全て嘘、偽りの存在
アキトはバルディッシュをしまって立ち上がった。
代わりに右手に片手で扱えるメイスを出した。室内では取り回しの良さが優先され、使うのに技術もいらない。信頼できる武器というものは握った瞬間にわかるもので、普段自分がそれに近い道具をどれだけ使ったかも影響している。アキトは決して刀剣や直剣の類を嫌っているわけではない、打撃武器というものはそれだけアキトにとって信用できるものなのだ。
左手には中盾であるヒーターシールドを持つ、以前壊された物とは別のものだ。
山小屋の中は区画化されているようで、隣の部屋に行くのにも扉を通る必要があった。
「僕が先に入る」
ゼクスに小さく声をかけて開けた瞬間姿がみえないように扉を開けた。すぐさま、矢が開けた扉を抜けて僕達がいる部屋の壁に突き刺さる。ヒーターシールドを構えて真っすぐ走り抜けるように次の部屋に入った。足元に罠の類はなかったが正面から石礫が飛んでくる魔法と矢が何本も僕に浴びせられる形になった。大半はヒーターシールドで受けられ、足元に激痛が走ったがそのまま真っすぐ走った。
盾を構えて突っ込む僕に対して手斧を振り下ろそうと賊が動いた。僕のすぐ後ろに身を屈めるようについてきたゼクスが右斜めに飛び出し手斧を振り下ろそうとしていた賊を左手で殴る、膝から崩れ落ちそうになった賊の首を右手でつかんで盾にするように前に出す。
後列にいた他の賊が一瞬ひるんだ瞬間ゼクスは右手を離して首を掴んでいた賊を捨てた。そのまま踏み込んで真っすぐ蹴りを放つ。
僕はゼクスの戦い方に何処か関心していた。彼は確かに出来るだけ殺さないようにしているが、装備について妥協しているわけではなかったのだ。
ほぼ全ての攻撃を手甲で捌けるという自信とそれを裏付ける技術を持ち合わせている、それは手甲についている使い込まれている傷からわかる。そのまま攻撃にも出来る手甲と鉄板で保護されている厚いブーツ、これら全てがゼクスの総体重が乗るから強力な打撃になり得るのだ。
槍使いの賊を倒した時も鎖を上手く使っていたが、あれだけ一方的に立ち位置や体制を崩せるのはゼクスが重いからである。これが体重が軽いものであったのならば逆に鎖を利用されて重心を崩される危機に陥る、室内だからこそ炎の魔法を使っていないが彼はおそらく僕が今まで見てきた中でもかなりの強者だ。
間合いを詰め終えてからは賊の殲滅は一瞬だった。ヒーターシールドで押して、頭にメイスを振り下ろす作業と化していた。敢えて反省点があるとすれば僕はゼクスを巻き込むのが怖くて横振りを躊躇していた。これであれば短槍を使うべきであったというところだ。ゼクスは僕の動きをよく見ていたし、メイスの長さを考えれば巻き込むことなど先ずあり得ないのだが、僕は味方がいる状況での戦いにとにかく慣れていなかった。
山小屋の外観から間取りを割り出してもスぺース的には次の部屋が最後だった。おそらく寝室的な物があると思われるが、注意して中に入っていく。そこには体格のいい賊の頭らしき人物とシミターを持ったゴロツキが二人いた。
賊の頭は麻袋がかぶされている裸の女性を人質にするように抱き込んでいる。散々凌辱の限りが尽くされたのが見て取れる。
アキトはすぐに動いて殺そうとしたが、ゼクスがアキトを止めたのと賊の頭がしゃべりだしたことでひとまずその場に止まった。
「お前ら目的はなんだ?ヴィルツの身内か何かか?」
賊の頭がドスの聞いた声で目的を聞き出そうとしてくる。
