日が沈む場所
お互い距離を詰めることなく見つめていた。ジークは呼吸をはかり、動き始めのタイミングを調整していた。いきなり間合いを詰めて出鼻を挫くというのは虚を突くことであり、僅かな隙ではあるが重要だ。自然と身体が動き出すタイミングを相手に読まれず、相手を一方的に攻撃できる。しかし、その呼吸をジークはアキトからはかることが出来なかった。まるで無機物を前にしている気分だった。ゴーレムに近いともいえるがゴーレムには各動作の動き始めに製作者が組み込んだ命令による癖がある。そういう意味では今のアキトは全く読めない存在だった。
間合いを詰めれば始まってしまう、頭の脳裏にそんな言葉が浮かんだ。
「ジーク、迷っているんだったら最初からやるななんて野暮なことは言わないよ。止めたっていいんだ。ボクの願いなんて無視してもいい、つまらない英雄になる必要もない」
「・・・先生、逃げ道なんていりません」
もう人類の安寧も英雄になることもミカエルの約束もジークハルトを動かす理由にはならなかった。ただ、納得しにきたのだ。自分の為の私闘だ。小細工もいらない。だから先程まではかっていた読めない呼吸をこれ以上はかろうとするのもやめた。ジークは身体に雷をまとい、ミカエルを構えいつも通り宣言した。
「神殿騎士、雷光ジークハルト」
ジークの姿が稲妻の道を残しかき消えて、次の瞬間にはアキトの胸にミカエルを突き入れてそのまま押し込む。アキトは一切の反応が出来ずに気が付けば地面から足が離れて浮き上がり、突進したジークごと山肌に突っ込み。爆音と土煙が上がる。ミカエルの雷刃から漏れ出る稲妻が漏れ出す様に周囲に散らばり焼き尽くす。次々と続く雷撃が山の表面を削り取っていくのだ。
<胸部への深刻な損害を確認、60秒後の自動再起動処理の停止を───>
ミカエルが突き立てられているにもかかわらず痛みも何も感じていないようなそぶりのアキトが持っているシミターをジークの首に向かって振る。まるで意思を持たないギロチンのように振られたその刃の冷たさにジークは反応し、ミカエルを引き抜きながらスウェイで後方に避ける。一歩半ほど下がったところでアキトの手からハルバードが突き出されて伸びてくるが瞬時に反応したジークがミカエルの腹でハルバードの斧部分をひっかけて払い止め、流れるような剣捌きで容易く神鉄の合金で出来たハルバードを斬り落とす。
それは以前アキトと戦ったときと全く同じ技だった。あの時の再現のように、綺麗に決まった剣筋は一切の衰えなく、それどころかミゲルの足元に届くほどの物だった。技の隙や繋ぎ目が見えぬまま、重心を整えるように二段目の斬撃が持っていたシミターを容易く斬り飛ばしながらアキトの身体を袈裟斬りに斬る。普通の人であれば十分致命になる深さだ。
アキトの身体から出る血が霧のようにアキトを覆い隠し守る。そこら中に血の盾が出来るが、ジークの行動は一切制限されることがなかった。ジークは最初からミカエルの雷を身体にまとっていたのだ。ジークの身体は常に自己再生が走り続け痛みもある。だが、ミゲルが使っていた人工デーモンの素体に比べて遥かに雷に対して魔法抵抗があるジークの身体はその持ち前の耐性と再生能力によってミカエルの破壊の力に耐え続けているのだ。
血の霧の中に見えた人影をそのままジークは斬りつける。手ごたえなく容易く両断されたそれはエルが作り出した血の鎧の虚像だ。当たらない斬撃を放ったことで晒した隙を埋めるようにジークは身体を動かしその場から飛びのいた。ジークが居た場所に両手で使われる大斧が振り下ろされて地面が大きく破壊され、砂塵が舞う。態勢をすぐさま立て直したジークがミカエルを構えて再び突進するように突き込む、大斧から手を離し、手元にロングソードを出したアキトが突きに角度をつけて刃先を合わせるがミカエルの軌道は一切ぶれずにバターのようにロングソードを溶かし裂いていく。流すことが不可能と悟り、身体を縮みこむようにして横にし突きを避けて肩を入れる。
腰を入れて地面を握るように踏みしめた足はジークの突進とぶつかるがぶれずに押し返す。ジークはアキトの無機質な目を正面から見て苛立ったように舌打ちをするとアキトの身体が伸びあがるように重心移動してジークを斜め下からかちあげる。距離が出来た瞬間再び、両手にスレッジハンマーを握りジークに向かって振り降ろす。しかし、スレッジハンマーは容易くミカエルによって斬り落とされ破壊される。返す刃でアキトのわき腹を切り裂いた。痛みを感じていないのか無表情だが血は十分な量にじみ出て、動きが鈍くなっているのが明らかだ。
<損傷拡大、行動の最適化を───最適化を───>
「いい加減にしろ・・・弱すぎる、貴様ではない・・・」
ジークは内心を吐露するようにアキトに向かって吐き捨てる。
「死にたくないのではなかったのか!?先生を退けた時の気迫はどうした!!ただ死ぬだけなら貴様はあの時死ぬべきだった!!全力で抗って死ね!私にこれ以上嫌な思いをさせるな!!」
