変化の有無
ルド山脈麓を道沿いに歩く。南東に向かうにしてもろくに動かない今の身体で山脈を越えるのは難しいと判断してか、ひとまず山脈越えは諦めて南に移動しているのだろう。
アキト達の歩みは遅いが大きく道から離れて森の中にでも入らない限り魔物に襲われることもない。朝は杖をつきながら歩き、夜になれば野営をする。いつもと何も違わないが変わったことと言えばアキトも食事をとっていることだ。グシオンのオリビアの元で食事やお茶を飲んだ時のような反応はなく無言で静かに食べている。かえではアキトの様子を見てはいるがアキト自身が何も言わず。黙っているため何も言うことが出来なかった。歩みは遅くなったとはいえ野営が終われば再び歩く、子供のかえでも歩き続けるのは疲れるためすぐに寝てしまう。
何日もそんなことが続き、気が付いた時には自然とアキトが歩く様になり杖をつかなくなっていた。左半身を覆うように革ベルトで止めた外套はそのままだがおそらく腕も生えてきているのだろう。エルは一体どういう原理なのだろうかと少しだけ考えたが、それもすぐにやめた。アキトが超常の存在で気が遠くなるような昔からこの世界を覆う大きな仕組みの産物だと考えれば動き続けるのだろう、ハルトが動かなくなった時にアキトは狼狽していたが本人達からすればそれだけありえないことだったのだ。だからエルはアキトの身体が元に戻っていくことを素直に喜んでいた。
その後も南に進み続けてルド山脈の切れ目に辿り着き、そこから少しだけ東側によると山脈越えや坑道を抜けずに麓を迂回する人々がよく利用しているロノウェという街に到着した。ロノウェは学問が進んでいる街であり、少額の入場料を払って利用する図書館や王国指定の子供が学問を学ぶための施設がある。蔵書量も相当であり、グシオンにいるオリビアも調べものがあるときなどよく利用する場所だった。ただ、今のアキト達にとってはただの通過するための街であり大量に使った魔力瓶の補充や食料の買い込みとかえでの休息のために二日間の宿泊をする以外は特に用事もなかった。
エルはそんな状況をみて、思えばアキトが街や周囲の出来事へそれなりの関心を払っていたことを再確認していた。今までアキトは街について何らかの事件や出来事など人間を探すためとはいえ酒場も利用して話を聞いていた。そのたびに時々助けを必要としている人に関わったり、悩んでお節介をしてしまったりと人と関わってきていた。後悔することもあるがそれでもやっていたのならやりたいことだったのだろう。不死で目的の為に動いていたとはいえ寄り道ばかりしていたアキトだが人に関わっていたのは遊びや暇つぶしではなかったのだと感じる。
今のアキトは違う、目的の為だけに動いている。エルがみるに今のアキトは害はない。ワールドエンドに人間を連れて行き絶滅を起こすことも本来であれば問題がないことだ。人間だけの世界であればそれこそ仕組みに乗ったもので許容されていたのだから当然だ。目的の邪魔をすれば当然攻撃されるだろうがそれも無差別的ではないだろうし関わってこなければ害はない。それに比べればエルの知るアキトは比較的積極的に悪と感じる者を殺すしお節介しにいってキレるし、むかつく者は殴るしチンピラみたいな事もする。迷惑な奴である、しかも不死で暴力を振りかざすから手に負えない。子供に少しだけ優しいといえばそうだが、それは今のアキトが「人間の子供」であるかえでに対して厚く保護しているのとそう変わらない。
それでもエルにとって今のアキトはつまらないし最悪だと感じるのだ。ハルトの戦いでわかったが、アキトもワールドエンドに行くことを望んでいる。死にたくないだけではないと直感したからエルは協力しているが、人類が滅んだ後で残されたアキトがこの無機質なアキトであったならばエルは間違いなく怒り狂うだろう。
ロノウェでしっかり準備を終えて馬車に乗り南東に移動を続けた。今までと変わり東に大きく移動することになり、馬車は街道を走り続けてウェパルという港街についた。南極に向かうという事であればここから船にのるのだろうかとエルは思った。
「おにいちゃん、うみはどこもかわらないね」
かえでがアキトにそんなことを言っている。海の匂いや波の音、飛んでいるカモメのような鳥こそ違うであろうが今までの旅路で森や山など自然を見てきたかえでが海に反応していた。自然の中でも海だけは変わらない、大きく深く全てをのみこむような広さを持っている。