「動かないってことはこいつに意味があるってことだよな?これだけ派手に暴れたんだ覚悟は出来ているんだろうが、自暴自棄になって巻き込まれてもたまらねえ・・・提案があるんだが諦めてくれねえか?どの道ヴィルツは戻る頃には死んでるだろうよ、剣闘が始まる前に毒を飲まされる手筈になっているからな。後はニバスの奴らから金を俺たちが受け取って終わりだ。提案ってのはその分け前をやるって話さ、何の義理を通しているのか知らんがどうせ無駄になるなら金を貰ったほうが賢いってもんだろ?」
シミターを持った二人の手下がごくりと息をのんでいる。少々の沈黙の後、ゼクスがしゃべりだした。
「お前の神はなんだ?」
「は?あぁ戦神だな、闘技場があるニバスじゃ大体戦神だろ。」
賊の頭は今その話が関係あるか?と言おうと思ったが実のところ時間稼ぎが目的だった。賊は外にいた者達以外にも他の小屋や遠征している奴らがいる。そいつらが戻ってくれば、この状況を打開できると考えていたのだ。だから馬鹿な質問だろうと食いつくことにした。
(頭がおかしいガキだが口裏を合わせて時間を稼がせてもらう)
ゼクスが静かにゆっくりと怒りが膨れ上がってきていた。
「俺はお前たちみたいな奴らが嫌いだ。好き勝手暴れ、犯し、悪事を躊躇わない。だが・・・戦神の教義である、戦って死ぬという誇りを守る矜持だけはあると思っていた。戦による名誉ある死をそこだけは嘘じゃないと俺が認めているところだった。それが、今毒と言ったか・・・?人質に毒?お前たちはそれを許容したのか?戦い続ける場所に身を置いていた者の最後を穢してまで得る必要のある金なのか?」
賊の頭はゼクスの話を聞いて内心あざ笑っていた。馬鹿馬鹿しいと
(なんだこいつは、ケツの青いガキじゃねーか。おっ馬鹿が説教くれてる間に部下が駆け付ける音が聞こえるぜそろそろ時間稼ぎも終わりにしてもいいな、どの道こいつを抱えてる俺相手にこの青ガキが手を出せるわけがねえ)
「ははは、笑わせるぜ戦神の教義なんざ生き残るための詭弁だろうが、そりゃあれだぜ?捕まって斬首を待つ奴らが、戦って死にたいんです~~お願いします~って言って。どうにか生き残るチャンスを求める命乞いに使うもんなんだよ、誰も青臭いありがたいお言葉なんざ信じちゃいねーよ。若造のお前さんが知らないだけでみんな馬鹿馬鹿しいと思ってんだよぎゃはははは」
「全部・・・嘘だったのか、全部。・・・手前らが!!語っていた矜持ってのはよ!!!あああああああ!!何でお前らみたいな悪が存在するんだ!おかしいだろ!!全部消えろよクソ野郎が!!」
ゼクスから溢れる怒りは魔力と一緒に吹き出て炎を形作る。
「おい待て!お前頭おかしいんじゃねえか!こっちには人質がいるんだぞ、無事じゃすまねえ」
今までゼクスを舐め切っていた賊の頭はゼクスから溢れ出たとんでもない魔力を前に焦りを感じ、人質がいると強調してきた。
「その人もう死んでるでしょ?」
そこにエルの無情な言葉が響いた。
「は?」
賊の頭が虚をつかれたように言葉を漏らす。
「エルザさん、聞こえていたら足首だけでも動かして、・・・ほらね消え入りそうな魔力も循環してないし。以前あった時に僕もアキトもエルザさんの事は見てるんだから、おかしかったら分かるよ」
虚をつかれて賊の頭から手の力が抜けたのをみてゼクスの二本の鎖が動き、人質として価値のなくなった遺体を頭から取り上げた。その冷たさから、もう死んでいることを実感したゼクスは冷たさに抗うように熱量を上げた炎の渦を正面に向けて放った。山小屋は跡形もなく焼け落ち50m先まで蒸発した。一瞬で燃え尽き、燃え移る先がなくなるほどの炎は何も残さなかった。
後ろから聞こえていた賊の足音は少なくなり、散るようにして逃げたようだった。それでも何人かの賊がアキトの前にきたが、それを興味なさげにアキトは殺した。
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