剣の姫と民2
雪山の厳しい洗礼を受けながらシャーベットが道ともいえない場所を進んでいく。あまりに時が経ち過ぎていた。ザガンからの避難民の痕跡や文明の跡は山を登り始めてからも発見できず、当然道など残っているはずもなかった。険しい山のそれは容赦なくシャーベットの精神と体力を摩耗させていく。
時折、雪が斜面から崩れ落ち山肌を露わにする。気を取られると地面だと思っていた場所が抜けて危うく落ちそうになる。ぐるぐると回るように山を登り、そしてついに山肌に文明の痕跡を見つけた。
風や水に曝された削られたものではなく、意図的に土魔法と石工技術で加工された壁や柱が続きそして内部に入る為の入口を発見した。対腐食の魔法が施された木製の柱からは僅かに入口を発見されないための隠蔽魔法の痕跡が読み取れた。
「・・・」
その隠蔽魔法は血の魔法の流れを汲んだ系統であり、自然への同化が強く作用しているようだった。シャーベットが気付いたのは近縁種がこの魔法を用いた事とここにザガンの民がいたという確信をもって山に入ったからだ。
山の内部へ入ると凍える寒さがかなり軽減された。夜目がある程度効くとはいえ、視界の悪さと寒さからの回復のために松明の準備をする。入口付近にあった燭台のようなものから小さな魔石を取り出す。火に関するルーンのようなものが針のように繊細な形で掘り込まれている。干乾びた木片の棒に剣の手入れに使う布切れをヤニを含ませた後に巻き付けて予備の髪留めで縛る。魔力節約と魔石の存在に意味があると判断したシャーベットはくすんだ魔石に魔力を流しこむ。小さな火花が散り、松明へと燃え移った。
灯った火の色は紫色で、普通の火魔法で発生したものとは違った。どうやら魔石を介す事で特殊な炎に変わるようだ。その瞬間、松明の灯かりは僅かな空間を照らすのではなく連動するように遺跡の中を照らした。紫色の特殊な光が、他の燭台や壁に彫り込まれた塗料に反応するようにぼんやりと光を放っているのだ。まるで順路を案内するようなその光に導かれながら、シャーベットは下層へと降りていく。
内部はまるで小さな街のようだった。魔法によって栽培がおこなわれていた畑の痕跡もある。土には魔法によって保護された種子が僅かに残っており、水を与えられれば発芽可能な状態を保っている。住居は綺麗に片付いており、荒らされたわけでもなく荷物などの類は見当たらない。
ただここで生活していた者達がいたことを節々に感じ取れ、シャーベットは落ち着いた心で見て回る。まるで散歩をするように静かに歩き、不思議と覚えてもいない故郷を散策するような気持ちになっていた。
(よかった。遺骨が一つもありません)
きっと、この地で冬を越えた者達は新しい場所へ旅立つか、少しずつフルカスの民達と同化していったのだろう。シャーベットの探すザガンの民達は難民になった後も力強く生き、自分達の場所を見つけられたのだ。途中、開けた場所に植物園のようなものがありいくつかの木々が辛うじて残っていた。どうやら植物園に残っていた光を発する魔力石英と水を生み出す仕組みが周囲の魔力に反応して奇跡的に動いていたようだ。枯れていないその木にそっと片手を添えると魔力感応するように木からシャーベットに小さな力が伝わった。
「・・・くれるのですか?」
木の枝がしな垂れてシャーベットの顔の位置まで降りてくる。その枝の先には林檎が一つついていた。それを礼を言ってから受け取ると木からの反応はなくなった。植物園の水を生み出す壊れかけた噴水の近くで腰をかけて林檎を食べる。落ちていた枯れ枝を石畳みの上で小さく囲うように組み上げて松明の火を移して暖を取る。立ち上る煙がゆらゆらと冷えた空気に撫でられる。それを眺めてしばらく呆けていると頭の中に何かの記憶がちらついた。
「あの娘は無事逃げられたんでしょうか・・・」
何かと戦い逃がした女の子が居た事をシャーベットは思い出していた。ただ、最後の時に顔も見れずぼんやりとした感覚でとらえていた。小さな少女だったことは覚えている。少しずつその感覚は胸を締めるようにじわじわと湧き上がる。この遺跡の最奥部にはまだ辿り着いていない、感覚が強くなるほど胸のざわめきが遺跡の奥へと視線を向けさせる。
次に訪れたのは鍛冶場のような場所だった。必要な設備や道具が揃って残っている。炉に火を入れる事で遺跡内を暖められるよう配置されているようだ。有害な煙が発生するのを抑える魔法が施されている。随分精密な魔法だ。魔石に文字を彫り込んだ人物と同じ術式を感じ取れる。相当な術師であったことがわかる。そして鍛冶場の壁から続く保管庫のような場所まで剣がびっしりと掛けられている。どれもこれも現代の剣を凌駕する力を感じる。
「これは・・・」
シャーベットが剣を一つ手に取ると魔力を感じ、再び反応するように小さな力がシャーベットの手を温める。その感覚は逆にシャーベットの心をざわつかせた。冷や汗のようなものを感じたのだ。
「違う・・・刃になりうるほどの物じゃない・・・血の魔法を使っているだけ・・・」
凄まじい数の剣はそれぞれ独自の造形を持っており、どれもが魔剣だ。まるで血の魔法で作り出された形見のようなそれは墓のように大量に並んでいる。剣に彫り込まれている文字はどれもこれも別の形をしており、まるで名前のようだ。だが、彫り込んだ術師は全部同じで魔剣としての力は主にこれによって維持されているようだった。
(これが、ドミナスが欲しがっていた武力・・・いえ、これは・・・ここで生産されている)
ザガンの民がその胸に持って逃げたのはこれらではないと直感で感じ取ったシャーベットはその無数の剣の道を通り抜ける。
(何故剣を?戦争のため?難民を受け入れなかったフルカスへの復讐のために?なら、持ち出さない理由はない・・・)
ここに丸ごと残されたそれらは墓標のようだが、弔われているわけでもない。きっと必要がなくなったから残されたのだろう。箱の中に一本の剣を見つける。それは無銘ではなかったが、彫り込まれている文字が途中で終わっており固有名として完成していないようにみえた。魔剣としての力を宿していないそれをシャーベットは手に取り拝借する。他の剣を選ばなかったのはうまく説明できないが、自分に贈られた剣でない事がわかるからだ。移動しながら手に取った剣の刀身をもう一度見る。
(・・・キャロ、名前でしょうか・・・まだ不完全ですがこの剣だけ未完成だったのは気になります)
シャーベットは遺跡のさらに奥へ奥へと進んでいく、少しずつ遺跡の奥から息を吹き返す様に聞こえる何かの稼働音を感じ取りながら。
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