10月 (砂礫零)
「ふっ……相変わらずパッカーティーンの威力はスゴいな」蘭子は黒光りする硬直した太い棒に紅い唇を寄せた。
ふうっと息を吐きかけ、そこに残っていた髪の毛を払う。
サスペンダーでトップスしか隠していない、豊満な胸がかすかに、揺れる。
しかし、生唾を呑んでそれに見入るであろう者は既に意識を失い、彼女の足元に転がっていた。
「愚か者……己らだけで邪神の呪いループから抜け出ようなど」
「そうそう、腹立つよねぇっ」ニコニコと相槌を打つのは、りょう子。
ゆるふわな雰囲気がいかにも男子ウケしそうな女であるが、いかんせん、その中身は一筋縄ではいかない。
何しろ、現世での職業は女賢者である。
「そもそもが、2人だけじゃどうしようもないのに、ねっ」
「こちらもヤった」と冷静に報告するのは糸美である。
黙っていれば彼シャツが似合いそうな、凛々しさの中にも儚い色気の漂う極上の女騎士である……黙っていれば。
「んほぉぉぉぉっ!見開かれた何も映していない瞳!これが興・奮♡せずにいられようかっ!」
「……まさか本当に殺ったのではあるまいな?」
やや不安げに蘭子が問いかければ「当然」と、銀の鎧に覆われた胸をぐいっと反らしてみせる。
「私は貞操ある女騎士!そう簡単にヤッたりしない、峰打ちだ、安心しろ!」
「んー?」りょう子はニコニコと小首をかしげた。
「峰打ちってね、結構死ぬのよね?じゃあ、蘇生魔法かけてあげるぅぅ、えいっ!」
倒れていた中3の少年の瞳が安堵したように閉じ、口から健やかな寝息が漏れ始めた。
それをウットリと眺める女賢者。
「あらあら。龍さんたらやっぱり可愛いわ♡卒業式がた・の・し・み♡うふっ」
「私も楽しみだな」女騎士が女コマンドーの足元に横たわっている方の少年を爪先でツンツンとする。
「私を忘れ果てて、蘭子を選ぶなど……麟さんらしすぎて……んほぉぉぉぉっ♡」
「だが楽しみは、邪神に打ち勝ち、呪いループを抜け出してからだ」蘭子は冷静な口調で、それぞれに愛欲の妄想に身を委ねる女達を引き締める。
「彼らを急ぎ、拠点へ運ぶ」龍と呼ばれている少年を軽々と担ぎ上げ、女コマンドーは号令をかけた。
「いくぞ!」
同じく麟と呼ばれる少年を軽々と担ぎ上げた女騎士は、黙ってうなずく。
無造作に束ねた髪から後れ毛がサラサラとこぼれ、何とも言えない風情を醸し出している。
女賢者がニコニコと微笑みつつ、杖を振り上げた。
歌うように、行き先が告げられる。
「いざ本能寺へ!レッツ・ゴーっ♡」
◇◇◇◇◇
「うっ……」
固い床の感触に、俺は目を覚ました。
最初に目に飛び込んできたのは、青白い火。それがふわふわと無数に飛んで、暗がりを照らしているのだ。
側で親友がスウスウと寝息を立てているのに、ひとまず安心する。
(どこだろう、ここは……倒置法)
そっと周りを見回せば、なかなかにして広い石造りの部屋。
何やらフードコートのような設備、所々に置かれた椅子、そして仕切られて見えなくなっている奥からは温かな湯気が溢れてくる。
そして、向こうの方には畳敷きスペース。数組の家族連れがゴロゴロとくつろげそうである。
(こっ、ここは……!)
そっくりだった。
そう、日本人の大半は知っているだろう。
疲れた身体を癒し、ひとときの憩いを楽しみ、明日への活力を与えるその場所の名をっ!
すなわち。
「す、す、す……」
「おや、目が覚めたか」そこへ柿の種色の大男が、回りながらやってきた。
回りながら……ワープのようなものだろうか。
彼はキランと白い歯を光らせつつ、笑顔で握手を求めてきた。
「俺は菩屡天!土地神だっ!ここの本能寺地下ダンジョンを経営してるぜ!ヨロシクなっ」
「ダンジョン?ここが?」
どう見ても、アレにしか見えない。
『す』がつくアレ、すなわち。
スーパー銭湯!!!
