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全員バトン  作者: 森野昴・シンG・しいたけ・ぼるてん・黒イ卵・間咲 正樹・陸 なるみ・マックロウXK・砂臥環・砂礫零・秋の桜子・かわかみれい・べべ
7/15

7月(陸 なるみ)


 海に来ていた。25キロの距離をチャリで飛ばして。


 朝俺が起きて間もなく、うちの古い一軒家の玄関先にやつが現れたのだ。徒歩が基本の男に、自転車はどうもそぐわない。

 

 ――ああ、もう夏休みか。

 

 妙に納得した。

 

「海、いこ」

「はあー?」

 納得は、早過ぎたぁ~!


「なんで?」

「海の日だから」


 先月以来、やつの言動は突拍子ない。自分の背後霊のように近い距離間に慣れていた俺はあたふたを続けている。

 突然「自分は坂本龍馬の生まれ変わりだと思い出した」と言った。確かに、「思い出した」と言ったのだ。

 

 その時は、

「いや、龍馬は土佐だから。正月やバレンタインに雪の降る土地じゃないな」

 と、流そうとした。


 するとやつは顔をしかめ、

「おまえバカか、地縛霊じゃあるまいし。生まれ変わるのに場所関係ねぇー」

 それだけ言って黙りこくってしまった。


 防波堤ならすぐそこだからと気軽に付き添ったのに、やつは海沿いの国道をどんどん南下する。

「待てよ、どこまで行くんだよ?!」

「砂浜が見てーんだよ、渚ってヤツ?」


 顔を向けた親友は陽射しのせいかテレのせいか、頬を赤らめていた。


 2時間走ってやっと止まった。


 梅雨の明けた海は色がぐっと薄くなったようで、浜には海水浴客もちらほら見受けられる。

 元々人間臭さが少ないやつだが、海に向かうそのTシャツの背中を見ていると、ふっと消え入りそうな惧れをも感じる。


 ――なあ、おかしいって。俺たち、草食インドアカーストトップだぜ? 


 チャリ走らせて海見つめるなんてガラじゃないんだよ。坂本龍馬なんて、どっから出てくるんだ?!

 

 俺たちはクラス新聞広報係。

 おまえは途方もない小説をがんがん書いてた。

 

 異世界なのか、謎の学校の卒業式でふたり揃って殺されかけた。そして三人の女教師に男のほうの卒業まで迫られて。

 絶体絶命のシーンで、やつは俺に後ろを貸す覚悟さえしてみせる。

 

「俺も男だ! 一思いにやれ!!」


 あのセリフは坂本龍馬のような、漢気おとこぎの証明だったのか? 

 それとも逆で、受もオッケー?

 

 やつがいつも通りなら書いた内容なぞに拘泥しない。フィクションだっと笑うだけ。びーえる懸念も無い。

 が、今は状況が違う。


 どう接していいかわからない。

 メンヘラに友人を奪われたかのような淋しさが潮風に乗ってつんと鼻奥に突き刺さる。


 ――龍馬のように海に漕ぎ出し、志半ばに暗殺されて逝くんじゃないぞ。


 波はひっきりなしに寄せて来る。

 やつが作りかけ俺が推敲したパングラムを思い出した。


皐月頭(さつきあたま)に恋をして……卯波(うなみ)か夢の知恵、頬忘れはせん」

 

 卯月波(うづきなみ)はざわざわと、何かの前触れのように心騒がすが、文月の今、打ち寄せるものは大きく、やつひとりを簡単に攫っていきそうだ。


 土佐、(かつら)(はま)の波か…………。




―◇◇◇―




 一方その頃、本物の天上界では。


「やっと覚醒が始まったか。愛いやつじゃ。ま、どいつもこいつもわし傀儡(くぐつ)


 神が地上の青少年たちを(いじ)っていた。


「仕方ないじゃん、ブーメランパンツ一丁で、肩幅がニメートルくらいはあるムキムキマッチョなエロ(じじい)(がみ)って言われたんだよぉ? ブーメランパンツって英語じゃ通じないんだからねっ。恥かいたんだからねっ!」


「か、神さま、い、威厳が、キ、キャラだけは保ってくださいまし」

 側付きが真っ青になっていた。

「恐れながら申し上げます、そのような不埒な想像をしたのは龍馬少年ではなく、もう一人のほうかと……」


「無論承知の上じゃ。本人をいたぶるのはゆるりと時をかけ、犬をけしかけ、あの折の痛み丸ごと……むふふ……思い出させてくれようぞ」

「そ、それだけはお踏み留まりくださいませ、彼の者の人生全て狂わせてしまいまする……。(おのこ)には余りな仕打ち……」


「偉業を成すやもしれぬ」


 側付きはがっくりと首を垂れ、ため息をついた。


「もう萌芽は見えておる。幕府側にありながら龍馬を導き、激動を生き抜いた勝麟太郎くんじゃ。さもなければ中学生の分際で、あのような書き初めができようか?」


「は、反語ですよね?」

 側付きからの弱い合いの手を、神は無視する。


「儂が念じた(のろ)いをすらすらと書き留めおった。

 書き初めは年頭の誓約。あれほどに瑞々しい水茎で墨書きしては、言挙げするよりよく効くわ。がっちりと呪いは入ってしもうた。

 そして龍馬にそっくりそのまま書写し手渡す。何が含まれているかも知らずにな。かわゆいのぉ。

 『面白きことも無き世を面白く』、じゃ」


「それは高杉晋作、相手が違うぅぅぅぅっー!」

 側付きはとうとう、涙声で頭を抱えた。


「時代は合っておろう?」

 神はご満悦に笑いを振り撒く。


「物語の始まりの正月、

 起伏(アップダウン)激しきバレンタイン、

 きりきり舞いの卒業式、

 奈落か天か疑問の修行。

 全て儂の指示通り。

 5月は楽観的な『この日々が続けばいい』だ。

 そしてほら、『舞台はどうなっちゃうの』の6月。

 あやつら少年二人は儂の言いなりじゃ。

 小説だろうがリアルだろうが、呪いをなぞっているだけ」


 両の目を意地悪く煌めかせて神が(のたま)う。


気概(きがい)(とり)無口(むくち)(ふみ)やぞと」


「え? 何と仰いました?」


「裏に秘めた呪いじゃ。あやつらの中学が廃校になる1月まで、鳥たちは囀り続けておられるかな? 今は満ちる気概も薄れていくかもしれんのぉー。無口でも構わぬが、文だけは続けられるとよいなぁー」


 神の目線は右上明後日の方向に流れている。


「そ、それではブーメランパンツのほうが良き神と思われてしまいましょう?」

 側付きは恐る恐る奏上した。


「この国の神が良き神であるわけないではないか。泣くわ喚くわ、戦い惑う、祟り神!」


「ヤなヤツっ」

 側付きは足下の白雲に吐き出すように独り言ちたが、神にはばっちり聞こえてしまった。


「何とでも申せ、儂はご機嫌じゃ」


「で、では今月は何と仰います、『手広く各方面へ渡る』とはなっておりませんが?」


「今月の鳥は力不足じゃな。外つ国かぶれなのだろう。ま、天上界を出したんだから、手広いんじゃね?」


「神さまーっ!!!!」


「これからは、龍馬と麟太郎次第であろう。あやつらの学校ももとの国も、呪いもお話もな」


 ワーハッハッハッハと青空の中に神の笑いだけが響いていた。


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