第五十九話 ちゃんこで涙
祥子父一郎のちゃんこ鍋。その鍋には、思い出がいっぱい詰まっていた。
第五十九話 ちゃんこで涙
その男の名は、岩田剛太郎。
高校3年生18歳、ゴツいのは名前だけではなく、見た目もゴツい。身長185cm体重135kg、柔道部主将、屈強な体。目つきも鋭く、強面、かなりゴツい男。
見た目に反して、この男、気は優しく、あまり怒らない。
頭も良く、県下でトップクラスの進学校(一高)に通う。文武両道の男。
ただ、彼には、人に言えない秘密があったのです。
夏目家の夕方、祥子父一郎が、ちゃんこ鍋の準備をしている。祥子母律子も手伝っている。剛太郎と祥子は、リビングで話していた。
祥子「お父さんのちゃんこ鍋なんて、超久しぶりだな。」
剛太郎「男は厨房に立たないって感じなの?」
祥子「ううん。そうじゃないんだけど、まあ、お母さん、料理上手だしね。ただ・・・。」
剛太郎「ただ?」
祥子「ちゃんこ鍋には、辛い思い出あるみたい。私が3歳くらいの時、蒼太が生まれるときにお父さんが家事してくれてたんだけど、ちゃんこ鍋作ったときは、いつも泣きながら食べてたもん。」
剛太郎「泣きながら・・・。」
クマリン「何かあるね。」
クマエル「辛い思い出かな。」
リキリン「何味なの?」
マモリン「味噌?醤油?」
祥子「多分、塩ベースのショウガ味ちゃんこと思う。」
剛太郎「美味しそうだね。」
祥子「うん。味は格別だよ。」
そこへ、鍋を持った祥子父一郎と笑顔の祥子母律子が、リビングへ入ってくる。
祥子父一郎「待たせたな。わしの特製ショウガちゃんこだ。さあ、食べてくれ。」
祥子母律子「腕は落ちていませんでしたね、お父さん。」
祥子父一郎「学生時代、毎日作っとったからな。体が覚えてるもんだな。」
祥子「何年ぶりだろう。」
祥子母律子「15年ぶりぐらいじゃない?蒼太の生まれる時に、お父さんに家事をお願いした以来じゃないの。」
祥子父一郎「もう、そんなになるのか。さあ、みんなで食べよう。」
リビングのテーブルの上に鍋を置く祥子父一郎。祥子と祥子母律子が、食事の準備をする。
準備が終わり、席に着く四人。
祥子父一郎「さあ、剛太郎君、食べてくれ。味は、わしが保証する。」
祥子父一郎・祥子母律子・祥子・剛太郎「頂きます。」
四人が、一郎の鍋に舌鼓を打つ。
祥子「やっぱり、ショウガ鍋だ。」
剛太郎「これは、いくらでも入りそうだ。味も最高です。」
祥子父一郎「そうか、美味いか。」
祥子母律子「剛太郎君、遠慮しないで、たくさん食べてね。」
剛太郎「はい、そのつもりです。」
祥子「いっそ、鍋ごと食べたら?」
剛太郎「えっ、いいの?」
祥子「食べきれるんかーい。」
祥子母律子「流石、剛太郎君ね。ほんと作りがいがあるわね。」
モリモリ食べる剛太郎を見て、涙ぐむ祥子父一郎。
祥子父一郎「・・・美味いか?」
剛太郎「ええ、最高に美味しいです。」
祥子父一郎「・・・そうか、美味いか、和馬・・・。」
祥子「カズマ?」
涙ぐむ祥子父一郎が、はっとする。
祥子父一郎「グスッ、スマンスマン。ちょっと昔のことを思い出してな。さあ、剛太郎君、たくさん食べてくれ。」
剛太郎「はい、ありがとうございます。」
祥子母律子「そういえば、今日じゃなかったですか。大学時代のお友達と会われるのは。」
祥子父一郎「ああ、そうなんだ。」
祥子「お父さん、出かけるの?」
祥子父一郎「そうなんだ、それで、ちょっと剛太郎君にお願いがあるんだが。」
鍋を口いっぱいに頬張っている剛太郎。
剛太郎「はひ、なんでひょうか?」
祥子父一郎「この後、わしの友人との飲み会にちょっとだけ参加して欲しいんだが。」
祥子「飲み会?剛太郎君は、まだ未成年だよ。」
祥子父一郎「そんなことは分かっているよ。剛太郎君にはジュースでも飲んで貰う。」
祥子母律子「会わせたいんですね。」
祥子父一郎「どうだ、剛太郎君、来てくれるか?」
まだまだ、鍋を頬張っている剛太郎。
剛太郎「はひ、いかしぇていたどわきましゅ。」
祥子「・・・剛太郎君、返事は食べた後でいいのよ。」