湯気の立っている方と反対側の奥に設えられている、黒塗りの鳥居とその奥の祭壇さえなければ、まさにそのものだった。
「ああ~ここはつまり、セーブスポットだからな!」菩屡天さまが解説してくれる。
「地下ダンジョン最奥のここは、邪神ウロボロスの手が届かない唯一の場所。ここを拠点にし邪神に反撃したいっていう女達がいてね」
「もしやそれは……」
こんなのとあんなのとそんなのでは、と幾度も夢に見た彼女らの容姿を挙げると、菩屡天さまは「そうそう」とうなずいた。
「彼女らが君たちをここに運び込んで、俺が面倒を見てるってワケだ」
脱がせて拭いたりはしてないから安心しろよ、と付け加えられたが。
正直言って、行き来する夢と現実の中で1ヵ月も下半身を晒して鍛えたりしていた俺たちには、その辺どーでもいい事項になりつつある。
それよりも。
「俺たちは戦いたくはないんだ」
問題は、再び彼女らの手に堕ちてしまったことだ。
覚醒させられ、血に餓えた獣のような戦士になるのかと思うと、恐怖とも慙愧の念ともつかない心がないまぜになって、身をすくませる。
しかし「そら無理だろうな」と土地神は頭を横に振った。
「なぜだっ!」
「お前らは天界革命派の戦士だからな。好むと好まざるによらず、戦いに身を置く宿命さ」
「天界革命派……」
耳慣れないはずの言葉なのに、なぜかすんなりと口に馴染む。
(うっ、兄さん!頭が……頭が割れるように痛いっ!)
顔をしかめて頭を抱える俺に、菩屡天さまは淡々と残酷に説明した。
すなわち、天界では『革命派』と『闇堕ち派』の争いが今も続いており、それが各方面に影響を及ぼしているのだという。
「だが、天界革命派は邪神ウロボロスの魔のダイスのために散り散りになってしまった」
「そして、天界革命派のメンバーは皆、転生したり平行世界に飛ばされたりした……のか?もしかして?」
恐る恐る確認する。菩屡天さまは「おおっ良く分かったな!」と目を丸くした。
「大体は思い出したのか」
「いや……、記憶は切れ切れにしかない」大体のことが分かったのは、ここにくる前に親友と記憶をつなげて推理していた情報があったからだ。
それと今得た情報を合わせるならば……
「おそらくは、俺たちが記憶を失くした隙をついて邪神は呪いをかけたんだろう」
「さすが勝先生だな。理解が早いわ」
ほめられても俺はあくまで『俺』であり、『勝先生』や『聖剣士・麒麟』の実感は薄い。
「しかし」浮かんだ疑問をそのまま口にする。
「なぜこれほどに邪神が急に力を?『闇堕ち派』『革命派』の勢力が拮抗しているからこその長い戦いだったのでは?」
「あー……それはだな」
菩屡天さまが言いにくそうにアゴを撫でた時。
「それは私から説明しよう」背後から、ハスキーな声がした。
振り返ればそこには、3人組の女達。
トップスだけがサスペンダーで隠れたセクシーなおっぷぁいと、凛々しくも仄匂う色香が魅力的な女騎士と、あざと可愛いゆるふわ女賢者である。
「革命派の旗印は第六天至高神・信長さまだ」セクシーなおっぷぁ……ではなくて、女コマンドーは顔を曇らせつつ話しだした。
「だが、闇堕ち派は信長さまの弱みをつき、延々と繰り返される魔の『幸せ☆ハッピーバースデー&こちょこちょうひゃひゃ』ループに閉じ込めてしまった……!」
「あの方の生い立ちを考えれば、仕方ないことなのかも」と女賢者も憂いにあざと可愛いゆるふわ顔を曇らせる。
「家族愛に餓え、しかも親代わりのジイまでもが彼のために切腹自殺……そんなあの方が、ひとたびハッピーバースデーされる悦びや、こちょこちょうひゃひゃの歓喜を知ってしまったら……」
「私とて!信長さまのためなら毎日ハッピーバースデーしてこちょこちょうひゃひゃして差し上げるのにっ!」
悔しげに拳を握りしめる女コマンドー。
激情に、おっぷぁいがぷるぷると震えるがなぜかトップスは全くズレない(優秀なサスペンダーだ)。
「そういうワケで」女騎士が締めくくった。
「とにかく邪神の呪いループから抜け出るためには、信長さまを取り戻して態勢を立て直し、闇堕ち派を打ち砕く必要があるのだ」
そして、3人は一斉に俺たちに詰め寄った。
「「「覚醒せよっ!君たち、聖戦士の力が必要だっ!覚・醒・せ・よ!」」」
揃えたシャウトに応じるように、親友がふわぁっ、とあくびしつつ起き上がった。
「……ん、ここどこ?」
目を擦りつつ辺りを見回す親友に女賢者がすかさず近寄った。
額に額をコッツンコされ、ヤツは『思わず』といった様子で、下目で女賢者のおっぷぁいを確認している。
「かくかくしかじか」
「ん……うっ……な、なるほど」ひとことで全てを理解させてしまうとは、さすが女賢者。
「つまり、邪神の呪いループから脱出するためには信長さまを取り戻した上で、祭壇に供え物をする必要があるんだな」
「そうです」
……なんだか、説明終わっていなかったところまで説明されてしまった模様。
「アイテムは既に集めました」
言われて黒塗りの鳥居の奥の祭壇を見れば、そこに供えられていたものは。
1月の書き初め、ヤツと俺が作ったパングラムの文章が白抜きされた黒い卵、学級新聞の束、ちくわ入りカレー。
「あとは信長さまさえお戻りになれば、聖具『天羽々斬』が出現し、邪神を叩っ切れるはずなのだ!」と女騎士が力を込めて話す。
「そこで!」彼女は唐突に、俺にピンクのハートで彩られた包みを差し出した。
いじらしい上目遣い……ん?この顔は、確か……!