「ずっとちがうっておもってたけど・・・やっぱりおなじなんだね」
「かえでは認めたくなかったの?」
「おにいちゃんのともだちやエルにおしえてもらったからずっとみてきた」
起きた時から目に映るものすべてが変わっていた事に戸惑い続けていたかえでが自分を守ってくれる者の元で落ち着いて周りを見る事が出来るようになった。もしかしたら違うと自分に言い聞かせるようにずっと目を閉じていたかもしれない、長い時間をかけて旅をしてようやくかえでは今を受け入れたのだろう。
「しらないだけだったんだ」
ウェパルでサンマの塩焼きと白身魚のフライ、キノコと山菜汁の食事をとる。かえでが骨を残して綺麗にサンマを食べる。エルはその様子からかえでが魚を以前よく食べていたのだろうと感じた。食事の後再び、消耗品と食料を買い込む。アキトの路銀はまだ余裕はあるだろうが、それでも今回の食糧の購入量はかなり多かった。日持ちする物を沢山買い込み小分けした後大きな袋で持った。アキトが言っている部屋にも食料を送りつつ、背にも風呂敷のように背負っている状態だ。
「ここからは補給なしで大きな移動があるってことかな?船にでも乗る?」
エルが無駄とは思いつつアキトに話かける。勿論反応はなく、黙って歩いていくがその方向は港ではなくウェパルのやや北にある森の中だった。かえでに気をつかいながら森の中を進んでいくと打ち捨てられた文明跡地を見つけた。それは石材の具合からかろうじてここに何かあったのだろうかと思えるほど荒廃しており、自然の中に溶け込んでいたため言われてわかるかも怪しいレベルであった。エルが気付けたのは何かこの移動に意味があると疑っていたからこそだ。
かえでを少し離れた場所に待機させてアキトが大鉈を右手に出して地面に何度も振り下ろす。大きな土煙を上げながら掘り起こしているのだと気づくころには地面が崩落して空洞が出来ていた。かえでを抱きかかえてアキトが穴を下りていくと四角い長方形の箱があった。長方形の箱は劣化している様子はなくかえでを抱えたアキトが近づくと扉が出来るように奇妙に歪み開いた。箱の中が明るく照らされており、淀んでいたであろう空気が抜けだすとアキトがかえでを連れて中に入る。しばらくすると再び長方形の箱が閉じた。
箱が閉じてから無言で立ち尽くしているアキトにかえでが不思議そうにしているがエルはなんとなく下に移動しているのではないかと感じていた。揺れなどの抵抗感をほとんど感じないが自身の魔力で軽く断続的に索敵を流すと自分の位置が動いていることがわかったからだ。時々下への移動も完全に止まり、箱の中をガスのようなものが入ったり出たりをしている。
「おにいちゃん、おみみがすこしへんかも」
かえでがそう言うと特に止まっている時間が長くなっていた。
「・・・高所から低所に移動しているから何らかの健康害への対応とかしてるのかな?」
エルはしばらくしてそういう結論に達した。かえでのために移動が止まっていることに気付きアキトとエルにはおそらく必要のない処理であることがわかっていた。高山病や地下坑道に潜る人達などが体調が悪くなる程度の話はエルも知っている、だからおそらくそうなのだろう。
長い時間をかけて完全に止まった長方形の箱からアキトとかえでが降りるととてつもなく長く広い通路がそこにあった。楕円形のような通路で前も後ろも終わりが見えない長さでつながっている。柱のようなものがぽつぽつ中央にあり、そこには図のようなものがあった。エルが盗み見るとそれはこの星の区画図のようになっており、後方には蜘蛛の巣上に通路が入り組んでおり前方は真っすぐ伸びて南極までつながっているようにみえるのだ。
そんな馬鹿なとエルは一瞬だけ思った。しかしこの地下トンネルを見るだけでその先につながっている海底トンネルが冗談の産物ではなく実際に存在するのだと感じてしまっていた。かつて栄えた文明の規模と力は計り知れないものであったことをこの巨大建造物で実感しているのだ。
「もしかしていくつかのシェルタ-とやらはこのトンネルと今も接続しているのか?いや・・・人間がいなければそもそもアクセスできないのか?ずっとこんなものが・・・馬鹿げている」