暗雲と闘技場の闇
二日後の試合が近づく中、アキトとゼクスはそれぞれ別の事をして夜は行きつけの酒場に集合すると言ったような事を数日繰り返していた。アキトは診療所でハーゼの依頼を受けて森の中で薬草を採取し、路銀を稼ぐ依頼を受けていた。
時折森の中で猪サイズの魔物が出たりするため、薬草採取は一般人には危険を伴う仕事だった。アキトが旅をしていることからハーゼはアキトに薬草採取を任せたが、普段は高額な費用で入手したり隊商に買い付けの依頼を出しているようだ。
森の中で出くわす魔物はどれも動物的で、力が強いといってもアキトにとっては苦にもならない相手だった。殺した魔物は食べてみたり、素材を売ってみたりと色々したが手間も多く魅力をあまり感じなかった。ゼクスは今までにこういったことを生業にしてきたと言っていた気がするが、アキトは街や酒場の掲示板での依頼でもない限りこれで生活しようとは思えなかった。そもそもアキトにとって生活費を稼ぐのはついでなのだ。
ハーゼが羊皮紙に書いた絵を参考にアキトは薬草を集めていた。羊皮紙にはいくつかの種類の薬草が書かれている。エルはアキトがせっせと集めるものに興味は抱いていなかったが、アキトが時々考え込んでいる仕草が気になった。
「ねぇアキト、草を集めてる時に何を考えているの?」
「僕も知ってる薬草だからさ、何に使ってるのかなって思うんだ」
「結構、メジャーな物ってこと?」
「いや・・・どうかな?でもまあ用途もそんなにおかしくはないか」
(医療用ってことなら別にそこまで考える物でもないか)
集めていた草を小さな袋に入れて持ち運ぶ、診療所まで足を運ぶと診療所のドアは閉まっており
クローズの札がドアノブにぶら下がっていた。
ハーゼは一昨日から数日診療所を閉めて出かけると言っていた。アキトが集めた薬草については、帰ってきた時にまとめて渡すか、入口の投函口に袋に入れて名札付きで放り込んでくれと言われていた。
自分で集めた薬草を持っているのは邪魔だったのでアキトは素直に投函口に放り込んだ。
ハーゼがいない間、患者たちは薬師を訪れるように手回しがされていたようだが、やはり人気の医者がいない状態に患者たちは不安を覚えているようだった。それはヴィルツの娘のエリスも同様で、時折診療所に訪れては閉まっているのを確認している。
丁度そのタイミングにアキトは出くわした。
「アキトお兄ちゃん、ハーゼ先生まだ戻ってないの?」
エリスの病気は重たいものではないが、回復魔法での完治が無理なものらしい。そのためハーゼがいない間の薬は既に十分な量渡されているようだが、エリスはハーゼのことが心配なようだった。
「もう暗くなって危ないから家に送るよ」
「私もゼクスお兄ちゃんに会いたい!」
どうやら酒場でゼクスといつも合流しているのがばれているようだった。エリスをなだめたが聞かなかったので、酒場に寄ってから家に送ることになった。
酒場に到着するとゼクスが前日と同じ机に場所をとっていた。ゼクスを見てうれしそうなエリスが走っていき、ゼクスの膝の上に座る。
「酒場に連れてくるのはどうなんだ?」
「いいか悪いかで言ったら、・・・良くはないね」
すぐにでも家に送ろうとしたが、エリスは満足していないようでしばらくの間、ゼクスと話しながら軽いつまみを食べていた。
エリスの話す話はどれもこれも次々思い出したようには出てきて消えて、すぐにころころと話題が変わった。
「あのねあのね!最近集団墓地で幽霊が出るんだよ、うぅ~とかあぁ~って声が聞こえるの!前からもたまーにそういうことがあったんだけど神父さんが見に行っても何もないの、ゆーれーさんに会ってみたいな」
アキトはこういう話を聞くと魔物の類だろうかと最初に思ってしまう、魔力がある世界で魔力がないアキトが認めがたいものは大体魔物や妖精、魔法などが原因だ。実際にそういった魔法があるのかアキトはエルにこそっと聞いてみることにした。
(死霊魔法とか黒魔法の類であるにはあるけど、あぁ~とかうぅ~って声が聞こえるだけじゃよくわかんないね、幽霊って言われてもなあ、死体に何かするのって禁術の類だろうしあぁ~うぅ~言わせる為だけに使わないでしょ)
エルは小さい声でアキトにそう答えた。
取り留めのないエリスの話もエリスの眠気によって終わりを迎え始めていた。ゆっくりと瞼が閉じ始めているのだ。幼い子供は元気にはしゃぐが疲れたら唐突に寝る、アキトのような慣れていない者は振り回されるしかないのだ。
ゼクスがエリスを抱き上げ、食事の代金に何枚かの小銅貨を置くと席を立った。
「ヴィルツの元へ送ろう、遅くなったから心配しているはずだ。」
僕は頷いて以前に行ったヴィルツの家までゼクスと向かった。扉をノックするとバタバタと音を立てて扉が開いた。しかし中から出迎えたのはヴィルツの妻であるエルザではなく、ヴィルツ本人だった。ヴィルツは焦燥しており、ゼクスの腕に抱かれているエリスを見ると受け取り抱きしめた。
エリスはヴィルツに抱きしめられて驚いたのか目を覚ましていた。
「パパ?どうしたの」
ヴィルツは小さく来てくれと僕達に中に入るように促した。ただ事ではない様子であったが、家に入るなり僕達は何かが起きたことに気付いた。家の中には押し入られた後があり、荒らされている。
「妻が攫われた」
震える手には手紙が握られており、僕達に渡す様に手を伸ばしていた。僕は黙ってそれに目を通す。
ヴィルツを名指しで妻を人質として攫ったこと、引退試合で負けろということ。周りに相談したり噂が広まったらすぐにでも人質を殺すということ。手紙にはそう書かれていた。
二日後に迫る、引退試合だが実質今夜を過ぎれば一日ちょっとしかない妻を助けようにも居場所もわからず身動きが取れないこと、ヴィルツは憔悴しきっていた。
ゼクスの顔は怒りにまみれていた。
「・・・エリスを無事に届けてくれた君達は信用できる。旅人だから俺との関係も探られてないはずだ。頼む・・・ほかに頼りがないんだ。どうかエルザを助け出してくれないか」
その言葉には何処か覚悟が込められていた。
おそらく引退試合でただ負ければ、終わりということではないのだと想像できた。ヴィルツは殺される。闘技場を仕切っている権力者やこの街を牛耳っている奴らが犯人だとヴィルツは予想しているのだ。街の興行物である見世物のヒーローが下らぬ理由で降りたことに黙っていなかったのだ。ならば変わりのヒーローが生まれる必要がある、無敗の剣闘士を始めて破り華々しくデビューする存在が、それには現ヒーローの死がより衝撃を与えるだろう。
「わかりました。僕達でエルザさんを助け出します。ヴィルツさんもどうか諦めないでください。」
深い沈黙の中ヴィルツが頷き
「だが、万一の時はエリスを頼む」
そう答えた。
ありがとうございます。