<最適化を───>
(・・・うるせえな)
「下手くそ、感情以外でアキトの身体を動かしてんじゃねえよ気持ち悪いな。引っ込んでろ」
<最適化を>
(ハルトも自分の事しか考えてねーじゃねーか、僕だってそうしたいよ・・・気持ちよくなりてえ)
アキトの身体がギリギリと動き出してエルの柄に手が触れる。右手でつかんでゆっくりと抜く。
<損傷とユニットの強い妨害により一分の権限失効が確認されました>
エルから魔力瓶が抜かれて、瓶が地面に捨てられる。アキトが左手から下投げで空中に魔力瓶を三個放り投げ、エルでまとめて通り抜けるように斬る。溢れ出た魔力薬をエルが水魔法で柄から吸収していき、そのまま周囲の血の盾も吸い込んでいった。
「絶刀、黄昏の刃」
エルが夕焼けのような光を放ち闇を鈍く照らす。アキトの脚はもう一歩も動かないような状態で真っすぐ立ち、エルをだらりと持っている。
ジークはそれを見てミカエルに血の瓶を装填する。それは魔王との闘いの後、王都に戻ったジークがミカエルを使って未だに眠り続ける初代ハルトから得た血だ。魔力をため込んだミカエルの刀身が朝焼けのように明るく輝き放つ。
「天剣、黎明の刃」
その輝きはまさにアキトを殺すための物だと向けられて初めてアキトは感じた。七大天剣本来の姿、本来の目的通りに振られる天剣を名乗るのに相応しい力だ。自分の感情を抑え込まれて恐怖すら鈍化していたアキトだが、今この瞬間目が覚めたように生きていることを思い出す。エルを持つ手が静かに震えたが目の前のジークハルトは静かにこちらを見ている。
アキトがため息をついて、ジークハルトに言葉を吐いた。
「世界を救うんだろ?ハルト・・・びびってんのか?」
その言葉を聞いた瞬間ハルトは間合いを踏み込みアキトに向かって斬撃を放つ。まともに足も動かないアキトに付き合う必要もない、後ろに回り込んで斬る事だってできる。しかしハルトはそんなことを一瞬たりとも考えなかった。ただ真っすぐアキトに斬り込んだ。それがわかっていたようにアキトは持てる力を全力で出し黄昏の刃を振るう。
二つの刃がぶつかり合い、プラズマのような光が発生し周囲を分解していく。崩れていく物質の中で地平を照らすような眩い光が静かに二人を包み、互いの身体を削るように分解する。やがて蓄積されたエネルギーが崩壊するように反発し、光が消えて爆音が鳴り響いた。左半身が崩れさったアキトが吹き飛び地面に倒れる。
その場に残っていたハルトの身体もまた大きく削がれて壁に寄りかかっている。一切動く力が残っていないとハルトは感じていた。かろうじてつながっている右手には地面に突き刺さっているミカエルの柄にふれている。
「先生・・・私は、勇者失格でしょうか」
「嘘だろジーク?アハハハまだそんなこと言ってるの?」
「自分の意思を優先しました・・・」
「そうだね、君は世界を救うならいくらでも手段があったんだ。多勢を連れてアキトさんを殺すこともアキトさんが連れている子供を殺すことだってできたし、何より初めから黎明の刃で殺せたんだ。それが・・・ふふふ、ハハハハハ」
「どのやり方を選んでも先生は力を貸してくれません」
「ああ、確かに!でもそうじゃないだろ?ボクの事なんてどうでもいいんだ。君はあんな安い挑発に乗って真っすぐ飛び込んでふふふふ、アキトさんもめちゃくちゃ笑ってたよ。なのに今、負けて悔しそうにしちゃってジーク!ジークハルト、君は最高だよ」
苦しく辛そうなハルトの身体は緩やかに再生を始めている。ミカエルはそんなことをお構いなしにずっと笑っていた。
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<権限機能の復旧を確認、再生の開始>
失った半身がゆっくりと再生されていく、人工衛星から予備の外套を取り出して左半身を包み隠す様に覆い。複数の革ベルトで抑え込むように固定する。革ベルトに新たなエルの鞘を取り付けてそこにエルをさす。不思議と身体が動いてその行動をしていたことに疑問を抱いたが修復にリソースを割きすぐに忘れられた。打撃武器として使われる長めの杖を失った左足の変わりに体を支える杖として動き始めてかえでの元にひきずるように移動する。
不気味な筈のその姿をみたかえではアキトを心配した。
「おにいちゃんだいじょうぶ?やすむ?」
かえでの言葉を聞いても歩みを止めずにワールドエンドへ向かおうと動き出す。体はゆっくりだが少しずつ再生している、本来ならば激痛でまともに動けない筈のアキトの身体は取りつかれたようにただ無機質に動いた。
「ねぇ・・・アキト、もうアキトを止めてくれる友達いないよ」
日が沈んだ闇の中で不器用に歩くアキトにエルが声をかける。
「アキトが言っていた存在も・・・俺とアキトで倒しちゃった・・・止めてくれる奴なんて誰も残ってない」
(・・・エル・・・君が、いる)