祥子父一郎「そうか、ありがとう。」
談笑しながら、鍋で心も体も満足する四人であった。
出かける用意をする、祥子父一郎と剛太郎。
祥子父一郎「遅くなると思う。剛太郎君は途中で帰すから、心配ない。」
祥子「剛太郎君、そのまま帰るでしょ。」
剛太郎「うん、そうする。お母さん、今日は、スープとパン、ありがとうございました。それに、鍋までご馳走になってしまって。祥子ちゃん、また明日、学校で。」
祥子母律子「いいの、いいの。みんな、剛太郎君が来るのを心待ちにしてるんだから。特にお二人さんですけどね。」
剛太郎「お二人さん?」
祥子「ちょ、ちょっと、お母さん。あ、お父さん、早く行かないと遅れるんじゃない。」
祥子父一郎「おお、もうこんな時間か、剛太郎君、行こうか。居酒屋にスープはあるかな。」
剛太郎「えっ、スープあるんですか?」
祥子「剛太郎君、まだスープ飲めるの・・・。」
祥子母律子「いってらっしゃい。」
剛太郎と祥子父一郎を見送る、祥子と祥子母律子であった。
居酒屋の前に、恰幅のいい男性が一人待っている。そこへ、祥子父一郎と剛太郎が到着する。
祥子父一郎「おお、拓也、待ったか?」
一郎友人拓也「いや、今来たとこだ。」
祥子父一郎「義男は?」
一郎友人拓也「もう、入ってるぞ。うん?後ろの若者は?」
祥子父一郎「わしの鞄持ちだ。」
剛太郎「こんばんは。」
一郎友人拓也「ほう、県会議員ともなると、違うね・・・。えっ・・・うん・・・・、か、和馬?」
祥子父一郎「似ているか?」
一郎友人拓也「・・・びっくりだな。まあ、こんなに若いわけがないもんな。にしても・・・。」
祥子父一郎「入るか?」
一郎友人拓也「あ、ああ。」
三人が居酒屋に入っていく。
居酒屋には、もう一人の一郎友人義男が席に座って、待っていた。そこへ三人が入っていく。
一郎友人義男「おう、一郎、久しぶりだな。待ちくたびれて、先にやってるぞ。」
祥子父一郎「スマン、スマン。」
一郎友人義男「三人か?うん?おい、ちょっと待て。何で?何で、和馬が・・・。」
祥子父一郎「似ているか?まあ、座るか。」
四人が座敷に座る。
一郎友人義男「似ているな・・・。ああ、自己紹介しよう。一郎の大学時代の同級生で久保山義男だ。」
剛太郎「岩田剛太郎です。」
一郎友人拓也「同じく、一郎の同級生、江上拓也だ。」
祥子父一郎「剛太郎君は、祥子の同級生だ。」
一郎友人義男「祥子ちゃんの同級生。ということは、高校生か。」
剛太郎「はい、高校三年生です。」
一郎友人拓也「何飲むんだ?あ、高校生だったな。」
祥子父一郎「メニューに、コーンスープあるぞ。剛太郎君。」
剛太郎「はい、それで、お願いします。」
注文を取りに、店の店員が入ってくる。
店員「ご注文は、お決まりですか?」
祥子父一郎「生ビール二つに、焼き鳥盛り合わせ四人分頼む。それから、コーンスープ五
つ。あ、コーンスープは、五杯分どんぶりに入れて持って来てくれ。」
店員「かしこまりました。」
一郎友人拓也「どんぶりスープか、ますます和馬だな。」
剛太郎「すみません。僕はお邪魔ではなかったでしょうか。」
一郎友人義男「いやいや、今日は君がメインだよ。だろ、一郎。」
祥子父一郎「ああ、二人にも、彼を見せたくてな。」
剛太郎「どういうことでしょうか?」
祥子父一郎「すまんな。剛太郎君、付き合わせて。実はな、わしらは大学の相撲部の同級生なんだ。」
一郎友人義男「さっきから、和馬って名前が出てるだろ。和馬は、私たちの大学時代のもう一人の同級生なんだ。」
一郎友人拓也「大学四年の時に、亡くなったんだがな。」
祥子父一郎「脳腫瘍だった。あまりに急なことで、学生横綱取って、半年後だったかな。」
一郎友人義男「その和馬に、君がそっくりなんだ。」
一郎友人拓也「表で見たとき、ビックリしたぞ。何で和馬が居るんだって。」
祥子父一郎「背格好も一緒だ。わしも初めて会ったとき、驚いた。すぐ相撲を一番申し込んだもんな。」
剛太郎「あ、あの夜の公園の相撲ですね。」
