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全員バトン  作者: 森野昴・シンG・しいたけ・ぼるてん・黒イ卵・間咲 正樹・陸 なるみ・マックロウXK・砂臥環・砂礫零・秋の桜子・かわかみれい・べべ
12/15

12月 (かわかみれい)

 師走・大晦日。

 宵が深まる頃、おれはふらりと外へ出た。

 風が冷たい。思わず身体がぶるりと震えた。

(そういえば駅前でカウントダウンイベント、やるんだったっけ?)

 最近は何処でもこういうことをやるらしい。

 ここは、俺が生まれ育った町よりは大きいが、所詮地方の小都市だ。浮かれたイベントとは、ちょっと前まで無縁だったのだが。

(みんな何かを忘れたがっているのかな?)

 ……俺のように。




 与える事が出来るのならば…………。

 あの日のあの時。

 俺が思ったことを菩屡天様は覚り、うなずく。

「おうよ、わかってきたようだな。与えることが出来るのならば、与えぬことも出来る。奪うことすら。もっとも理に逆らう故、『与える』以上の力が必要になるがな。『与えぬ』ことで作られる閉ざされた輪の中で、延々とくり返される一年。やがてすべてが形をなぞるだけの、虚しいものになり果てる。これも……一種の闇落ち」

「だから輪を断ち切る、聖剣 天羽々斬を取りに行くんでしょー?」

 面倒くさそうに蘭子が言うのへ、菩屡天様は苦笑いする。

「お前さんは信長公に会いたい、要するにそれだけだろうが。麒麟が本当にこの輪を断ち切るつもりがあるのか、問題の要はそこなんじゃよ」

「えー、そんなの断ち切りたいに決まってるじゃーん、ヒャッホーなご褒美も待ってるしー」

 ニヤニヤしながら言う蘭子の言葉が虚しく響く。

 虚しい、と感じる自分に俺はギクッとする。


   この日々が続けばいい。ずっと、ずっと。

   2019年がループしたら、学校が廃校にならなくて済むんじゃないかなー。


 時折チラっと、本当にチラっと思ったこと。

 そうすれば俺は……何ひとつ、なくさずに済む。


 思い、はっとする。

 後ろめたいような切ないような、訳のわからない感情が込み上げる。


 そう、そうだ、このまま続けばいいんだ。

 前へと進む、必要などないーー。


 唐突に、ガラスが砕けるようなすさまじい音が耳の中で響いた。




 駅前に着いた。

 屋台なんかも結構出ていて、思った以上の賑わいだ。

 旨そうなにおいにつられてあれこれ屋台を見ているうち、腹が減ってきた。アメリカンドッグを買う。そういえばやつが好きだったな、と思いながらかぶりつく。

 ケチャップにマスタード。サクッとした歯触りの甘めの衣に包まれた、安っぽいソーセージ。かみしめると揚げ油のにおいが鼻に抜ける。

 子供の頃に食ったのと同じ味・同じにおい。

 ふっと視界がうるむ。

(なあお前。あっちにもアメリカンドッグってあるのかな?なかったとしたら……へ、ざまあみろ!)

