追跡者
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(アキトは今どのあたりにいるのだろう)
オリビアはそんなことを考えながら今日もグシオンの妖精教会での日常を終えていた。戻ってくるのは当分後になることはわかっているのだがどうしても空いた時間が出来ると考えてしまう。
椅子に座ってゆっくり紅茶を飲みながら、色々な事を考えていた。賢王教はあれから特にオリビアに対する接触やアキトに関する情報を聞き出そうとするような動きはなかった。もしかしたら日常生活を捨てて追われる身になるかもしれないと身を隠す場所をアキトに伝えてはいたが、杞憂だったのだ。ただ伝えた時にアキトが探すと言ってくれたのは嬉しかった。
アキトにとって自分がいる場所は立ち寄る意味がある場所になっているのだ。だから出来ればこの場所をオリビアはあまり離れたくない、ここにはアキトが喜ぶ物が多くあるのだ。紅茶もコーヒーもアキトは覚えていないだろうが訪れた時に美味しいと思わせる反応があった品種だけ選別している。わざわざそれは数年前に美味しいと言ったものだよなどと言うことはないが、毎回同じ反応を見せるのだからわかりやすい。
ゆっくりとしていると突然頭にフラッシュバックのようなものが走った。脳裏には辺り一帯が全て焼けて妖精魔法で自身を守ったであろう自分が倒れ伏している光景が見えたのだ。
(・・・これは)
オリビアはアキトの旅についていくために過去様々なことをしていた。妖精魔法の研究だけではなく、それこそやれることをほぼ全てといってもいい。その一つの中にこのグシオンに住んでいたデーモンをアキトが倒した後、その死骸を研究し自らの血肉を取り込む事を行っていた。無論誰にもその事は知られないように一人でやったのだが、結果としてデーモンの魔眼を自らの物にした時に未来視のような能力を獲得したのだ。
アキトを追いかける上で役に立つと思ったその力は不完全で自らの命の危機に少しだけ先の未来を視ることしか出来なかった。日常生活でそのような力が発動するタイミングなどないため役に立つことは今までなかったが、その力が今発動したのだ。
未来視がどの程度先かはわからないが少なくとも今すぐ起きる事だと判断したオリビアはすぐに妖精教会から出てグシオンから離れることを選択した。賢王教に狙われた時に備えてすぐに出られる準備をしていたオリビアは旅支度を済ませて走ってグシオンを出る。
(賢王教・・・?でもこの規模は一体?)
グシオンを出て10分もした頃、再びオリビアに未来視が訪れる。自分が一時的に身をひそめようと思った洞窟が崩壊して巻き込まれる未来が視えたのだ。そこでオリビアは一つの結論にたどり着いた。
(私が逃げた事で未来が変わった?街を狙ったものじゃない・・・私を追いかけている)
現に一番最初に見た未来視はグシオンの街一つが丸ごとなくなるような破壊があったはずだがそのような出来事はグシオンに発生していない。
逃げようと行動する先々で次々と未来視が発生する。それはまるで自分が死ぬ運命が確定しているかのような事象だった。だが、オリビアは決してあきらめずに逃亡先を変えて選択を次々試した。グシオンから離れた深い森の中に身を潜めた時についに未来視が止んだ。それは死なないことがおそらく確定したのだろう、オリビアは安心して木に隠れるように座り込んだ。
その瞬間、空から森の木をなぎ倒すような音と共に何かが落下してきた。周囲の木々が音を立てて潰れ、破壊される。
オリビアは出来る限り魔法の痕跡を隠して身をひそめるが落下地点からこちらに向かって人影が歩いてきている。逃げようと行動すると未来視が走った。オリビアは逃げるのを諦めてその場で止まった。
「デーモンの微弱な反応があったから見にきたが、随分臆病だな。攻撃しようと思って近づくと微弱な反応が途切れては身を隠そうとする。攻撃しないで話してみようと思えばようやく足を止めた」
「・・・」
「貴様何者だ?グシオンではあるまい?父様から聞いた外見とは違い過ぎるからな」
「オリビアと言います」
目の前の女性からは圧倒的な威圧感があった。頭に二本の大きな巻き角があり、身体は鎧を思わせるような黒い竜燐で覆われている。同様に竜燐で覆われた細く長い鞭のような尻尾が少し揺れるだけで周囲の木々をなぎ倒す。
「逃げ回るのは上手だが弱いな?遊び相手としては不足か・・・グシオンの力を得ているようだがどうやって倒した?あ、待てよグシオンなら過去視も持っているはずだから直接見たほうが早いな」
オリビアが答える間もなくオリビアの左目に激痛が走りだして視界が赤く染まっていく。
(魔法の系統もわからない、レジストするのも無理だ)
左眼から赤い血が涙のように流れ出し、オリビアは過去の映像と思わしきものを見ていた。そこには白い外套に身を纏いエルを手に持つアキトがこちらの身体を両断する映像が映し出されていた。その映像はこの街に住んでいたデーモンが最後に見た光景だとオリビアは悟った。本来の眼の持ち主であるデーモンが死ぬ瞬間を今見たのだ。そして今この映像は目の前の女性も見ていると判断出来た。
「おお、アキトと一緒に貴様も映っておるな」
眼から赤い血が溢れ出し何度も景色が変わる。
「不完全過ぎて映りが悪い、オリビアといったな?アキトが今何処にいるか教えよ」
どうやらアキトの行方を追っているらしいことがわかった。
まさかこんな形でアキトの脚を引っ張ることになるとは思わなかったが、自分の視界でアキトとの映像をひっぱりだされて盗み見られることにオリビアは頭の中を侵されている気分になっていた。左目の激痛も止まらず血の涙も溢れている。思い出を汚されているようで、これ以上みられる事にとてつもない嫌悪感を感じていた。
「王都アスモデウスに滞在した後、魔族領域へ行くと言っていました」
「やたら長いから全部見る前に貴様が死ぬかと思っていたところだ。王都か」
すぐさま左目の激痛から解放されたが、視界を奪われていたことで頭が混乱していたオリビアはゆっくりとその場に座り込んだ。左目を塞いで右目で目の前の女性を見ていると背中から翼を広げてとてつもない速度で飛び立っていった。その場に座り込みながらオリビアは震えていた。アキトを探しているその女性の力は絶大な物だった。オリビアは嵐のように現れ去っていた女性が最初にグシオンの街を吹き飛ばそうとしていたことを思い出す。死なない限りあれは止まらないとオリビアは思ったのだ。何処までも追いかけて無慈悲に暴れまわる、例えオリビアがこの場で嘘をついても死が確定するし、行く先々で破壊の限りを尽くすだろうことが想像できた。
王都の全戦力が立ち向かってでも止められるかわからない、おそらくあれが魔王と呼ばれる存在なのだろう。勝てるのはおそらくアキトだけだとオリビアは思っていた。痛みを堪えて自分の思い出を全部見られるまでオリビアは我慢できなかった。アキトはこれを裏切りととったりしないことも知っているが自分の無力感と不甲斐なさに失意を抱いていた。
「・・・アキト」
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