三話 彼女の気持ちが分かりました。
弥は部屋で考え込む。それはもちろん今日のはちゃめちゃな出来事をまとめ上げるためだ。
保健室での謎の小競り合いの後、保健室のガラスの弁償について話をつけて昼頃に教室に戻るとリリーの姿はなかったため由伸に話を聞くと、体調不良で早退したと語った。また、大丈夫だったかと聞くと何のことかさっぱり分からないと言っていたがなぜか足が震えていたのを弥は見逃さなかった。
追及しても分からない、ここ数時間の記憶が曖昧と言っていたのでおそらく本当に記憶がないのだろう。
記憶には残っていないが体が忘れていないのか、と由伸に同情して変に悲しい記憶を思い出させないように今日の出来事の相談をすることはやめた。それからみづきとは晩飯をどうするか程度の話しかすることなく帰宅し、みづきは夕食作りを、弥は部屋で夕飯までを有意義に過ごそうとしているわけであり、
「まとめるには濃すぎる内容だろ。」
そうつぶやく。自分の殺し屋が転入してきて、なぜかキスされてそのあと急に幼馴染からキスされて、あと無断でGPSをつけられていて。
一つ一つのインパクトが強すぎる。一日で起きる量の問題じゃないだろこれ。
これらの厄介なところはとりあえず置いておくという対応ができないという点だ。
まず、転入は理解ができる。リリーが言っていた俺を落とすとかいうことはしやすくなるだろうし殺しもしやすくなる。GPSに関しては後で話は聞くがまあ理解はできる。守るためなら仕方がないとは思うが、せめて話を通してくれていればGPSを盗られて利用されるということはなかっただろうに・・。
さて、触れたくないが触れなきゃいけない問題であるキス合戦についての考察を始めよう。
とりあえず二人が俺を好きという前提で話を進めよう。そうでなければ起こりえない事象だ。そうでなければ人間不信になる。
みづきが俺に長~いキスをしたというのはリリーに対抗するためと理解しよう。私の勝ちという捨てゼリフがそれを証明するだろう。だがリリーのキスに関しては謎が多い。
あの一触即発状態でなぜキスができるのか。確かにみづきと俺には機能したが普通ならSPにグさりでゲームオーバーだろう。なぜ数ある選択肢の中からこれを選択できたのか。
もしかしてリリーはみづきが俺に好意を持っていることを知っていたのか?
だとすれば一応理解ができるのだろうか。しかしリリーはなぜそれを知っているのか。プロの手腕なのか?
もしかして俺が鈍いだけなのか?
そんな節があったかと思い出そうとすると夕食ができたとみづきの声がした。
まぁ食べてから、または食べながら本人から聞いてみるか、そう決心し食卓へと向かった。
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食卓に特に変化はなく昨日と同じように食事が行われ、るわけがなくそれどころか革命が起きていた。
まずは食事、うなぎの蒲焼、ニンニクのバター焼き、牡蠣フライなど見るからに露骨なメニューとなっている。そしてみづき自身。制服から着替えているのはいいがなぜかスク水。髪はそれにいつもはコンタクトレンズのはずなのに黒縁のメガネを掛けている。どこの
「OK、とりあえずどこから触れていけばいいんだ俺は。」
「覚悟は出来ている。どこでもどうぞ。」
そう言い、みづきは両手を広げる。
どうやら話が通じないようだ。こういう時の対処法として相手にしないという方法がある。
これに1度でもムキになって突っ込むと味をしめて何度も繰りかえすようになる。ジャンキーと同じ仕組みだ。
大事なのは一度でこのノリは駄目なんだとわからせること。弥はそこから何を言うでもなく食卓につき、合掌をして食事をし始めた。
さぁこのままみづきがしゅん、としてその寒さから部屋へと戻りスク水から普段着に着替えて食卓についたら俺の勝ちだ。
だが弥の考えに反して、というか考えのまるっきり外の行動をみづきはとる。
「いただきます。」
みづきも食べ始めた。そのままの格好で、何かを言うでもなく。
これにはさすがに反応をせざるを得ず、
「お前はバグってるのか。」
「何が?」
不思議そうにこたえる。
「何が?、 じゃねぇよ!その格好で飯食い始める奴があるか!」
弥はそう訴えるがみづきは本当に意味が分かっていないのか首を傾げている。
それを理解した弥は
「分かった。その格好の意図を教えてくれ。」
仕方がなく理由を聞くことにする。正直意図らしいものは分かっているが。
「意図っていうのは?」
みづきはまだ理解出来ていないのか、それともふざけているのかまだはてなのある顔で見つめてくる。
「お前の今の格好はスクール水着つまりは学校の水泳の時間で使うために作られた代物だ。それを今現在、プールもないはたまた水泳とはかけ離れた食事の場面で着ている意味を聞いているんだよ。」
