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双極のウロボロス  作者: 宵闇むつき
三日目
18/30

告白 3


 先の公園まで戻って一休みして、人気がないのを確認してから、またちょっとキスをして。キスの味ってこういうことか、と初めて知ったりしつつ、十三時過ぎ。

 俺達は洋食屋へと向かい、混雑の収まりつつある店内でランチを頼んだ。

 俺がボンゴレロッソ。ナツメさんが渡り蟹のクリームパスタ。食後のケーキに、苺のムースケーキと、グラサージュのかかったドーム型のチョコケーキを頼んで、二人で半分ずつ分け合った。


「……間接キスって、それはそれでドキドキしますね」

「ねー。……ロック君の味がする」

「っ、」

 囁く声にドキドキさせられる。

 からかわれてばかりだな、と思うが、それも楽しいのだった。

 

 洋食屋を出て、散歩を再開して……他愛のない話をしながら歩いているだけなのに、世界に色彩が増したように感じた。

 先の黒猫ではないが、ありふれた些細な出来事でも、ナツメさんと共有出来ると楽しいのだ。

 とはいえ、『デート』なので、ただ歩き回っているだけでは駄目だと思い、ネットで調べておいたチョコレート専門店や服屋に入り――


 途中、制服デートをしている高校生カップルを見かけたところで、ナツメさんが悪い顔をし、甘い声で俺を呼んだ。


「ロックくぅん」

「嫌ですって」

「駄目ですよ、今を楽しまなきゃ! ということで明日は制服を着てきてくださいね! ね!」

「…………。解りました……」


 キラキラした笑顔に屈した直後、「やったぁ! ロック君大好き!」と抱き付かれて、顔の熱が増す。学ランだからなぁ……という気持ちは根強いのだが、ナツメさんが喜んでくれる方に天秤が傾いたのだった。



 予期せぬ形で明日の服が決まったりしつつ、一日が過ぎ、日が暮れようという頃。

 ナツメさんを送り届ける為、俺達は駅へと戻る道を進んでいた。


「ちょっと風が出てきましたね。寒くないですか?」

「大丈夫です。こう見えて、防寒はしっかりしてますし――ロック君の隣は暖かいですから」


 えへ、と微笑む姿が最高にキュートで、何度でも惚れ直すのを感じる。

 俺は、ナツメさんの笑顔が好きなのだ。可愛い微笑みも、悪い笑みも全部含めて、楽しそうに笑っているナツメさんが愛おしい。この笑顔の為なら、なんだって出来る気がした。

 そう思ったところで、電信柱に取り付けられた『飛び出し注意!』の看板が見えてきて――

 その脇に佇んでいる女性を、ナツメさんが何気ない様子で避けた。


 避けた。


 数メートル進んだところで、自然と足が止まっていた。


「……、……」

「ん? どうしました、ロック君?」

「……いえ、ちょっとしたことなんですけど」

「なんです?」


 ……迷う。激しく迷う。

 だが、告白をして、ナツメさんのことを知りたいと告げた今ならば、聞いても大丈夫だろう。変に思われたら誤魔化せばいい。それでいい。

 言う。冗談で済ませられるように、普段のトーンで。


「――今の女の人、この時期に半袖でしたよね」

「でしたね。まぁ、仕方ないと思います……――って、あ、」


 ナツメさんが何かに気付き、俺達は神妙な顔で見つめ合う。


「……。……お互いに、疑問を確認しましょう」

「……ですね。とりあえず、振り返るところから」

「「……せーの、」」

 二人一緒に振り返る。


 住宅地の、やや狭い十字路。その角に半袖の女性が立っていた。そこそこ距離が離れているにもかかわらず、彼女の姿だけは、やけにはっきりとピントが合っている。まるで世界から浮かび上がっているかのように。


 何故なら――彼女は既に死んでいるからだ。


 いわゆる、地縛霊である。

 その目は、物憂げに地面を見つめている。

 夏頃に乗用車と歩行者の事故があり、その後から立っている幽霊だ。俺から出来ることは何もないから、見かけても脇を通り過ぎていただけだったのだが……ナツメさんの取った行動が、俺の疑問に繋がった。

 普通の人は、幽霊を避けず、そのまま通り抜けてしまうのである。


「見えてます――よね?」

「……ロック君も、見えてるんですね」

「見えてます。ただ、俺は見えるだけで、特に霊能力的なものはなくて……」

「そうだったんですね……。私もです。私も見えるだけ……」

 ぎゅっと手を握られて、握り返す。

「……行きましょう、ロック君」


 はい、と頷き返して、歩き出す。ナツメさんに否定されなかった安堵と、彼女も幽霊が見えていた、という驚きで、次の言葉に詰まる。

 ああした地縛霊は街の各所に存在し、増えたり消えたりしている。いちいち気に病んでいたら心が持たない、というのが現実だった。

 それでも何か…………そうだ、ハコ達に頼んでみるのはどうだろう? 幽霊は管轄外かもしれないが、何か知恵を貸してくれるかも――いや、まずは母に訪ねてみればいいのか。母も魔女らしいし、今夜辺り聞いてみよう。

