなった骸骨たちが、今は一斉に神崎を取り囲み始めていた。
――早瀬!
何とか声を絞り出そうとした。けど、すでに上手く体をコントロールできなくなっていた。おかげで、早瀬に声をかけることができなかった。でも、すがる想いで見つめた早瀬の表情を見て、僕は飛びそうな意識を辛うじて留めることができた。
早瀬は、ただ逃げ回っているだけではなかった。その眼差しには、確固たる意思が感じられた。右に左に大きく動き回りながら、何かを狙っているように見えた。
――神崎、早瀬を信じよう
不安げに見つめてきた神崎に、僕は思いを込めて頷いた。大丈夫、早瀬が裏切ることはないと、自分にも言い聞かせるように神崎に視線で訴えた。
とはいえ、もう僕も神崎も限界だった。特に神崎は、骸骨たちを追い払うことはできても、倒すことはできない。過度にダメージを与えて亡霊に戻ったら、再び呪いの影響を受けてしまうからだ。その上、今の状況で再び僕が闇属性で攻撃すれば、間違いなく僕は戻れなくなるだろう。
ぎりぎりの状況だった。ただ早瀬を信じることだけに追い込まれていた。
だから、走り回っていた早瀬が立ち止まり、何かをやり遂げたような笑みを浮かべたのを見て、僕はようやく早瀬が何かをやるつもりだと確信できた。
「神崎先輩、兄さんお待たせー」
この状況に似合わないのんきな声が、廃墟と化した部屋に響く。早瀬はOKのサインを出すと、目を閉じて詠唱を始めた。
早瀬の詠唱に応えるように、突如として床に浮かび上がる魔法陣。どうやら早瀬は、ただ逃げ回っていたのではなく、土属性による魔法陣を床に描いていたみたいだった。
「我が声に従い、出でよ、ゴーレム!」
目を開いた早瀬が、気合いのこもった声を上げる。その声に反応するかのように、魔法陣が怪しく光出した。
――ゴーレムって、まさか召喚術?
そう考えると同時に、地震のように床が揺れだし、地鳴りのような音が耳を貫いていった。召喚術は、スキルの中でもかなり高度なものになる。召喚する精霊や魔物たちと契約すれば誰もが使えるけど、その契約自体が難しい上に、実際に召喚した際にかかる体の負担も通常のスキルとは比べものにならない。
そんな負担を小さな体に背負って、早瀬は土属性のゴーレムを召喚した。ごつごつした岩が塊となった体は天井まで届き、まるで大きな隕石が人型となって落ちてきたような感じだった。
「神崎先輩、後はよろしくです」
一気に顔色が悪くなった早瀬が、神崎にバトンタッチを告げる。召喚するだけでも大変なのに、それを操るとなるとそう長くは期待できそうになかった。
早瀬の事情を読み取った神崎が、素早く宙返りしながら戦前から離脱していった。いよいよ詠唱に入るみたいで、どうやらなんとか間に合いそうだった。
――早瀬
とはいっても、召喚術を使う早瀬の負担は目に見えて深刻だった。巨体を盾にして骸骨たちの攻撃をはねのけながら、岩石のような拳を振り回すゴーレムの姿は確かに頼もしかった。けど、ゴーレムを操る早瀬の姿は、明らかに身を削っているようにしか見えなかった。
――待ってろ早瀬、すぐにけりをつけてやるからな
神崎の詠唱をまだかと待ちながら、早瀬を一瞬でも疑おうとした自分に腹が立った。早瀬は、文字通り身を粉にして作戦を遂行してくれている。その気持ちに、一刻も早く応えてやりたかった。
「岡本、行くよ!」
厳しさを増した神崎の声がようやく届いた。神崎も険しい顔をしているところを見ると、早瀬を疑ったことを後悔しているのだろう。
ふらつきながらも体勢を立て直し、神崎の放つ光を全身で受けとめる。それまで鉛のように重かった体が軽くなり、混濁しかけていた意識は一気に晴れ渡っていった。
「早瀬、後は任せて」
「言われなくてもギブアップなんだけど」
ぎりぎりまで召喚術を使っていた早瀬は、光属性になった僕を見るなりその場に崩れ落ちた。
「相手は七体か。一気に攻める!」
姿を消したゴーレムの影から現れたのは、七体の骸骨だった。いずれも冒険者の格好をしていて、手には剣を持っている者もいた。
七体が遠巻きに囲むように近づいてくる。僕は風属性を解放し、動きの鈍い二体めがけて突撃した。
「いただき」
風の援護を受けてスピードの増した僕は、立て続けに二体の骸骨を粉砕した。同時に、光と炎を合成させたスキルを放ち、さらに三体を撃破することに成功した。
けど、その喜びは一瞬で緊張に変わることになった。なすがなら、僕の連撃にもひるむことなく涼しい顔で受け流した残り二体の骸骨たちが、嘲笑うかのように手にした剣を揺らめかしていたからだ。




