大事にするものが違う
ひとまず砂漠を横断した後で物資の補給がしたかったため、魔族の若者の話を聞きながら人がいるところに案内してもらう。助けた若者はギリーガタイガー族という魔族で、今でこそやせ細った身なりだが本来は猫系獣人族にかなり酷似した魔族らしい。というよりもアキトからすれば魔族も人族もほとんど違いはなく、ただの区分である。
ギリーガタイガー族はしなやかな筋肉と鋭い爪や八重歯、強靭な尻尾を持つ・・・らしいがこの若者を見る限りそうはみえない。若者の名前はヨワキというらしく、アキトを暗黒卿と呼びながら腰が低い対応で道案内をした。
案内された先は街や村というより集落という感じだ。植物を乾燥させたものを煙で炙って、それを材料に建物の屋根などを作っている。竪穴住居やわらぶき屋根とでもいうのだろうか、しかしそういえるほど立派な物でもない。
「・・・」
アキトは連れてこられたこの村で魔力瓶の補充を考えていたのだが、無理なことを悟った。
「こちらです暗黒卿!」
ヨワキに連れられた先は村の中央広場のようなところで、丁度いい形の石が円形に並べられていてその真ん中に座って待つように言われた。言われてようやくこの形の良い石が椅子替わりでここが青空集会場としての役割を持っていることに気付いた。ヨワキがすぐに何処かへ行き、人を集めてくる。集まってきた者達は全てギリーガタイガー族のようだった。
集まった皆が、右膝を地につけ座る。礼を払うように頭を下げていた。僕はまだしもメイはかなり状況に戸惑っているようだった。エフェメラルはどこか満足気である。
(なんだぁ・・・なんなのだぁこれは・・・)
「我らが王!暗黒卿がお戻りになられた!祈りを捧げよ!!」
跪いていた村人たちが立ち上がり、準備のようなものをすぐすませた。楽器のような物と謎の合唱によって音楽が繰り広げられる、何処となくケチャに似ている。
(超怖え、暗黒の儀式みたいなのが繰り広げられている・・・心なしかマナが生まれてる気がする)
長い儀式のような祈りが終わり、村人達がそわそわした様子になっていた。長老のような男が近づいてきて頭を下げた後、耳元で「ヨシと言ってくだされ」と言ってきた。ケモミミを伏せて若干怯えているメイが可哀想にみえてきて、僕はとりあえず言われた通りに答えた。
「ヨシ」
村人達の顔が喜びに染まりひれ伏した。長老のような男がそのまま僕について来るように告げたため、案内されるがまま長老についていくと長老の家らしき場所にたどり着き家の中に入った。家の中も原始的な文明レベルであり、石やなめされたニャンベルタイガーの毛皮と思わしき物による家具が設置されている。ひとまず先ほどと同じように石の上に座る。
「暗黒卿って呼ばれてることもなんだけど、全然意味わかんないから全部説明して?」
僕が説明を求めるように申し出ると長老は驚きに満ちた顔をして、僕を見る。
「なんと!!アキト様!!覚えておられないのですか!?」
「全然わからない、何一つ・・・。説明の合間に質問を何度もすると思うけどよろしく頼むよ」
長老は長くなりますがと前置きをしてから説明を始めた。時をさかのぼる事300年前に魔王に認められた男がいた。その名はアキト、彼は魔王に気に入られ魔族領域内に広大な領土を与えられた。アキトは領民達に何かの施策を示すことはなかったが、ただ行動していたという。それはニャンベルタイガーの討伐だ。かの魔物が領土には溢れかえっており、それを見たアキトは苛烈なまでに魔物の討伐に乗り出した。鬼気迫るその獰猛で悪鬼羅刹のような強さの前に領民である我らは服従し、またニャンベルタイガーはギリーガタイガー族にとって天敵たる存在だったため感謝をした。
「確かに魔王にもあってるし、300年前に奴らを狩りまくってたことは覚えてる。領土を貰った覚えはない」
