サガと変態達
アキト達は王都に向かうために北東へ向かうがフォルネウスを経由して村を通るうちに北へはもう十分進んだため、東に向かうだけとなった。真っすぐ北東へ進めるわけでもなかったので街道や地形、村の経由を考えても正常なのだがここから東へ進むまでに街が一つもない。そろそろ魔法薬の瓶補充を考えたいとアキトは思っていた。北西に二日程行けばハーゲンティという街があるが王都に行くのに遠回りする程でもない。
滞在中の村で魔法薬の空き瓶を確認し、薬師がいないか村を見て回ったが薬屋は存在しなかった。元々怪我は魔法で治す為、どうやら街であるハーゲンティに薬関連は依存しているようだった。こういった村は勿論珍しくないため、魔法薬関連では煩わしい思いをさせられることは少なくない。
「アキト、俺の水筒としての役目が終わりかけてるよ」
「余裕だと思っていたんだけど旅の人数が増えたのがかなり影響してるね、僕一人だったら野営で身体を洗うことないし飲料水と闇鍋にしか使わないからね」
申し訳なさそうにエフェメラルが頭を下げている。メイとエフェメラルの衛生面等での消費が多めになっているためアキトは魔法薬の消費量を見誤ったのだ。
「オリビアの聖水を使えば、全然持つと思うんだけど・・・」
「駄目だよ、俺にとって重要な楽しみなんだ。心の支えにも等しい、アキトの飲み水を生み出すためだけにこの聖水を使うなんてことはありえない」
メイとエフェメラルの衛生目的については口にしないあたり、話題にすることを回避しているのだろう。僕に水を飲むことを我慢させることでなんとかもたせようとしている。聖水が使えないのであれば、今装填されているのは空き瓶状態だ。ひとまずこの村の名物という温泉につかってから考えることにした。
「アキト、剣は女湯に行ってもいいと思わない?」
メイとエフェメラルを見てエルを連れて行けるか確認する。二人とも首を横に振っている。
「申し訳ありませんエルさん、浴場への持ち込みが禁止されています」
エフェメラルが申し訳なさそうに答えている。エルが変態だから連れていけないのではなく、武器を持って温泉に入るのが駄目なのだろう。というか当たり前ではある。
僕達はそれぞれ準備をして男湯と女湯に別れて入りにいった。温泉付きのこの宿では入浴の順番が部屋ごとで振られており、あまり時間を無駄に出来ない。
男湯で全裸になっている僕はまず体を洗った。いつ見ても同じ、成長しない自分の体だ。水はしみ込むこともなく状態も変わらない、濡れているような感覚はあるのだが、実際は弾いている。洗っているという気分が大切なのだ。
温泉につかってゆっくりと息を吐く、暖かい。心に沁みわたるような感覚を覚えてだらだらとする。
女湯のほうからメイとエフェメラルの仲の良さそうな声が聞こえてくる。二人はおそらく同年代くらいだと思うが、メイはハーゼのところで孤児仲間のような友達がいたがエフェメラルにはおそらくそういった友達がいなかったのだろう。明るいメイがエフェメラルのことを愛称で呼び、仲良くしてくれるのはとても良い事に感じる。
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誰もいなくなり静まった部屋でエルは剣である自分を呪っていた。女湯に入れない自分と女湯を空き瓶に入れてほしいと変態的な事を考える自分をだ。
「惨い・・・。欲望に生きられる奴らが羨ましいよ、自制心も恥も全て捨てたとしても俺は身体を動かすことすら出来ない。何故性欲があるのだ。満たされることのない渇望に何の意味があるというのだ。ウゴゴゴゴ・・・」
生み出された時から残酷な運命を背負わされているとエルは感じていた。七大天剣として生まれた。剣として生まれたからには当然それは殺すために生まれたのだ。エルの座を与えられて生み出された7本の剣の内の1本。だが、使命などよりもこの止まることのない欲望だ。エルからすれば何千年とオナ禁を強いられているのだ。当然虚無と無、どうでもよくなるということが人ならあるだろう。しかし剣であるエルは発散することもどうでもよくなることもなかった。
そんな時エルは他の七大天剣達の事を考える。おそらく既に自壊しているだろうと!この沸き上がる性欲をどうにか抑えている自分は特別なのだと!これが仮に自分でなければ我慢できなかったはずだと自分だからこそ耐えているのだと。エルはそうやって自尊心のような物を築き上げては破壊する。結局アキトがいなければ狂ってしまうそう思えていた。
そんな時、ふと部屋の扉が開いたことに気付いた。
「なんだ、アキト。やっぱり俺が心配で早めに戻ってきたんだね。アキトには俺がいないとね」
ところがエルに向かって伸びた手はアキトの物とは違い。皮と骨で出来ているような細腕の男の物だった。不気味なその腕の主は黒い外套に身を包み、顔は痩せこけている。
「えぇ?誰!?」
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アキト達が温泉を楽しんでいると遠くから叫び声が聞こえた。そしてそれがエルのものだと気づいた時アキトは温泉から立ち上がった。
「アキトーーー助けてぇー攫われるーーー怪しい黒マントに売られる!!嫌ァー絶対エッチなことされるーーー」
凄まじい速度で声が遠ざかっていっている。どうやら盗みを生業としている輩のようだ。アキトは躊躇いもせず声が聞こえてきた方角に向かって人工衛星から取り出した槍を一本投げつける。同時に人工衛星に入れてある予備の外套を身にまとい温泉の仕切りを飛び越え声の方角へと走り出した。かなり遠くに賊の姿が見えて、全力の脚力と次々人工衛星から投擲用の槍を出し投げつける、着弾地点には深く突き刺さり穴が開いていくが盗賊はかなりのやり手なのか当たる気配がない。
少しずつ追いついているが森の中に入られ、闇の中で視界も悪い。ふと風切り音が聞こえてアキトはそれを避ける。
闇の中から鈍い光を放つ二つのナイフがアキトを挟み込むように進行方向から来ていたのだ。アキトは止まることなく走り出そうとしたが、盗賊の仲間なのか黒い外套の4人の男に囲まれていた。足には植物の根のようなものが絡まっており、自然魔法という珍しい魔法の使い手がいるようだ。
「邪魔だ!除けっ!!」
足の出力を最大にして痛みをものともせず自然魔法によって絡みついていた根を引きちぎり攫われたエルの方角に向かって走ろうとするが、3人の黒外套が鈍い光を放つナイフで切りかかってくる。右手にシャムシールと左手にショートソードを出して2人の黒外套を切り伏せる。
どうやら黒外套の持つナイフは光沢を消す様に表面処理がされており、夜の闇の中では黒塗りの鈍い色だけでほとんど見えない、リーチも把握できない為防御は考えずに剣で切り捨てることにしたが足止めを受けたことでエルの場所は完全に特定不能になってしまった。ただのせこい盗賊ではない、暗殺などもこなしているような規模の大きな賊集団に違いないとアキトは思った。
アキトはエルの魔薬瓶が空になっていたのを思い出した。せめて少しでも残量があれば、攫われるときに魔法を使って抵抗できただろう。平和ぼけしていた自分を呪いながらもこの黒外套達から情報を吐かせることに考えが切り替わっていた。
「僕を全裸マントにした罪を償ってもらいますよ、あとエルを盗んだ奴の行先を吐いてもらいます」
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