 だがその前に、俺はナツメさんへと苦く笑った。


「すみません、変な空気になっちゃいましたね」

「いえいえ。……お互いに、知らないことが多いって痛感しますね」


 ですね、と頷き合ったところで、路地の角から出てくる人影があった。

 二十代後半くらいの、長身の男だ。ビジュアル系バンドでベースでも弾いていそうなゴス系の装いをしていて、やけに手足が細くて長い。アッシュゴールドでボリュームのある髪から覗く目は細く、若干の爬虫類感がある。

 どこかで見たことがあるような気がしたが、思い出せなかった。


 男とすれ違った瞬間、『パチン』という音が聞こえた。


「……ん? 何か今、パチン、って音しませんでした?」

「……ああ、あれなら多分、ガラケーを閉じた音だと思います。スマホが主流になった今だと、聞くことが減った音ですね」

「あー、言われてみると、聞いたことがあるような」

「使い勝手以上に、開く、閉じるってギミックの有無は大きいって、知り合いのガラケー使いが言ってました。気分的に違うんだそうです」

「へぇ……」

「――あ、知り合いって言っても、友達の友達くらいの相手なので、心配しないでくださいね」

「べ、別に心配なんて……。……嘘です、ちょっと気になりました。嫉妬とか、独占とか、俺はそういうのしないタイプだと思ってたんですけど……」

 恋をして、初めて解った。俺はナツメさんを独占したいと思っている。

「気にしなくて平気ですよ。私は私で、独占されたいタイプなので」


 えへへ、と微笑んで、ナツメさんが俺の腕を抱き締めてくる。胸の奥が熱くなり、溢れ出す衝動を我慢するのが大変だった。


 そうして歩いていった先――待っていたのは、十階建てのマンションだった。

 黒塗りの外壁で、赤い排水管がアクセントになっている。どう見てもホテルではない。


「あれ? ホテルに泊まってたんじゃ?」

「実は、ウィークリーマンションを借りてたんです。ここは最近出来たところらしくて、家具だけじゃなく、水周りも綺麗で最高でした。キッチンも広いですし」

「キッチン? あ、そっか、ホテルじゃなくてマンションだから、普通にキッチンもあるんですね」


 あえて言及したということは、料理をするタイプなのだろう。エプロン姿のナツメさんを想像しつつ、マンションの外観を眺めて……昨日以上に離れがたくて、ナツメさんと寄り添い合う。

 そのまま五分か、十分か……子供達に帰宅を促す放送が流れ出したところで、ナツメさんが俺の手を握ったまま、名残惜しそうに半歩離れた。


「今日もありがとう、ロック君。本音を言えば、このままロック君を部屋に上げて、一晩中アレコレしたい気分なんですけど……」

 ナツメさんが苦笑し、

「部屋、散らかってるんですよ。だから、明日以降、で」

「あ、アレコレって?」

「当然――えっちなことですよ?」

「ッ?!」

『ゲームとかコスプレに決まってるじゃないですか、やだもーロック君のエッチー!』的な反応を予想していたにもかかわらず、ドストレートな直球を投げ込まれて息が出来ない。理性が死んじゃう。


 夕日に照らされた街を背景に、ナツメさんが甘く微笑んだ。


「私は最初から、ロック君の性別も、外見も知っていて……半年くらい前から、ロック君を好きになっていたんです。だから私は、外見だけでも気に入ってもらえたらいいなって思ってました。でもロック君は、私を『ナツメ』として扱ってくれました。最初から下心全開でも、それはそれで構わなかったのに」

「お、俺は、そういうのじゃないですから」

「知ってます。よーく知ってます。だから、前よりも、もっともっとロック君を好きになったんです。こうしてロック君に逢えてよかったって、心から思います」


 ナツメさんが幸せそうに笑う。

 ――だが俺には、それが悲しそうで、今にも泣きそうな表情に見えたのだ。


「私は、ロック君に私の全てをあげたいんです。軽い女と思われても構いません。経験は無いですけど――でも、他に方法も知らなくて」

「ほ、方法って」

「私、『幸せ』とか、『気持ちいい』とか、よく解らなかったんです。想像は出来ても、実感は出来なくて。だけど、ロック君と一緒にいると、胸が温かくなって、心地良くて……初めて、『幸せ』を知りました。だから、肉体的な、そういう気持ち良さを教えてくれるのも、ロック君がいいなぁって思うんです。……ロック君じゃなきゃ嫌だなって、思えたんです。そうして、ロック君が全部与えてくれるなら、私はもう、満足なんです。あとは永遠に、貴方のものになっちゃいます。

 それが、私の求める『幸せ』ですから」




 

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