俺は驚きのあまり後退る。
ぐいっ、と一歩踏み込んでくる女騎士。
「本命です、付き合ってください♡」
ほんのりと赤く染まったその顔は……2月、あの雪の日に出会ったドストライクのあの女性!
なんということだっ!
これが、ヤニ下がらずにいられようかっ!
「あ、ああ……」俺は照れながら包みを受け取る。
俺の横では、ヤツが同じように女賢者から告白され、包みを受け取っていた。
「「ね、開けて♡」」
言われるままに包みを開けると、そこにはあの洋菓子店のブランデーチョコレート。
女達の指はそれぞれに、その焦げ茶色の甘いブツをつまむと、俺たちの唇めがけてすっと伸ばされる。
「「はい♡あーん♡」」
逆らえるはずもない。
俺たちは、雛鳥のようにブランデーチョコレートを口に押し込まれ、モゴモゴと味わう。
甘味が溶け、カッとキツいアルコールが脳天まで突き通る……
「「あぁぁぁぁぁぁぁあっ!」」
えもいわれぬ感覚に、俺は身をよじった。
ふと隣を見ると、ヤツも同じように、身悶えしている。
おそらくは今、ヤツも、この身の奥から噴出するような熱い炎を味わっているに違いない……!
やがて、俺の意識は、全てを打ち消すような白く眩い光に包まれた。
「「「完了!コスプレ覚醒!」」」
女達の声が俺を目覚めさせる。
俺は……ソウダ、俺ハ。
聖剣士・麒麟。そして、昔勝海舟と呼ばれていた男。そして、俺。
着物姿に大小の脇差。俺はこれを、麒麟の能力により自在に操れる。
また、勝海舟の能力により……
ふっ、と女騎士が笑って、耳元で「パッカーティーン」と囁いた。
そうだ!勝海舟は!俺は!
犬にそれを喰われない限りは無敵のはず!
「はぁぁぁぁぁっ!」
気合いを入れると、俺のパッカーティーンの筒から無数の弾丸が発射された!
(嘘だろやばっ!)
思いがけない結果に、焦る俺。
温泉が壊れるっ!
目をぎゅっとつぶって、その瞬間を待つ。
……が、いくら経っても何も起こらない。
「……?」
目を開ければ、弾は全部床に落ちていた。
「セーブポイントでの武器の使用は禁止だぜ!」
どうやら菩屡天さまが瞬間的に、全ての弾を防いでくれたらしかった。
ありがたい。
「すまないな」
謝る俺の隣で、ヤツの覚醒も始まっている!
その両手には、拳銃。
ああ……やはり、ヤツは聖銃士・龍になったのだ。
しかし、俺と同じように、優しく友だち想いでちょっと廚2なヤツもまだ存在していると信じたい。
「はぁぁぁぁぁっ!」
ヤツが気合いを入れると、そのパッカーティーンの筒が変化する!
……ぞろっとした輝きを載せた、銀の刃……!
(嘘だろ別の意味でやばっ!)
焦る俺の横では、女達が何やらしている。
「はい、蘭子ちゃん、アーン」
「信長さまじゃないけど許してこちょこちょ」
「あっ、あっ、うひゃんっ」
アヘり気味なハスキーボイスがなかなかオツだ。
「「完了!コスプレ覚醒!」」
女達の声とともに、蘭子もまた、目覚めた。
その身を包むのは、深紅のセーラー服にルーズソックス。
先ほどまでのセクスィーなおっぷぁい姿が懐かしいといえば懐かしいが、これはこれでまた。
「蘭子……もしかして、お前が聖踊子・鳳凰だったのか」
「その通りだ。特技はお色気や閨房術だけではござらん」
蘭子、いや聖踊子・鳳凰はそう言うと、どこかから聞こえる音楽に乗って、パラパラを舞い始めたのだっ




