ニバスに向かう
ニバスに直接向かう街道はなく、道を使おうとすると村を経由するため、それなりに迂回する必要があるようだったが、2週間後のに行われる剣闘士の引退試合も直線距離であれば山を越えることになるが歩いていっても間に合う余裕があった。しかし、わざわざ悪路を行く必要もないためゼクスの提案で村を通るルートの馬車に乗ることになった。
東のニバスに向かうために北東の村を経由して大きく迂回する。それでも徒歩よりはおそらく3日程早く着くと思われた。ところが、3つ目の村に寄って少し進んだところで乗っていた荷馬車が壊れたようだった。ギシギシと嫌な音を立てて壊れ、車輪が外れた。僕はこういったものに関する知識を持っておらず、直すことも出来ない。大銅貨5枚で乗せてくれていた商人が少し申し訳なさそうに僕達に提案をしてきた。
「すまないね兄さん方、荷馬車がこの状態ではすぐには出発できない。一度一つ前の村に戻って村の木工屋に修理を頼もうと思っている。時間がどの程度かかるかわからないがもしも兄さん方がここまでで良いってことなら大銅貨を2枚返すよ。」
村で修理が終わるのを待つか、他のニバス行きの馬車が通りかかるのを待つかと考えると少し煩わしさを感じた。荷馬車で向かおうとしていた次の村は元々ニバスに向かうには不要なルートで、迂回というよりも完全な寄り道だ。商人のような目的を持っていない限り寄る意味もない。そういう意味ではここから直線ルートで未開拓の森を突っ切ってニバスに向かったほうが時間もかからない。
「一つ前の村の民泊の飯はまずかった。ここで降りて徒歩で向かわねえか?」
(確かに美味しくなかった。街との間にあって往来があるからか価格と食事がつりあっていない。というより同じ素材を使っても美味しく作ろうとすることは出来る、単純にやる気がない宿なのだろう。足止めが理由であの宿でもう一度食事をするのは嫌だな)
僕はゼクスの提案に頷いた。
「ありがとう。お爺さん、僕達はここまでで大丈夫です。」
「助かったぜおっさん。荷が腐る物じゃなくてよかったな」
口々の僕達は礼を言って返金の大銅貨2枚を受け取り、乗せてくれていた商人と別れた。
方角を確認すると僕達はそのまま特に何も考えることなく森に入っていった。ゼクスは孤児として街で育ったイメージから森の中での移動は慣れていないと考えていたが、そんなことはなかった。彼は魔物狩りで頻繁にこういった場所に足を踏み入れていたようで足取りはとても軽い、ただ一つ気になっていることがあった。
「ゼクスって結構重量あるのか?目で見える範囲だと厚みのある手甲くらいしか重量防具はなさそうだけど」
僕は乾いた木の幹や根をゼクスが踏み抜いた時の音が気になっていた。小さくだがミシミシと音が聞こえるのだ。
「ああ、体重は装備含めると100kgは余裕で超えてるな」
そういって赤いラインが入った黒い外套を少しまくる。丁度腹のあたりが見えていて、視線で追ってみると酒場で男達を捕縛したと思われる鎖が何重にも腹から胸に巻かれている。どうやら外套の下に隠れるように鎖が巻き付いているようだ。これだけ見ると攻撃用の鎖というより防具としての用途を考えているように見える。
細かい目の鎖ではないため、刺剣のような突く武器に対しては心もとないがその他に関しては十分な防御力を持っていると考えられる。元々鎖で編み込まれているチェインメイルも刺剣には弱い点を考えると万能の防具などそもそも存在しない。見せてくれているから無遠慮にじろじろ見ていると靴も靴底だけでなく脛部分などが鉄板で補強されている。
「アキトってさ~敵の装備を気にしてるんじゃなくて男の付けてる装備が興味あるだけなんじゃない?あんなに可愛いエフェメラルには靴を履いてないことにも気づかないし、今みたいな視線も使わないし」
エルが唐突に変なことを言い出した。だが僕は、ゼクスの装備が気になっていてそれどころではなかった。
「その鎖はどうなってるの?」
「腰の留め具で一応止めているが、こいつはまるで意思を持っているみたいに動く。魔道具の一種みたいなんだが良くわかんねえ遺跡で拾った。魔力を流すと俺の意思に乗ってある程度動いてくれる。魔力を流してねえと腹に巻き付いてくる。こいつが重量の大きな原因だな、便利だが肉体強化を使ってないと動くのがしんどい程度には重たい。」
(魔力って便利だよな、といってもこの鎖はゼクスくらいの魔力の持ち主じゃなければ使えないのだろう)
「教えたんだからお前の装備についても教えてくれよ、大分軽装に見えるがエルみたいな珍しい魔法剣持ってんだ。それだけじゃないんだろ?」
丁度野営のタイミングになったので、僕は鑢剣の火打石セットを披露したり、お気に入りのハルバードを自慢したりした。ゼクスは驚きながらも喜んでくれて食事しながら色々な話をした。その日の野営はとても楽しい体験だった。
歩きでの移動の二日目、日も暮れてきたころに森の中で灯を見つけた。灯はいくつか存在していて、木が伐採されている少しだけ開けた地になっていることに気付いた。簡素な木小屋だけでなく平屋やいくつかの民家らしきものがあり、僕達が持っていた地図には記載されていない村なのではないかと思った。
「開拓村かな?地図も5年以上前の発行物だから最近出来たのだろうか」
「未開の森の中だし、往来も少ないだろ山賊の類でなければ行政関連で進んでいる開拓村が妥当なところだな。元々街道が不便だったんだ。村が増えて街へのルートを選べるのは利点だ。」
ゼクスと話し合い、今日は野営ではなくこの村にて宿を借りることにした。村の中に入ってみると村人らしき人物が慌ててこちらに向かってきた。
「旅の方ですか?夕暮れの時にいらっしゃるとは、今晩泊まっていかれるのでしたら私の民宿へどうぞいらしてください。日が沈めば灯を消してみなすぐ眠りに付きます。この村は皆、朝が早いので夜は活動しないルールなのです。まもなく戸が閉まってしまいます。」
ちょっとせかされているが、僕達は元々泊まるつもりだったのでドナーと名乗る民泊の主人についていくことにした。宿の中に入るとバタバタと準備をし始めている。ドナーが準備している間、僕は宿の中を見回した。
二階にそれぞれ宿泊用の部屋があり一階は受付や食事をするようのカウンター。開けた場所に暖炉や食器棚がある、そして目についたのは暖炉の傍にある小さな小屋のようなものだ。
そこには毛布にくるまって顔を出している犬がいた。
「・・・犬だ。」
「う~ん建物中に犬小屋を作るとはねぇ・・・まあ時期によっては夜はとても寒いし、室内飼い自体も珍しいものでもないか」
「いやおかしいだろ、室内に犬小屋があるのはよぉ・・・。」
僕はエルではなくゼクスの言葉にうなずいた。
今日はバレンタイン!有給休暇を取ってなろう書いてる自分に笑う。ククク、いつも読んでいただきありがとうございます。