 俺は食い放題だぞ。

 思いながら、ろくに噛みもしないで一本平らげる。

 アメリカンドッグやフランクフルトソーセージを振り回し、下ネタへ持っていっては女子に嫌われていたなあ。

 おっぷぁいだのパッカーティーンだの、おかしなエロ造語を思い付くんだよな、あいつ。

 そのエロ造語を駆使したヘンな小説を壁新聞に書いて、エロコマンドーなんてあだ名がついた。

 何故だかあいつは喜んでいたが、ツレというだけでとばっちりを食らった俺は、いい迷惑だった……。

 ふと空を見上げる。

 冴えた冬の夜空は星が煌めき、綺麗だった。




 耳をつんざく、すさまじい音。

 思わずぎゅっと目を閉じてうずくまった。


 ……暫時。

 いつまで経っても奇妙に静かだ。おそるおそる目を開け……息を呑む。

「なんだよ、これ」

 菩屡天様も蘭子もいない。

 辺りはただ、闇。

 その闇の中でキラキラしたものが、俺の胸の高さで浮かび、静かに回りながら取り囲んでいる。

 俺を中心に、半径5mほどの円を描いて。

 土星の環のような夢のように美しい円。

 キラキラしながらただよう、重さを感じさせない大小……こぶし大から粉末レベルの、ガラス片のようなもの。

 それらがぼんやりとあるいははっきりと内側から発光し、早く遅く明滅しながら、音もなくただよっているのだ。

 かなりの間、俺は呆けたようにそれを見つめていた。

 美しい、完全にして完璧な円。

(俺はこの中にいたい)

 幸せでお気楽な、愛すべき人たちと共に。

 道が分かれる最初のきっかけ、廃校の前の一年に。

 たとえ……闇に呑まれるにせよ。


 煌めく輪が、徐々に徐々にスピードを上げて回り始める。

 やがて輪は、絡み合って互いの尾を呑む白と黒の二匹の大蛇になっていた。

(ウロボロス!)

「お前の望みはそれなのか?」

 細長い瞳孔の金の瞳を鈍く光らせ、尾を呑んだ黒の大蛇が声なき声で問う。

「条件はすでに、九割がた整っている」

 俺の背後で白の大蛇が、やはり声なき声で言う。

「苦労して集めたことを忘れたか?後はお前が信長を連れてくれば、天羽々斬は手に入る。それで我らを切ればループは終わる」

「の、信長を連れてくるのは蘭子の役だろ?」

 時間稼ぎを承知で俺は言う。蛇たちの失笑する気配。

「蘭子?信長?菩屡天?」

「女コマンドー?女騎士?女賢者?」

「龍?やつのばあちゃん?ケーキ屋の店員?」

「ありとあらゆる、この輪の中の住人」

「それはそもそも、お前自身」

「現実から取り込んだ、お前自身のかけら」

「アニマ、ペルソナ、グレートマザー」

「エゴ、シャドー、ワイズオールドマン」

 一般教養の心理学で習った、ユング派の用語。

 うろ覚えの知識で俺は、精一杯の解釈をする。

(つまりここは……俺の心の中の世界)

 二匹の大蛇は同時に問う。

「お前の答えは?お前の自我……セルフの、真の望みは何だ?」

 俺は無意識で唇をなめる。

 何を答えても嘘になりそうで、口の中がカラカラだった。




 アメリカンドッグの後に焼きそばを食べ、あたたかいコーヒーをすすりながら駅のコンコースへ向かう。

 ベンチくらいあるかなと思っただけで、特に深い考えはなかった。

 コンコースには、カウントダウンを待つ仮装した若者でうるさいくらいにぎわっていた。

 連中が楽しんでいるのを邪魔する気はないが、なんとなく持て余す気分で俺は眺める。まあせいぜい楽しんでくれや、と、じいさまみたいな気分で思う。

 家に独りでいるのも滅入るから出てきたが、喧噪の中にいるのも滅入るらしい。

 連中から背を向け、ため息をつきながら、休めそうな場所はないかざっと見渡す。そこで初めて俺は、コンコースの片隅にぽつんと、アップライトピアノがあるのに気付いた。


『どなたでも ご自由に演奏して下さい』


 ピアノの上に、そう書かれたA4ほどのカードが立てかけられている。

 ちょっと気がそそられた。

 十年ぶりだが、弾けなくもないだろう。

 鍵盤の蓋を開け、指を落としてみる。

 思いがけないくらい大きな音が響いてぎょっとしたが、周りにこちらを気にする者はいない。

(やつのばあちゃんには、そういや色々教わったよな)