弥は懇切丁寧に説明する。これで分からなきゃ親父にみづきはSPとして不適格だと訴えるしかない。というよりか分かったとしてもボーダーラインギリギリだ。
「嫌い?」
みづきからはまたはてなのついた言葉が飛び出す。
「嫌いどうこうよりも時と場をわきまえてくれ。傍から見たらプール授業前日に家ではしゃぐ小学生かただのクレイジーだからな。」
返答次第では性癖と今後の生活に影響する事をどうにか誤魔化して答える。
「そういうことは聞いていない。私はこの格好が好きか嫌いか、及び抱きたくなったかを聞いているの。」
残念、回りこまれた。
さらに訳の分からない質問が追加された。リリーが現れてからどうにもみづきの行動が積極的にそして直接的になってきている。このままでは私生活はもちろん学校生活にも影響が出てしまう。それはなんとか防がなければただでさえ友人がいなくて若干浮いているのにこのままではいよいよ2人ペアになった時に隣の人に嫌な顔をされるようになってしまう。
それだけは何とかして防がなければならない。久遠家の跡取りとして。
「お前は少し気持ちを包み隠すことを覚えてくれ。」
弥は正直な言葉を放つ。それに対してみづきは少し考え込んでいるのか下を向きぶつぶつと何かを呟き、そして何を言うのか決まったのか弥との距離を近づけてじっと顔を覗き込む。可愛い女の子+上目遣いというのはこんなにも破壊力があるのかと思ってしまう。
「.......、今までずっと包んできた。」
なんとも気まずい時間にみづきはピリオドを打った。
「は?」
「今までずっと弥が好きだってことを隠して来た。友達だがら、幼なじみだから、そしてSPだから。友情に愛を持ち込んだら壊れてしまうんじゃないかって、仕事に愛を持ち込んだら失格なんじゃないかって。」
いつにもなく感情的にみづきは話す。こんなみづきを見るのは久しぶりだ。
「そんな時にあの泥棒猫が来た。仕事敵でもあり、恋敵でもあるあいつが。そして、そんなあいつから悔しくも一つ学んだ。両立させればいいんだと。」
「は?」
思わずそんな声が出る。
「とある漫画でも言っていた。心はゴム。抑えつければいつかその反動でとんでもないことをしでかしてしまうかもしれない。だったら抑圧しなければいい。あいつみたいに自由に振舞ってそしてやることはやる。それが大事だと気づいた。」
なんだかそれらしい事を言っている。が、
「自由が過ぎるんだよ!過度な自由は無法だからな!それにその結果あの主人公は地下の底に沈んでいったからな!」
「漫画はただの例え。私は失敗しない、プロだから。」
もう無理だ。そう感じさせる真っ直ぐな目でこちらを見ながら言い切る。
「分かった。頼むからせめて規範に基づいた自由を心がけてくれ。」
「分かった。なら改めて食事を再開しよう。」
そう言い、席に着くのかと思ったがみづきはそのまま自室の方へと向かう。
「どうした?」
と聞いてみる。
「さすがにずっとスク水は寒すぎるから着替えてくる。」
「無理はいけないっていう場面は読んでなかったのかな?」
こうしてこの一件は何とか収まった。のか?
分からないが気持ちを抑えていたみづきが気持ちを解放できるなら良いのかもしれないと思う弥だった。
おまけ
あれから様子がおかしい。あれというのはもちろんリリーの出現及び転校であるがそれからいろんな人から話しかけられるようになったのだ。別にいつも話しかけられないという訳ではないが基本的に勉強のことでタイミングもテスト一か月前くらいから少しずつ増えて、テスト後にいなくなるという状態であった。それが今はテスト前でもないのにクラスメイトが話しかけてくるのだ。内容も勉強のことではなく、趣味だったり昨日のことだったりと一般的なことからリリーとみづきとの仲というとてもデリケートな部分の内容だ。それが男女問わず来るものだから弥もどうしていいか分からない。
そこで話しかけてきた女子に訊いてみることにした。どうして最近こんなにも話しかけてくるようになったのかと。
そう聞くと迷惑だった?と訊かれたが、そうではなく前まではこんなに頻繁に話さなかっただろうと言った。すると、その原因が判明した。
「前から久遠君と話したいと思ってはいたんだけど、久遠くんに近づくたびに最上さんがとんでもない形相で睨みつけてくるものだからそれで。テスト期間の時は一刻を争うものだからそれに耐えながら質問してたんだけど。それが最近だと睨みつけてこなくなってるから気軽に話せるようになったの。」
友達が少ない。その原因がこんなにも近くにいるとは思わなかった。そしてそれを解決したのが奇しくも暗殺者のリリーだとは。弥の中のリリーの評価が少しだけ上がった。
すっかり年の瀬となりましたがいかがお過ごしでしょうか。平河です。子供にとっては楽しみな、大人にとっては手痛いものとなる正月ですが私はまだ子供なのかと考え込んでしまいます。次回は来月中を予定しています。ぜひまた。