ゼクスと古竜教会2
夜が更ける頃、ゼクスは竜の谷に向かって歩いていた。周囲の闇を自らの炎で照らし歩く、獣や魔獣はゼクスから発せられる威圧感に屈し一切近寄ってこなかった。
竜の谷は幅が1km程度の狭さで長さは10kmと小規模で川や風によって出来た浸食谷ではないようだ。ただ、山と丘の間に不自然に削られたように存在するという意味では自然発生とも言い切れない形をしていた。ゼクスは決して学があるわけでもなく当然そんなことも知らない為気にならなかったが、竜が住むというには環境的にも狭く感じた。
そのことから普段はこの地で生活をしているわけではなく、何処か別の場所で住んでおり時期的な物でこの地に戻るのであろう。そうであれば村を守るための生贄の契約など神父が言うように元々履行されていないのだ。そして時期とは生贄が提供される1年に1回のこの時期だ。ゼクスはそこまで考えて竜が人を弄んでいるのだろうと思った。
竜の谷を進み続けて巨大な風圧を感じた。40mを超す体長の巨大な影が空に現れてゼクスを見下ろす。
「生贄ではないな?何のつもりだ人よ」
「人の言葉を解す程度には知能があるんだな、死ね」
ゼクスが話し合う余地はないと言うほどの速さで現れた巨大な竜に死を告げる。赤竜はその不遜さに腹を立てつつも、一人でここまできたこの男から強力な魔力を感じていた。
「我が影に飲まれる程の小さき者が死ににきたか?・・・影?」
まだ日も登らぬうちに不自然に竜と谷が照らされているように感じた。赤竜は背中に強烈な熱を感じ取り、すぐに動こうとしたが押しつぶされるようにその熱に焼かれて地面に叩きつけられた。小規模な太陽が落ちてきたような火球が爆発する。
「竜と戦うのは初めてだが、魔力量だけは俺が勝っているな」
間髪おかずにゼクスの周囲から3mほどの長さの炎の槍が発生し、次々と赤竜が落ちた場所に叩きこまれていく。
「ふざけるなああああああああ!!」
大きな咆哮と共に小規模な爆発を繰り返し土煙に覆われていた一帯がはれる。赤竜の翼は両翼ともボロボロになり、まともに飛ぶのは難しいほど損傷していた。立て続けに放っていた炎の槍は赤竜の魔法で抵抗されているのかあまり効力がないようにみえる。赤竜の口から炎のブレスが吐かれ、ゼクスが横に躱すが炎にまかれる。しかし赤竜がゼクスの炎を魔法で抵抗したようにゼクスもまた炎をかき消す。
(系統次第だがより強い魔法が残るのは自然か、レジスト出来るのであればブレスは気にしなくていい)
冷静にゼクスは相手を分析しているが、赤竜からすれば自らの魔力量を上回る人を見るのは初めてであった。ブレスがただの熱された硫黄臭い息などであればまだしも、魔法現象である限り火竜は自分の力がゼクスに及ばないことに気付けず。何発も立て続けに炎を吐き続ける。
しかしゼクスも一番得意な火の魔法を最初に最大出力で放ち、初撃以降手ごたえを感じ取れずにいた。最大出力の攻撃ならあと数発は可能であるが、翼の損傷具合を見る限り全部撃ち込んでも倒せない。そう判断し、むやみに魔法を撃たなくなっていた。
赤竜が続けて放つブレスを掻い潜りゼクスは一気に間合いを詰めた。目の前で口が開いた瞬間、再び最大出力で全身にまとっていた強力な炎を渦のような形で赤竜の口の中に叩きこんだ。以前に木こり小屋を占拠していた賊に放ったものと同じものだ。
口の中から爆発し、赤竜が叫び声のようなものを上げて大きく身体を震わせる。赤竜の口が空に向き、肉の焦げた臭いと煙があたりに漂う。追撃をしようとしたゼクスに向かって赤竜の前足が動き爪での攻撃が振るわれる。ゼクスはそれを紙一重で避けるが慣れない絶対的な威圧感のあまり後ろに飛び距離をとった。
元々ゼクスは魔物狩りをしているとはいえ竜のような強大な物と相対したことがない、装備も大型生物に対応するものではなく技術も対人を想定したものになっている。故に大味ながらも途方もない力を秘めた一撃に受け流しなどで対応するのは不可能で避けるだけでも相当神経を削られることをたった今身をもって知ったのだ。
竜は地面に向かって口を開き、口の中から焼け焦げどす黒い色をした血の塊のようなものを吐き出す。肺から吐き出される空気の音も濁り、赤竜に大打撃を与えたのだと実感する。赤竜の目は怒りに満ちており、見下すような油断などは一切消え去っていた。
そこから赤竜は一切火のブレスを吐かなくなった。口を完全に閉ざし、圧倒的な膂力を持って力押しでゼクスをねじ伏せにかかったのだ。ゼクスも魔力で大幅に身体強化されているとはいえ、その力は魔力で増幅された赤竜には遠く及ばない。