その功績から、魔王はアキトを4大魔族の一人として暗黒卿の名を与えた。領民達も天敵の数が大幅に減り、狩猟によって生計を立てるそのアキトの生きざまを見習い魔物狩りを続けた。しかし、その後暗黒卿は姿を消した。暗黒卿なき領土を我らギリーガタイガー族は守りながら生活し、力が全ての魔族社会で戦いを続けていたが、奮戦むなしく追い込まれていき今では広大だった領土をほとんど切り取られ、残り少ない領土であるこの狭い集落で領土を守れなかった恥辱に耐えながら生活しているという。
「・・・えぇ?」
「我らの力不足をお許しください、暗黒卿」
「いや・・・待って?君らはさ、一世代で何歳くらいまで生きるわけ?」
「大体50年ほどでございます。儂も既に48で迫りくる老いには勝てませぬな」
(50年・・・300年前からだから6世代分・・・)
「何してんの!?いやマジで・・・留守にしていて悪かったなとかじゃなくて・・・えぇ!?6世代前の話でしょ??ひいひいひい・・・とにかくおじいちゃん、忘れなよ!?義理堅いとかそういう話じゃないでしょ?飯食わせてくれない奴に仕える意味ないから!!もっといい場所にいくとか自分達の中から立てるとか!自由なんだから!」
「アキトがヒイヒイ言わされてる」
「我らの王はただ一人・・・暗黒卿、貴方様なのでございます」
「ございますじゃないよぉ・・・やばいよ、頭おかしいよぉ・・・守れなくて申し訳ないってそりゃそうでしょ!?祈りと狩りしかやってなくて伝統守ってりゃそうなるわ!!勝てるわけがねーよ」
「アキト様、妖精達も遠い昔から古き盟約の神としてアキト様を想っております。何よりも尊い物なのです」
「ぐぎぎぎぎ・・・」
(そんなものはない!!普通は無駄なものやしょうもないものは消えていく定めなの!!伝統や文化を守りたい奴が守るとはいえ、ここまで見返りがないのに・・・何の義理があって守っとるんじゃあ!人が大切にしているものをわざわざ踏みつけないとはいえ流石におかしいでしょ、何よりも尊いわけがねえわ!!)
僕の顔面がへし曲がっている、今すぐ領土解散をしたい。少なくとも僕は統治してた覚えもないし、領土を与えられた覚えもない。祭り上げられたうえで勝手に縄張りバトルをされていたのだ。それも300年もの間。
「ヨワキ、その擦り傷はどうしたのじゃ?」
「あっ・・・長老、これはニャンベルタイガーから逃げている時に」
「貴様!暗黒卿が定める宿敵から背を向けて逃げたのか!!」
「ぐっ・・・申し訳ありません」
「言い訳をしないだけ心得ているようだがな、罪は重いぞ」
なんだこれは、死にそうなら逃げるのも当たり前だしここの連中を見る限りろくに食えていないのがわかる。それでは戦うのも無茶というものだろう。
「茶番はいいから、逃げたことの罪なんてものはない。怪我を治しな」
二人が大袈裟に頭を下げて礼を言い、長老がどこからか骨を削りだして作った壺のようなものを持ってきた。壺から固形まじりの液体を取り出してヨワキの傷口に塗り込む。
「・・・?薬かなんか?」
「油ですじゃ、傷の治りがよくなります」
「油・・・、怪我をしたら油塗るの?治癒魔法はどうした?」
「魔法は遠い昔に失伝しました。暗黒卿は一切魔法を使わず男らしく戦っていたので」
(油ですじゃ・・・じゃねええええええええ)
「・・・滅ぶぞお前ら、領土さっさと明け渡して隣の奴らに併合されよう」
「暗黒卿、何故そのようなことをおっしゃるのです。我らはまだまだ戦えます!」
「もうもう・・・、お前らじゃ話にならんわ僕が直接話をつけてくるから隣の領主について教えて!!いいか!僕が領主に話をつけてまとまったらその方針に従うんだぞ!お前達の面倒を見る気なんてこれっぽちもないからな、それでも僕の言葉に意味があるなら従え!いいな!」
僕は頭を抱えながら悩み、立ち上がった。ギリーガタイガー族の領土を切り取り追い詰めてきた隣の魔族達は夜の一族というらしい。夜の一族は丸ごと暗黒卿の領土を吸収していて広大な土地を持つ、領主は4大魔族の一人、常闇卿。常闇卿に話をつけて僕の領土を全て受け渡し、出来るだけ穏便に併合してもらうことにした。
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