死なない奴が殺しに来る
「陽動部隊と救助班、それに海上戦力。思ったより凄い数連れて来たねアキト」
「・・・そうだね」
帝国の時と違い、魔族領域の大勢がアキトと同時に連合へ侵入した。アキトが一人で全てをこなせないと認識したというよりも魔族領域に属していたエルフ達の救助が作戦内容にあったからだ。これはデリケートな内容で、様々な問題を考慮しなければいけない。アキト一人で助け出して帰るにしても乗せる船もないし、傷を負っている者がいても治せない。人質に取られたり、散らばっている事が予想されるため困難を極める。当然解放した後守りながら移動する必要もあるのだ。
陽動作戦に参加した動物型の魔族の多くは人族へ恨みやら、戦ってみたいやら色々な理由があった。常闇が魔王になる以前に好戦的な魔族は減ったとはいえ、それなりの数はある。魔族領域が攻撃されて身内も危険にさらされ、報復に行くのがアキトだけと聞けば、当然納得がいかない者も出てくる。アキトを好いているとか魔王の統治を気に入っているとかそういう問題ではない。
本人達が納得していないのだ。だから当然同行の申し出が多かった。あまりに不埒な内容は行く前の選定で武力によりボコられてふるいにかけられた。特にアキトがこだわったのは人族を殺して食いたいという魔族は連れて行けないということだった。
味が気になるや食ってみたいという意見は少数だが存在し、アキトが嫌だから絶対に連れて行かないということで魔王勢力との決闘により除外された。今後かえでや家族の傍で笑って飯食ってる奴の中に「いや~人食ったことあるんすよ」みたいな口から血を滴らせてる奴がいたら許容できない気がしたからだ。散々人族を殺しまくって平気な顔して家庭を持っているアキトに言われたくないだろうが、殺すのと食うのはまた別の精神的な枷が存在する。
だからブランカは連れて行かなかった。家が襲撃されてオリビアが怪我をしたとき、散々ズタボロにされて恨みが募っていた魔物であるブランカ。魔族領域の中でも異例の魔物なのに意思疎通のようなものが図れるブランカは狼魔族に紛れて連合への報復に参加しようとしていた。アキトは思ったのだ。こいつ人を食う目つきをしていると。
故に置いてきたのだが、狼型の何者かがフォカロルの中に密航し潜伏後、揚陸艇に乗って島に潜入した形跡があるという。もしそれがブランカだったなら、島で鉢合わせした瞬間アキトは殺そうと考えていた。
尚、魔王選出の人物に勝ってしまった場合は、アキトとの決闘となる。魔族領域でどうしても通したい主張があるなら力で解決するためだ。勝った者はいなかったが、アキトと戦える事自体を望む者が現れた為、次の武闘会にアキトが出る事になった。
「トメル三王の一人がこの先にいるらしいけど、獣王はあとでいいの?」
僕は他の班と別れて、連合の主力がいるトメル教の総本山があるこの島に残った。総本山というだけあって、トメル族やヤメル族の戦闘員が多く。エフェメラルと二人でそれらに対処しながら進んでいた。元々この島の索敵はかなり早い段階で済ませていた。慎重に鳥魔族達で情報収集し、陽動部隊の各島への潜伏配置、索敵に地形や建物の図面を洗っていたのだ。完全無差別に殺すわけではない。当然のことながら殺す対象はある程度決まっており、報復の刃は指向性を持っている。
「他の島にいるみたいだし、ドウセキ達が先に向かっている。エルフの多くがそこにいるから僕が巻き込まない程度に暴れるのはひとまずここだ」
ドウセキは武闘派だが知恵も働く、戦わない事を選べるやつだ。獣王に見つからないように救助を遂行する事や時間稼ぎに専念しつつ増援を待つことも出来る。ゲリラ作戦への適正も高いし、支援が無くても長期的な持久戦を行える達人だ。救助班は冷静沈着なそういった者達で構成されており、功を焦って失敗はしないだろう。
(それにしても・・・)
アキトは一人の時と比べてあまりにも戦いやすく楽である事に内心驚いていた。まるで自分の元に敵が来る前に死んでいるような、そんな不思議な感覚がある。かといって、数が殺せていないから逃げられたのではないかと不安になる事もなく、まるで誘導されるように僕が意識している場所に敵がいて殺せる。エフェメラルを守る為に背後への意識も割いているのだが、建物の構造的に背後に潜んでいる可能性を気を付けないといけないと思うと丁度現れる。そろそろ異変に気付いて逃げ出す敵がいるかなと窓の外をみるといるから手斧を投げて殺す。そんなことが多い、今だってそうだ。なんか変だなと僕が思ったからか丁度目の前に普通っぽいトメルの騎士が現れて殺した。これは僕の考え過ぎなのだろうか。
「・・・うーん」
「アキト様、索敵範囲内の敵は殲滅が終わったかと・・・どうしましたか?」
