A.はじまり
「タバコやめたい」
俺は嘆く。安タバコに火を着けながら。
「銀河鉄道まで来て言うセリフがそれですか」
俺の心からの嘆きに、彼女が示した感情は呆れだった。
「なんだとおめえ。喫煙者が禁煙を決意したというのにそのそっけない態度はなんだ。普段から禁煙禁煙まくし立てる非喫煙者さんよぉ、折角禁煙を決意してやったんだから少しくらい称賛の声をだな、こう上げてもいいんじゃないかな?」
「あなたの喫煙宣言を何度聞かされたと思ってるんですか?」
白く美しい手を額に当て、はーっ、と長嘆息。
綺麗なひとだ。呆れ顔までも美しい。
そうして綺麗な顔を呆れ顔に塗り替えたのが自分だ、という事実に征服欲に似た満足感と、ちょっとした自己嫌悪を感じていた。
「そういや、先週も禁煙宣言をしていたなあ」
言わんとすることはわかった。だから少しとぼける。
「ええ、先週も、先々週も、先先々週も、そのまた先週も!貴方は!貴方という人は!禁煙するって言ってたんですよ!!」
「何度も挫けずに禁煙を志す。偉いじゃないか」
可愛い許嫁をおちょくるのは、本当に楽しい。
親戚の幼子をくすぐると、本当に可愛らしく、そしていじらしく嫌がるのだが、今の彼女はそれを思い出させる。
「ふざけないでください!」
「ごめんごめん」
怒られた。肩をすぼめる。
彼女は気の良いひとだ。苛めすぎてかわいそうだという気分と、彼女に怒られることが嫌だなあ、という気分でいっぱいになった。
「まったく…本当に偉い人は一度の禁煙宣言でタバコをやめますよ…」
「…返す言葉もありません」
全くもって正論だ。
今の僕は、「禁煙宣言→禁煙失敗→禁煙宣言→禁煙失敗」の無限ループを、永遠を想起させるレベルで繰り返し続けていた。
なんでタバコをやめたいかって、そりゃあ……
「まったく、これから天上のもっともうつくしい場所へ向かうんですから、将来の旦那さんとしてピシっと決めてくださいよ」
「わかりましたよお嫁さん。ピシっとしますよ、ピシッとね」
心持ち背筋を伸ばす。戯けだ。
けど、彼女はそんな戯れに微笑まなかった。
「えへへ、『お嫁さん』…」
白く形の良い頬に細くたおやかな手を当て、少女らしくえへえへと笑う。
そんな彼女に尋ねる。
「ねえ、今君は何歳だっけ?」
きょとん、として彼女は答えた。頬に手を当てたまま。
その所作が、いちいち可愛い。
「え、18ですけど」
「タバコは好き?」
一転して、ぷりぷりし始める。
「嫌いです!臭いも!煙も!吸う人も!」
こんなふうに、彼女は喫煙を嫌悪する。
だから僕は、タバコをやめようと思うのだ。