1月 (べべ)
蛇がいた。
「ブラボー! &、ハッピーニューイヤー!」
白と、黒の、蛇だった。
「ブラボー! &、ハッピーニューイヤー!」
やつの声で。
あの子の声で。
蛇が、瞳を細めながら、叫んでいた。
「……終わった……筈だろう」
「「ブラボー! &、ハッピーニューイヤー!」」
「なぁ! 終わった筈だろう、ループは!? 死んだ筈だろう、お前は!! なんでいるんだ? なぁ!?」
唾液を細かくし、唾にしながら吐き飛ばす。
視界が揺れる。動揺が、無意識に眼球をくゆらせる。
手が震え、足が一歩を踏み出す。前ではなく、後ろにだ。
「終わった?」
「終わった?」
「あぁ、終わった。終わったな」
「あぁ、繋ぎ繋がれ、回し回され、グルグルグルグル巡ったバトンも、遂に終わりの時を迎えた!」
クツクツと蛇が笑う。
かんらかんらと、蛇が笑う。
「何度巡った?」
「それはもう! 回り回って12回!」
「いくつ繋いだ?」
「それはもう! 巡り巡って12回!」
「大層なものだ。感心するよ」
「よくもまぁ、ここまでゴチャゴチャ詰め込んだ!」
辺りを見渡す。
こんな化け物が、こんな正常な世界にいるのに、誰も騒ぎ立てる者はいない。
皆、笑顔で歩いている。
笑顔でピアノに手を伸ばしている。
笑顔で、年越しを祝っている。
「訳わかんねぇよ! くそ、なんで、ぇ、え? なんでだ? 俺はお前を殺したよな!? そうだよなぁ!?」
「あぁ、あぁ、殺した。殺したな」
「1つ前の話だったか?」
「どうだったか、忘れたな」
「最後の輪廻だぞ!? 忘れてなんとする!」
黙れ。
黙れ黙れ黙れ!
いちゃいけない異物だ。消さなきゃならない存在だ。
もう、あんな繰り返しは起こさせない!
天羽々斬はどこだ? もう一度ドテッ腹から真っ二つに裂いてやる。
「なんで……なんで無いんだ」
だが、俺が対抗しうる唯一の武器は、どこにも存在していなかった。
「なんで……」
「何故と問うたか?」
「そりゃそうだ!今は一月、13回目だ!」
蛇はグネグネと絡み合い、鱗を泡立たせながら縮んでいく。
しばらくすると、そこには……年不相応に怒張した肉体を持つ、一人の老人がいた。
「年の初めは小さな書き物。森の奥で揺蕩う蝶。静かな静かな期待の文」
その厳格な声色は次第に崩れ、本命をほのめかす娘の色香へ。
『2月はどうだ? 甘酸っぱいな。シンシンと降る雪の日に、ジンとくるよな悲しき青春』
小さなシルエットは、豊な実りを持つ迷彩服の女性へと姿を変える。
【狂い初めは3月か! ははは! 蔓延するは菌糸の狂気! 舞えや歌えやの大騒ぎ!】
ぶわりと迷彩服が舞い上がり、緩いローブに姿を変える。とがり帽子に杖を持つ、賢者のいで立ちが今は憎い。
<陽昇る天から舞い降りるは、子供の反らした蹴鞠か羽根か? 否や、危険な爆発物だ! 過激に叫び、喜劇に励んだ訓練の日々!>
肌も露わな装飾を、巌が如き鎧に変える。剣を地面に突き立てば、凛と響くは悲劇の嬌声。
《黒い卵に閉じ込めた、日常の世へいざ参らん。ほぅ、言霊遊びとは重畳。げに楽しきものよなぁ?》
鎧は砕けて塵と消え、溢れ出るは花嫁衣裳。なれど着込むは女子にあらじ。頬の赤らむ戦国武将。
〈あの世を嘯く妄想は、数多の国を巻き込まん。この世は正に一本の樹よ。枝葉の数だけ世界があろうて〉