尻尾が鞭のように振るわれれば身体を弾かれ、飛び掛かってくる速度も人智を越えている。前足の爪でめちゃくちゃに攻撃をしかけてくるだけでゼクスは精神力を大きく消耗した。全て致命打にならないよう回避するか受け流してはいるものの回復魔法を駆使しながらやり取りを続け消耗戦に持ち込まれる形になっていた。
ゼクスは鎖を駆使して赤竜の体に巻き付けて自らの体を持ちあげて避けたり、位置をずらし安全地帯に入り込んで近距離から打撃や魔法を撃ちこむが竜の鱗に魔法抵抗力を感じ消耗戦での不利を感じていた。
精神力の限界が近づき、足元がふらついたところに対応が遅れて赤竜の尾が直撃する。谷の岩肌に叩きつけられ呼吸が乱れる。地面に膝をつきそうになったところに赤竜による前爪の追撃が行われた。すんでのところで不自然なほど綺麗に手甲を使って受け流したが、肩で息をするほど消耗していた。
「・・・恐ろしいほどの才能だ。あと3年もすれば貴様は不意など撃たなくとも我を殺していただろう。戦士よ、何故ここに来た?貴様の命は人の命で最も価値がある部類であろう?生贄など放っておけば、貴様はもっと強くなり生を謳歌出来たであろう?」
「・・・手前みたいな理不尽に弄ばれてる奴を見たくねえんだよ、理不尽にはキレるのが人なんだよ。仕方ねえって頭を下げて3年経った俺がお前を倒せるか?ぜってえ無理だな、今・・・ぶっ殺すんだよ」
「強者が理不尽に振舞うのは当然だ。故に戦士としてのお前に敬意を表しているのだ。世界を歪めているのは力無き者だろう?無用な概念を持ち込み平等だなんだと宣う、見苦しいのだ。弱々しいはずの貴様ら人族や魔族がもっと力を持っていた者達を丸め込み広がっていく様はそれはそれは吐き気を催す物だったと聞く。現状に満足すればいいものを・・・弄びたくもなるものだ。分からせる必要がある!それを怠ったから滅びたのだ!!」
とどめの一撃とばかりに竜の巨体が動き、前足が振り下ろされる。その瞬間にゼクスは前に詰めて前足を掻い潜り、追撃が来る前に鎖を伸ばして一気に頭の高さまで上昇した。ゼクスを視認した目に向かって鎖で痛打を行い。一瞬だけ視界から消える。赤竜がでたらめに振るった攻撃は既に位置を鎖によってかえていたゼクスを捉えられず。空振りに終わり、次に目を開いた瞬間ゼクスの持っていたブロードソードが深々と突き刺さった。ブロードソードは赤熱するようにゼクスの魔法をおびており、ドロドロと金属が溶け始めている。
「ギャアアアアアア!!!!!!」
溶けた金属が邪魔して閉じれなくなった瞳に向かって金属を通してゼクスが全力の魔法を放ち続ける。竜は悶絶し、頭を大きく振るうが首に固定されるように巻かれた鎖によってゼクスは振り落とされることなく何度も撃ち込む、岩肌に叩きつけられたり爪がかすり背を削がれても続け。ついには脳が焼かれて、赤竜はそのまま地面に倒れ動かなくなった。
傷だらけの体を治療するように回復魔法がゼクスの体をはしるが、激痛からまともに立っていられない。一切動かなくなった赤竜は死んだ。日が昇り始め、満身創痍のゼクスの元に新たな咆哮が聞こえる。空を覆う大きな影、先ほど倒した赤竜と同格ほどの竜。
「・・・つがいがいたか」
(俺は怒りで自分を救う前に教会に護ってもらった。だが、あのガキは違う・・・親見放され、教会にすら捨てられた。自分で救う力もねぇ・・・。自分で立ちあがれないところに放り込まれてるんだ。言い訳なんかじゃねえ、誰かが救ってやらないと・・・嘘じゃねえか)
魔力もほとんど底を付き、満身創痍のゼクスはそれでも力を振り絞ろうと頭の中を怒りで満たそうとした。しかし、ゼクスの頭の中は失意のような物に支配されエリスやクシナがどうなるのかそんなことばかり頭を巡っていた。
(俺が、やらないと・・・怒りは既に俺を救った・・・でもエリスやクシナは救われない。自分で救えないならどうにもならないのか・・・何かあるなら今すぐ救え!俺が間違っていると証明してくれ!!)
赤竜を殺された事で憎しみと怒りに満ちた紫色の竜の前足がゼクスを叩き潰そうと振り下ろされた。今の自分より強い怒りを発するその竜を見てゼクスは膝をついた。
しかしいつまでたっても前足がゼクスに当たらない。不思議に思って顔を上げると赤い液体が薄く、ゼクスの周りに浮かんでいる。
「アキト、俺が嫌だやめろって言ってるのにやるなよ!無駄になったらどうするんだ!!」
「でも君はやったろ?信じてるのさ、他の手段だと多分間に合わなかったからこれでいいんだ」
ゼクスは呆気にとられたように近くに来た男に目を向けた。以前にニバスで別れた気の合う男がそこにいる。アキトに背中を支えられてゼクスは立ち上がる。
「ゼクス、少しは優しい世界に触れられたか?」
「そうだな・・・アキト」
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