一郎友人義男「ずるいぞ、一郎。で、勝負は?」
一郎友人拓也「うっちゃりで、彼の勝ちかな?」
祥子父一郎「おいおい、拓也、見てたのか?」
一郎友人拓也「彼は、柔道部だろう。耳がつぶれてるし、うっちゃりと出し投げが和馬の必殺技だったもんな。」
祥子父一郎「そう、うっちゃりでわしの負け。歳だな。」
一郎友人義男「歳のせいか?どれ、剛太郎君、おじさんと組んでくれないか?」
剛太郎「はい。」
剛太郎と一郎友人義男が四つに組む。
一郎友人拓也「お、左差し、右上手、左四つだな。和馬はそこからの右の出し投げが、得意だったな。うん?」
一郎友人義男「う、ううっ、力が・・・入らないな・・・。和馬と組んでるみたいだな。」
一郎友人義男は、剛太郎と組んだまま、泣いていた。
祥子父一郎「義男・・・分かる、分かるぞ・・・。」
一郎友人拓也「さあ、今度はおじさんと組んでくれ。」
今度は、一郎友人拓也と剛太郎が四つに組む。
一郎友人拓也「・・・この威圧感、・・・懐かしいな・・・。ここから、うっちゃりかまされてたな。」
一郎友人拓也も、組んだまま涙ぐんでいた。
そこへ、注文の品が到着。
店員「生二つに焼き鳥、どんぶりスープお待たせしましたー。あのー、お客様・・・すみません、相撲はここでは、ご遠慮ください・・・。」
祥子父一郎「はっはっは。店員さん、スマンスマン。ちょっと組んでいるだけなんだ。見逃してくれ。ここには、警察関係者もいるからね。大丈夫だよ。」
店員「そうですか。では、どうぞ、ごゆっくり。」
皆、落ち着き、テーブルを囲み、座り直す。
剛太郎「お父さん、警察関係者って?」
祥子父一郎「ああ、拓也は、県警の本部長だよ。義男は住職お坊さん。」
剛太郎「そうなんですか。本部長って県警のトップじゃ・・・。」
祥子父一郎「剛太郎君は、警察官志望だったね。」
一郎友人拓也「剛太郎君、警察官志望なんだね。大学進学後になると思うけど、待ってるよ。」
剛太郎「はい、本部長さんから、そんなお言葉を頂けるなんて、光栄です。」
一郎友人義男「受け答えも、しっかりしているね。祥子ちゃんのお婿さん候補だね。」
祥子父一郎「候補じゃないぞ、本命だぞ。」
剛太郎「いえいえ、祥子ちゃんは、クラスメートです。まだ。」
祥子父一郎「そういえば、今日、ちゃんこ作ったんだ。」
一郎友人拓也「一郎特製ショウガちゃんこか?」
一郎友人義男「最後の晩餐以来か?」
祥子父一郎「いや、蒼太が生まれるときに家事をした以来だな。ただ、ちゃんこ作ると和馬を思い出すからな。作っているだけで、涙が出てくるよ。」
剛太郎「ちゃんこで涙?」
祥子父一郎「和馬が入院しているときなんだが、もう最後というときだった。和馬がわしのショウガちゃんこが食べたいと言ったんだ。ただ、わしが作って持っていったときには、既に事切れていた・・・。」
一郎友人拓也「そうだったな。」
一郎友人義男「一郎のショウガちゃんこは、絶品だったな。」
祥子父一郎「うん、ただ、今日、家でわしのショウガちゃんこを頬張っている剛太郎君を見て、涙があふれそうだったよ。」
一郎友人拓也「一郎、嬉しかったか?」
祥子父一郎「ああ、嬉しかったな。」
一郎友人義男「いい供養になったんじゃないか。」
祥子父一郎「お、さすがは住職。」
剛太郎「そんなに、僕、和馬さんに似てるんですか?」
祥子父一郎・一郎友人拓也・一郎友人義男「そっくりだ。」
四人の談笑は続いた。
一方、夏目家、祥子の部屋。
祥子「剛太郎君、また、スープ飲んでるのかな。」
クマリン「ねえねえ、祥子。」
祥子「何?クマリン。」
クマリン「僕が、来た理由知りたい?」
祥子「あ、剛太郎君が帰ったら話すって言ってたやつね。うん、知りたいな。」
クマエル「ボクは、クマリンが居たから来たんだけどね。」
祥子「うんうん。」
クマリン「じゃ、話すね。僕が来た理由は・・・。」
第六十話に続く。
第六十話に続く。すみません。新しい小説(短編)も書く予定ですので、投稿が遅くなりました。第六十話も書きます。