骨格がボキボキと組み代わる。小柄な体に詰め込むは、国の傾く絶世の美だ。
≪海と陸の境目は、夏こそ特に似合うもの。ここで神の呪いは、本質的な楔となったぁ!≫
肌が一気に異国の色へ。たった1人を愛した女は、毒の蛇を片時も離さない。
〔暗がりの中から湧き出た伝記は、少年を滾らせる熱き灯。三つ首の猛犬よ、逃げねば目玉をほじくるぞ!〕
くるりと回ればその手に土瓶。日本最古の女王が笑い、ゴキリと首を真横に回す。
[砂粒一つ転がして、ようやく自覚し焦ったか? 巡り巡って回り回った、環境の歪みは手遅れの域ヨ]
カコンと土器は洗面器へ。銭湯帰りの土地神に、湯上りの温かみは微塵もない。
(違和感の砂は増えに増え、もはや止まらぬ砂礫の雪崩。神も仏も巻き込んで、輪廻の邪神を討たんと舞った)
その身を炎が包み込む。炎上する寺から歩み出るは、くすぐり好きの名大名。
{秋は過ぎ去り冬が来て、桜が恋しと日々眠る。悲しき校舎に夕日が差せば、いよいよ最後の大一番}
炎は増し、男を包む。火の鳥が生まれ、卵を産んだ。産まれ出でるは懐かしの巫女。幼き頃の新聞仲間。
⦅川上から清らかな水だぁ! 全てを包み、全てを治める! あぁ、邪神を引き裂く覚悟の証。なんと優美な大団円か!⦆
少女の瞳が裏返る。天を向くと顎が外れて、腕が飛び出し肩を掴む。服を脱ぐように現れたのは、1年を共にした大親友。
「死なんよ。死なん。混沌の邪神はいくつ居た? 何人の頭に眠っていた?」
「…………」
「この輪廻には、いくつの知恵が集まっていた? その数だけ、神がいるという仮説を、何故否定できる?」
「……俺が……感じた歪み、は……」
12回。
つまり、こいつのいう事が正しいなら……。
12体、邪神は存在する?
「……ふざけんなよ……そんな、暴論……」
「占めてまるまる12回。他者の頭を飛び移り、材料集めて鍋にした。残るはどんな具材が良いか?」
「…………っ」
あはぁ、と親友は微笑む。
裂けたように、鮫のように。
かつては同衾しかけ、かつては聖弾を放ち、かつては爆発に飲まれ、かつては推理にいそしんだ。
その面影は、今やない。
「喜劇は入れた! 日常は入れた! 青春は入れた! 狂気も入った! 悲劇はどうだ? これも追加だ! 謎解きだって美味いぞきっと! 伝記に神話に歴史もぶち込め! ぐるぐるグルグルかき混ぜろ! ここは魔女の鍋の底!!」
「そん、な……だって……」
「数多の色をぶち込めば、最終的には何色になる? べべちいべべちい黒色だぁ! 全てを塗り潰す台無しの色だぁ!」
全てを飲み込んでやった。
あの子もこいつも。あの世もこの世も。
あぁ、あぁ、この一連で、全てを覗いた12カ月。だが、最期に残った要素はどうか。
恐怖。
そう、恐怖だ。
まだこの鍋に、恐怖は入っていなかった。
ならば、この場は、この1月は。
恐怖によって描かれる。それが新たなピースなのだ。
ははははははは!! ヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!
狂ったように笑う邪神。
死んだはずの存在。
大団円の対極。
「俺は……俺の、してきた事は……」
全て無駄だったのか?