 書道もピアノも彼女に教わった。

 多芸で多趣味な彼女に、俺とやつは幼稚園児の頃から色々教わった。

 残念ながらやつは、お習字にも音楽にも興味はなかったらしく、早々に逃げ出した。逆に俺は面白がって、進んで教わった。

 あんたの方が孫みたいだと、時々ばあちゃんは笑った。


 鍵盤を叩く。音と指が一致し始める。

 少しかじかんでいる指に息を吹きかけ、俺は本気でメロディーを紡ぎ始めた。

 手始めに、『聖者の行進』から。




 唇をなめて立ち尽くす俺。

 蛇たちは互いの身体を激しく絡ませながら、じりじりと近付いてくる。

 そう、『近付いてくる』のだ。

 ウロボロスの身体は、よく見るとゆっくり縮んできている。それにつれて、輪そのものも縮んでいる。

 最初は俺を中心に半径5mほどの円を描いていたのに、いつの間にか半径3mほどの円になっている。

 更にじりじりと半径が狭まってきているのが目に見えてわかる。生理的な圧迫感に、俺は背筋が冷えた。

「お前の自我……セルフの、真の望みは?」

 白と黒の大蛇が再び問う。俺は無言で、絡まり蠢く白と黒をただ見ていた。

「あっ」

 思わず声が出る。

 絡まり合う蛇身の鈍い光の中に、バースデーパーティーで満面の笑みを浮かべている織田信長が映っている。

 その姿がふっとゆがみ、幼児の俺になった。


 ああ……そうだ。

 幼稚園の頃、一度だけ友達を呼んでお誕生会をしたことがある。

 あれは楽しかった、好きなものをテーブルいっぱいに並べてもらったし、ケーキはあるし、プレゼントも貰えて……。

(その思い出がこの状況の一部を作った、のか?)

 織田信長と明智光秀は、歴女で腐女だった蘭子の『推しカプ』だった。

 絵が達者だったあいつはそこに森蘭丸を絡ませて三角関係にし、BL4コマ漫画を壁新聞に描いた。

 女子には大ウケだったが、男子はドン引きだった。

 やつが書く小説と、反応が真逆なのが面白かった。


 信長が二枚目面で、ウエディングドレス姿の光秀の手を取る。頬を染める光秀。そこでふっと、二人の姿がゆがみ……ウエディングドレスを着た骸骨に、嬉しそうに寄り添う俺自身の姿になった。