「いや、いい。エフェメラルが索敵してくれるから取りこぼしもないか、途中反応がないから開ける必要がないって聞いた扉が多いおかげで、最短でここまでこれたんだ。ある程度の迅速性が必要な作戦だから、助かるありがとう」
言うまでもないが途中反応が無いから開ける必要がない扉は既に反応が無いからという意味である。全てエフェメラルがアキトの進行の邪魔になる者を次々始末しているのだ。ただ秘密裏に行っている殺しの中、冷酷に処理しているのではなく頭の中に怒りが渦巻いていた。
それはオリビアやメイを襲った者達への怒りだった。メイは相当落ち込んでいた。襲われた事実もそうだが、メイを守る為にアキトに任されたシャーベットが、人を殺した事に動揺したのだ。シャーベットはおそらく記憶を失ってから一度も人殺しはしていなかった。綺麗な剣は舞の為にあり、メイは弱い自分を守る為にそれを汚してしまったのだと思ったのだ。それからメイは大分元気がなくなり、常闇の傍にずっといる。今、連合ごときのせいで家の人間関係が少し拗れている。そして友達であるメイが立ち直れないかもしれない。それが、エフェメラルには許せなかった。
「はい。アキト様、モンドの事どう考えていますか?」
「殺さないといけない」
「・・・」
エフェメラルはアキトの心の内を読み取ろうとする時、わざわざ確認せず自己解釈で大抵のものごとに対処する。しかし今回それを聞いたのは、判断が難しい内容だったからだ。実際アキトの口から出た言葉は予想と少し違った。表情は揺るがないが言葉にはアキトの本音が漏れ出ている事をエフェメラルは理解していた。
大扉を開くとそこには大きな玉座に座る小さな人がいた。サイズ感は合わず、子供ではないが背は低い。やや老いた顔に王冠をかぶり、ひじ掛けに乗っている腕も細い。体を傾けて顎に手を添えて座るその人物はトメル三王の一人、ウバウ・トメルだ。
目を細めてエフェメラルを見ていたのが不快で手斧を投げつけるとウバウを守るように配置されていた四体の金属鎧が動き出し、それを弾いた。金属鎧は内部フレームが見えないほど重厚な外装に覆われており、人が入っているのではなく機械なのであろうとアキトは思った。その予想を裏付けるようにわずかだが駆動音が聞こえてくる。ゴーレムや機械、金属系の敵となると金属竜の時のように厄介な文明が多い。使われている装甲は魔法に強い耐性を持っているし、人よりも強靭な骨格に力強いモーターとスプリング、独特のしぶとさがあるため捨て身でこられればエフェメラルを守るのが少し大変だ。
「・・・四星四季、黄昏のアキトか。儂の名はウバウ。トメル三王の一人だ」
「随分余裕だな?」
「余裕・・・か、儂はな、所詮偽りの王よ。連合を真に動かしているのは地下におわすあのお方とそれを支援する神竜様だ。お前はここに自分の意思で来たと思っているようだが、違う。まんまとおびき寄せられたのだ」
ウバウが軽く目くばせをすると四体の金属鎧が玉座から離れて、真っすぐ僕の方へ歩み始める。
「これらはお前を殺すために用意されたという。その名も四機死星、どれ・・・教えてやれお前達がどういう存在かと───」
喋り終わるより早く、アキトが手斧をウバウの頭に投げつけた。四機死星と呼ばれたそれらがウバウから離れた為、その手斧は弾かれることなくウバウの頭蓋を砕き。そのまま首から上が破裂して玉座も破壊された。防御を行おうとした魔法をエフェメラルが対抗呪文で打ち消し、ウバウの周りに配置した妖精がその他の魔法も全てレジストしたのだ。
「・・・」
「我らは四機死星、我が名はメイス・アルコア」
「あ、喋るんだ。アキト、俺の勘違いだったらあれなんだけどもしかしてこいつらってアキトの言うロボじゃない?」
「ロボジャナイ、ロボジャナイ」
「ロボだわこれ」
アルコアと名乗った者達が戦闘態勢に入ろうとしている。命令をしているのはウバウだと思ったが、あっさり殺されたのに動揺する様子もない。まるで機械のように感情の機微が感じ取れない。
「アックス・アルコア」
「スピア・アルコア」
続けてメイス以外の二機が名乗り、それぞれ武器を構える。武器自体には一切脅威を感じないが、おそらく大罪武器と呼ばれる物なのだろう。高質量のボディに重厚な装甲を見て僕は大鉈を右手に出しておく、エフェメラルは静かに傍観していた。
「パニッシュソード・アルコア・ダブルダガーオブデス」
(・・・一体だけ名前が長い)
