怒りを信仰する者
酒場のカウンターでアキトはゆっくりとお酒を飲みながら話を聞き入っていた。この街での日常的な内容が多く、当然ながら人との付き合いの話か金の話が殆どだ。ほとんどが不必要な話ではあるもののアキトはこういう時間が嫌いではなかった。多くの人が悩みを抱えていて、逃げ出したくなる弱さを持っている。強く生きることはとても困難だ。折れることなく意思を曲げないことも、こうありたいと思うも自分の心すらままならぬ物だから、それは自分も同じだ。
弱音を吐いても明日になれば立ち上がって動く、人は皆、自分で自分を救うのだ。嫌なら逃げたっていい。動きたくなるときまで伏せるといい、心が動く限り何かがしたいと思うはずだ。お腹が減ったとかそんな理由でいい、あとは勝手に立ち上がって救われるはずだ。
「何をしんみりしているんだよ、酒には酔わないんだろ?」
エルが小さい声で話しかけてくる。エルも酒場の人々の話に耳を傾けていたようだ。やけに静かだと思えば、彼もまた何か思うところがあったのだろう。まさか僕の顔色をみて心配するとは思わなかったが、大丈夫だとエルに伝えて酒を飲みなおす。
「ところで聞いた?人狼が出る村の噂」
エルはあまり人間と関係のなさそうな噂話を拾っていたようだった。人狼に怯える村があり、生贄を出さないといけなかったが、偶然通りかかった旅人がいたので、その旅人を生贄に捧げるという怪談話だった。確かに魔族の中には人狼という種族がいる。人族はほとんどの魔族と敵対しているが、僕にはあまり関係のない話だった。大体が見た目の相違による争いが原因であり、単純なだけに根が深かったりする。僕からすると両方とも意思疎通が図れて魔力を持っていることから人間以外の生物、総じて人として扱っている。
「必要な情報はもうなさそうだし宿に戻ろう」
アキトがそう言って立ち上がろうとした時、カウンター席の後ろの丸机に座っていた一人の男が大きな声で騒ぎだした。
「また負けた!!んだよこれ!こんなことあるか!?」
16歳くらいの見た目の若い男で燃えるような赤髪、腰に片手剣を帯刀している。黒く染められた外套を羽織っており、外套の上にはところどころ赤いラインが入っている。丸机に出ている両手には厚めの手甲が見え、かなり使い込んでいる様子だった。
男が喚いた丸机の席ではどうやらカードによる賭博が行われていた。そういえば酒を飲んで周囲の話に耳を向けている時にもちょろちょろと聞こえていたが、どうやら男は相当負けているようだった。ちらりと同席している他の三人の男たちを見る。
「この人たちイカサマしてるよ」
目についていなければどうでもよかったと思う、けど気が付いてしまい。今指摘しなかったら後でモヤモヤした気分になるんじゃないかと思い。僕は気が付いたら言葉を口にしていた。
「はぁあああ??????」
赤髪の若い男が先ほどより大きい声を出す。その声と同時にとんでもない魔力量が赤髪の男から漏れ出した。まるで吹き上がるマグマを錯覚させるような熱量を感じる。
ヒッと小さい悲鳴を上げて賭けに同席していた三人の男たちが丸机から立ち上がって走って逃げだした。
「逃げんな!!」
赤髪の男がしゃべると同時に黒い外套の中から二本の鎖が放たれた。まるで生きているように二本の鎖は動き、二人の男の足を絡めとられ転倒した。捕まらなかった最後の一人はそのまま全力で逃げていった。
その様子に相当腹を据えかねているのか魔力が怒りを体現するように溢れ出ていた。
転倒した男たちは逃げることが出来ず。強い力で鎖を引っ張られているのか引き摺られるように席まで戻った。引き摺られている途中からもう抵抗の意思を捨てたようで、おとなしく席についた。
「殺さないでくれ!頼む許してくれ!!」
男が懇願している。これだけの怒りにあてられているのだ恐怖も感じるだろう。
「イカサマしてたのは最初からか?」
赤髪の男が怒りを抑えながら聞く、二人の男は同時に頭を振り、三人の男は組んでいて何回目からやり始めたかを語りだした。その間、赤髪の男は終始不機嫌そうな顔をしていた。
「頼む、女房と子供がいるんだ。稼ぐために必要だったんだ。」
命乞いをしている男が冷や汗を出しながら震えている。
「尚更つまんねえことしてんじゃねえよ!!クソがよ!!!俺は普通にゲームを楽しもうとしただけなのに手前らの下らねえ都合に付き合わせてんじゃねえよ!真っ当に働けダボが!!」
赤髪の男は怒りながら罵声を浴びせている。男達が震えているのを見て、赤髪の男は冷静になってきたのか静かに黙り、一度ため息をついてから言葉をつづけた。
「殺すほどの事じゃねえからな・・・。別に命をとりゃしねえよ、俺もこんな下らねえことが起きるなら賭けなんてのは二度とやらねえ、俺が負けた分は持っていけ・・・ああクソ怒りが収まらねえ。そうだ、お前らを見捨てて逃げたもう一人とは二度とつるむな。実際クソだぜあいつはよ!今後あいつとつるんでるところを俺が目撃したらぶっ飛ばすからな、わかっていると思うが下らねえことはもうするなよ、これでラッキーとか思って心を改めないなら殺すからな」
男達は何度も謝罪と礼をし、金を持って走り去っていった。その後ろ姿を赤髪の男は見届けるとアキトに体を向けて礼を言った。
「感謝するぜ、おごるから付き合ってくれよ」