全て、自分の頭の中で回ってたはずだ。
あの時代も、あの事態も、全て彼が望み、起こり、捻じれて、元に戻ったはずなのだ。
なのに、この仕打ちか。
全てを無視して壊すだけか。
そんな事が、許されるのか。
「後は、お前が、屈するだけだ」
やつの片目だけが、ギョロリと彼を見る。
肩が跳ねた。ビビったのだ。当然だ。
今目の前にいるのは、全てだ。整地した道筋をほじくり返す害悪だ。
だが、諦めきれない。
このまま、恐怖で終われるものか。
ビター上等。ハッピー希望。なれどバッドはいただけない。
エンドは薔薇の花束を共に。出演者全員で一礼するのが常というものだ。
何か、何か手は無いか。
敵は最悪の13人目。
12人の中の裏切り者。
そいつに一泡吹かせるには、どうしたらいい?
「っ!」
その時、頭に浮かんだのは……
◆ ◆ ◆
月に並びし逓送しゆく物語始まりき
起伏ある激しきものになるか否かが
出方で決まるかとみてきりきり舞い
奈落に沈みゆるか天に昇ゆるのかの
楽観的に見ゆるが良しとするべきと
舞台は何ぞとしゆるかと思い馳せり
手広く各方面へと渡るが良しからむ
一月は年のはじめなれば年神を招く
壮行されるは門出なる月のものたち
生まれいずる子は目出度きことなに
申し送る言の葉はとくとなしと思ふ
伸びやかに渡られむことを願うのみ
概念のみとなりしこの文の並びとや
立ち並ぶ後続にと渡すものとは何ぞ
立志するもその意満たされたるやと
◆ ◆ ◆
「……つまり、さ」
「あ?」
「これを……さ。ここに残さなきゃ、いいんだろ」
彼の手が、光輝く。
邪神の顔がぐにゃりと歪む。
その顔は、13のどれかに見えたか。はたまた、まったく知らない顔か。
「貴様……!」
彼の手に握られているのは、伝説の聖剣……などではない。
そこにあるのは、一本の筒。
運動会でしか見られないような、ただのプラスチックの棒。
13人分の受け渡しで擦り減った、ボロボロのバトンであった。
「お前が12人いて、1人減って、残り11人って事は……さ!」
「返せぇ! それを!」
邪神が腕を振るう。
一歩も動かずとも、腕が勝手に伸びて彼を薙ぎ払う。
吹き飛ばされピアノにぶつかる。鍵盤が豪奢な悲鳴を上げ、彼の頭を割った。
だが、視界を朱に染めつつも、彼は言葉を止めることはない。
「ゲホッ……! あと、最低でも11回……! どこかで回って、11回、全部でアンタを殺せば!!」
「餓鬼がぁぁぁああああ!!」
伝説の剣を見た時よりも、明かに恐怖した声で、邪神が咆哮する。
力は入らない。しかし、腕なら動く。
視界が霞む。だが、今なら見える。
「……なぁ……見てんだろ……!」
バトンを突き出す。
邪神にではない。
今、この物語を見ている、そこの君にだ。
「繋いでくれ……!」
俺は、もう無理だけど。
「繋いで……繋いで……あんたが……!」
そう、君が。
君たちが。
「好きな物語で、終わらせるんだ!!」
最期のバトンは、君に託す。
どんな勇者にも、どんな凡人にもなれる世界で。
笑い、泣き、焦り、悩み。
繋がり、手渡し、見守って。
最期に、お疲れ様と叫ぶ。
それを、共に味わおうではないか。
「くそがぁああ!!」
彼の頭上に、死が迫る。
親友の姿は、もはや保てていない。友の体で友を殺すなどという事にならないのが、唯一の救いか。
否、救いはこれからか?
さぁ、選ぶといい。
彼の死の間際、差し出されたバトン。
手に取るか、否か?
是ならば画面に手を当てるといい。……そこからは、君だけの物語だ。
「……頼んだ……」
小さな呟き。
それと同時に……世界は暗転した。
◆ ◆ ◆
【全員リレー:キャスト】
①森野昴
②シンG
③しいたけ
④ぼるてん
⑤黒イ卵
⑥間咲 正樹
⑦陸 なるみ
⑧マックロウXK
⑨砂臥 環
⑩砂礫零
⑪秋の桜子
⑫かわかみれい
⑬べべ
⑭&、You……
~Fin~ ……?