「馬鹿やめろ!そいつから離れろ!」

 思わず叫び、腕を伸ばした。

 パーティー会場を後にしようときびすを返す信長だった俺の肩をつかもうとして、結果的に俺はウロボロスの胴を思い切りつかんでいた。

 鋭い音と同時に、痛みがてのひらを貫いた。




 『聖者の行進』をくり返し奏でながら、俺は追憶する。


 そもそもの始まりは2月。

 俺は熱を出して寝込み、その辺りから歯車が狂った。

 インフルエンザだったらしく、熱が引いてもだるさがしつこく残って参った。

 大学が本格的に休みになったので、やつは俺をおいて先に故郷へ戻ることになった。

 ばあちゃんの具合が気になる、と浮かない顔していた。

 少し前に、ばあちゃんが入院したという話は俺も聞いている。

 体調が良くなり次第、俺もばあちゃんの見舞いに行くよと言うと、やつはちょっと笑い、ああ待ってる、と言った。


 故郷の町に未曾有の災害が起きたのは、その翌日だった。


 日本のあちこちで『未曾有の災害』が起きている昨今、今までの常識は通用しないし、どこで何が起こるか予測もできない。

 頭でわかっていても、それが自分の身近で起こるなんて思わないのが人情だ。

 俺もそうだった。

 体調が良くなかった俺は早くから寝ていたのもあり、惨状を知ったのは翌朝のニュースだった。

 取るものも取りあえず、俺は故郷へ戻った。寸断された道をバイクで、最終的には徒歩で。


 そこに町はなかった。

 残骸だけがあった。

 家族も知り合いも、誰もいなかった。


 瓦礫のそばで倒れている俺を、救助隊が保護してくれたのだそうだ。


 そこから記憶は曖昧だ。

 俺は点滴の管に繋がれた状態で、長くベッドの上で呆けていた。

 眠っているような起きているようなはっきりしない状態で、追憶と妄想が入り混じった、底抜けに楽しくて荒唐無稽な夢の中にひたり込んでいた。


 『聖者の行進』はいつの間にか、ゆるやかに形を変えていた。

 自分の心が欲する音を、ただ指で探って鍵盤を叩く。

 曲と言えるかはわからなかったが、耳に流れてくる音の流れは、少なくとも俺には心地よかった。





 慌ててウロボロスの胴から手を引っ込めたが、右手から鮮血がしたたった。

 したたると同時にそれは、真っ赤な刀身の短剣になった。

「天羽々斬。すべてはそろった」

「使うも使わないも、お前次第」

 俺は手の中の真紅の刃を見つめる。

「……月で並ぶ逓送物語」

 呪文のように俺はつぶやく。

 同じループを巡る、月々の物語。

 クロノス(現実時間)を拒み、カイロス(内的時間)の中でのみ生きる。

 何も失くさず、痛みは棚上げにして。

 

 だけど現実の肉体は、やはりクロノスを拒みきれない。

 どうあがいても己れの持ち時間は消えてゆく。

 

 そう、それでいい。

 いや、いけない!

 死にたい。

 いや、死にたくない!


 相反する思いが激しくゆれ動く。


「麒麟!」

 ウロボロスの中から懐かしい声がした。

「ひと思いにやれ!」

 三人の女先生に殺されかけた時のように、あいつは雄々しく叫んだ。

 俺の中からいきなり迷いが消えた。

 赤い刃を握りしめ、雄たけびを上げてウロボロスの胴を叩き切った。




 ピアノの鍵盤を叩く。

 遠巻きに俺の演奏を聴いている人がチラホラ、いるようだ。

 心臓の辺りが不意にじくじく痛む。

 息をつき、俺は、ただ鍵盤を叩くことに集中する。


 ウロボロスの胴を叩き切った途端、心臓がドクンと音を立てた。

 天羽々斬を取り落とし、両手で胸を押さえた。

 締め付けられる激しい痛み。脂汗が吹き出る。

「た、すけて……」

 かすれた声がのどから漏れ出る。

「たす、けて。し、しにたく、ないっ」

 そうつぶやいた途端、目の前が真っ白になり……。


 俺は、クロノスの世界へと還って来た。


 ピアノの鍵盤を叩く。

 メロディーに身を任せていると、カイロスの世界で最後に聞いた言葉を思い出す。

『人は二度死ぬ。一度目は肉体の死。二度目は忘却による死。誰だか偉い人の言葉だそうだ」

 菩屡天様のようであり、やつのようでもあり、ひょっとすると織田信長かもしれない声が耳で響く。

『我々は肉体的に死んだ。だがお前は生きてる。お前が生きてる限り、我々は死なない』

 あっけらかんと笑う声が響いてくる。

 不意に俺の目に、サムズアップしてにかっと笑うやつが見えた。

『最後の忠告。パッカーティーンを犬に食われるな!』

 うるせえよ、ばか。


 辺りが騒がしくなってきた。

 そろそろ年越しの瞬間なのだろう。

 意識の隅でそれをとらえつつ、俺は鍵盤を叩く。辺りの盛り上がりに合わせる訳ではないが、空へ向かって何かを解き放つイメージで、俺はメロディーを紡ぐ。

 カウントダウンの声。

「スリー、ツー、ワン……ゼロ!」

 クラッカーの陽気な音がパンパン鳴り響く。

「ハッピーニューイヤー!」

 俺は鍵盤から指を離す。

 と、まばらよりちょっと多いあたたかな拍手が響いてきて、俺は驚く。

「ブラボー&ハッピーニューイヤー!」

 どこかで聞いたような懐かしくて明るい声が、俺をねぎらってくれた。

 あり得ない期待を胸に、俺はゆっくり振り向く。そこには……。


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