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1-2 僕の事情

 昼休みになると、いつものように校庭へと向かった。一緒に昼休みを過ごす仲間もいない僕には、食堂を利用する勇気はない。けど、今日に限って水筒を忘れたことで、仕方なく食堂にある自販機に足を運ぶことになった。


 ありもしない空気化のスキルを使い、周囲からの視線を避ける。なるべく自販機だけを見ながら目的のお茶をゲットしたところで、視界の隅に神崎の姿が見えた。


 食堂のテーブルの隅で、一人涼しげな顔でサンドイッチを食べる神崎。もちろん話し相手なんかいないし、あるのは周囲の冷たい好奇な眼差しだけだった。


 針のむしろ状態の中、神崎は全く動揺する素振りを見せていなかった。見た目は息が止まるほどの美少女なだけに、なんでもない仕草の一つ一つに胸の高鳴りを感じてしまう。


 もちろん、僕には神崎と縁はない。同じクラスというだけで、僕と神崎の間には北極と南極くらいの距離がある。ここで気軽に話しかけても相手にされないし、神崎も心底望んではいないはずだ。


 だから、目が合ったのをきっかけに逃げるように食堂から出た。真夏日を迎えそうな日差しの中、なるべく人が来ない校舎裏へと移動する。じめじめした暗さは僕にぴったりだけど、もの悲しいほどの静けさにはいつもながら気持ちが沈んでしまう。


「ちょっと、いい?」


 飲み込むだけのご飯を食べ終えたところで、急に声をかけられた。地面に伸びた影を追うと、セーラー服姿の神崎が腕を組んで僕を見下ろしていた。


「何?」


 神崎の能面顔からは、明らかな怒りが感じられた。さっき目が合ったことを非難しに来たのだろうか。もしくは、今朝のことで僕が変な気を起こしていないか、釘を刺しに来たのかもしれなかった。


「あんたさ、剣術のスキルは問題ないのにどうしてランクアップしないわけ?」


 私に関わるなと非難されると思った矢先、神崎が予想外なことを聞いてきた。


「それは――」

「スキルだけみたら、田代と変わらない。ううん、ものによってはあんたの方が優れてる。なのにランクアップ試験を受けないのはどうして?」


 大きな瞳で僕を覗き込んできた神崎が、さらに顔を近づけてくる。黒髪が風に揺れて甘い匂いが漂う中、神崎の顔を間近で見てしまった僕は、緊張のあまり軽いパニックに陥った。


「受けないんじゃなくて、受けれないんだ」


 神崎にまじたじと睨まれた僕は、いつもならはぐらかすこのての質問に、つい本当のことを口にしてしまった。


「受けれない? どうして? ランクアップ試験に受験資格は必要ないでしょ?」


 不思議そうに目を細める神崎に、僕は苦笑いで返す。神崎の言う通り、ダンジョンプレイヤーになるのに特別な資格はいらない。国の機関であるダンジョン管理局に申請し、属性解放の儀を受ければ誰でもダンジョンプレイヤーを名乗ることができる。


 ただし、属性には先天的な固有のものがあり、自分で選択することはできない。さらに、属性にはいくつかの種類と相性があり、例えば火属性は風属性と相性がいい代わりに、氷属性との相性が悪く、スキルを覚えるスピードも遅い上に覚えられるスキルに制限があったりもする。


 その為、重要になってくるのがパーティーをどう組むかということだ。欠点を補う形でバランスよく組むケースもあれば、相性同士で特化型のパーティーを作るケースもある。ダンジョンにも属性が存在することがあるので、一概にどのパターンがいいのかは言えないのも、ダンジョンプレイヤーを極める上で重要な要素になっている。


 そうしたダンジョンプレイヤーの状況の中、最も重要になってくるのが個々のランクアップだ。ランクアップは、ダンジョン管理局の試験を受けて合格すれば、公的に証明されることになる。試験の内容は、一定数の魔物討伐に加え、レアアイテムの獲得やスキルの習得があり、ランクが上がるほど合格するのは難しくなっていく。


