竜血の英雄
古竜教会の屋根を強く蹴り古竜の体をウォーハンマーで思いっきり叩く。あまりに大きすぎるその体を前に、今自分がどのあたりを叩いているのかもよくわからない。古竜の翼をおそらく叩いているのだが、あまりの骨の硬さに衝撃が走り手に痺れる感覚があった。
(硬い・・・骨だから砕く武器が有効だと思ったけど、これでは・・・)
叩いた翼から振り落とされないようにデコボコしている窪みに手をかけて掴まる
「アキト!死霊魔法で動いている紛い物なんだ!頭に俺を突き立てれば魔法自体を破壊して倒せるはずだ。例え人生をかけて指輪でブーストしていて古竜の死骸を使った死霊魔法でも魔法なら聖女の聖水で強化された俺のほうが絶対強い!!」
エルのとんでもない自信を前にアキトは驚きを隠せない、魔法の序列や階位などアキトには全く分からないがぶつかり合えば強いほうが勝つ、それだけはわかっていた。七大天剣であるエルは存在的にも死霊魔法には絶対的な優位を持っているためエルの自信は何も根拠がないわけではないが、無茶苦茶に感じる。それでもアキトはもうその方法以外に倒せないことを最初の一撃で悟っていた。
今はまだ魔法で動き出したばかりか、古竜の動きも遅い。あるいは死霊魔法で動く存在がそもそもそんなに早く動けないのかもしれないが、これが本物の竜であれば図体がでかいからといって遅いわけではない。
とんでもない速度で飛び回られればいよいよ手出しができなくなる。アキトは無敵ゆえに長い時間をかけて持久戦を挑めば倒せるが、そのころにはあたりは荒野のように荒れ果て生命は死滅しているだろう。
「わかった、信じようエルと聖水の力を・・・だけどまずは頭まで登らないと」
手に持ったウォーハンマーを強く両手で握る。崩落の地の縦穴を上ったのだ。過酷な登攀への強い覚悟を持ち、身体へ力を入れる。
(大丈夫出来るはずだ。下半身が壺に嵌ったおっさんでも大型ハンマーでどこまでも高い山を登ったという話がある、どんなに心が挫けようと、折れようと何度も挑むんだ。背筋を信じろ)
アキトは古竜に向かってウォーハンマーのピックと構造を利用しながら、支点と力点を生かし身体を移動させていく、常人を遥かに上回るアキトの筋力を持ってすればハンマーを利用して体を持ちあげることは十分に可能だった。
奇妙かつ素早い挙動で古竜の体を登っていく姿を見て、街の人々は息をのんだ。口々に負けるなオータムマンや貴方の事を信じていいんですねと黄色い声を含む歓声が聞こえてくる。身体に取りつかれている古竜はふるい落とそうと体を動かしたり、尻尾を当てようと空を切ったりするがアキトは難なくそれを避ける。逆に古竜が手を伸ばしてアキトを掴もうとしたところすら足場に利用する。
そうしてついにアキトは昇り切っていた。ハンマーと己が身体一つでこの山を制したのだ。ウォーハンマーを手元から消してエルを鞘から引き抜く聖水瓶は十分に満たされていた。
青白い輝きを増幅させたエルから神々しいまでの神聖さを感じる。頭骨から発せられる黒い瘴気のような気配を感じ、そのままエルを思いっきり頭骨に突き立てるボロボロと骨が崩れるようにエルの刀身は竜頭骨に沈みこんでいき、古竜の体から眩い光がはなたれた。
ズンと大きな音を立てて地面から離れていた古竜の前足や尻尾などがそのまま地面に沈み込む。幸いそれほどの高さまで持ちあがっていなかったようで衝撃によっていくつかの建物は破壊されたようだが壊滅的な被害にはならないだろう。
土煙が風に流され、残されていたのは動かなくなった古竜の骨だけだった。
「やったぞ!オータムマンがやりやがった!!」
「竜血の英雄が、俺たちを救ったんだ。ゼパルに危機が訪れし時、英雄が姿を現す!本当だったんだ・・・」
古竜教会万歳!オータムマン万歳!と観衆が騒いでいる、姿を消した英雄の姿を探すもそこにはもう英雄はいなかった。古竜教会を信じるゼパルの人々は多数の死者が出たであろうこの悲惨的な事件の中で確かに起きた奇跡を心の支えにし、自らを救ったのだ。彼らの信仰はますます古竜教会へと向かい、竜血の英雄は語り継がれることになった。
メイを回収して一度街から離れた丘のようなところでアキトが寝転がっていた。寝転がっているアキトにメイが膝枕をしながら頭を撫でている。
頭を撫でられているアキトは自らの手で自分を火だるまにしたマゾ行為を思い出して涙を流していた。とてつもない痛みと熱さ、そして責任が自分にあるという事実を前に心が打ちのめされている。
(何がオータムマンだよ・・・馬鹿野郎、この野郎・・・うぅああああ)
嗚咽が漏れ出ていた。それを慰められるように頭を撫でられていた。いつもであればやめなさいというところだったが、精神的なショックを前にされるがままになっていた。
(エロ狐さんは何をやっているんだ・・・)
「アキトはあたしの願いを聞いて頑張ってくれた。とってもかっこよかった。例え過失やつまらないことを言う人がいたとしても、頑張ってくれた事実は変わらない、ありがとう。」
優しく撫でられている感覚を感じながら、礼を言われたことに気恥ずかしさを感じていた。遠い昔かけられたやるなら最初からやれとか自分が嫌だから戦っただけとかそういう言葉が頭の中を巡っていた時期があった。しかしそれは霧散するように頭の中から消えていた。メイは甘く優しい、僕を許してくれているのだ。例え傷のなめ合いと言われようとも今の僕は救われている。
「アキトはいいなー今回俺も頑張ったんだけど、聖水の力と俺が無ければもっとしんどかったよ」
エルが自分も褒めてほしそうに言葉を発する。メイがそれにこたえるようにエルのことも褒める。
「そうだ、聖水がこんなに役に立つならおっさんに追加で貰いに行こう」
「え?」
アキトが聖水を貰いに行こうと言葉にしたところでエルが疑問的な声を出した。
「ん?」
しばらく時が止まったように時間が流れていく、メイもいつの間にか僕の頭を撫でるのをやめていた。
「え?アキト、今・・・え?おっさん?????え?あっ冗談だよね?嘘つく必要あるぅ?あれ?」
(・・・嘘はついてないけど)
「あああ!!?騙したあああ!!俺を騙した!!!あああああああよくも!ああああ!!????」
エルが発狂したように金切り声のようなものを上げている。
「エル君、ゼクスの物まねうまいね」
「!!???あああああああああ!!????」
「抜いてぇ!!これ抜いてぇ!おっさんエキスが入ってきてる!!ああああ孕まされる!!!!いやだああああああああ!!」
(おっさんエキスって・・・)
おっさんからもらった竜頭骨をかぶりなおす。
古竜教会の聖水をくれたおっさんは良い奴だった。守りたい笑顔とは彼の事だったのかもしれない。
竜頭骨からほんのりと人情の暖かさを感じた。
「やっぱあったけえわ・・・心の奥まで沁み込んでくる」
(護れたかな・・・おっさんの笑顔)
読んでいただきありがとうございます。