人間とその他
「どうもこうもしない・・・人間じゃないし」
その言葉を聞いてエルフの少女はびくっと身体を震わせた。
「アキトの言う人間なんて存在しないよ、人は人だよアキトが沢山殺してるのも人間」
「人間は魔力なんてもの持ってない、定義外の物は生物だけど全部人間じゃない」
「あのね、すべての生物は魔力を持っているんだよ!アキトみたいなのは他に見た事ないよ。でもアキトは人間じゃなくてロボなんでしょ?じゃあ人間なんていない、諦めてこの子と幸せに暮らそう」
(待て?なんでそうなる?)
「人族とか魔族とか亜人、獣人全部アキトからしたら人間以外の何かじゃん!ていうかロボって何!?全部やめて好き勝手生きようよ、イチャイチャライフだよ」
「やだよエッチ、そもそも僕は感情の動くまま好きに生きてるし、これからもそうだ。嫌々やっているならもうやめているよ、そりゃちょっとは嫌だなって思うこともあるさ、でもそれでもやりたいからやってるし続けているんだ。続けられているんだ。」
喋りながらも少女を繋ぐ鎖の先にある首輪や手枷を外す手段を探す。鍵のようなものは見当たらず。殺してきた誰かが持っているのか部屋の何処かに隠しているのか見当もつかない。アキトは昔住んでいた家の鍵を失くして途方に暮れたことがある。その記憶を思い出して、鍵を探すのをあきらめた。失せ物探しの魔法のようなものがなければとてもじゃないがこの広さの中で鍵を見つけるのは面倒だからだった。
「ちょっと怖いと思うけど我慢してね」
エルフの少女にそう声をかけてから両手で扱う分厚い鉈を出す。この鉈は元々の用途も設計もよくわからないが、街一番の力自慢が鍛冶屋に鍛造させた一品で取り回しは悪いが壊れないという一点のみでアキトは気に入っていた。
少女に地面寝そべってもらい、安全な位置で鎖を固定して真っすぐに大鉈を振り下ろした。鎖の強度もよくわからなかったのでかなりの力を込めて振り下ろした。大きな音と土煙が上がった。少女の首輪についている鎖はそれなりの長さを残して切断できた。
手枷のほうは木製だったので糸鋸を出してちまちま削って切断した。全部終わり道具を仕舞うと少女が僕をみて神様と小さい声で言った。
「君はこれで自由だ。これからは自分の責任で好きに生きて、自由に振舞うといい」
「えぇ?こんな所に置き去りにするつもり??アキトの心は痛まないの?それでいいのか」
「うぎぎ・・・良いか悪いかで言ったら良くはないよ・・・。でも、面倒は見れないし」
ちらっと少女のほうを見る。(人間じゃないし・・・)
「とりあえず安全な場所まで同行するか・・・でも君は村に戻りたくないだろ?」
「はい、村には戻りたくありません。」
エルフの少女がしっかりとした声で返事をする。
見たところ栄養状態は悪くなさそうだ。ついてくるように促すと正直に従い、少女は歩き出した。
足取りはしっかりしているし安全な場所まで送るくらいは簡単そうだった。
廃坑から出て森の中を歩く、情報を貰った村に戻るわけにはいかないため街に続く街道も利用出来ない。必然と険しい獣道のような場所を通るしかなく、廃坑を出る前までのなんとかなるという考えは甘かったと思い知らされることになった。
少女の足取りも悪く、時折止まって振り返っては見るが辛そうに見える。彼女自身は大丈夫と言っているが、気丈に振舞っていることが伝わってきていた。
「ここらで野営にしよう、このままでは駄目だ。」
エルが真剣な声色で提案してきた。日の高さを見る限りまだ野営するのには早いがいつものペースでは駄目なことは当然アキトも感じていたので野営の準備をすることにした。
エルに装填されていた魔力瓶を外して、新しい物と付け替える。空になった瓶は専用のコルク栓で蓋をして腰の小さいポーチに入れる。手元に金属で出来た長めのコップを出して少女に持たせる。そして適当な場所に座るように促すとやはり素直に彼女は従った。彼女のすぐ傍にエルを置くと、すぐにエルが水魔法で少女のコップを満たした。
「僕は野営の準備をするから、エルの話相手をしていて」
薪にするために適当に落ちている乾燥した葉っぱや枝を探して拾い上げる。集めた薪を配置した後、右手に特殊形状のショートソードを出す。刃の側面には鑢状の細かい目が配置されている。
この鑢剣は多機能面を考えて鍛冶屋が作った失敗作だったが、アキトにとっては良い物だった。左手には取っ手のついた金属棒を取り出した。こちらも大型のナイフほどのサイズはある。火種になる燃えやすい葉の近くで右手の鑢剣と左手の金属棒を交差させて素早く擦り上げた。すると金属粉末が燃え飛び、火種に着火された。
金属棒の正体はマグネシウムの塊であり、鑢剣によって金属片を削り出すと摩擦によって燃え上がる。マグネシウムの粉末は非常に燃えやすく、この二つの道具は火打ち石のための武器セットなのだ。素早く火種から枯れ木に火を継がせ、薪へと火を移動させていく。出来上がった焚火を絶やさぬように適度に薪を放り込む。
蓋つきの小さな金属鍋を火にかけられるように固定し、エルを拾い上げて水を入れてもらう。具材は道中エルに食べられるよと言われて採っていた山菜と塩が効きすぎている干し肉、賊のアジトで拾ったチーズなどが入っている麻袋の中身を適当に放り込んでいく。雑で見た目も悪いものが出来上がる気がするが努力をする気が起きなかった。
朝食を抜いてそのまま賊のアジトに行っていたから、昼食も抜き、今ようやく夕食ということになる。僕は別に食べ物を食べなくても動ける。ただお腹は空く、とんでもない飢餓感のような物は感じないがお腹が減っているなというような不快感は感じるのだ。
人間を探す旅をする上で美味しいものを食べて、綺麗な物をみるということは何度も大切なことだと認識した。目的の上では切り捨てて良い物だと断じてそう振舞った時期もあったが、別に我慢する必要がないと気が付けば食べていた。
ならば美味しい物を常に食べられるように準備するかというとそうでもない。
野営では丁度いい按排がこの闇鍋なのだ。