 そんなランクアップ試験だけど、試験そのものは誰でも受けることはできる。けど、僕の場合はいくらレアアイテムやスキルを身につけたとしても、魔物を倒すことができないから、ランクアップ試験に合格することは無理だった。


「僕の場合、属性が闇だからね。魔物を倒すことができないんだ」


 隠しても無駄だから、あえて僕は神崎に自分の状況を伝えた。別に、神崎が呪われているから同情したといったわけじゃない。ただ、予想外にしつこく聞いてくることに対して、僕なりの抵抗を示したかったからだった。


「そうなんだ」


 神崎の瞳に、驚きと悲しみが一気に広がっていく。哀れみがないだけ救いだった。闇属性が選ばれる確率は、数千万に一人といわれ、その時点でダンジョンプレイヤーとしての未来はないといってよかった。


「でも、だったらどうしてこの学園に来たわけ?」


 神崎が眉間にシワを寄せて、再び僕を見つめ直してきた。確かに闇属性とわかった時点で、ダンジョンプレイヤーを育成する学園に来るのは意味がないから、神崎が不思議に思うのも無理がなかった。


「約束だから」


 言うかどうか迷ったけど、神崎がしつこく聞いてきそうだったから、仕方なく事情を説明することにした。


「僕がダンジョンプレイヤーを始めたのは、兄に誘われたからなんだ。体が弱くて頭も悪かった僕は、いつもいじめられてたんだ。そんな僕を見かねて、兄がダンジョンに誘ってくれたのがきっかけだった」


 中一の時、高校卒業後にプロのダンジョンプレイヤーとして活躍することが決まっていた兄である春人から、半ば無理矢理ダンジョン攻略に連れ出された。とはいっても、ダンジョンプレイヤーとしてのスキル等なかった僕は、ただ春兄の背中に隠れているだけだった。


 でも、そこで見た光景は今でもはっきりと覚えている。信頼する仲間と繰り広げられるバトル。時に命を落としかねないトラップに果敢に攻める姿。互いに助け合いながら、ダンジョンの最深部に到達した時の感動は、側で見ていただけの僕にも衝撃的な出来事だった。


 その時、ダンジョンプレイヤーになろうと決めた。春兄みたいに将来を有望視されるダンジョンプレイヤーになりたいと本気で思った。


 けど、現実は最悪だった。ダンジョンプレイヤーとして与えられた属性は闇属性。その時点で死の宣告を受けた僕は、生まれて初めて悔しさで一晩中泣き続けた。


 そんな僕の為に、春兄は属性を変える方法を探してあらゆるダンジョンに挑戦するようになった。けど、その過程でトラップに嵌まった僕を助ける為に身代わりとなった春兄は、そのまま帰らぬ人になってしまった。


「だから、諦めきれないんだ。春兄の為にも、なんとかプロのダンジョンプレイヤーになって、春兄が果たせなかった夢を果たしたいって考えてるんだけどね」


 自分のことを話すのは慣れてないせいか、体が火照って恥ずかしさを抑えきれなかった。


 でも、不思議なことに神崎は黙って僕を見ていた。普通なら、闇属性の僕がプロを目指すと言った時点で笑われてもおかしくはない。けど、気のせいか神崎の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいるように見えた。


 その後は、互いに話すことがなんとなく気まずくなり、昼休みが終わるチャイムをきっかけに別々の方向へ歩きだすことになったた。


 神崎と別れ、一人教室に戻ろうとした時だった。校舎の影から悲鳴と共に、一人の女子生徒が飛び出してきた。セーラー服の青いリボンから二年生だとわかった。ショートカットの茶色の髪を乱しながら、青ざめた表情で後ろをふりかえっている。手には黒い布で包まれた何かを持っていて、僕を見つけるなり救いを求める目で駆け寄ってきた。

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