筋肉を鍛えている奴が弱いわけがない
「筋力が人よりあるからって、剣を使う技術を磨かないと後悔することになるぞ!」
(あるかなあ・・・。別に考えてないわけじゃなくてゴリ押せると思ってるからやってるんだけど、初めて会う相手なら丁寧なゴリ押しすれば膂力で上回っている時点で勢いでいけるでしょ・・・。やるとしても剣の技術じゃなくて他のことに時間を費やしたほうがいい気がする。)
事実そうであった。アキトの体は見た目の筋肉量より数十倍の力を発揮でき、精細な動作を置いておけば突進力で並ぶことは難しく、技術的な面を見る前に大抵の相手は死ぬ。これがドラゴンのような強大な魔物であれば話は変わるが人間相手であれば関係なく、相手が獣であればあるほど知恵を使う以外は野性的な勝負になりがちである。
エルの小言を聞き流しながらT字路に戻り、反対側の道を進む。通路から出ると開けた広場に出た。通路の天井はそんなに高くはなかったが広場に出るとかなり開けており、円状のドームのような空間になっていた。ドーム状の空間には梯子がかけられており、緩い螺旋を描くように壁に沿って歩ける通路のような
スペースがある。
見渡すとそこには賊がまばらにいてこちらに向かって弓と杖を構えていた。
「放て!!」
大きな声が聞こえると同時に矢の雨がこちらに向かって降ってきた。後退が間に合わないように退路には特に厚めに矢が降り注ぐ。大盾を出して左手で持ち天井に向かって構える。矢は凌げるが、視界を失ってしまう。この状態で足を止めるのはよくないが自らの大盾で視界不良の中突っ走って、足元に罠があるほうが恐ろしく感じ我慢することにした。
矢が降り注ぐ中、巨大な熱量を感じた。どうやら魔法で炎の弾を作り出し、こちらに向かって放つようだ。
「エル頼む」
鞘に納めたままのエルに頼んだところ任せろと頼りがいのある言葉がかえってきたのでスクトゥムに隠れている自身を外套で覆った。この外套は火鼠という魔物の素材を使ったもので、火に対してある程度の効力がある。灼けにくいとかそんな程度のものだが普段は赤い外套だが火で炙ると一時的に白くなるおまけつきだ。
無数の炎の弾がスクトゥムの上から命中する。爆炎があがると同時にエルが出した水の魔法によって発生した白い水蒸気にドーム一体が覆われる。蒸気が上がって来ることで魔法を撃った賊たちが熱さでざわめいている。
「落ち着け!万一生き残っていたところでこの熱量なら蒸されて死んでいるはずだ」
ざわめいている賊達を制すように頭らしき人物が声を上げる。
水蒸気がなくなり、視界が良好になったところでアキトがいた場所を賊が見る。そこには灼けついた大盾の残骸と先ほど放った無数の矢が炭化して残っている。確実に死んだであろうと思い一息つこうとした瞬間、賊の頭に手斧が突き刺さっていた。
「なっ?」
声を上げる間もなく次々と部下達に手斧が突き刺さっていく。
「奴はどこだ!!??」
短い悲鳴と恐怖の声がドーム内で木霊する。次々と死んでいく部下達の中、ハゲ頭の頭目の頭は冷えていた。
(射角・・・着弾点・・・射線が唯一通ってるのは・・・)
「上か!!」
頭目が上を見上げて手に持っていたタワーシールドを跳ね上げるとアキトが投げた手斧をはじいた。
「他は雑魚だけど、指揮してるあの人は違うな。注意してアキト」
エルが警告してくれているがアキトは別のことを考えていた。高いところから片手サイズのハンマーや手斧を一方的に投げているとどこか優越感を自分は感じているような、そんな気分に浸っていたのだ。しかし最後の最後で頭目に防がれたことで冷静に自分を見つめることができた。
投げていた手斧は防火斧あるいは火斧と呼ばれるような火災時に施錠されたドアを破壊する時に使う物であり、手頃なサイズ感と簡素な作りでアキトもお気に入りのものだ。もう残っているのは頭目だけというような状況になり、自分から位置的有利を崩す必要もなかったがアキトはわざわざ頭目の前に降りてきた。頭目は頭以外の全身を強固な金属鎧で覆っており、その手には大きなタワーシールドがある。投擲だけで決着を付けるのは手間だからだった。
「手前何者だ?あの熱で死んでないはずがねえ、障壁魔法持ちでも蒸されて死ぬはずだ。化け物がよ・・・人間のふりしやがって」
アキトが厚みのある両手鉈のような武器を持ち踏み込んで叩きつける。それを頭目がタワーシールドで受けて、力で押し返す。
「おぉ!アキトのパワーに張り合える奴がいるなんて!」
「なめるなよ小僧が、俺は力を信じて己の体を鍛え上げ、複数の魔法によって筋力を底上げしてる!伊達にこんなマッスルボディしてねえんだよ!!どんな魔法使ってるか知らねえが手前みたいな追い込みが足りてねえ筋肉に負けるわけがねえんだよ」
鍛えてない奴より鍛えている奴のほうが強い、当たり前の理論だ。ここに来てアキトの力に張り合う者が出てきたことでエルは少しワクワクしていた。後々ほら言ったでしょみたいな煽りをアキトに出来る可能性の出現に興奮を禁じえなかった。頭目は左手にタワーシールド、右手に巨大なメイスを持ちそれを軽々と振り回している。この戦闘だけ見ればおおよそ技術が介入する余地はないように見えるが
それでもエルはワクワクしていたのだ。この筋肉同士のバトルを!!
「アースバレット!!」
頭目が魔法を唱え、複数の五寸釘ほどの大きさの石塊がアキトに向かって飛んでいく、アキトはそれを避けるが体制が崩れたところ巨大メイスが横薙ぎに振るわれ、それを左手に出した中盾サイズのヒーターシールドで受けた。衝撃を殺し切れず少し体を浮かせてそのまま横に大きく飛びのいたがヒーターシールドは大きくへし曲がってしまい、もう使い物にならなくなっていた。
「一体なんだってんだ・・・?そのざまでお前の左腕が無事な筈がねえ」
無傷の左腕が見え、そして不調すら感じてなさそうなアキトに頭目は恐怖を感じ始めていた。
(正規の軍か何かで訓練を受けていた騎士だったんだろうが、戦に負けて敗走した後野盗化したんだろうな、これだけの腕があるなら戻ればよかったのに。この人は面倒だな、痛みを覚悟でさっさと終わらせたほうがよさそうだ。)