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弱き者の世界


部屋には三匹の犬がいた。


一階の犬小屋にいた白い犬と黒い犬、そして見たことがないもう一匹の犬である。ゼクスも騒ぎを聞きつけ部屋に来ていた。どうやら戦う意思があるわけではなく、冷静に話をする気があるようだった。


「黙ってても話が進まないから聞くよ、君達は人狼だね?」


手の痛みも消え、犬の涎で汚れることもない自分の右手を桶に入っている水で洗いながら聞く。


僕自身、人狼についての知識はないが魔族領域を旅していた時にそういったものがいる程度の知識はある。人狼は人に姿を変えることが出来、知能も人のそれとかわらないと見聞きしている。


「はい、おっしゃる通りでございます。」


ゼクスは人狼達に驚きながらも何が起きているのか理解しようと黙っていた。


「人狼は魔族だよね?何で魔族領域から出てこっち側に来ているの?人と魔族は争うことが多いでしょ?」


魔族領域と人の領域といっても明確な線引きがされているわけでもなく曖昧な境界があるだけだ。別段、侵入するのに特殊な準備が必要だったり険しい山があったりするわけではないが、過ごしやすい土地というものはやはりあり、領域の境界と認識されやすい場所はやはり不毛な地であった。ただこの人狼達はその境界から大きく外れて街の近くまで踏み入ってきている。



「事情を説明するのは我ら人狼族の秘密を明かさねば納得していただけないでしょう。まず、我らに危害を加えぬ事をどうか約束していただけませんか?これが拒否されるようであれば我らは全力で抗います。」


「・・・」

(正直に言って、害としては僕の手が噛まれた程度だ。脅してきているような言い回しは気に食わないが、元々争いをするほど怒っているわけではない。そういう意味では最初に脅したのは僕だ。)


「ねぇねぇ多分なんだけどさ、この村の住人全員が人狼なんだろ?」


エルが発した言葉にゼクスが驚きの声を上げる。

「あぁ!?ってことはよ、お前ドナーかよ!?」


ゼクスが犬小屋で見た二匹の人狼とは別の見た事がなかった人狼を指す


「はい、ゼクスさん。私はドナーです。騙すような真似をしてしまい申し訳ありません。それでいかがでしょうかアキトさん?」


「僕が断れば君達は村にいる全ての人狼で僕達を殺して秘密を守ろうとするんだろ?」


アキトがそういうとドナーはしばらく考え込み、ゆっくりと口を開いた。

「いいえ、おそらくそのほとんどが逃げるでしょう、貴方達が強いのは私でもわかります。私を含むここにいる三人がまず殺され、報復に挑む何人かの人狼が殺された時点で悟り、残った者達はすぐに逃げると思います。」


(やはりドナーは冷静で落ち着いている。あの黒い犬はともかく彼と話していて怒りはほとんどおさまってしまった。心のうちを話して僕の信頼を得ようとしているのがわかる。)


「わかりました。貴方達に危害を加えぬことを約束します。」

アキトはドナーに対して約束を受け入れ、事情を聴くことにした。

ほっとしたのかドナーは一息入れるとゆっくりと喋り出した。



「私たち人狼が人に化けることが出来るのは、ご覧の通りです。ただし人に化けられるようになるのは齢が10を数える頃からになります。そして条件があるのですが、それが我ら人狼の秘密になります。それは、化けれる姿は生涯を通して一つだけ、10歳を越えてから化けたい対象の血を飲み確定した者に限ります。血は少量でも構いませんし、種族もエルフ、亜人獣人ともかく人族であれば問題になりません。ただ、一度決めてしまえばそれ以外の姿を取ることができないのです。ここにいる二人の人狼は10歳になったばかりで、まだ人の姿を手に入れていませんでした。ゼクスさんの血はいただけたので、あとはアギトさんの血をいただければそれぞれ人の姿を得られると考えていました。我々はこの村にて、人に化けてゆっくり過ごそうと考えていたのです。」


(なるほどね、食器やドアノブなどに少量でも出血させるような仕掛けがあったのはそのためか、今思えばハンカチを出すタイミングもやけに準備がよかった。隣にいた僕より先にゼクスのことに気付いていたものな)


先ほどまで黙っていたゼクスが口を開いた。

「俺を騙していたというのが、姿形のことか何かと思ったらなるほどな、手前は俺に出血させるつもりで最初から準備していたわけだ。下らない真似で折角の美味い飯の記憶が汚れちまうな」

ゼクスからはわずかにだが怒りがあふれているのが感じられる。


「お怒りはごもっともでございます。申し訳ございません。しかし、その下らない真似をしてでも我らにとって人の姿を得るというのは大切なことでした。」


「そうだな、そこがわからねえ。お前らは魔族なんだろ?魔族なら魔族らしく生きればいい、何故わざわざ人族の中に紛れ込むなんて気持ち悪りぃことしてんだよ?自分を偽る必要があるのか?それともあれか?人狼なのだから人に化けなければいけないとでもぬかすか?」