名乗りが終わると一斉にスラスターを吹かして、アキトへ突撃してきた。エフェメラルが翼を広げて飛翔し、アキトの邪魔にならないように距離を取る。実はこの間にもエフェメラルは神経毒や妖精によるいくつかの攻撃を試していたのだが、アキトにばれない程度の攻撃では効果が薄い事を悟った。強化魔法の類がかけられている事を予想してそれを打ち消し、自重で潰れて貰おうとしたが、痕跡が見当たらない。毒の妖精の力を纏って戦えば問題ないが、すすんで見せたい力でもない。闇の大妖精で抑えつけるにしても4体同時は難しい。
ひとまず、飛び上がり防御を固めるとアキトが対処する合図を送ったため、エフェメラルは全てをアキトに任せて地下にいるという存在を探り、同時に周囲にトメル族やヤメル族の生き残りがいないか索敵魔法を広げた。
間合いを詰めたアックスによって重量が乗った強力な一撃が振り下ろされるが、アキトが大鉈を振り回すと力圧しで武器が弾かれて押し返される。体勢を立て直すより早く、アキトが大鉈を手元から消して、下段に構えた手に骨と金属の混合槌を出して振り上げる。
アックスの体が圧し潰されて吹き飛ぶと、その隙にスピアがアキトに向かって鋭く重い突きを放つ。わかっていたかのようにアキトがその槍を掴んで体を引き寄せる。勢いよくアキトが体を滑り込ませ。スピアの体にアキトの体術が炸裂する。
体重の乗った重心移動のような体当たりはスピアの体を吹き飛ばし、メイス・アルコアにぶつかり
大きく装甲を削りながら地面に落下した。最後のアルコアが大きな体に似合わぬ小さな獲物でアキトに攻撃をしかけてきたが、突然左手に巨大なタワーシールドを持ったアキトに盾で殴られ、押し込まれると頭上に掲げた手に大鉈を出し、そこからの振り下ろしで破壊された。
機械だと思っていた体からは僅かに赤い液体が漏れ出し、地面を濡らす。倒れている者達へ追撃しに行き、破壊していくとメイス・アルコアが喋った。
「待て!我らは機械ではない、人なんだ!!どうか、殺さないでくれ」
「・・・?」
「脳と僅かな生体パーツを残し、機械化を進めたんだ」
「サイボーグってこと?それで?」
「お前はロボットなんだろ?人をすすんで殺すようには出来ていない筈だ。考えてみろ、俺たちは生身である部分こそ少ないが、人であることは間違いない。遠い昔に死にたくなくて、体の部位を少しずつ機械化していったのだ。腕を失ったものが義手にするように、脚を失ったものが義足を得るように。ただそれが、人より多いっていうだけだ。人間なんだ!」
「・・・うん?いや・・・?ん?ああ、まあそうだね?体を機械で補う人は昔からいたね、実際生身の足より機械化された足のほうが出力あるし、怪我も病気もない、パーツごと換えられるし、スプリングは筋肉に比べて疲労もほぼない。全身生身より優れている事はあるだろうね、それで・・・まあ人なんだろうよお前らは」
「そうだ。わかってくれたか?時々我々を人扱いしない者がいる、ましてや憐れみを持って接する者がいる。だが、お前は違うようだなよかった」
「で?それ関係あるか?お前が人かどうかなんてどうでもいいんだが、むしろ僕がロボかどうかで僕という個への認識を変える奴は全部僕の敵だよ。ロボだから人は殺せないってか?お前らは明確に僕の敵になる選択を取った。人だろうが機械だろうがサイボーグだろうが女だろうが生物だろうが、知らない。動かなくなるまで殺すし、お前らの主張なんて聞かない。僕と対峙した以上、死なないように力で抗うしかないよ」
「よかったじゃん。アキトは人かどうかじゃなくて明確にお前という個を認識してくれてるよ。わかりあえたな」
「でもこいつは僕が僕じゃなくてロボだから加減してくれてると思ってるみたいだから駄目だ。死ね」
「待て、おかしい・・・人のやる事じゃない」
大鉈を振り下ろして目の前の敵を殺し終える。四機死星なんて名前だけ大層なものだったが、死にたくないただの人だった。体つくりを真剣に取り組み武術も身に染みるほど学んだ人よりも確かに強いかもしれないが、僕とはあまりにも差がありすぎた。
「アキトちょっとキレてるじゃん」
「なんか分かり合えないなと思ってさ、最期まで人かロボかどうの言ってたわ。ロボだからじゃなくて僕だからなんだけど伝わらないなって、これって結局僕の言ってる事なんてどうでもいいからでしょ、僕も同じなんだから殴り合うしかないのに自分を棚に上げて僕だけおかしい事にするなって思う」
翼を広げているエフェメラルがゆっくりと降りてくると思案するようなポーズをとっている。しばらくするとここから地下へ向かうルートとそこにいる存在への道を教えてくれた。二人で地下へ向かうリフトのようなものに乗ると深く深くへと降りていく。ウバウが言っていた事が正しいのなら、連合を影から動かす切り札のようなものがいるとのことだ。
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