(これがややこしいところだ、人は人らしくというのを羨ましく思い。自分も同じになりたいと思う者がいる。それはそれで構わないが、それは嘘をつき偽ってまでやることなのかとゼクスは思っている。他者に紛れたいという心が自分らしさであるのが特別な個体だけであればいい・・・。しかし、それが種族全体であり尚且つ嫌々やっているという様な事であればゼクスが今、気持ち悪いと感じている心は永遠に解消されないだろう。)



「我らも最初は魔族領域で狼の姿のまま生活していました。しかし、我らは周りの魔族に比べてあまりに弱い、そして争いを好まないのです。こればっかりは信じてもらうしかありませんが、我らは人を殺したこともありません。魔族領域で生きることが困難となった我らは人族の中に逃げ込まざる得ませんでした。そして、人の姿を得なければここでは魔族は生きていけないのです。」


「ドナーよ、正直今までの言葉は信じられるけど今の言葉は何だか腑に落ちねえな。魔族領域で生きていこうという努力は種族全体で具体的に何をしたんだ?それは人族の領域に来て騙して血を取り、偽りの姿を形どるより困難なことだったのか?俺にはそうは思えねえな、人に成りすますほうが余程難しいはずだ。だってお前は魔族なんだから」


「努力といいますが、それは貴方が強いから言えることでしょう!」

ドナーが初めて怒鳴り声を出した。

つられるようにゼクスが怒声を放った。


「俺は地面を舐めるクソ雑魚から努力して今の強さを手に入れた!!だから手前らが何をしたか聞いてんだよ!!」



「・・・我らは争いが嫌いなのです!魔族領域では力をつければ狙われる、終わりのない争いが待っています!貴方が魔族の世界を知らないだけでしょう!!」


「あぁ!!?手前もその言葉を使うのかよ?」


 ゼクスが怒り散らそうとしたときにふと・・・ゼクスは教会の事を思い出した。

(貴方は怒りで努力をして自分を救った。貴方には貴方の世界があるのは知っています。しかし、争うことが嫌いな者もいます。逃げたっていいんです。偽ってでも弱く生きる者もいます。貴方が貴方の世界を否定されることを嫌うように、そういう世界があることを受け入れてあげてください。貴方の言葉を借りるのならば怒りが支配する貴方の世界が弱者が持つ弱い世界より上等というわけでもないのでしょう?)


 いつの間にか怒りは消えていき、ゼクスの心には虚無感のようなものだけがあった。

「あぁ・・・クソが・・・萎えちまったぜ、・・・俺とお前は相容れない。多分、互いに視界に収めるべきじゃなかったんだ。本当にダセえぜ俺はよ・・・。」



 アキトは黙ってゼクスを見ていた。エルも言葉を発しない。彼らは血を得て安寧を得たかった。それだけが目的といった。アキトからすれば魔族も人族も人間ではなく意志あるただの生物であり、これ以上この村にいても何もないと判断した。ゼクスの怒りの前にドナーは全てを吐き出した。そこに嘘はなかったように思える。


「僕達はこれでこの村を去ります。約束通り危害も加えませんし、貴方達の事を他の者にも言いません。ですが、いつの日か私たちではない誰かが気付き追われることになると思います。魔族の領域だけではなく人族もまた貴方達が考えているほど甘くはありません。貴方達はゼクスに知らないだけと言いましたが、僕は魔族領域を旅したことがあります。その上で言わせてもらいますが、僕が知る限り話が通じる魔族はたくさんいると思います。争わずに関わる社交性を身につけて魔族領域に戻ることを推奨します。」


うなだれていたドナーが弱々しく言葉を発した。

「先代魔王様の時代であれば可能だと思いますが、今の魔王様になってからより力に傾倒していくようになったのです。統治を行わず魔王様は今も一人で人を探し回っていると言います。そのため、空席の座をかけて今までよりはるかに大きな規模で武力衝突が起きていると聞きます。ですが・・・アキトさんの言葉についてはよく考え、皆に相談しようと思います。」


(先代の魔王のことは知っているけど、今の魔王はそんなことになっていたのか・・)


「さようなら」


 荷物をまとめ終えて僕達は村から出ることにした。ゼクスの背中を軽く叩き、行くよと声をかける。


この村に来た時より重い足取りで二人は歩き出した。





いつも読んでいただきありがとうございます。

感情の話になるので不愉快に感じる方もいらっしゃるかもしれません。ご容赦下さい。

エルの言葉が変だったので直しました。(2019/03/07)

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